Counterattack 〜ささやかな逆襲。

 

 

 

 

 

「大将、俺とデートするか?」

「……そうだな、行くか。デートなら『大将』は止めろよ!ん〜…じゃあ、俺の事は『エド』でイイよ。」

OK!俺の事は『ジャン』って呼んでくれ。」

 

二人は顔を見合わせクスリと笑った。

まるで、小さな子供達が秘密の『悪戯』をする前の高揚感が心を占める。

先に席を立ったハボックが、エドワードの席を引きエスコートしながらホテルの外へと出て行く。

 

この時、二人の上官ロイ=マスタングは、ホテルの一室で訪ねてきた町長と面会中だった。

 

 

 

 

 

 

 

この小さな街にロイとエドワードそして、ハボックと言う見慣れぬメンバーが訪れたかと言えば、この地方付近一帯で『キメラ騒動』が起こった為である。たまたま中央に顔を出していたエドワードは、格好の『戦力』としてロイに同行する事を強制せれた。アルフォンスは中央で留守番となっている。

 

……そこまでは良かった。

エドワードも色々文句を並べてはいるが、恋人ロイと少しでも長く居たいと心では思っている。

そして、少しでも自分が役に立てるのなら!と断られても同行したい視察内容だった。が、着いて見れば『キメラ騒動』は子供達のでっち上げで、確認を怠った地方司令部の軍人に詰め寄る場面もしばしば。

その上、地方の有力財界人達が有名な『焔の大佐殿』が来ていると大群をなして尋ねてくる始末。

終いには『自分の娘と結婚を!』とまるで『ロイ=マスタング争奪杯』の様相だった。

 

エドワードとハボックと言えば蚊屋の外に弾かれ、特にエドワードにとっては面白くは無い。

自分の立場上、公然と『俺は大佐の恋人だ!』っと宣言する訳にもいかず、ただただ素知らぬフリで『最少年国家錬金術師エドワード=エルリック』を演じるしか無いのだ。

 

同じ街にはいるが朝から晩まで接待接待接待のロイは、エドワードとまともに会話をしてはいない。

少しだけ淡い期待をしていたエドワードの心は、苦しく切ないモノがあった。

 

――― 仕事だから。

――― 俺は『男』としてこの街に居るから。

――― 困らせちゃイケナイ。我が侭はアイツを追い詰めるだけ。

 

頭では理解はしている。しかし、心が着いて行かない。

 

遅い昼食をホテルのレストランでとっていたエドワードは、空いている向かいの席を眺め小さく溜め息をついた。

ここの料理は美味しいのだろ、しかし、味など解からない。

義務的に運ばれてきた料理を口に入れていたエドワードの向かいの席に一人の男性が腰掛けた。

 

「よお!大将も今、食事か?」

「少尉……」

「一人で食べるのも味気ないから一緒にイイか?」

「……別に良いけど。」

 

ウェイターが運んで来たメニューを見て、ハボックは適当に注文すると胸ポケットから煙草を取り出し火をつけた。

エドワードは、何か言いたげな表情でハボックを見詰めたが、その心情は口に出さなかった。

 

「悪いなぁ〜。大佐も『仕事』だからさぁ……許してやってくれよな。」

「そんな事解かってるよ。」

「そうか?」

「………」

 

妙な沈黙が続くが、エドワードは気にせず皿の中の料理に手を付ける。ハボックが注文した料理が運ばれた来た時、エドワードは始めてハボックに話し掛けた。

 

「こんな遅くに昼食なんて人使いが荒い上司だな。」

「仕方がねーよ。それより、大将も遅いな。」

「俺は、暇潰しに書店に出掛けて来た。」

「ふ〜ん。で、何かイイ物あったか?」

「収穫無し。」

「こんなド田舎だからなぁ〜。」

「そうか?リゼンブールより都会だよ。」

 

エドワードの顔にやっと笑顔が生まれる。その表情を確認したハボックは、煙草の火を消しながら優しい瞳でエドワードを見詰めた。

 

「大将も大変だな。」

「……何が?」

「色々と…って事。」

「少尉もな。」

 

お皿に目を移していたエドワードの視線がハボックに注がれる。

ハボックは一瞬ドキリとしたが、頭を小さく掻きながらその感情をごまかした。

 

――― おいおい、上司の彼女に手を出しちゃヤバいだろう!?

 

そんなハボックの心情など知らず、エドワードは小首を倒し目でその意とを聞き出そうとする。

当のハボックは、普段上司が『鋼のは自覚が無いから危険なんだ!』と口癖の様に話す言葉を思い出していた。

 

 

 

本人は少年の気持ちで少年ぽく振舞っているつもりらしいが、ハボックの贔屓目から見ても会う事にその仕草は『女性らしさ』を増している。

時折見せるその表情は、隠し様も無い程繊細な少女のモノだ。

 

ドギマギしているハボックに、エドワードは言葉を掛けた。

 

「なぁ、変なこと聞いて悪いんだけど………、少尉フラれたんだって?」

「えっ?」

「何かさぁ、ここに来るまで落ち込み気味だったから……変な事聞いた、ゴメン。」

「構わないよ。」

 

お互い食事を再開しながら無言のまま時を過ごす。しかし、ハボックは、小さな溜め息を付いた後エドワードに話し掛けた。

 

「フラレたって言えば聞こえが良いけどな。今回は、はなっから俺がスキだから付き合ってくれた訳じゃ無かったんだ。」

「どう言う意味だ?」

「ブッチャけると『大佐目当て』って事。」

「……ヒデー話しだな。」

 

お互いの食事の手が止まり何とも言えない雰囲気が包み込む。しかし、その沈黙を先に破ったのはエドワードだった。

 

「彼女……取られて、それでもアイツに付いて行くんだな。」

「ん〜、まあな。」

「何でだ?」

 

エドワードの真剣な眼差しに、ハボックはごまかしなどは効かないと観念する。そして、新しい煙草に火を付け最善の言葉を探した。

 

「何でだろうなぁ〜、俺も時々わからねーな。大将はどうなんだ?あんなモテモテ大佐を恋人にして苦しくないか?」

「わかんねーよ。」

「そっ、理屈じゃないだろう?」

 

飄々と心情を語るハボックをエドワードは寂しそうに見詰めた。そして、そこまで公言出来る強さに心が引かれていく。

 

「少尉は強くて優しいんだな。」

「はっ?俺が?何で??

「そうじゃん……俺は駄目だな。」

 

エドワードは顔を下げている為、前髪でその表情は捕らえにくい。しかし、僅かに見えるその口元は小さな微笑を称えていた。

 

「大将……大丈夫か?」

「何が?」

 

俯いていた瞳は真っ直ぐにハボックへと注がれる。そして、向かいに座るハボックにギリギリ聞こえるくらいの小声でエドワードは呟いた。

 

「もし、少尉が………」

 

しかし、その言葉の続きはエドワードの心にしまい込まれ、その先の意味を聞くことは無かった。

 

「大将は午後の予定とか入っているのか?」

「別に何もねーけど?」

 

再び皿に意識を向けたエドワードに、ハボックから思ってもみない言葉が発せられた。

 

「俺もこれからフリーなんだ。よかったらデートするか!?

「はっ?」

「大佐もまだまだ接待続くし映画とか観に行かないか?気晴らしぐらいにはなるぞ!勿論強制はしないけどな。」

「……そうだな、行くか。」

 

 

 

食事を終えた二人は、街へと繰り出していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕刻、立て続けの接待からやっと開放されたロイは、ホテル内にエドワードが居ない事に気が付いた。

ロビーのフロントに確認をした所「連れの男性と外に出かけて行った。」と教えられる。

 

――― まさか、何か問題が起こったのか?

 

ロイは暫らく考え立ち止まったが、無暗に動く事は得策ではないと考えロビーの一角に設けられた喫茶店で二人の帰りを待つ事にした。

 

 

 

 

一方、エドワードとハボックは雑貨店で各々買い物をした後、映画館へと足を伸ばしていた。

観る前に何を観るかと話しをしながら歩いたが、こんな田舎の映画館では中央ではワンクール前に上映が終了している『恋愛モノ』と、ギャグアクションの『ヒーローモノ』。そして、子供向けの『ファンタジー・アドベンチャー』と選べる種類が少ない。

 

本来のデートなら間違いなく『恋愛モノ』をチョイスしていただろうが、エドワードの気晴らしも兼ねてのデートと言う事で、ハボックはエドワードが観たい映画を優先させ『ヒーローモノ』を観る事となった。

 

映画のストーリーは、『見た目がカッコ悪いが行動はキザ』と言うヒーローが、超イケメンの悪役からドジを踏みつつ街の人々を守ると言う陳腐な話し。ベタベタなギャグが応酬される内容だが、それなりに笑えて楽しかった。

 

映画館を出た時には、辺りは暗く申し訳無さそうに設置された街頭が駅まで続くメインストリートを照らしている。

二人歩きながら映画の感想を話していたが、ハボックはエドワードの瞳を見ながらある事に気が付いた。

 

――― 俺に向ける視線と大佐に向ける視線は明らかに違うんだな。

 

気晴らしと言うのは口実で、ハボックはエドワードに少なからず好意を抱いている。

もし、今の恋が苦しくて隙が有るならば、「自分がその隙間を埋めてあげたい」と考えていた。

しかし、実際にエドワードが向けるその視線には、『邪な考え』など一点も無く自分を信じて街に繰り出してくれる純粋な視線だけだ。

 

そして、ハボックはその視線の中に僅かながら違う意味の親しみを向けるエドワードを見つけた。それは、士官学校時代同級生が話していた『妹の話し』をフト思い出させる物だった。

 

「なぁ、エドは『兄貴』って欲しくなかったか?」

「イキナリ何の話しだよ?……そうだなぁ〜、兄貴がいたらって憧れはあったよ。有り得ない話しを考えても無意味だけど、俺に兄貴がいたらまた違った人生歩んでいるんだろうなぁ。」

「俺の友達に七歳年の離れた妹が居る奴がいてさぁ、普段は凄く邪険に扱うんだよ。だけど、本当は心配で心配で誰よりも大事にしているって感じで。もし俺に年の離れた妹がいればエドぐらいだよなぁって思ったんだ。」

 

その話しを聞いてエドワードは、金の瞳を大きく開け暫らく黙ってハボックを見詰める。暫しの間と沈黙が続いた両者だったが、エドワードが小さく吹き出してその均衡が崩された。

 

「妹?俺の何処見たって弟だろう?」

「エドは今『女の子』だろう。だから妹、 弟はアルフォンスだな。」

 

エドワードの恥ずかしそうに顔を歪める表情が何とも愛らしく感じる。ハボックは、立て続けに言葉を発する。

 

「……だから、何か困った事があったら『兄貴』に相談しなっ?」

 

エドワードの表情が驚きから和らいだ表情へとくるくる変わる。その変化にもハボックは胸の奥にチクリとして、鈍い痛みを感じずには居られなかった。

 

「少尉が兄貴って……頼りなさそうじゃん!?

 

エドワードの痛烈な一言が、逆に二人の壁を取っ払っていく。和気藹々とじゃれあいながら二人はホテルのロビーへと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

大きな声で笑いあい楽しそうにホテル内に入って来たエドワードとハボックを、ロイは何杯目かの珈琲を飲みながら怪訝な目付きで眺めていた。

 

ロイとしてみれば、やっとの思いで開放されエドワードと話しが出来ると思って居たのに、つれない恋人は部下と楽しそうに外出先から帰って来る。普段自分にも見せないような屈託の無い笑顔が、ロイの感に触って仕方がない。

 

飲み掛けの珈琲をそのままにして、ロイはエドワードとハボックの方に歩み寄った。その表情は、今にも右手から『焔』を練成しそうな程冷めた表情でゆっくりと間合いを詰めるが如く近付いて行く。

 

一方、そんな表情の上官を眼の辺りにして、ハボックは

 

――― 殺される?焼かれる?消し炭??

 

と、内心ビクビクとしていたが、隣りに並ぶエドワードが今までの表情を一変させ、上官をキッと睨め付け凛と胸を張って立ち止まった姿をボー前と眺めてしまった。

 

「やけに楽しそうじゃないか?エドワード。」

「お蔭様で、ジャンと楽しい一時を過ごしましたよ……大佐殿」

「……ジャン?」

 

――― 修羅場!!

 

ハボックは、元は自分が誘ったデートであるのだがその事で、恐ろしい形相の上官と先程までの愛らしさを捨てきったエドワードを交互に見て居た。

 

エドワードがその表情を緩めハボックの腕を掴みロイから2・3歩離れる様グイグイと引っ張って行く。そして、上着のポケットから小さな紙袋を取り出すと照れながらそれをハボックに渡した。

 

「あぁ…っと、今日はありがとう。その……さぁ、気使わせちゃって……でも楽しかった。これ……今日のお礼?じゃ変か?兎に角、ありがとう…………。」

 

暫らく妙な間を取ったエドワードが、顔を赤らめながら小さな声でこう付け加えた。

 

「ありがとう……兄貴。」

 

ハボックは一瞬唖然としたが、すぐさま何時もの飄々とした雰囲気で「何時でも声掛けろよ!小さな妹君?」っと言い返した。勿論「小さいは余計だってーの!!」とエドワードかお小言が帰ってきたが。

 

再び視線を強く挑むような表情に変えたエドワードは、自室の部屋に通じる階段目指し無言でロイの横を通り過ぎようとして行く。ロイは慌ててこの視察の弁解と今ハボックとの行動に質問しながらエドワードの横に付いて歩いて行った。

 

嵐のような二人を見送ったハボックは、エドワードから貰った紙袋の中身を確認した。

それは先程寄った雑貨店で購入したのか、それは銀のライター。

 

ハボックは胸ポケットから煙草を一本取り出し口に咥えると、今エドワードから貰ったライターをカチンと言わせ煙草に火をつける。

 

「『兄貴』………か。」

 

紫煙を漂わせその流れをぼんやり眺めながらハボックは何とも複雑な気分になっていった。

 

――― 恋人のポジションは『戦わずして不戦敗』。

 

エドワードの『兄貴』としての新たなポジションを得たのだが、やはりその心情は何とも言えない感が拭えなかった。

 

 

 

End

(Up 28 December, 2004)