ハリケーンの町で…

 

 

 

 

その出会いは偶然だったのか





必然だったのか………








― 現代版パラレル
   【ハリケーンの町で…】―
         





自治体からの放送で今日中に大型ハリケーンがここを通過する事は聞いていた。
しかし、ゾロは避難している場合ではなく非常食の詰ったディーバックを背負い決死の覚悟で出社したのだが、会社より五駅離れたこの駅のホームに降りる事を余儀なくされた。

「考えが甘かったか?」

決して大勢では無いが、数十人の人々が自分と同じく有無を言わさず車外へと追い出されて途方にくれている。鉄道会社としてもこれ以上危険な運行をする事が出来ず、緊急処置としてこの駅のホームに電車を止めハリケーン通過に準備しているのだから文句を言う事すら出来ない。

そもそも、この時期この町に残っている事すら自治体の命令に反しているのだ。


避難命令が出されているこの町にゾロが残った理由は、今自分が勤めている会社の為でしかない。
所属している部課が『情報システム課』であり、この会社が所有する重要機密情報を護るウォール作製の張本人だからだ。

薬剤会社と言う特殊な会社には入れたのは、情報処理能力に優れた能力があったからだ。決して大学で医学を学んだ訳では無い。事実ゾロは最終学歴が中卒で、この会社の中では異質な存在である。しかし、ゾロの持つその力を高く評価した社長ホークスに拾われて今の仕事に付いている。実際は、会社のガードシステムを構築した本人だと会社的にも社会的にも伏せられている為、学歴に取り付かれた社員の何人かからは、ゾロの学歴を馬鹿にして集団で揶揄する者も居る。十九歳にして会社の情報を保持する重要な仕事を任されているゾロにやっかみも在るのだろう。
そんな嫌味な風景が脳裏を過ぎりゾロは振り払う様に頭を振った。

――― 嫌味言わせねー!やる事遣って誰にも文句言わせねー!!

ゾロに対する会社内の風当たりが、今ゾロをこの町に引き止めている理由でもあった。



「さて……、どっするか?」

運行を待つと言っても、何時動くか解からない電車の前に居て埒があくわけがない。ディーバックからレインコートを取りだし羽織ったゾロは、雨が強く叩き付け始めた構外へと脚を運んだ。










「って、ここ何処だ?」

暴風雨荒れ狂う中、ゾロは迷っていた。
元々迷子になる事が多いゾロは、始めて降り立った町で案の定迷子と化している。嵐の為停電する町に灯りは無く、昼間だというのに薄暗い町中を散々闇雲に歩いた結果、どの方向に会社が在るのかすら今の時点で見当もつかない。

ゴーストタウンと化した商店街を歩いてはみたが、やはり人っ子一人現れる気配が無い。

「考えが甘かったか?」

数時間前にも同じ様な言葉を口に出した記憶が在るが、だからどうした?と歩む事を止める気には成らなかった。

「兎に角……はえーとこ会社に行かねーと」



会社の情報を引きずり出そうとしている集団『クロコダイル』。
この国の情報すらハッキングする粗暴な連中である。警察も彼らを追っているが、その姿を追い詰める事が今だ出来ない。つい最近も軍事機密をハッキングされて国を揺るがす大問題になったばかりだ。

彼らの手法は荒い。
ネットワークから入り込み情報を引き出して逃げるだけでは無い。ウィルスを埋め込まれる事もしばしばで、彼らの通った跡は、システムが壊滅状態に追い込まれる。


その集団の中でも一際目立つハッカーがいた。
裏社会での通り名を『コック』と言う。勿論、正体は解かっていない。

……男なのか女なのかすらも解からない。


『短時間で全ての食材を料理し尽した様に……』

そんな言葉を誰が言っただろうか?
見事なまでに防御壁(ウォール)を解体した挙句、コンピュータネットワークを使う事が出来る誰もがその情報を見る事が出来る様公開される。
その事で悪事がバレ検挙された会社は数十社を数え、マスコミでは『悪のヒーロー』とまで祭り上げられている存在。






凄腕のハッカー『コック』。ハッカーなどと可愛い表現ではその存在を表せない!クラッシャー『コック』が今、自分の作ったウォールに手を出して来たのだ。
ここ数日ウォールに取り付けられているトラップがある。
会社のシステムアップと同時に起動するそのトラップは、噂の『コック』の手口に良く似ている。うっかりそれを見過ごしバスターを掛けなければ、既に下拵えされたシステムは、あっという間にウォールを突破された上にシステムは破壊されて、企業機密から社員のプライベートデータまで根こそぎ開示されてしまっただろう。

ハッカーは、自分では何も生み出さずただ奪うだけの集団。
ゾロは、今まで苦渋を舐めながら会社で働きこのシステムを構築して来た。忌わしき存在から会社を護る為、それ以上に自分自身を護る為に戦おうとしているのだ。

しかし……、システムを制御するコンピューターがある会社に辿り着く事が出来ない。停電だからハッカーは来ないだろうと安直には成れない。何せ相手はアノ『コック』なのだから……。

「………だから、ここは何処だ?」

強い風を雨で視界を失いながら、ゾロは使い古されたビルへと身体を滑らせた。







暫らく使われていないのか?
壊れたシャッターの隙間から入ったビルの一階は、セキュリティーが無くガランとした空間だけが広がっている。かつてはジャンクフードの店だったのだろうか、ポップな壁紙と客席に対面したカウンター兼キッチンがその名残を告げていた。

取り合えず濡れたレインコートを脱ぎながらカウンターへと歩み寄る。埃だらけの床に腰を降ろしディーバックからプロテイン飲料を取り出したゾロは、ゴクリとそれを飲み干し大きな息を吐き出した。
コートの隙間から入り込んだ雨のおかげで服はビショビショに濡れている。このままでは風邪を引くだろうが生憎着替えは持って来なかった。唯一入っているスポーツタオルで濡れた髪を乱暴に吹き上げタオルを首に掛ける。
しかし、濡れて冷えた服に体温を奪われ始め、ゾロは大きなくしゃみを一つした。


「あん?……誰か居るのか?」

ゾロは、自分が背を預けているカウンターの裏側から聞こえて来た声に緊張を走らせた。

避難勧告が出ているこの町に、そしてこの廃屋のビルの中に自分以外の人間が居るとは予想もしていなかった。火事場泥棒ではないが、住民が居ない隙に略奪を考えている族かもしれない。そんなNewsは、TVでざらに見る事が出来る。
ゾロ自身、タイマン勝負で自分が負けるとは思わない。ブッチャケて言えば、腕に自信が在る。しかし、相手が飛び道具を持っていれば圧倒的に不利な事は確かだ。

ゾロは、男の質問に無言を通しその気配を探る。殺気を帯びていれば先手で打つしかないと何パターンものシュミレーションを頭に画く。しかし、カウンター越しの男は、緊張感の欠片も無く間の抜けた質問をゾロへ投げる。

「……居るんだろう?…………居るんだよな〜、誰か?……もしかして……幽霊か?それとも虫?わぁぁぁ!!虫が喋ったって!!!!!」
「誰が虫だっ、アホッ!!」

思わずゾロは立ち上がり、カウンターの裏側を覗き込む。だが、日が落ち灯りの無い廃墟の中、暗闇の中でその存在を確認する事は出来ない。

「お前、ここで何をしている?」

ゾロは、取り合えず男の所在を確認する為、質問を投げ掛けた。

「事故って雨宿り」

声の主は、自分の正面下辺りから聞えて来る。

「事故?」
「バイク乗ってて強風に煽られて転んじまった」
「…大丈夫なのか?」
「なんとかアバラ2本で済んだ」
「………」

男は平然と呆れるに十分な言葉を吐く。
このハリケーンの中をバイクに乗る馬鹿が何処に居る?嫌、ここに居るかとゾロは自分自身にツッコミを入れる。
屋根さへ吹き飛ばす程の強大な力を持つハリケーンと報道されていた。しかし……何故バイクに乗るのだろう?
もしかしてこの男は頭が緩いのか?そんな事も考えてしまう。

暫らく考え込んでいたゾロに、カウンター越しの男は話しを続けた。

「所でお前こそ何でここに居るんだ?」
「……迷った」

暗闇の中男は爆笑していた。
時折折れた骨が痛むのか「イテー!」と言いながらも笑う事は止めない。
暫らく笑うに任せていたゾロだったが、ゴホンと咳払いをして不機嫌な声を出した。

「この町でいきなり電車が止まっちまったんだ。知らない町歩きゃー誰だって迷うだろう!?」

知っていても迷子になる事は敢えて伏せる。
男は笑いに堪えながらも涙声で返答して来た。

「電車に乗ってって避難の最中か?」
「……いや、会社に行くつもりだった」
「こんな日に会社!?てめェはクソ真面目だな?」
「……お前こそバイクで避難するつもりだったのか?」
「いや、俺は…まぁ……仕事だ」
「………」
「………」

暫らく無言の静寂が辺りを支配する。
その間、ゾロはカウンターに沿って移動して男の座ってる付近へと腰を降ろす。しかし、何も光りが無いこの空間で、男の気配は解かるがその風貌は捕らえることが出来ない。

あーとか、うーとか声を出してバツの悪そうな響きを口にした男は、ゴソゴソと何かを探す音を立てた後カチリとライターの火を打つと煙草を吸い込んだ。
一瞬火に照らされて見えた横顔は、整った顔付きだが眉毛が巻いていて滑稽でも在る。自分と然して変わらないだろう歳か?そんな事をゾロは考えた。
思考の世界に浸っているゾロをどう思ったのか、男は聞きもしない事を怒涛の如く口に出し始めた。

「ハリケーンが来る事は知っていたんだけどよー、思ったより速度が速くて目的地に辿り付けなかったんだよ。ちょっと材料を確認しようと思って来たんだけどよー……、誤算だったぁ〜!」
「材料?」

話の中に気に止まる言葉をオオム返しに聞き返す。

「あぁ……、俺の仕事コックなんだ」
「コ……ック……」

ゾロは思わず身体に緊張を走らせた。ハッカー『コック』の事が頭にあった為、その言葉に反応したのだが、考えてみれば世の中に調理人『コック』と言う職に付いているのは大勢いる訳で、今更ながらその事に疑問や戸惑いを感じる事がおかしい。

「俺、Mシティーの『バラティエ』でコックしてんだ」
Mシティー!……あのバラティエか!?」

バラティエは、Mシティーどころか全国的に有名なレストランで、予約は半年先まで埋まっているほど人気の在る店だ。
ゾロも何度かその店の前を通った事が在る。しかし、その店に足を踏み入れた事は一度も無い。ポッと出掛けて入れる事など無いのだ。

「おっ?バラティエを知っているのか?」
「知っている。俺はMシティー対岸のSシティーに住んでる」
「へー!」

第一級河川を挟んで向かい合う町に小さなアパートメントを借りている。会社には電車で一時間以上も掛る不便な町なのだが、何故か離れる事が出来なかった。

「じゃぁ、今度食いに来いよ。俺が腕に縒りを掛けて料理出してやる」
「てめェは……皿洗いとかじゃないのか?」

料理人の世界は詳しくないが、若い時は修行として料理をほとんどさせてもらえないと聞いている。ゾロは、若いこの男が調理場で下働きをしているのだろうと勝手に考えていたのだ。

「ああ!俺はバラティエの副料理長だっ、クソヤロー!!」
「………」

なんと口の悪い男だ。
そう思いながらもゾロは口を閉ざす。

「本当かどうか今度見に来やがれっ!そんで、クソ旨いモン食って腰抜かせアホ!!」
「……解かった。今度行ってやる」
「行ってやるじゃねーだろう!?行かせて頂きます。だっ!!」
「………」

暗闇の中、男の怒鳴り声と外の荒れ狂う風の音がビルの中を賑わす。
ゾロは頭をワシワシと掻き、小さく息を吐いた。

「てめェ……今、呆れているんだろう!?馬鹿にしてるのか!?喧嘩なら買うぞ、オラッ!!!」
「さっきからウルセーんだよ。チッター静かに話せ、ヒヨコ」
「ヒ………ヒヨコだとーーーーー!!いい年こいて迷子になる単細胞生物にヒヨコ扱いされる謂れはねーぞっ!!」
「誰が単細胞生物だっ!」
「てめェだ、てめェ以外誰がここに居る!!」
「!!!」
「暗くても解かるぞ!てめェ、ジジーだろう?どうせ、家族と非難する時可愛いレディー達に『ウザイ』とか『クセー』とか言われて一緒に非難できなくて仕方ない会社へ非難するんだろう!?はっ、キタネー親父がゴチャゴチャぬかすなっ!!」
「俺は結婚なんてしてねー!だいいちオヤジじゃねー、まだ19だ!」
「嘘ッ!俺とタメ??」
「………」
「………」

黙り込み気まずい空気が支配する。
外の風の音だけがこの空間に在る様な……、そんな気まずさだ。

暫らくお互い無言を決め込んでいたのだが、隣でうーとうめき始めた声にゾロは、口悪い男が心配になり始めた。

「てめェ……大丈夫かよ?」
「ウッセー……こんなの…何ともねー……」

言葉とは裏腹に、その声は何とも心許ない。
ゾロも昔は散々怪我をして来た。だから、男の怪我が自分が思っているより酷いのでは無いか?そんな事が頭を過ぎる。
折れた骨が内臓に刺さっているかもしれない。アバラが折れただけと言っていたが、実際は打撲傷を含め深手を負っているのでは無いか?

「ちょっと見せてみろ」
「何を?」
「怪我が無いか見せろってんだ」
「ばーか!この暗闇でどうやって見せる!?」
「……火あったな?」
「ライターで見る気か?」
「何か燃やせる物探して来る」

ゾロはゆっくりその場から立ち上がり、足場を確認しながら暗い室内を薪に成る物を探し歩いた。







壁際に在ったウッドボックスを壊し薪にしたゾロは、男からライターを借り火を灯した。暗く寒かった空間は、小さな火が灯っただけで閉鎖された気まずい空間に、ほんの僅かだが安心感を与えている。
ゾロは、金髪の男が転倒した際に擦り切れた上着を脱がせ、焚き火の火を頼りに怪我の状態を見る。確かに肋骨は折れていたが、内蔵に刺さってはいなかった。頭もフルのヘルメットだったのが幸いしてか大きな怪我は見当たらなかった。首は少し痛むと言っていたが、捻った様子で然程気にする事は無さそうだ。念の為に病院で検査はしてもらうべきだろうが………。
しかし、激しく身体を打ちつけてしまったのだろう、男の左肩は脱臼していた。心得の在ったゾロは、手荒だが肩を嵌め込み首に掛けていたスポーツタオルで肩を固定する。そして、左脹脛外側を大きく切っている場所は、男の持っていた水で傷を洗い流し自分のシャツを切り裂いて少しキツメに縛った。今、ゾロが手持ちの物で出来る応急処置はこの位だろう。

「あぁ…、何てこった…。俺のハーレーちゃんが傷だらけだ……」

治療の最中もその言葉を何度も吐く男。自分の身体より愛車のバイクの方が気に成るらしい。これだけの怪我を負って、この建物内にバイクを引き摺り込んだ根性は認めるが、それ所では無いだろう…。と呆れ半分でその男を観察していた。

「高かったんだぜー…、スゲー金掛ってんのにナイスバディーが台無しだ〜」
「直せば良いだろう」
「あぁ!!愛しのハーレーちゃんに傷が着いたんだぞっ!」
「………だから直せば良いだろう」
「会社人間の堅物なてめェになんかに、俺の気持ち何てペッパーの粒ほどわからねーんだっ!」
「なんだそれ?」
「てめェなんて趣味も何もねー枯れた人生送ってるんだろう。寂しー人生だなぁ……」
「勝手に人の人生決めるなグル眉」
「グル眉だとー!!」



室内に火が灯されても喧嘩腰なのはこの男と相性が悪いのだろう。男との話しを打ち切りゾロは疲れていた身体を横にして遠慮なく大きな欠伸をした。
それを見た男もそれっきり口を閉ざして燃え盛る火を見詰める。そして小さな溜め息を一つ吐くと痛む身体を労りながら運び込んだバイクへと足を向ける。何やらゴソゴソと荷台のバックを探ると手に幾つかと荷物を持ち、再度火の傍へと腰を降ろした。
アウトドア用のコンロと小さな鍋に冷凍の真空パックされた何品かの料理、珈琲入りのポット。それとノートパソコン。奇妙な取り合わせだ。

室内にコンピューターの起ち上がる電子音が小さく響く。暫らくすると男は、カタカタとキーボードを叩き何やら作業を始めたようだ。
背を向けて横になっていたゾロは、職業柄のせいか身体を捻り起こしその男が開いているコンピューター画面へ視線を向けた。

PCで何するんだ、ネットでも見るのか?」
「いや、壊れてないか確認するだけだ。第一、繋ぎたくても携帯じゃぁ時間掛ってイラつくからな〜……、TVもバッテリー食うし。取り合えず壊れてなけりゃ助け呼ぶにも使えるだろうし、情報も取れる」

そのまま男は無言でキーボードを叩く。
その男の指の動きは迷いがない。「慣れているな」とゾロは心の中で呟く。男の真剣な眼差しに暫し口を開くことは避け、その成り行きを見守っていた。

「あぁ〜、良かった〜。ファイルもシステムも大丈夫だぁ〜!これでPCまで壊れたら、俺は借金王になっちまっていた〜」

大きく伸びをしながら安堵の声を出した男は、満面の笑みを浮かべた。その顔は、先程までのさやぐれた男の顔では無く、同い年と言うより年下の少年のような雰囲気で在る。

「……ノート型持ってんだ」

ゾロは何と無く口に言葉を出した。別段この男と話したい訳では無いが、気紛れな心がそうさせたのかそんな陳腐な事を口に出していた。

「おう、俺これでもバラティエのホームページ作ってんだ。だから時間がある時何処でも作業できる様にノート型買ったんだよ。本当はコイツじゃなくて『リンゴ姫』にしようと思ったんだが、購入当時店に在るコンピューターと語原がドータラコータラって先輩風吹かした野郎に言われて渋々諦めた。けど、今はコイツが気に入っている」

ゾロは『リンゴ姫』の言葉に首を傾げる。そんなコンピューターメーカーがあっただろうか?しかし、暫し考えて「あぁ」と一人納得した。
メーカーのロゴマークに『りんご』があったな……。と。

「てめェも個人でPC持ってんだろ?」
「俺はディスクトップだ」
「へ〜……、何処のだ?」
「………同じメーカーだ」
「奇遇だなぁ〜」

ひょんな事から話しは弾み始めた。
室内に漂っていた如何ともしがたい空気は、さして取り止めもない馬鹿話で和やかに変わっていく。と言っても、喋っているのは殆どが金髪の男で、ゾロは言葉短く返答するか首を振る程度の事だ。しかし、久し振りに同年代の人間と話す事にゾロは楽しみを覚え始めている。
何時もは、自分より高学歴で年上の人間達と接してばかりで歳相応の友達と触れ合う事は無い。昔つるんでいた友達とは、社会に出てからは音信不通状態でメールの遣り取りすらない。
今目の前で痛みに悶えながらもベラベラと喋り続ける男も、職場には自分と同い年の人間は居ないと言っている。境遇は恐ろしいほどよく似ていたのだ。


同い年
自分より年上の人間のみが居る職場
コンピューターに精通している
バイクが好き
格闘技をしている




血縁者が居ない




雰囲気も暗闇で確認できる見た目も似通っていない。どちらかと言えば真逆に居るだろう金髪の男。口を開けば口が悪い皮肉めいた言葉。屈託無く笑う声。女が好きだと豪語する軟派な思考。
だが、嫌いにはなれない。夢がありそれを目指す意志の強さといい、軟派なわりに人の心を大切にする思い遣りの深さといい、痛む身体を庇いつつも始めて会った見知らぬゾロに自分が持っていた食事をとらせ様と準備する自己犠牲の精神といい………。

惹かれるのだ。

「お前ってさ、左だけピアスしてんだ……。もしかしてホモ?」
「誰がホモだ!」
「よく言うだろう?『左耳だけはホモの印』だって」
「くだらねー嘘つくんじゃねーぞ!このアホ眉毛」
「誰がアホ眉毛だっ!このミドリオヤジ!!」
「ミド……!!」
「ミドリ頭、マリモ、ホモ、コンピュータオタク」
「何だとー!このアホコック、ハリケーン中バイク乗るてめェは頭ん中緩いんだろう!?」
「――― ッ!ウッセー、このハゲ!!」
「俺は禿げてねー!!」
「ハゲハゲハーーーーゲ、ミドリハゲ!!」
「てめェ……、黙れこのエロコック!」

超絶頭に来る言葉も吐かれ、普段の自分なら本気で殴って遣ろうかとも思うのだが、それでもその容赦無い言葉の遣り取りが楽しいと思ってしまう。会社では、こんな言葉使いは出来ないし、無論子供じみた遣り取りなど皆無だ。ただ腹の中を探る様に話す駆け引きと中傷……、それだけの会話。そんな殺伐とした毎日。
だからなのだろうか?この時間がとても大切で、この男ともっともっと話せれば……。そんな事を考えてしまう。

今は……今は、それ所では無いというのに。

自分の存在価値とでもいうべきガードシステムが狙われているというのに、こんな廃墟の中で面白おかしく話などして居る暇は一秒も無いというのに…。

一瞬沈み込んだゾロの表情を見落とさなかった男は、煙草に火を着けながら先程とは打って変った穏やかな声で話始める。

「俺が副料理長に成ったばかりだったか…?まぁ、オーナー……あぁ、俺の養い親のクソジジーが倒れたんだ。似あわねーぐらいにバッタリと。そんな日に限って色々イベント詰っててさぁ。」

カチリとライターの音が室内に響き少しばかりだが灯りが大きくなる。フーと紫煙を吐き出した男は、誰に語っているのか正面の暗闇に顔を向けた侭話し続ける。

「知り合いのホテルでレセプションが在ってそこの料理頼まれてて、店は結婚式で貸し切り。ジジーは入院、頼んでいた食材は、天候不良で届かず。ホテルの仕込みを指示して無免でバイクに飛び乗って店へ戻れば、何処かの馬鹿野郎共が店へ乱入して暴れてやがる!クソ頭に来たね。」
「……で、どうなったんだ?」

話の流れが掴めないものの、ゾロは続きを促す。

「蹴って蹴って蹴りまくって警察介入されて結婚式は出来ず、俺も事情聴取で警察行きになっちまったからレセプションはボロボロ……。結婚式なんて出来る訳がねー……」

男は自虐的に喉奥で笑い肩を竦める。

「俺がジジー以上に!!って気張ってみても所詮こんなもんだった……」

金髪の男はチラリと視線をゾロへと向ける。

「ジジーは……自分に何時何が在っても良い様に準備してあったんだ。不測の事態に備えて万全と……。俺はそれを無視して突っ走った。馬鹿だったね、自分がクソ最高に出来る男だと勘違いしてたんだ。てめェはどうだ?今にも空飛んででも行きてーみたいな面してるけど、何があっても良い様に万全は期してねーのか?遣ってあるなら慌てる事は無い。……違うんなら今は待つしかねー……」

唐突に話は終わり静かな空間に燃やしている木の音が響き渡る。ゾロは、軟派な男の言葉を何度も咀嚼し、脳内へと送り込んだ。


自分はどんなハッカーが来ようと返り討できるだけのシステムを作り上げて来たつもりだ。しかし、まだまだガードシステムを強くする事が出来ると思っている。

世界最強の「ガードシステム」を作る事

ゾロには夢がある。
だからどんなに無敵のシステムと噂されていても不安が胸に過ぎる。
気晴らしに身体を動かす事が出来れば良いのだが、今はそれも叶わないだろうこの状況……。ユウツにゾロは小さく息を吐き出した。

「兎に角今は食え、そんで寝ろ。起きれば嵐も居ねーだろうし」

見知らぬ男がぶっきらぼうに声を出す。
店の試作品を真空冷凍して届ける筈だった食料を温め、簡易な皿に盛り付けゾロに手渡す。「酒はねーが、クソ美味いぞ」と言葉も添えられて。
言われる通り今更ジタバタしても始まらず、ゾロは大人しくその食料を口にすれば、試作品と男は言っていたが評判以上に美味く心穏やかにさせる食事であった。

暫らくして自分の直ぐ傍で規則正しい穏やかな寝息を耳にして、ゾロは知らずこっそりとその顔に微笑を浮かべていた。





知らぬ間に眠ってしまったゾロは、ガチャガチャと金属の当たる音を耳にして目を覚ました。コンクリートの上にラバー敷きの床に寝て居た為か、身体の節々が何と無く痛い気もするが敢えて気にしない。上半身を起こし大きく伸びをすれば、テンションの高い男の声がゾロへと投げられた。

「何時まで寝てるんだマリモマン。外は快晴だぞ」
「ん……」

短い髪を乱暴に掻き声の方向へと顔を向ければ、男は昨夜使った簡易コンロ等をバイクの荷台へと積み込んでいる最中だ。
身体を傾ければ真だ痛むのだろう。時折うめきながら緩慢な動作で作業をする。ゾロは起ち上がりその男へと歩み寄った。

「身体の具合はどーだ?」
「まぁ……、なんとかな」

強がりだろうその言葉にも威力が無い。何より差込む朝日に照らされた男の顔色は白いと言うより青いと言った方が早そうだ。

「バイク乗って帰るのか?」

バイクの振動もかなり痛みを生み出すだろう。とても長時間大型バイクを乗る事など無理である。しかし、男もその事は踏まえていたのか、苦い顔をバイクに向け小さく息を吐き出す。

「さっき携帯で店の奴らに助けを呼んだ。車で迎えに来るそうだ。」
「……そうか」
「しっかし……」

そのまま無言でバイクに指をそわす。愛しい者を撫でる様にその白く細い指がバイクのラインを指でなぞる。

「何か問題でもあったのか?」
「……バイクはここに暫らく放置だ」

1,000cc
クラスのバイクを運ぶ手段が直ぐには無いのだろう。再度溜め息を着いた男は、その場にゆっくりと腰を降ろす。

「これからてめェはどうする?電車って言っても線路点検とか有るんだろう?直ぐには動くと思えねーけど?」
「………」

そこまで考えていなかった。
ゾロは、ハリケーンが過ぎれば直ぐに会社へと電車で向かうつもりだったのだ。男に指摘されるまでそんな事を考えてもいなかった。
どうするかと頭を掻き俯いたゾロに、男はこう提案した。

「てめェ、バイク乗れるって言ってたよな」
「あぁ、乗れるが?」
「俺のバイクで会社行かねーか?」
「ああ?」
「そんで、てめェ休みの日にバラティエへバイク届けてくれ」

明暗だろうとばかりに声を弾ませる男。
ゾロにしてみれば有りがたい申しでだったので、二つ返事でこれを了解した。

「なら、今週の土曜日てめぇの店へ届ける。それで良いな?」
「助かる。あぁ……土曜日なら…昼頃来いよ!クソ旨いランチ食わせてやる」

ニヤリと笑う男に目を惹かれる。不敵に笑っているのだろうが、そのブルーアイズはバイクを放置せずにすんだ嬉しさと、痛みに堪える苦しさと、不躾な申し出を受けてくれた安堵感……。色々な表情が入り混じった瞳が揺れている。痛みで潤んだ瞳がゾットするほど艶めかしい……。
不埒な考えが脳裏を過ぎるがゾロは即座にそれを否定し、その笑いに答える様笑って差し出された鍵を受け取った。



転倒の際大きく破損したヘルメットは用を成さない為被らず、ゾロは外へと出したバイクに跨り男を見た。先程まで会社の在る町への道を聞いたが、イマイチ不安は拭えない。それを悟ったのか、男はニヤニヤしながら煙草を咥えて見詰めている。
結局バイクに積んだ荷物は、男が持ち返る事に成っている。その為、バイクにはゾロのバックのみが括られている。

「んじゃぁ、迷わず行けよ。いっくら光合成に丁度良いからって寄り道してんじゃねーぞ」
「ガキじゃねーんだ、迷うわけねーだろ」

低重音のエンジン音が町に響き渡る。ゾロは怪我をした男を一人残す事を暫し躊躇ったが、その背中をポンと叩かれて意を汲んだ。
迎えが来ると言っているのだ。それに土曜日また会える。

また会える?

その言葉にゾロは嬉しさが含まれている事に気付き首を捻る。しかし、その正体がなんなのか今は詮索する気にもならなかった。



「土曜日」
「あぁ、待ってんぜ」

その言葉に頷き、ゾロはアクセルを吹かしクラッチを入れると、男が教えてくれた道順を反復しながら会社へ向けバイクを飛ばした。





「さて……、予定はオジャンだな。取り合えず………作戦を立て直すか?」

男が建物内に再び入りコンピューターの電源を入れる。携帯電話を繋ぎインターネットへと繋ぎメールを作成し始めた。




『鰐へ

予定変更。

鷹の目の三本刀には本日接触不可能。時期を見て出直す。

                        コック』





End