東雲のミッシングパーソン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「敵に背を向ける事は俺にとって屈辱以外ない。

 

相手が牙をむいて来るのなら、真正面から迎え撃つ事が俺の信念なんだが……」

 

 

 

 

 

 

何気ない会話の中のひと言。

ゾロの言葉を聞いたサンジは、今にも泣きそうな顔で儚げに笑った。

 

それ以来金糸の髪を持つ男は、時折やや瞼を伏せ笑うようになる。何処か淋しい笑いを浮かべる男の本心をゾロは捉えきる事など到底出来ない話だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハリケーンの町で…… 第4部

 【東雲のミッシングパーソン】

     

 

 

 

 

 

 

 

人間は、寝ないと生きてはいけない。

 

無論食べなければ餓死を迎える。しかし、睡眠という一つの生理的欲求を無視する事は、死に直結するのかもしれないとゾロは思った。

 

サンジと場所を変えながら、対クロコダイルプログラム制作に力を注ぐ毎日。

どんなに時間を掛けたくとも、相手に不信がられたら最後クロコダイル自身に逃げられる確率は高い。

それ以上にこちらが告訴されて返り討ちにあう事も考えなければならないとなれば、必然的に遅くとも1ヶ月半内でことを終わらせる必要がある。

それはとても不可能な話であった。

 

対クロコダイルプログラム。メインアタッカーを1本、囮(trick)を3本。

メインアタッカーはサンジ専用として今まで使っていたクラッキングプログラムをバージョンアップして使う。

他のプログラムは、サンジの動きとは質の違うものを作る。しかし形式が似ていてもある程度の個別差を作らなくてはならない。

 

プログラムの流れを考え、それをプログラミング言語でテキストソースファイルを作る。手打ち作業なため時間も掛かるが、これが出来なければ何も始まらない。

 

プログラムは、定義と命令の集合体だ。

 

まず大まかな動きをメインルーチンとして作る。主に全体的な流れをここで指示する。

そしてAの動作が起こった時、Bの行動を実行する。もし、Cの行動があったならDの行動をせよ。それを一つの関数としてサブルーチンとしてテキストソースにしていく。

さらに細かい動きのサブルーチンを幾つも作りだす。

ダラダラと長いプログラムを作れば、それだけ動きが遅くなるので出来るだけ小さなプログラムを作る必要が出てくる。とてもハイレベルなシステム作り。

 

その後、機械語に変換するコンパイルでバグを見つけ、何度も修正の後リンカにかけてメインルーチンといくつものサブルーチン一つのプログラムにしていく気の遠くなる作業が続く。

 

実行ファイルを起動させて、動きをテストして……。やらなければならない事が多すぎる。

プログラムが正常に動きませんでした。だから、失敗しました。

……では済まされない一発勝負の戦い。

 

 

 

 

1日は24時間と決められている。

そんなに忙しくとも時間は着実に時を刻み、容赦なく日付を変えていく。

そうなると必然的に何かの時間を削る事となる。サンジが最初に削り取ったのは睡眠時間だ。

 

食事はゾロの分だけ確実に調理している。ナミが指定した場所によって調理器具の差があるので本格的な料理とまでいかない時もあるのだが、それはプロの料理人でもあるザンジからすれば些細な事だった。しかし、自分は口に入れる時間が惜しいとばかり適当に食を取る。

 

そして睡眠に至っては、徹夜徹夜徹夜と殆ど睡眠時間を無くし必死にプログラムの作成に時間を掛ける。

ゾロも勿論フローチャート(コンピューター用のプログラムの設計)を見ながら手伝うのだが、扱っている言語も違うためなかなか作業が捗らない。

その上、所詮『餅は餅屋』であるためクラッキング用のプログラムを作るには、サンジに掛かる負担は大きい。

せめて日常生活の雑務ぐらい受けようとしても、実際は場所の移動や不信人物に対する見張り等で神経をすり減らし、些細な作業も億劫に感じる。

 

『逃げる』

と言う行為は、思っていた以上に体力精神力共に追い詰められて辛い。

ただの逃亡とは違う行為が伴っているのだ、そんな事は始めから判っていた事なのに。

 

 

 

自分を切り捨て一心不乱にPCへと向かうサンジは、どこか人ではない雰囲気が漂う。

声を掛けても反応がなく、時々ボーっと空中を眺める姿は気がふれてしまったのではないかとゾロは心配になった。

 

そして……

気付いた。

 

徹夜が3日目を迎えたある日。

何気にPCを覗き込んだゾロが見たのは、同じサブルーチン(コンピューターのプログラム用語で、共通した部分をひとまとめにし、主プログラムから分岐させたもの)を何個も作っているサンジの行動だった。

 

勿論ゾロは、嫌がるサンジを力ずくでベッドへ移動させて寝るよう命令した。しかし、負けず嫌いのサンジが素直に寝るわけもなく無駄な体力と時間の浪費の末、やっと眠りに落ちたのだ。

 

それ以来ゾロは、サンジの体調管理を細かく指示する。

本来ゾロは、適当な日常生活を送り食より睡眠時間を優先した生活を送っている。掃除洗濯にいたっては、煩わしさしか感じることがなく埃で死んだ者はいないとばかり手を抜いていた。

 

そんな自分が……他人のために何かしてあげたいと思うのは希有な事だろうか?

だが、サンジのために何かしたいと思うこの気持ちは、嘘でないのだから自分の心の赴くままゾロはサンジの世話をやいた。

 

素直に行為を受け入れる男ではないが、それでも気持ちは嬉しいと笑い、サンジはそれ以来無謀な徹夜作業は控えるようになった。

それだけではなく、逆にゾロの面倒を事細かに気遣うようになり、ゾロとしてはいた堪れない気分だ。

 

「珈琲ぐらい煎れられるから言え」

「てめェが煎れるより俺が煎れたほうが美味いだろう」

「……そりゃー、その通りだが」

「なら問題ねーだろう?」

 

悪戯めいた瞳で笑うサンジの顔が、前より血色が良くなり生気が漲っている。

人に迷惑をかけることを極端に嫌う男が、ゾロの世話を甘んじて受ける事をせず、幸せそうに笑っているのだからゾロとしてはこれ以上言う事は出来なかった。

 

 

 

これが逃亡を始めて1週間の出来事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナミの指示で潜伏する場所は、その時々で違う。

 

富豪の所有する針葉樹が生い茂る山深い保養地。

サンセットビューを望む小さなコテージ。

時には、廃墟に近いアパートメントの一室だったりもした。

 

 

2人の生活が始まって20日以上経った今、居る場所は都会から少し離れたドライブインホテル。

ツインのベッドが部屋の半分を占拠する小さな部屋。

その部屋で快適に過ごす旅行ではないのでお互い別段気にはしていないが、サンジは

 

「もう少しキッチンが広けりゃ色々てめェにクソ美味いもん喰わせる事が出来たんだが」

 

と拗ねて呟く。

 

「お前の作るモンならなんでも美味い」

「………あ…当たり前だ!」

 

真っ赤な顔でゾロの言葉に言い返すサンジが、とても幼くて。

そんなひと時が幸せで。

ゾロは、時々自分とサンジのスタンスを間違えそうになる。

 

自分達は『友達』。

 

恋人では無い。

 

 

首筋まで赤く染めながらサンジはアタフタとPCに向かう。

背後で声を殺して笑うゾロに一瞥を投げると、プクリと頬を膨らませブツブツと口内で文句を呟きプログラム開発へと意識を向ける。

 

 

 

そう……けっして恋人ではない。

 

 

 

 

 

ゾロとサンジの関係は……友達。

 

 

 

その友達に対してゾロは劣情を抱いている。

僅かな睡眠をとる男の横に立ち、何度その身を喰らおうとしたか知れない。

この大事な時期、自分を信用して笑う痩身の男に、ゾロは耐え難いほどの欲望を内に潜ませている。

 

細い金糸の髪を掻き乱したい。

 

薄い唇に舌をねじ込み、思う存分嘗め回し愛撫して喰らいつきたい。

 

白く木間細やかな痩身を組み伏せ思う侭突き上げたい。

 

啼かせ善がらせたい………。

 

 

自分だけを視界にいれ、自分だけを感じ、自分だけを全てと思わせたい。

 

 

 

「ゾロ……具合でも悪いのか?」

 

暗い思考に囚われていたゾロに、吸い込まれそうな蒼の瞳が心配げに覗き込む。

白く長い指が優しくゾロの額を軽く触り、指の甲をツッと押し当てられた。

 

「少し休めよ、起こしてやるから」

「……問題ねー」

 

手首をやんわりと掴み自分の額から指を離したゾロは、清純なサンジの視線から目を離した。

 

自分の中にある疚しい想いを読み取られそうで、怖ろしくて仕方がない。

欲しければ奪えば良いと思っていたが、それでサンジを失う事を考えればそんな事は絶対に出来ない。

この想いに気付かれ距離を置かれたら……全てを失うのも同じだ。

 

「お前こそひと段落したらシャワー浴びて寝ろ」

 

眉を顰め言い聞かせるゾロの言葉に、サンジは皮肉に笑っただけで行動は起こさない。

変わりに席から立ったサンジは、食材の入った袋から紅茶の缶を取り出しゾロに笑いかけた。

 

「お茶にでもすっか?……酒は出さないぞ!」

「……分かってる」

 

その言葉にムッと顔を歪めたゾロは、近くの椅子にドカリと座った。

大酒飲みのゾロだから、本当は水代わりに冷えた発泡酒が欲しいのだとサンジは分かっている。

 

「紅茶にブランデーを少し入れてやるから我慢しろ」

「……ブランデーをタップリだ」

「メインが紅茶じゃなくなるだろうが」

 

呆れて笑いながら背を向けたサンジは、パカンと音を立てて紅茶缶を開ける。ゆっくりとリーフの優しい香りが室内を包み込む。

楽しそうに作業する男の背中を見詰めていれば、コックの職業は天性のものだと改めてゾロは思う。

本来こんな場所で人目から逃げて違法なプログラムを作るのは間違っている。

 

何気に置かれたマグカップからは、良質の紅茶の香りが立ち上っている。

紅茶の味と香りを損ねない程度に入ったブランデーの芳醇な香りが、その魅力を更に引き立てた。

 

幸せなひと時なのにこんなにも切なく思うのは何故だろう。

ゾロはゆっくり紅茶を口に入れた。

 

「ナミからメールが届いているぞ」

 

紅茶を飲みながらメールを確認したゾロは、定期的に届くナミからのメールに気付いた。

 

「おぉ!!麗しの女神ナミさんからのメールか!やっと俺に愛の告白をする気になったのかな?」

「………馬鹿臭ぇ」

 

サンジの態度に呆れながら机に置かれたノート型パソコンに視線を向けた。

 

「なんて書いてあるんだ?」

 

画面を覗き込むため、サンジはゾロの肩に手を置き頬がつきそうなほど顔を寄せてくる。

 

手が置かれた肩が熱い。

サンジの息遣いが身体の心を焦がす。

 

ゾロは態と咳払いをしてメールを開くと声を出して読み始めた。

 

 

 

『――― ゾロ、サンジ君元気にしていますか?

 足りない物があったら連絡ください。直ぐに用意します。

 

 勿論後日利子を付けて請求するから!

 

 

 

「……何処までがめついんだ」

「ナミさんにそんな言い方するんじゃねー!」

 

ぼそっと呟いたゾロの言葉に、サンジが牙を向く。

気を取り直してゾロは続きを読み始めた。

 

 

 

 そちらの作業状況はいかが?

 こっちはクロコダイルの実態が分かったので報告します。

 

 プログラムクロコダイルは、チョット前ニュースで話題になった『政治家汚職事件』。あの時名前があがったバロックワークス社の社長クロコダイルっていたでしょう?

 クロコダイル本人は今服役しているけど、そいつの当時秘書を勤めていたミス・ダブルフィンガーがクラッカー集団クロコダイルの首謀者。場所は彼女が経営している喫茶店で、元クロコダイルの参謀だった数名が携わっているわ。

 勿論クロコダイルの指示があってのクラッカー組織だと思うの。

 その証拠は、アクセスした時にデータを入手して初めて分かるわ。

 どっちにしろ、当時のブレーンが主要部門についているみたい…・・・厄介なほど緻密に動いているわ。

 

 まだサンジ君の事を気付いていないみたいだけど、出来るだけ早くプログラムを仕上げて、実行しましょう!

 

 

 それと、次の移動先の住所と地図を添付しました。

 早いうちに移動してね!

 

才女 ナミより。』

 

 

 

 

「………あっちは準備が出来たみてェだな」

「………あぁ」

 

ゾロの肩から手を離し、身体を起こしたサンジは細く息を吐き出した。

 

「美しいレディーが、変態の男に騙されてやった事件か……」

「お前の頭は少しおかしいんじゃねーのか?」

 

何処までも女性の見方をするサンジにゾロは呆れた声で言い返す。

女性にことごとく甘いサンジが、今回の報告で敵に手加減や仏心を出すのではないかとゾロは心配になる。

 

「たとえトップにいる奴が女だろうと、手を抜くんじゃねーぞ!」

「ばーか!当たり前だろう!?」

 

悪戯が成功した表情のサンジを見たゾロは、口角を僅かに上げて笑い返した。

 

サンジはゾロに背を向けて大きく伸びをする。

首を左右に傾けて凝りを解すと、首だけ振り向いてフワリと笑った。

 

「ちょっと早いが夕飯にするか」

「……飯はまだいい。それより風呂入って寝ろ」

「風呂はまだいい。じゃぁ、もうひと頑張りすっかな」

「昨日もろくに寝てないだろうが。明日は移動だ、ちゃんと寝ておけよ。じゃねーとまた移動の車ん中で居眠りして道に迷うぞ」

「道に迷ったのはてめェだろうが!?」

 

ゴラァ!と表情を変えて怒りを表す男は、どうやら口で言っても風呂に入って身体を休める気は無いらしい。

ゾロは椅子から立ち上がると、サンジの背後に立ちその身体を抱え上げた。

 

「ちょ……ちょっと待て、ゾロッ!!」

 

突然の出来事に身体をバタつかせるサンジを押さえ込み、数歩で着いた脱衣所にサンジを下ろす。

 

「ちゃんと休め、その間にさっきコンパイルが終わったチョッパーし様のプログラムを完成しておくからテストするとき手伝え」

 

声に相手を思う優しさと、目に有無を言わせない力強さで我が侭な子供に言い聞かせる様にサンジを説得する。

グッと言葉を詰まらせたサンジは、視線を逸らし何処かいじけた表情を滲ませながらも黙って素直に頷いた。

 

「仮眠取ったら食事して……テストするからちゃんと起こせよ?」

「あぁ、分かってる」

 

唇を尖らせ言い訳をする子供みたいなサンジが可愛い。

ゾロは安堵して頷くと脱衣所から出ようときびを返した。

 

「なぁ!」

「あぁ?」

 

背中に声を掛けられたゾロは、声の主へと再び視線を向ければ、上半身を露にした痩身が艶めかしい蒼の瞳でゾロを見詰めていた。

 

「てめェも一緒に入るか?」

「ふざけんな!そんな狭い風呂に2人で入ったら洗う隙間なんてねーだろうが!!」

 

サンジの言葉に動揺したゾロは、それでも平静を装い何時ものような応酬をしたが、心の蔵はドキドキと強く叩いていた。

 

「だよな……へへへ……」

 

何処か淋しげな表情と言葉に、ゾロはサンジを注意深く見詰めた。しかし、ベルトに手を掛けたサンジに気付き、慌ててその部屋から外に出る。

相手が何を考えてそんな言葉を吐いたのかは分からない。

しかし、ゾロにしてみれば拷問な行為に等しいサンジの言葉……。

 

奥歯をグッと噛み締め熱を持った下半身へと視線を向ける。

 

「オメェもちと堪えろ……」

 

小さく吐き出した言葉に逆らってゾロの欲望の象徴は、勢いを少し増す。

「はー」と情けない息を吐き出し、ガシガシと頭を掻きながら乱暴に椅子へと腰を降ろした。

 

「間違えちゃいけねー……アイツは…友達……」

 

 

その時バスルームにいた男は、身体を壁にもたれ掛けて小声で

 

「冗談じゃなかったんだが……」

 

といった事は知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

プログラム制作も佳境に差し掛かった。

 

 

今いる場所は、木々が生い茂りその建物も人も目に触れることがないだろう森の中。

Dグループ総帥の少年が年数回遊びに来ているとナミのメールには書いてあった。その言葉通り木々には、蔓の他にロープやネット等も括られており、まるでアスレチック広場のようでもある。

遊びの天才児の彼は、1日中日が落ちるまでこの自然豊かな森で遊び続けるのだろう。

 

ゆったりした室内に似合わない漫画や何かのキャラクターだろうロボットのフィギアー。

ロココ調の玄関正面に2階廊下へと続く縄梯子が、彼を象徴しているとゾロは笑った。

 

広い屋敷を持て余した彼らは、キッチンとバスルーム、そしてベッドが2台置いてあるゲストルームを1つ借りた。

他の部屋は全く使っていない。

兎に角大きな屋敷のせいもあり、狭い空間に2人でいたほうが落ち着くのである。

サンジは、『貧乏性の極み』と自分達の行動を笑った。

 

 

「ロビンの動きも問題ねー」

「そっか……エースのプログラムテストも終わってるし、チョッパーも終わっているんだよな」

「あぁ、後はお前のプログラムだけだ」

 

ゾロが作った模擬クロコダイルプログラムに対して攻撃するテストは、ここ数日何回も繰り返された。

勿論ゾロは、クロコダイルのプログラムについて詳しい事は知らない。

唯一知っているサンジでも、詳細に到るまでは分からず、それでも噂等を頼りにして空想で作り上げたシステムに、サンジが生み出したクラッカープログラムが問題なく作動するかテストし続けた。

 

 

 

長い1ヵ月半だった。

一から生み出されたプログラムは、なんとか終わりが着きそうだ。

残るは、バージョンアップしたサンジ仕様のプログラム『コック』が正常に動くかのテストを残すのみだ。

と言っても、サンジの使うプログラムは、その殆どがオペレーターの直接指示の単純プログラム。サンジの観察力と機転、決断力の影響が大きいのである。

 

実際ゾロがそのプログラム『コック』を使い、自分が作った偽クロコダイルにアタックをかけたが、スリーソードのアタック時とは動きが全く違う。

ゾロとサンジの考え方も行動も違うのだから、当たり前の話なのだが改めて驚かされた。

 

作戦遂行時には、サンジのサポートに入るゾロもある程度『コック』の使い方を熟知しなくてはならず、作成最中に何度も起動させては動かしてみている。

その度にサンジは「てめェクラッカーの素質十分だな!」と自虐的に笑って見せた。

 

結局サンジの使うプログラム『コック』に関しては、テストしながらバージョンを変えていく手法を用意たため、改めて動作確認をするほどの事はないのだ。

 

これで完成したプログラムをナミにメールで渡し、各々の準備が出来次第計画通りクロコダイルプログラムに一斉アタックをかける。同時に少年総帥自らとフランキーが、ミス・ダブルフィンガーが経営する喫茶店へ乗り込み、クラッカー集団を取り押さえると同時にオフラインに於ける証拠物を押さえれば良い。

 

 

もう、遣り残した事は無いとサンジは椅子の背凭れに脱力して寄り掛かり、近くに座るゾロへと顔を向けた。

 

「……取りあえず終わったな」

「これからが本番だが、兎に角プログラム準備は出来た。圧縮をかけてナミに送るぞ?」

「仕様書も出来たから一緒に頼んでいいか?」

「あぁ、かまわねェ」

 

カタカタとゾロがキーボードを打ち込む音のみが部屋を支配する。

たいした時間ではないが、その間サンジは祈るように両手を組み、それを自らの額へと押し付けていた。

 

「送ったぞ」

「……あぁ」

「大丈夫か?」

 

祈りを捧げる信仰深い教徒のように、顔を上げず返事をするサンジの前に移動したゾロは、床に片膝をつきサンジの薄い肩を掴むとゆっくりその身体を起こして顔を覗き込んだ。

 

「どうした?」

 

色の白いサンジの顔が、何時も以上に蒼く見えた。

ゆるく頭を横に振るサンジは、否定の行動とは裏腹にその表情を険しいものにしている。

 

 

どこか男くさいサンジが

何時も世間を飄々と見るサンジが

 

まるで親と逸れた幼子のような表情をしている。

 

 

ジッと見詰める蒼の瞳は、1ヵ月半の過酷な生活からきた疲れと、完成品への達成感。

これから起こす行動に伴う緊張感と過去への罪悪感。

複雑な色を混ぜた瞳が揺らいでいる。

 

そんな頼りなげな瞳をほっとく事などゾロには出来ない。

 

無意識だが、ゾロはそっとサンジの唇に自分の唇を軽く押し付けた。

 

 

ゆっくりサンジから離れたゾロの顔を、瞬きもせず見詰め続ける男はしばらくの後、数度意識的に瞬きをすると特徴のある眉尻を下げて目を細めた。

 

「……俺と…てめェは……友達だよな」

「……あぁ」

 

サンジの質問に、ゾロは肯定も否定も出来ない。

 

「……だよな」

 

言葉と共に硬く指を絡ませていた手を解いたサンジは、その手をそっとゾロの両頬を包む。

されるままにしていたゾロは、その手を自らの手で包み視線を絡ませたまま無言を貫いた。

 

ゆっくりとサンジの顔がゾロの顔へと近付く。

少し首を傾げてゾロの唇に自らの唇を触れさせたサンジは、ゆっくりと離れると力なく笑って見せた。

 

カッと身体の温度が上がる。

ゾロは迷い無く、サンジを椅子から引き摺り落として床に押し倒せば、間を与えずその薄い唇に喰らいついた。

 

ゾロの頭を掻き抱くサンジも、ゾロの口内へと舌を差込絡ませあう。

激しい口付けは、モラルや良識など全てを払い行為に没頭する野生染みた本能を丸出しにした獣のようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

男同士の性交など知らない。

ただサンジを想い始めたからゾロはサイトで色々な事を学んだ。その記述が本当なのか嘘なのか皆目見当もつかない。

 

しかし、その男の服を剥ぎ取り肌理細やかな肌を撫で舐めて吸い付く。

金糸をかき乱し、小さな顔に無数の口付けを落とし、細く長い首筋に歯を立て、自分と同じモノが付く下半身を擦り上げた。

 

腕の中で跳ねる身体は、どこか草食動物の捕食寸前の足掻きに似てゾロの加虐心を煽る。

それと同時に愛おしさがつのり、強く腕に抱きしめたいと思う。

喘ぐ声は確かに男のもので、抱く身体は直線的である。

しかし、苦労して繋いだ身体はどこまでも自分を受け入れてくれ、艶のある眼差しでゾロを導く。

 

こんなに激しい想いは経験が無い。

指先まで痺れるような強く欲する心は知らなかった。

 

「ゾロ………ゾロッ……あぁ!!」

 

切羽詰ったサンジが名前を呼ぶ。

背中に腕を回し繋がったままのサンジを、胡坐をかいた自分の上に抱き上げ更に腰を落とさせる。

 

「ふ……深いっ!……無理だ………!!」

 

悲鳴に似た声は、甘さも含んでいて苦痛のみがサンジを支配しているわけではないと知らせてくれる。

ゾロはサンジの乱れる姿に煽られて思いの丈全てを込めて、音に出す。

 

「サンジ」

 

強く強く痩身を掻き抱きいた。

これ以上交じり合わさる事が出来ないと分かっていても、その行動を止める事が出来ない。

 

 

 

 

 

この想いは友達なんかじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………絶対に!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まだ夜が明けきらない静かな時間帯。

 

サンジの身体に腕を回し首筋に顔を埋めて寝ていたゾロは、けたたましい携帯電話の着信音で目を覚ました。

この電話にかけて来られるのは、間違い電話かナミぐらいだ。

 

ゾロは腕を伸ばしサイドテーブルに置いてあった携帯電話を掴む。

まだ眠いが、片目だけを開けてディスプレーの着信者名を確認する。

 

『天才美少女 ナミ』

 

彼女が勝手に登録したのは分かりきっているが、呆れかえったゾロは投げやりに電話をベッドの隅へ投げた。

 

「軽く無視してんじゃねーぞ」

 

同じく携帯電話の着信音で目を覚ましたのだろう。サンジが膝でゾロを蹴りながら携帯電話をとった。

 

「おっはようー、ナッミさーーーん!朝からあなたの麗しい声が聴けて俺は幸せだーーー!!!」

 

小さなベッドの中で全裸のまま重なり合って寝ている男の口から、他の人間への愛の言葉を聞けば腹が立つとゾロは眉を顰める。

しかし、電話先の少女は、サンジの社交辞令的な言葉を最後まで聞かず大声で叫んだ。

 

「ゾロも起きている?今すぐそこから脱出してちょうだい!サンジ君のことクロコダイル達が探しているの。どんな経緯か分からないけど、そこにサンジ君がいる事を向こうは掴んでいるみたい。脱出口は前メールした通り!出口に私の知り合いが待機しているから直ぐに行動してちょうだい!!」

 

尋常ならざるナミの声にゾロは飛び起き、床に放り投げてあった洋服を着始める。

サンジのシャツを電話応対している男の肩に掛けて、すぐさまコンピューターの電源を落とす。

器用にシャツを着ながら話す男は、23度返答すると電話を切りベッドから立ち上がった。

 

「―――  ッ!」

 

床に立った瞬間膝から崩れ落ちたサンジにゾロは駆け寄る。

 

「大丈夫か!?」

「何でもねー……、それより早く……」

 

原因は分かりきっている。

床に座り込んだサンジをベッドへと座らせ、ゾロは痛みに顔を歪める男の表情を見詰めた。

 

「……悪かった」

「謝るな……馬鹿剣士」

 

プイっと顔を逸らしたサンジは、ゾロが渡したズボンを緩慢な仕草で身に着け始める。

暫しその様子を見ていたゾロだが、外から騒がし車のエンジン音が聞こえてきた為、窓へと走り寄りカーテンの隙間から外を見た。

 

 

ハンヴィー 6.2L水冷V型8気筒ディーゼルエンジン

 

 

車両が2台。

道を無視して手入れの行き届いた庭を突き抜けてくる。

 

乗っている男たちは、お約束通り物騒な顔つき。

ゾロは静かに窓から離れて衣服を身に着けた男の下へと歩み寄った。

 

「ご丁寧に軍用車両でお迎えだぞ」

「……どーせならロールスロイスやベントレーで迎えに来て欲しかったぜ」

 

薄っすらと笑ったサンジは挑発的で、ゾロもつられて口角を上げて好戦的に笑った。

 

「違いねーな。どの道、丁寧に赤絨毯での接待は期待できねーだろーけどなぁ」

 

外ではエンジン音が止まり、数名の男の声は逃げ出す鳥の鳴き声と共に森の中を響かせている。

忍んでサンジを捕まえる気などは無いのだと物語っていた。

 

 

いつ何が起こっても良い様に、サンジは貴重品を一つのバッグに入れて直ぐに持ち出せる準備をしている。

ゾロは、ノート型コンピューター2台と貴重品の入ったバッグを背負い顎でサンジを急き立てた。

 

遅れ気味のサンジを気遣いながら2人は、キッチンと表現するより厨房と言ったほうが似合う部屋の前に来た。

その扉の向かいには、地下へと通じる階段がある。ワイン保存用の地下室があり、時々その見事なコレクションを見にサンジは足を運んでいた。

石畳の階段を懐中電灯の明かりを頼り階段を駆け降りていく。

 

突き当たりの扉を前に、ゾロとサンジは足を止めた。

 

「この辺りだな」

「確か……ここら辺に……」

 

サンジが石壁の石一つ一つ丁寧にノックすれば、一つの石が他の音と違う空洞な音を立てる。

ゾロが光を照らし小さな窪みを見つけると、それを強引に引き上げカモフラージュで隠したスイッチを見つけた。

戸惑う事無くサンジがそれを押す。

 

スイッチの直ぐ横に人一人が通れる小さな入り口が出現し、非常灯が奥に向かって順々に点いていく。それに導かれるようにゾロは足を踏み入れ、1mほどすれば大きな通路へと出ることが出来た。

続くサンジを気にかけ後ろを振り向けば、低い音と共にゆっくりと扉が閉まっている。しかし、非常通路にはサンジの姿がない。

 

慌てて扉の前へと戻ったゾロは、完全に閉まった扉を力任せに叩き、大声で外にいるサンジへ怒鳴り上げた。

 

「何考えてやがる!ふざけていないでサッサと入って来い!!」

 

反響する自分の声とは比較にならない小さな声が、扉の向こうから聞こえる。

 

「先に行け、ゾロ。ナミさんの電話を聞く分には、あいつ等はてめェの存在を知らないみたいだ。今俺が逃げ遂せれば、あいつ等から連絡が直ぐ主犯格のレディーに入って今回の作戦前に逃げられる確立が高くなる。なら、俺が逃げ続けている間はクソ野郎達から連絡が入っても逃げる事はないだろう」

「だからなんだって言うんだ!お前が逃げねーんなら俺も―――」

「駄目だ、ゾロ。てめェは出来るだけ早くナミさんたちと連絡を取って、出来るだけ早く作戦を実行するんだ。『コック』の使い方分かるだろう?」

「だからって!」

「……俺は…小さな頃から同い年の友達って居なかった。だからてめェと友達になれた事……すげー嬉しかった」

 

子供に言い聞かせる口調のサンジからそれ以上言葉はなかった。

どんなに壁を叩いても丈夫な扉は壊れず、スイッチらしきものを探して扉を開けようとしても見つからない。

外にいる男に声を張り上げ言葉を投げても返ってくる事はない。

既に扉の前にサンジは居ないのだろう。

 

悔しさに再度壁を拳で叩く。

 

腹の底から湧きあがってくる怒りと、胸を締め付けられる痛み。

 

「馬鹿野郎……」

 

奥歯を食い縛り、声を絞り出す。

キッと前を向きゾロは光の示す通路に向かって駆け出した。

 

この場に居ても始まらない。

今はこの状況下で出来る最善を尽くすのみ。

 

使われなくなった水路を走り、朝焼けに照らされた外へと脱出したゾロの前にいたのは、ジノコと名乗る女性。

彼女の運転する車に乗り、ゾロは森を脱出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フーっと長い息を吐き出したゾロは、読んでいた新聞を机に投げる。腰掛けていた椅子の背に身体を預け、疲れて痛む目を庇って瞼を閉じた。

 

会社の昼休み。

休憩室で今朝の新聞に目を通していたゾロは、今日も本当に欲しい情報を得る事が出来ず落胆の溜め息を吐き出した。

 

 

 

半月前に起こった捕り物劇は、その実態が世間に知れ今は過剰なマスコミの餌食となっている。

取得した証拠の中にあった顧客データには、政界の大物や経済界の重鎮。あらゆるジャンルの者たちの名前が羅列されていた。

 

どの人物がどんな依頼をしたか事細かに記された書類やデータには、依頼された日付や金額など事細かに書かれていた。

後々それを強請るネタとして保管されていたのだろう。今となっては貴重な証拠品とされている。

 

世間を賑わせてきた謎のクラッカーチーム『クロコダイル』を取り押さえた者たちの名は一部だが世間に公表された。

少年総帥のルフィと秘書のナミ。ウソップとフランキー。

他の者は仕事の特殊性から名前は敢えて隠した。今現在もファイアーウォールの制作をしている彼らの名を公表する事は、仕事上問題があるからである。

 

 

そして、

サンジについては、今彼が何処にいるか知っているものは誰一人としていない。

ゾロすらあの日別れたサンジの居場所を知る事が出来ないでいた。

 

 

 

 

 

2007/5/19