ハリケーンの来る街で |
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プラットホームに滑り込む特急列車。 停車のために速度を落とした車両の巻き上げる風にコートの裾が翻る。 目の前の扉が開き、ゾロは荷物を持ち直し重い足取りで列車へと乗り込んだ。 【ハリケーンの来る街で】 完結編 ゾロの週末は決まってサンジを捜す。 あの日の朝を境に、サンジの居所は用として掴む事が出来ない。あの情報に愛されているナミでさえその居所が分からないと言う。 ゾロは、サンジの居そうな所を虱潰しに捜そうとした。しかし、ゾロはあの男について何も知らない事に気付かされた。 サンジの事は、だいたい知っているつもりだった。だが、サンジの交友関係。お気に入りのショップ、思い出の場所。2人で過ごした時間は、金髪の男の部屋に居候していたときから考えて長いはずだが、サンジは自分の事を多く語っていなかった。 彼が話す事は、食事の話や差しさわりのない社会情勢。 どちらかと言えば、彼の誘導にはまってゾロのほうが自分の事を多く語っている。 いざ捜そうとしても、何処に行けばいいのか分からない。 取りあえず向かったバラティエで彼の養父と一度話したが、忙しい総料理長は分からないと首を振っただけだ。 「ロロノア。お前を巻き込んだ事を誤らなきゃいけない」 「……いや、俺こそアイツを見失った事を詫びる」 雨の中、言葉少なく大金を渡した養父は、少し痩せた気がする。 ここにも連絡がないとなれば、何処を捜せばいいのか……。ゾロは途方にくれた。 「悪い事は言わねー。アイツの事は忘れろ」 別れ際にゼフの言った言葉がゾロの耳に残っていた。 忘れられるわけがない。 焦がれて焦がれて……。気が狂いそうな程近くにいる男に欲情して、その感情を殺して。 異様な感情と状況を過ごすうちに、自分の中の何かが麻痺していったあの日々。 想いを口にしたわけではない。 好きだと一言言った記憶がゾロには無い。 ただ、作業を終えた高揚感と日々の緊張感が、あの時爆発しただけなのかもしれない。 これはサンジの話しだ。 ゾロは、今もって後悔はしていない。好きな人間と肌を合わせた事に後悔があるはず無い。 ただ、あの時ドサクサでも良いから何故自分の想いを口に出さなかったのだろう。 指定席に腰を降ろしたゾロは、バックに入ったノートを1冊膝の上に置いた。 ブルーの表紙を持つありふれたキャンパスノート。 これは、事件が解決した後、自宅に帰り荷物を整頓している時見つけたものだ。 サンジが離さず持ち歩いていた貴重品を集めて入れていたバックの隅。 ゾロが始めて見たのだから、持ち主は自然とサンジになる。サンジの手掛かりを捜していたゾロは、迷う事無くそのノートを開いた。 このノートを見て知ったのだが、あの殺人的に忙しい時間の中サンジは日記をつけていた。 逃亡初日から書き綴られたそれは、連日書かれた時もあれば2・3日飛び石に開く日もある。 内容は、その日の天気と居場所。作業進行度が必ず頭にあり、その後にサンジの心をツラツラと書き綴られてあった。 その日の些細な事が書いてあった。 食べたご飯の内容もある。 サンジの懺悔的心の内容が書かれた時もあった。 それ以上に、時々ゾロに対する感情を書いていた時もあったのだ。 ×月×日 天気 曇り Tタウンアパートメント空き部屋にて 作業進行状況 囮のフローチャート完成 移動の為に一日が終わった。 なんであのクソミドリは、俺が右車線に入れって言っているのに左車線に移ったのかわからない。お陰で車線のまま強制的に左折。Uターン禁止の道に入りそのままハイウェーへ。 降り口をことごとく通過して、気付けば逆方向に80kmほど来ていた。 俺が運転士を代われば、『スピード違反で捕まるきか!』と耳元で煩い。誰のせいでこうなったと思っているんだ! 頭の中身は、海草か?藻が詰まっているのか? 苔で髪も緑になったか? 再度運転を代われば、やっぱり言う事を聞かない馬鹿運転手。到着したのは、予定から4時間経過した夕方だった。 晩飯は、ナミさんが手配してくれておいたのだろうか?冷蔵庫に食材が詰まっていた。美しいレディーは、やる事も素敵だ。藻にも見習わせようか。 ただ、ゾロにとっては俺の存在が疫病神の他にないのだから、見習わなきゃいけないのは俺のほうかもしれない。 今俺に出来る事は、美味い飯を喰わせる事。この想いを口にしないこと、悟られない事。 ×月×日 天気 晴れのち曇り Tタウンアパートメント空き部屋にて 作業進行状況 囮の基礎的本線プログラム着手 とりあえず打ち込みのスタートだ。 気が遠くなるほどの仕事量だがやらなくては先に進まない。ゾロの持つ防御側のノウハウも参考になった。後は俺の能力次第だ。 ゾロに頼んだサブルーチンは、少年医学士用のプログラムだ。他の2人が使うプログラムも基本的な動きは全て同じにする。違いはサブルーチンでつけようと思う。 クラッカープログラム作成の慣れない作業。犯罪行為そのままの作業をゾロにやらせて申し訳なくて心が痛い。 せめて、美味い飯だけは出せればいいと思う。 何時までも傍に居る事と許してもらえればいいと思う。 夢物語だと分かっているが、望んでしまう事が俺の罪なのかもしれない。 ×月×日 天気 曇りのち雨 W地方の保養施設にて 作業進行状況 プログラム『コック』の動かし方をゾロに教える 俺の手の内をゾロに見せた。ゾロは呆れかえっていたが、何をそんなに驚くことがあるのだろうか? 他の奴のプログラムなんて知った事がない。基礎的な事は知っているが、他人のプログラムを気にも留めたことがない。 昨日の移動からゾロの調子がいまいち上がってこない。疲れもあるのか?どこか精彩を欠いている。時々青褪めた表情で俺を見詰めている。暗闇に引きずり込んだ俺を恨んでいるのだろうか?光の中で生きてきたゾロにとって、その経歴を汚した俺を疎ましく思っているのだろうか? 一緒に生きていく事は不可能だと分かっている。だけど、せめて一秒でも長くゾロの傍に居たいと思う。 勿論、俺にそんな資格がないことは重々承知している。 初めてこの日記を読んだ時、ゾロは自分の目を疑った。 こんなにも都合の良い話があるのだろうか。と。 秘めていたのは自分だけじゃなかったのだ。 サンジもゾロに対して想っていた。それが何時からだか分からないが、この日記が書き綴られる前からその感情は、サンジの胸の中に存在していた事は確か。 不器用な自分達は、本音を深い所に隠して一緒に行動していた。 何故口に出さなかったのだろうか? 自分を一緒にいたいと…。 ×月×日 天気 綺麗な夕日が荒磯を照らす H海浜別荘にて 作業進行状況 医者のプログラムテスト終了。エースのプログラムテストにてバグ発見 ここ数日荒れた天候だったが、今日は見事な景色が目の前に広がっている。 荒く打ち寄せる波が、磯に辺り白い波飛沫を中に放っている。オレンジの夕日に照らされたそれは、幻想的で溜め息が出るほどだ。 昔……遠い記憶の片隅に残っている砂浜とは違い、雄々しくて怖さも感じるほど。 白い砂が美しいIシティーの海も綺麗だったが、これも違う素晴らしさがある。 ゾロはこの景色を見ながら酒を飲んでいた。「月見酒じゃなくて夕照酒だ」と笑っていた。その顔が夕日に照らされて、やっぱりコイツには光がよく似合うと改めて思う。そして、そんな一面を見られた今が幸せだと不謹慎に思ってしまう。 何時か……それが許されるなら、Iシティーの夕日もゾロと一緒に見たい。 だから今日、休みを利用して日記に書かれているIシティーの海岸線を捜した。 それらしい場所をくまなく探し、地元住人にサンジらしい人物を見かけなかったか聴き、足の裏が痛みを訴えたが堪えて歩き回った。 そかし、収穫は何一つなかった。 何度空振りすればいいのかとゾロは大きな息を吐き出す。 こうして何度もサンジを見つけられない日々が続いている。日記に書かれている僅かな思い出の場所と、逃げ隠れた色々な部屋。全て当たってみたがサンジの影一つ見つける事が出来なかった。 そしてあの日、あの時、あの手を何故離して自分は先に隠し通路へと身を入れてしまったのだろうかと後悔ばかりが募る。 寝不足の身体をシートに預け瞼を閉じた。 ここ数ヶ月眠ると同じ夢ばかりを見る。 あの深い森。濃い緑と湿った大地に群生する苔。その中で金髪の男が寝ているのだ。 真っ赤に染まる海に身を浸けながら……、身動きひとつせず、呼吸一つ、心臓一拍動く事がない。 全身滝のような汗を掻き、飛び起きる。 ゼーゼーと荒い呼吸を吐きながら、額に手を当ててそっと自分の居る場所を確認する毎日。 あの男が死んだとは思っていない。だが、心の底で不安があるから最悪の事を夢で何度も見る。 大きく息を吐き出し、ゾロは窓の外を眺めた。 流れる風景は相変わらず殺風景で、変わる事無く唯流れている。いや、サンジがいないから殺風景に感じているのだろうか。 そんなに綺麗な景色でも、ゾロの心には何も響いてこなくなった。 サンジを無くしたあの日から、ゾロの心は色を無くしたままなのかもしれない。 「……ヤベッ」 特急列車から普通列車へと乗り換えのために降りた会社の通勤時に使う何時もの駅。 考え事をしていたゾロは、習慣で改札を抜け駅構外へと出てしまった。 オフィスビルとショッピングビルが無造作に乱立するこの街。休日ともなると大勢の人々がこの街を行きかう。 しかし、初更のこの時間帯にしては、今日の人は少なかった。 またこの近くを大型ハリケーンが通過すると言う。 非難とまでは行かないが、十分に注意が必要だとテレビやラジオで五月蝿く言っている。 その為か、人々は足早に家路と向かっていた。 ゾロも会社に用がある訳でもないので、頭を掻きながら再度駅構内へと向かうため体を捩った。 流れる視界に一瞬映し出されたそれに、ゾロは反応して身を固める。 大型ビジョンに流れる天気予報を熱心に見ている男は、別れた時より髪が伸びて肩に付く毛先が風に煽られて揺れて。何処にいたのか、全体的に痩せた体と顔がひと回り小さくなっている。 黒のトレンチコートを着込み、手には小振りのボストンバック。 これから旅行にでも行きそうな、そんな雰囲気だ。 サンジの視線はそれを熱心に見ているのではなく、ただ何となくと言った表情でその画面を眺めていた。 小首を傾げて視線を流す。暫く動きを止めたかと思えば、悲しげにフワリと口元だけで笑ってみせる。 別れたままのサンジではなく、どこか儚く感じるのはゾロの勝手な妄想だろうか。 ゾロの腹に湧き上がってきた感情は、嬉しさでもなく安堵でもない。ただ、怒りが込み上げてくる。 「見つけたぞ、クソコック!」 獰猛な声で呟くが、その声は強風に運ばれて誰の耳にも届く事がない。 肉食獣が警戒無く佇む草食動物の捕食に目を細めた…、そんな表現がよく似合う今のゾロは、その足をゆっくり自分に気付かない男へと向けた。 捕まえたら…… 殴って、抱きしめて、二度と離さない。 初めてサンジに出会ったのも嵐の夜。 そして夕暮れ時のこの嵐の前触れに再び会うことが出来たのだ。 これは偶然なんかじゃない。 背中から痩身を抱きしめたゾロは、息を呑み身を固めたサンジの耳へと唇を寄せ囁いた。 「嵐の夜に……俺達の運命がまた始まるんだ」 END |