絵本の国の恋

 

 

 

絵本の国の恋

  by 南玲奈

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――― 昔々あるところに、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とても平和な国がありました。

 強い王様が納めるその国は、とても豊かで民は幸せに暮らしています。

 

 しかし、王様には悩みが一つありました。それは、王様の息子、王子様のことです。

 王子様の名前は『ロロノア・ゾロ』と言います。

 

 ゾロ王子は、今年19歳になります。

 もうそろそろ結婚をして、この国の将来を考えなくてはならない年頃。

 しかし、ゾロ王子はちっとも『浮いた話し』がありません。

 

 ゾロ王子は、剣が大好きで暇があれば剣の修行をしています。

 あと、お酒も大好きでいっぱい呑みます。

 寝ることも大好きです。

 

 そんな王子を王様は心配していました。

 

 

 お后さまは言いました。

 

 『舞踏会を開いてはいかがでしょうか』

 

 王様は早速国中の貴族の娘を集めて盛大な舞踏会を開きました。

 きらびやかな舞踏会は、美しい女性が大勢訪れてとても賑やかです。

 壇上に腰掛ける王子は、美麗な顔立ち。集められた女性たちは、みんなウットリとその姿を見詰めています。

 

 しかし、王子様は椅子に座り欠伸をするばかり。

 ゆったりとした音楽と人々のざわめきが、眠りを助長してくれます。

 

 ――― こんな事なら庭で酒呑んでいたほうが良かった。

 

 ゾロ王子はため息をつきます。

 そして、椅子から立ち上がると会場を後にしようと歩き始めました。

 

 『ゾロ、何処に行くのです!?』

 

 お后様が困惑します。

 

 『………あぁ、便所』

 

 明後日のほうを見て話す王子は、明らかにエスケープの構え。

 王様はお后の顔を見て首を横に振りました。

 これ以上ここに留めて置いても仕方が無いと分かったのでしょう。

 会場を後にした王子を見送った王は一言。

 

 『無益』

 

 と呟きました。

 

 

 

 地下のワインセラーからくすねて来た酒瓶を持ち、ゾロ王子はお気に入りの庭先へと足を向けました。

 ここなら、舞踏会の音も聞こえず静かです。

 シンボルツリーの根元に腰掛けて、ゾロ王子は歯でコルクを開けます。

 グビリと飲んだ酒は少し甘く、王子の口に合いません。

 眉根を寄せ酒瓶のラベルを見ていたゾロ王子の視界に、今まで気付かなかった一人の影がありました。

 

 月明かりの下、白い服を着た者は、煙草をふかしています。

 金髪に痩せた身体。

 横顔しか見られませんが、王子はその男を見たことがありません。

 不振人物かもしれません。

 

 油断無く声を低くしてその男に言いました。

 

 『お前は誰だ?』

 

 金髪の男はその声に驚いた様子で振り向きました。

 

 『人が……居たのか。てっきり植え込みかと思ってた』

 

 この国の王子に向かって酷い言い草です。

 

 『お前は何者だって聞いているんだ』

 『人に名前を聞く前に、まず自分が名乗ったらどうだ?植物』

 『てめェ……』

 

 カチンときた王子は、すっと立ち上がりその男と対峙しました。

 

 『この庭は、俺の所有する場所だ。不法に入ってきたお前が先に名前を言え』

 

 少し子供じみた言い争いですが、ゾロ王子は一歩も引こうとは思いません。

 その男はニヤリと笑います。

 

 『てめェはこの国の王か?違うよな、ならてめェの持ち物じゃねーだろう?』

 『………』

 

 その通りなので声も出ません。

 ギリギリと奥歯を噛み相手を睨みます。

が、男は風に揺れた髪を煩わしそうにかき上げただけで、臆することを知りません。

 

『俺は……この国の王子ロロノア・ゾロ。てめェは誰だ!?』

『俺か?俺はコックだ』

『服見りゃ判る』

 

緩やかに吹く風が、木々の葉を揺らしサワサワと音を立てます。

 

金髪の男はそれ以上何も言わず背を向け、また煙草を吸い始めます。

ゾロ王子は近付きその男の肩を掴み自分へと体を向けさせました。

 

 『名前を聞いているんだ。ちゃんと名乗れ!』

 

 覗き込んだ瞳はアイスブルー。

 ゾロ王子は、自分の体に電流のような何かが走ったのを感じました。

 

 『……俺の名前はサンジ。てめェらの食事を作っている一流シェフだ』

 

 澄ました顔でサンジは返事をしました。

 

 そういえば、先月から料理長が変わったと王様が言っていました。

 その味はとても美味しく、ゾロは毎日の食事を楽しみにしています。

 この若い男が料理長なのか?ゾロは考えました。

 

 『期間限定の雇われコックだ、せいぜい俺のクソ美味い料理を喰いやがれ』

 

 口悪く言う男は、優しい眼差しでゾロに言います。

 ゾロもニッと笑って言いました。

 

 『あぁ、せいぜい俺の口に合う料理を精魂込めて作るんだな』

 

 お互い暫し睨み合いましたが、どちらとも無く笑い始めました。

 

 そして、二人は仲良くなりました。

 

 

 

 

 それから毎日ゾロ王子は、サンジの仕事が終わる時間を見計らってシンボルツリーの下で会いました。

 サンジは、ゾロ王子のために美味しいお酒とつまみを持って会いに来てくれます。

 毎日毎日、さもクダラナイ日常を笑って、喧嘩して、呑んで話しました。

 少しの時間ですが、宮廷に同じ年の友達がいなかった二人は、とても幸せな時間でした。

 

 そんな日が1年間続きました。

 

 ある日の夜。

 何時ものように木下で待っていた王子の所に、サンジは酒とつまみを持って現れました。

 しかし、何時も明るい顔をした男は、どこか寂しそうに見えます。

 

 『何かあったのか?』

 

 ゾロは聞きました。

 

 『俺は明日国に帰るんだ』

 

 ゾロは吃驚しました。

 サンジとはずーっと一緒にいられると思っていました。

 

 『何で国に帰るんだ!』

 

 ゾロは怒りました。

 

 『俺は……期間限定のコックだって言ったよな』

 

 初めて会ったときサンジはそう言いました。

 

 『国に帰ってやらなきゃいけない事があるんだ』

『やらなきゃいけないことって何だ!』

 

薄い肩を掴みゾロは声を荒げます。

サンジは力なく俯きました。

 

『俺は、スノー王国の第2王子なんだ。本当は兄がジジーの後を継いで、俺は好きな道…コックとして生きるはずだったんだ。だけど…1年前、兄が倒れて還らぬ人になって、俺が跡を継ぐことになったんだ』

 

驚いたゾロは声も出ません。

顔を上げたサンジの目には薄っすら光るものが見えました。

 

『俺の我が侭で1年だけコックとして他国で働かせてもらうことが出来た。この1年間スゲー楽しかった。こんなに楽しかったのは……ゾロのお陰だな』

 

僅かに頬を赤らめて、サンジは小さな声で

 

『サンキューな』

 

と言いました。

肩を掴んだまま動く事も声を出すことも出来ないゾロは、ギュッと手に力を入れてサンジを離すまいとしました。

 

『好きだぜ、ゾロ。てめェが綺麗なレディーと幸せになってこの国を治めていく事を願ってるよ』

 

笑ったサンジの白い頬に一筋、涙の筋が出来ました。

そして、スッと顔を近づけて触れるだけのkissを残すと、サンジは逃げ出すようにその場を後にしました。

 

ゾロは、呆然とその場に立ち尽くしたまま、サンジの小さくなっていく姿を見詰めていました。

 

 

 

サンジは自国に戻る日、挨拶のために王様の執務室にいました。

この1年と言う短い期間。サンジの素性をばらさずに扱ってくれたことを感謝するためと、帰ってからも両国が仲良くやってこうと言う話です。

 

そんな時、バタンと扉が荒く開きました。

入ってきたのはゾロ王子です。

王子は乱暴に歩きならサンジの隣に立ちました。

 

『オヤジ!俺は結婚する!!』

 

いきなりの言葉に王様もサンジも吃驚です。

 

『お相手は誰だ?』

 

王様がゾロに聞きました。

ゾロは隣に立つ男を抱きしめると声高らかに言いました。

 

『俺はサンジと結婚する。他の奴とは結婚しねー。サンジだけだ、欲しいのはっ!』

 

言われた王様はビックリです。

抱きしめられているサンジも吃驚です。

 

『俺はこいつが好きだ。だからコイツしかいらねー。駄目なら俺はこの国を出てコイツの国に行く』

 

言葉を無くして固まったサンジの顔を覗き、ゾロ王子は優しく言いました。

 

『お前が俺に惚れているのは聞いた。だから俺も返事をする』

 

粋を小さく吐いたゾロは、強い眼差しでサンジの蒼い目を見詰めました。

 

『俺はお前が好きだ』

 

サンジの目からはポロポロと涙が溢れます。

しかし、頭を振り小さな声で

 

『駄目だ』

 

を繰り返します。

サンジもゾロも将来は国の王となる人間。

男同士で結婚など出来るはずがありません。

しかしゾロは諦めませんでした。

 

『俺の国の跡継ぎなら姉の子供がいる。お前の国に跡継ぎがいないなら隣国どうしなんだから一緒の国になってしまえば良い。民は平和で豊かなら、誰が王でもかまわねーんだ。それが駄目ならまた考えれば良い』

『ゾ……!』

 

サンジは涙で声も出ません。

 

王様は言いました。

 

『スノーの王が許すなら、この結婚を認めよう』

 

 

 

 

 

「そして、ゾロ王子とサンジは、一緒になった大きくて平和な国で何時までも仲良く暮らしました。オシマイ」

 

パタンと本を閉じたナミは、チョッパーの顔を覗き込んだ。

 

「そうか!二人は仲良く暮らしたんだ〜!!」

「良かったなっ!俺は2人が幸せなのが良い!!」

 

チョッパーの大きな瞳はキラキラと輝いている。

山盛りのみかんを皮ごと口に入れているルフィも、ニシシと笑顔を見せ散る。

 

「――― ナミ!」

 

しかし、床に座り込んで寝ていたゾロは、物騒な瞳をナミに向けた。

 

「何で本の登場人物の名前が俺とグルマユなんだっ!!」

 

 

先日立ち寄った島で、ロビンが買ってきた絵本をナミが借りた。

ここ数日雨が続く航海で、暇に文句を言う船長をなだめるためにナミが読み始めた絵本は、その場にいたクルー全員が耳を澄まして静かに聞き入っていたのだ。

 

しかし、本当の登場人物は勿論この船の双璧とは異なる名前である。

この話を知っているロビンは珈琲を飲みながら微笑んでいたし、郷土の話だったウソップは小さな声で突っ込みを入れ続けた。

 

そんなことは気にしない航海士は、ぺろりと舌を出して飲み物のサーブ中だったらしい固まったサンジを見ると、ニッコリと魔女の微笑を見せた。

 

「だって、あんまりにもアンタ達に似ているんだもん。名前を変えたほうが感情移入しやすいでしょ」

「クダラネー、どこが俺と似てるんだ!」

「ファンタジックなナミしゃんも好きだぁぁぁ〜〜」

 

剣士は吐き捨てるように言葉を返し、コックは何時ものように腰をくねらせて見せるが、その表情は泣きそうだ。

ナミは気後れすることなく優しい眼差しに変えてサンジを見る。

 

「似ているわよね、サンジ君」

「…………」

 

返す言葉を失うサンジ。

そう、サンジはこの船の剣士に恋をしている。忍ぶ恋を胸に秘めている。

ばれているとは思ってもいなかったが、聡い航海士にはどうやら演技は通じていなかったらしい。

目を細めて悲しい瞳のサンジが、まっすぐに見詰めるナミの瞳を見る。

 

その様子を見ていたゾロは、腕を組み暫し黙って考え込んでいた。が、いきなり立ち上がるとサンジの傍に行き、手に持っていたカップを奪い机に置くと、その体を肩に担ぎ上げた。

 

「なっ――― クソマリモッ!!何しやがるっ!!」

 

バタつき暴れるサンジの体をキツク抱えると、ゾロは凶悪の笑顔をナミに見せた。

 

「この本と似てるんなら、こいつは俺が好きって事だな。なら……」

「なあに?」

 

クイズの答えを待つような明るさで答えたナミ。

唖然とその光景を見詰めるチョッパーとウソップ。

みかんを食べながら成り行きを見詰めるルフィ。

笑みを絶やさないロビン。

 

「俺もコイツが好きって事なんだろう?なら、とりあえずコイツを喰うだけだ。だから今日は男部屋に入ってくんなよ」

 

尊大な言葉の内容は、怖ろしすぎて担がれているサンジは身を固める。

額に手を当てて天井を見るナミは、呆れて言葉が出ない。

顎を大きくガクンと落としたウソップは、口から白い浮遊物を出している。

椅子から落ちたチョッパーは、そのままラウンジを駆け出した。

みかんを食べ続けていたルフィは、シンク横に置いてあった林檎に手を出している。

相変わらずロビンは笑みを絶やさない。

 

 

 

 

階段を下りる足音と、サンジの助けと呼ぶ声。

それが消えると下から強烈な振動と共に爆音とも取れる音が響いてくる。

どうやら男部屋で乱闘騒ぎになっているようだ。

 

 

次の日の朝食が無事この船のコックが作ったものになるかは、今のところ誰にも予想がつかなかった。

 

 

 

 

END

 up January 25, 2007