『猫』を養いて自ら患いを遺す 海賊 編 第3章 |
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もしも、願いが叶うなら俺の望みは唯1つ。 アイツと共に生きる事。同じ方向を向いて歩く事。 あいつの全てを俺のものにする事。 今も、これからも、 ………そして来世でも。 『猫』を養いて自ら患いを遺す 海賊 編 第3章 「スシノモリ?美味そうな島だな!」 「馬鹿ね、素志の森よ!」 食事の終わったラウンジに留まる麦藁海賊団の面々。 新聞を広げ、お金に絡む記事はないかと綿密に記事へと目を通すナミは、興味深い文言を声に出した。 この近海にあるといわれる幻の島『素志の森』。 自分の願いを叶えてくれる女神が住むという谷。 そこは、古より願いと等価を支払えば何でも叶えてくれると不思議な言い伝えがあるという。 「願い事を叶えるオマジナイですか?可愛いなぁ、ナミさんは!」 「コイツの願いごとなんか、金絡みに決まっているだろう、馬鹿コック。」 「ゴチーーン!馬鹿に馬鹿と言われたくねーな、筋肉馬鹿剣士!!」 「ヤルかっ!!」 「五月蝿いっ!!サンジ君もゾロも静かにしてちょうだいっ!!」 飲み物を運んでいたコックと、床に腰を降ろしていた剣士の言い合いに痺れを切らしたナミが、立ち上がりお互いの頭を鉄拳で制裁。 頭を抱えて蹲る年上の男を下目使いで軽蔑すると、投げ捨てた新聞を拾い腰掛けていた椅子へと再び腰を降ろした。 「その島にある『願いの女神』と呼ばれる谷に行くと、その願いと等価の何かを引き換えに願いが叶う。って、言われているの。」 「等価ってなんだ?」 デザートの柿を頬張るルフィは、首を傾け聞き慣れない言葉の意味を隣に座るトナカイの船医に質問した。 「うん、等価って言うのは、価値が等しいって事だよ。例えば、この柿1個分の値段と同じ値段の肉を交換する。それを等価交換って言うんだ。」 「いくら同じ値段でも、肉はやらないぞ!!」 「う〜〜ん、そう言う意味じゃなくて、例えばの話だよ……。」 具体例を失敗したチョッパーは、腕を組み何といえば良いのか頭を悩ませる。 そんな姿を見たロビンがクスリと笑い、悩む船医に手を差し伸べた。 「船長さん。なら聞くけど、あなたの今一番欲しいものは何かしら?」 「肉!デッケーーー肉!!」 予想通りの返答に室内にいたもの全てが苦笑いを浮かべる。 「そう、そのお肉を貰う為に何かを渡さなければならない。何を渡す?」 「……この柿じゃ駄目なのか?」 「船長さんの中で同じ位大切なもので、交換する相手も納得できるのなら交換は成立するわ。ただ、大きなお肉と柿1個じゃ無理があるわね。」 「なら、何なら交換できる?」 ありもしない事を真剣に聞くルフィは、少年の濁らない真っ直ぐな瞳でロビンに質問する。 その問いに茶化す事無く考古学者は質問を返した。 「あなたの持っているもので、一番大事なものは何?」 「俺の持っているもので?……仲間だ!」 二カッと笑い、力強い声音でルフィは言い切った。 「それと引き換えに食べきれない程の大きい肉をあげると相手に言われたら?」 その質問に先程までの笑顔を一転させてキッと瞳に力を入れた船長はキッパリと言い切った。 「それは駄目だ、仲間は駄目だ!」 「でも、肉を持っている相手からすれば、そのぐらい大事なものだとすれば?」 「ならイラナイ!」 「それが等価交換よ。」 結論に達した船長にニッコリと笑ったロビンは、サンジが用意した珈琲をゆっくりとした仕草で飲み始めた。 一方、結論を出したルフィは、まだ納得が行かないのか腕を組んで考えている。 「どうしたんだ?」 対面に座っていたウソップが、ルフィの顔を覗き込み心配げな声を出した。 「その女神は、何でも願いを叶えてくれるんだろう?でも、必ず大事なものを失わなきゃ駄目なら、そんな女神は必要なのか?」 首を傾げ的外れな事を考える少年の言葉に、つい先日船のクルーとなった船大工が溜め息を吐き出した。 「人によっちゃ、命と引き換えに叶えたい事だってあるだろう。」 「命がなくなったら願いが叶っても意味無いだろう!」 「クソゴムはそうかもしれねーが、……それでも『何か』の為に全てを捨てても願わずにはいられない事ってのがあるんだよ。」 まるでその『何か』を抱えているような口ぶりで、サンジはポツリと少年を諭した。 「恋かもしれない、金のことかもしれない。誰かを思って誰かのために命をかける。願いってのは、自分の為だけじゃなく、誰かの為ってのもあるだろう?」 皿を洗う手を止めたサンジは、迷う事のない瞳でいまだ納得のいかないルフィに声を掛けた 「……サンジの願いって何だ?」 「俺の願いか?」 『俺の願いは、素敵なレディーと―――』 誰もがその言葉を聞くのだろうと思っていたが、サンジの口から出た言葉は予想外の言葉だった。 『――― 傍で眠らせて』 追いつかないその背中を、サンジは唯ひたすら追いかけた。 あっという間に緑のカーテンへと姿を消していった虎は、猫の脚では到底追い付く事は不可能で。でも、サンジはその場所に向かって脚を動かし続けた。 心臓が壊れるぐらいに、唯ひたすら。 足を止めたサンジが崖下に見たものは、水色の優しい空に強い風に流れる雲。 肥沃で広大な大地を埋め尽くす緑色 草色 グリーン エメラルド 浅緑 黄緑 薄緑 淡緑 浅緑 あらゆる緑がドットになって埋め尽くす見事なキャンパス。 昼間の鮮やかな光を降り注いでいた太陽が、傾きオレンジの光を大地に降り注ぎ始めれば、その全ての緑が黄金へと変わっていく。 見事な自然の芸術にサンジは目を留め暫し見入ってしまった。 「ここが、……ゾロの大事にしている『素志の森』。」 ゾロが大事に護る素志の森には、様々な危険と様々な幸せが同居している。 生と死と。 喜びと哀しみと。 裏と表がはっきりしている自然の営み。 そこに自分が住める場所を与えて愛してくれたゾロの傍に居る事が、どれほど幸せだったか。 夕日に染まる緑の大地を見ながらサンジは、涙を零した。 決してこれ以上望んではいけない事。 進む道も、歩む生も、目的も違う自分が傍に居る事にメリットが何一つ無いと分かって、ゾロの傍に居る事が罪だというのなら、自分は何のために今で生きてきたのか? 空に1つ星が瞬く頃、サンジは我に返って辺りを見回した。 崖の近くまで剥き出しになった砂地にゾロの足跡は無い。考えてみれば、『あの』ゾロが真っ直ぐここに辿り着く事が奇跡なのだ。 ホッとサンジは息を吐いた。 まだゾロは、『願いの女神』と契約していない。 ならば、サンジはここでゾロが来るのを待てばいいのだ。 闇に包まれていく森を崖の終わる際まで行ったサンジは、その身を小さく丸めて静かに見詰めた。 仮に……ここでゾロにあってどうなるのだろうか? 何も問題は解決していない。ただ、時が刻々と止まる事無く過ぎているだけ。 下へ下へと気分が下がっていく自分を首を振って意識を向上させようとしたサンジは、ふとした興味から立ち上がって崖ぎりぎりまで歩み進んだ。 切り立った崖の下はどうなっているのか? 目も眩む様な高さから見た世界はどんなものなのか? いまだ何処か幼さを残すサンジだから気に留めた事。 その欲求に勝てず小さな身体の猫は、そろりそろりと身体を前へと傾け下を見下ろした。 一瞬、ビューっと予測もしない突風が背中からサンジを押した。 フワリと身体が浮き上がる感覚に、サンジは身体を固定する為地に爪を立てる。 しかし、薄い砂地の下は岩盤。サンジの爪が掛かる場所も無く、無慈悲な風はサンジを空へと舞い上がらせた。 星が視界に入り直ぐに逆さまの黒い大地がサンジを呼び寄せる。 自由落下に成すすべなく。 落ちていく身体と同じく意識も遠くに飛ばされている。 もし、もし本当にここが『願いの女神』が住む場所なら、どうしても叶えたいことがある。 サンジは閉じた瞼を開けて大声で叫んだ。 「女神様!俺の願いを叶えてくれっ!!俺の持っているものなら何でも差し出す、だから、だから、ゾロの傍でゾロの進む道を見守りたい。俺は、唯ゾロの傍で眠りたいんだっ!!」 ブワリと身体が浮かんだ。 下から吹き上げてくる強烈な風は、小さなサンジの身体を事も無げに空へと舞い上げる。 そして、綺麗な声が何処からか聞こえてきた。 何度生まれ変わっても、その魂の傍に居る事。それがあなたの望み。 ならば、その等価として、その想う魂の持ち主に関する全ての記憶を私はいただこう。 必ずあなたはその者の傍にいる。唯、今の記憶は無い。愛しい者の姿も何もかも貰ってこう。 ただし、記憶の無いあなたに1つだけ残してあげよう。 【愛しい存在がこの世界に居る。その者を見つけないと永遠に独り。】 どんなに新たな姿を貰おうと、その者を思い出さなければ、永い時の中を空虚のあなたは真実の愛を捜し続ける。 果てしない果てしない時の旅をあなたに与えましょう。 落ちる感覚に死を覚悟したサンジは、ギュッと目を瞑り衝撃が来るのを待った。 しかし訪れたのは、痛みではなく優しく温かな体温と力強い抱擁。 ゆっくり目を開ければ、至近距離に剣士の真剣な眼差しがあった。 「サンジ!」 「大丈夫、サンジ君!!」 「おい、大丈夫か?」 キッチンカウンター越しに声が聞こえる。 何が起こったのか分からず唖然とその場を見渡したサンジは、ゾロの腕からゆっくり身体を起こしその場に立ちあがった。 「……何?」 サンジの乾いた口から出たのは、掠れて力ない疑問の言葉。 遅れて立ち上がったゾロは、その疑問に答えず静かにサンジを見詰めている。 意識が何処か遠くにいるサンジの表情に、皆どう対処しようか迷い戸惑うときだった。 「俺の声は届いたのですか?俺の願いは叶うのですか?多くは求めない。唯、傍にいたいだけ。邪魔になると分かっているけど……、分かっているけど傍で眠らせて欲しいんだ。」 虚ろなサンジの口から出た言葉は、理解しがたい内容。 その呟く力ない言葉に一番近くに居た男が返答した。 「その願いは聞き入れられた。長い時を苦しみながら捜すその代価も払い続けている。何時終わるか分からない時の代価を払い続けているんだ。」 「………そっ……………か」 振り返りフワリと笑ったサンジは、再度崩れ落ち傍にいた剣士が抱きとめた。 安心しきった表情で眠るサンジは、何処か幼く安心しきった表情で。見ている周り者が何処か照れ臭い気分を味わうほどだ。 「今度の島で俺とコイツに時間をくれないか?」 痩身の男を抱きながら、ゾロはことを見守る仲間に声を掛けた。 「サンジがこの頃意識を無くすのと何か関係あるのか?」 「ゾロ、ちゃんと説明してよ!」 医者の視点からサンジの不可解な症状を気にしていたチョッパーと、強引な面が目立つが実は繊細にクルー達の動きを観察するナミが声を上げる。 しかし、その声を無視しゾロはサンジを抱え上げ、戸口へと歩み始めた。 「ゾロ!」 鋭い声を上げたのはこの船の船長。 普段の夢見る冒険好きなヤンチャ少年の表情を消し、真っ直ぐ強い視線でゾロを見詰める。 振り返ったゾロは、サンジの表情を見てもう一度ルフィへ顔を向けた。 「コイツをべッドに運ぶだけだ。置いたら戻ってくる。」 「絶対だな?」 「あぁ。」 返された返事とゾロの表情を読んだ船長は、頷き更に残った最後の柿をポンと口に放り込んだ。 心配げに事の成り行きを見詰めるメンバー達は、ゾロの説明を聞く為、皆思い思いの場所へと移動し腰掛ける。 そして、サンジを寝かし戻ってきたゾロの口から聞かされた話は、にわかに信じられない内容だった。 up 2007年11月9日 → 緑の日々『Voise』に続く。 |