さばいばる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここは大海原。名をグランドラインと言う。

 

 

 

 

 

穏やかな風を受けて停泊する1隻のキャラベル。乗組員は少ないが、皆何かに長けた優秀なクルーたちが揃う麦藁海賊団である。

月明かりが照らす甲板には、賑やかな声が響き、喰って飲んで笑って、宴会は最高潮。……といっても、始めから最高潮のテンションなのだが。

 

そんな中、1人キッチンと甲板の宴会場を行き来する男がいる。出来上がった料理を皆の所へ運び、空いたお皿を忙しく回収して再びキッチンへと戻るのは、この船の剣士ロロノア・ゾロである。

 

大酒のみのこの男が、酒を飲まずに何故こんな事をしているのか……。それは、まだ日の出ている時間にさかのぼる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おやつの時間も終わったキッチン兼ラウンジには、自分のバースデーパーティー準備に大忙しのコックサンジと、気合を入れて稼動したウソップ工場の工場長その名も高き自称のウソップ。そして、珍しく椅子に腰掛けテーブルに肘を乗せて頬杖を突く酒飲み剣士ゾロが居た。

朝からキリキリ働く痩せた男の背中を見るゾロの目は、何かよからぬ事を考えているだろうと丸分かりな程、極悪な笑みを浮かべている。時々ウソップを見ては目を細めて口角を僅かに上げる。

いかにも

『ちっとばかり邪魔だから出てけ』

と言わんばかりの視線。

 

そんな状態の中でウソップが作業できるはずも無く、稼動下ばかりの工場を急遽停止して、イソイソとラウンジを後にした。

 

 

 

 

背後の不穏な攻防をサンジは料理を作りながら感じていた。

二人きりになった部屋には、なんとも言えない気まずい雰囲気が漂っている。いや、それは神経質になっている自分が勝手にそう思っているだけだとサンジは結論付けた。

 

何せ今晩は、自分の為に仲間たちがパーティーを開いてくれるのだと言う。

その主人公である自分が、料理をしているのも不思議と言われればそれまでだ。しかし、この船のコックである自分が一番美味しい料理を作る。まぁ、当たり前の話だが。

 

兎に角、自分のパーティー料理を自分で作ると言う細かい事は気にしないサンジ。みんなが美味しいと笑顔で食べてくれるその表情を思い浮かべながら、手早に次々料理を作っていった。

同じ室内に居るもう1人の視線は、この際無視を決め込んだ。海藻がキッチンの中でユラユラしながら酒を飲んでいるだけだと思えばいい。

 

「おい」

「!!!」

 

肉に下味を付けていた時、いきなり耳元で海藻の声がした。

海藻が言葉をしゃべる事はないのだが、気が動転したサンジは驚いて僅かに身を捩りその声の主を視界に入れた。

 

「藻っ!!……なっ!なんだ、てめェ!!さ……酒か!?」

 

声が裏返ったのは、さっきまで椅子に座っているとばかり思っていたゾロが、すぐ傍に居たので驚いた。……とは絶対言えない。体裁を整えるために酒のラックに視線を向けるが、突然耳の後ろから後頭部に向けてゾロの無骨で大きい手が差し込まれると、サンジはビクリと身を竦ませて硬く目を閉じた。

 

「お前、ちゃんと飯喰ってるか?」

「……はぁ?」

 

突然の行動とゾロの口に出した言葉の意味も判らなければ、関連もつかめない。

頭の上に数個のクエッションマークが飛んだサンジの表情を、ゾロは笑いながら見詰め再度同じ質問を口にした。

 

「今朝から殆ど喰っていないだろう。忙しいのは分かるがちゃんと喰え」

 

確かにサンジは、何時もより食べていない。

朝食の準備に給仕。後片付けが終われば天気が良いので洗濯と甲板掃除。男部屋も空気を入れ替えるついでに掃除した。

風呂桶は黒カビを押さえる為にブラシで念入りに磨き、水気を拭き取った。

昼食の準備と共に晩の用意も始める。

昼食は、夕食のカロリーを考慮して魚をメインにした料理と、筍の炊き込みご飯に味噌汁。海老・菜の花・湯葉の和え物に揚げ物と温物の器を出した。

ちょっとした懐石料理っぽいのは、十一月に開いた誰かのバースデーパーティー時に、めでたく両想いになった恋人を意識したなどとは思ってもいない。

『たまたま』今日の夕食を考えてこのメニューになったとクルーには言い訳してある。言い訳する時点で意識過剰なのは、サンジ自身気付いていない。

その後昼食の片付けをして宴会の仕込みを本格化させる

3時のおやつは、昨日焼いておいたシフォンケーキにクリームとイチゴを添え、温かな紅茶を淹れた。

 

そして今に至るのだが、確かに今日は食べている時間は少なかった。

 

「コック。お前は忙しいと直ぐ自分の食事を疎かにするだろう」

「俺は必要な栄養はちゃんと摂取している!」

 

『……何時もは』と心で付け加えてサンジは身を捩った。

何せいつの間にか片手で腰を抱かれ、もう片方の手は休みなくサンジの髪をかき上げている。首筋から指を滑らせて後頭部を大きな手が包み込む。髪を優しく梳くと、また髪をかき上げ弄り梳く繰り返し。

サンジは先程まで生肉をいじっていた手だ。ゾロを押し返す事も儘ならない。

頭を振り抵抗をしてみるが、それがゾロを煽る結果となって更に強く腰を引き寄せられた。

 

「俺が海賊狩りの頃寄った町で面白い昔話を聞いた。『食わず女房』って言ったけな。ある男が、飯を食わない女を嫁に貰うんだ。その女は働きものだが、飯を喰わなかったらしい。だが米がぐんぐん減っていくんだと。不思議に思った男が隠れて見ていると、女は髪の後にもう一つの口があって、そこから飯を喰っていたんだとよ

「……妖怪か?」

「子供騙しの御伽噺じゃねーのか?」

「……ふーん」

 

唐突な話しに、サンジはポカンと口を開けてゾロの返答を待った。が、ニヤニヤと笑うだけの剣士は、視線を逸らさずサンジの顔を眺めるばかり。

痺れを切らしたサンジが膝でゾロの臀部辺りに蹴りを入れるが、身体を密着させた男には、たいした威力にならなかった。

 

「だからって、俺にも化け物みたいな口があるって思ったのかよ!」

 

サンジの言葉に呆れたゾロは、小さく息を吐き口角を態と上げた。

 

「馬鹿か。コックの身体は、お前自身よりも俺のほうが良く知っている」

 

さも当たり前の様に爆弾発言をサラリと口にしたゾロ。サンジはカーと表情を赤らめた。

 

 

 

 

 

この関係になって気付いた事がある。

剣士は普段斜に構えて冷静な男なのだが、意外とスキンシップを好むのだ。

人前だろうと髪を触り、頬を撫で、身体を引き寄せようとする。その上人一倍独占欲も強い。

男のサンジを甘やかせる事が大好きで、事情の後処理も買って出るほど人に尽くすのだ。

ゾロにしてみれば『男のサンジ』ではなく、『愛しいサンジ』になるのだが、サンジとしては嬉しい反面……寒い。

自分が寒いのではない。同じ船に乗る仲間が、180cm近い身長を持つ男同士のイチャツキを目にしたら、確実に極寒で固まるとサンジは思った。

 

実は温厚な面を持つ剣士が、年下のクルーの世話を焼いている事は誰もが知っている。

突然仲間になったロビンに警戒しながらも、時に優しい瞳を向けている事も知っている。

 

しかし、同い年の男にこれは頂けないと思うほどゾロはサンジを甘やかすのだ。

 

 

視界の暴力!

 

 

これ以上当てはまる言葉はない。

だからサンジは、ゾロに言った。

 

『もし皆も前で触ってみろ!てめェとは縁を切る!!』

『なんだそりゃ?』

『俺はてめェとの関係をナミさん達に知られるのは我慢ならねー!』

『……なんでだ?』

『当たり前だろう!!』

 

言葉の全てを出し尽くし、サンジはゾロと約束をさせた。

 

 

決して皆には、俺達の関係を口にしない。

その素振りも見せない。

 

 

約束は守る男だ。

だから、二人っきりの時は抑えていた行動が爆発したかのように触ってくる。

 

 

 

 

今、この部屋にはゾロとサンジの二人だけ。

こうなると悪い予感がヒシヒシとしてくる。何せ不自然に密着した下半身から感じるこのゴツゴツした感覚……。

ツーっとサンジの背中には、嫌な汗が流れた。

 

「まぁ、何時もは暗い所でしか見ねーからな。実際はどうか確かめてやる」

 

さらに腰を強く抱き、サンジの耳元で掠れた声をゾロは出す。

ギョッと表情を青ざめ身体を引こうとするが、ガッチリと抱えられた身体は思うように動かず、生肉臭い手はホールドアップ状態のまま。

自慢の蹴りは密着しすぎて効果なし。

となれば、今後の展開が目に見えてサンジは慌てて言葉を吐いた。

 

「確かめなくても変てこな口なんてねー!」

「そうか?コックの唇は薄いからな。暗闇では気付きにくいのかも知れねーぞ?」

 

とぼけて不振がるゾロは、サンジの唇を指でなぞると素早く啄ばむキスをする。

更に不穏な空気が漂い始め、サンジは本格的に焦った。

 

兎に角、冗談ではない。

 

「待て待て!」

「あぁ?」

 

不機嫌な声が、サンジの首筋から聞こえる。

 

「ここを何処だと思ってる!」

「……キッチンだな」

「誰か入ってくるかも知れねーだろう!!」

「……それは大丈夫だろう」

 

『たぶん』と、ゾロは心の中で付け加える。

 

追い出したウソップはゾロとサンジの関係を知っている。正確に言えば、クルー全員が二人の関係を知っている。公然の秘密と言ったところか。その事を知らないのはサンジだけだ。

今頃キッチンから追い出されたウソップを見て、ナミが気を利かせて誰もここには寄越さないだろう。勿論法外なお金を要求される事は確実だが。

 

「何が『大丈夫』なんだ!どっからその言葉が出てくる!!」

「まぁ……小さい事は気にするな」

「小さくねーーー!!」

「じゃぁ、大きい事も気にするな」

「少しは気にしろっ!!」

 

鼻息荒くサンジは怒る。

 

「第一、今何時だと思っている!!」

「お前がさっきおやつを配り歩いていたからな。……4時ぐらいか?」

「そうだ!お天道様もまだ上にいるだろう!!俺は今晩の宴会料理を準備してるんだっ!邪魔するんじゃねーっ!!」

「……もう殆ど終わってるだろう?」

 

さっきまでゾロの居た机の上には、所狭しと出来上がった料理と仕込みが終了した食材が乗っている。

後はサンジにかかればあっという間に出来上がるだろうと安易に想像が付く。

 

「明るくなきゃ確認も出来ねーしな」

「しなくて良い!!」

 

焦ったコックの顔も可愛いとゾロは場違いな事を考えているが、サンジは必死に抵抗の言葉を吐く。

 

「第一、今朝まで………」

「おう、誕生日前夜祭で明け方近くまでコックの中にいたな」

「だろ!」

「………だから?」

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

「…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

「…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

「…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だからじゃねーーーーー!!」

 

騒ぎ出したコックに適当な返事をしながら、ゾロは痩身を床へと組み伏せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして今ゾロは盛大な溜め息を吐きだす。慣れない仕事の連続で凝り固まった肩をコキコキとまわしてみた。

最後まで頂いてしまった代償は、動きが緩慢になってしまったコックの仕事を手伝う事。

 

組み伏したサンジを押さえて事に及んだその後、受け入れる側のコックは身動き一つ出来なかった。昨日の夜、何度も欲を吐き出させ、これ以上出ないと泣いてもまだサンジを抱き続けた日の昼である。

いくら強靭な足腰を持つ暴力コックとはいえ、立て続けの行為は無理があったようだ。

ゾロは、恨めしそうに睨むサンジを思い浮かべる。しかし、ゾロはその時のサンジを思い浮かべて思った。

『コックが全て悪いんだ』

と。

 

だいたいゾロもサンジの身体を思ってフルコースは勘弁してやろうと考えていた。

手で慰めあうか、サービスを期待してお互い口で奉仕するか、まぁ、お互いのナニを擦り合わせても良いと思っていたのだが、結果としては止まらなかった。

その理由は唯一つ。

 

『アイツがエロ過ぎるからいけないんだ』

 

兎に角金髪の男は、普段口汚いにもかかわらずゾロに抱かれると保護欲をかき立てる存在へと変わる。

物慣れしていない処女のように恥じらい、艶のある甘い声を殺し、頬を染め、潤んだ瞳を逸らし、気を飛ばしている姿はエロとしか言えない。

 

食べ終わった皿を引き上げキッチンへと向かう途中、ゾロはサンジの痴態を思い浮かべながらそう結論付けた。

 

そしてフと足を止める。

コックの事を考えているうちに、ゾロの息子は確実にズボンを押し上げていた。

 

「俺はおかしくなっちまったのか?」

 

独り言を呟き、愚息を落ち着かせるため数度息を大きく吐き出す。

溜まっているわけではないのに、コックのことを考えるとこうして下半身が勝手に反応する。

何時から煩悩だらけになったんだと考えたが、

『エロいアイツが悪いんだ』

絶対自分が悪いわけじゃねーと再度身勝手な結論を出して、次の料理を運ぶためキッチンへと続く階段へ足をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

「ゾロ!サンジは何時こっちに来るんだ?」

 

相当に酔っ払った狙撃手が、赤ら顔でゾロに話しかけた。

コックの作った料理を運び、空いた皿を集めていたゾロは不機嫌に眉を顰めた。

 

「そうね、サンジ君はまだお料理終わらないの?」

 

隣にいた航海士は、グラスに新たな酒を注ぎ不満そうな瞳をゾロに向ける。

ガシガシと髪をかいた剣士は、チラリと視線を船長に向けた。

 

「ルフィに聞け!今日ばかりはお前らが満足するまでアイツは作り続けるぞ」

 

今持って来たばかりの料理を、皿ごと呑み込む勢いで咀嚼する船長の身体は真ん円である。サンジの性格からして今日の宴会は、皆が満足するまで作り続けることは確実。

その事を口に出さなくても聡い航海士は、納得して頷いた。

 

「そうね、確かに………。って、アンタ何時まで食べてるのよっ!」

 

後半の言葉を口に出しながら鉄拳を振り下ろしたナミは、顔面を床にぶつけたルフィに怒鳴り上げた。

 

「いい加減に食べるの止めなさい!」

「なんでだよー!?まだ俺は食べられるぞ?」

 

鼻を赤くした少年は、頭を撫でながら首を傾げ不満そうに抗議をする。

 

「馬鹿ね。アンタが食べ続けているとサンジ君こっちに来られなくなるでしょう!?そうしたら誕生日プレゼント今日中に渡せないわよ!!」

「そうか!!」

 

ハッと気付いたルフィは、姿勢を正し真剣な表情を見せた。

 

「今日中にプレゼントが渡せないのは嫌だ!」

「そうよ、せっかく用意したんでしょ」

 

その会話にゾロの柳眉が片方上がった。

 

「お前たち……コックにプレゼント用意したのか?」

「ええ、皆用意したのよ」

 

普段冷静な考古学者が、嬉しそうに会話に入ってきた。

ゾロが皆を見回せば、嬉しそうにニコニコ笑っている。

 

「俺はこれだ!」

 

ウソップは、近くにあった丸い物を持ち出しゾロへ見せた。

 

「…………何だ?」

「ウソップ様特製の『ドーナッツ型クッション』だ!サンジ、時々辛そうに椅子へ腰掛けているだろう?だからこれがあれば楽になるぞ!」

 

確かにゾロとの行為の翌日は、椅子に座るのが辛そうである。

本来入れるところではない場所でゾロの大きなナニを受け入れるのだ。いくら慣らして突っ込んでいても入り口を炎症させてしまう事がよくあり、そんなときのサンジはその辛さを隠しながら日常を送っている。

しかし……黄色地の布に青い小花の柄がキュートなドーナッツ型クッションは、サンジとゾロの関係を知っていると暴露するようなもの。

『お前、海王類の餌になるぞ』

とか

『グランドラインの藻屑になりてーのか?』

と脳内に出た言葉を飲み込み、酔っ払ってご機嫌なウソップに曖昧な返答をするのに止めた。

 

クイッとゾロの服を引っ張ったのは、小さな蹄。

船長に負けじと鱈腹食べたチョッパーは、大きなお腹を前に出しながらキラキラとした瞳をゾロに向けた。

 

「俺も用意したぞ!」

「何をあげるんだ?」

 

その言葉に船医は、何処にでもある茶色いビンを出した。ビンの括れにピンクのリボンが結ばれている。これがプレゼントらしい。

 

「これは『潤滑油』だ。本当は直腸検査にしようかと思ったんだけど、サンジは恥ずかしがるだろう?だから『潤滑油』にした!!」

ゾロの身体がグラリと少し傾いたのは仕方がない。

『プレゼントに直腸検査はないだろう』

『非常食からの卒業か?』

『明日の食事はトナカイ鍋か?』

と浮かんだ言葉を自制心で止める事が出来たのは、日ごろの鍛錬の成果だろうか…。

何も口にせずポンポンとピンクの帽子を優しく叩けば、嬉しそうな船医が「褒めても嬉しくないぞー!」と笑っている。

ゾロとしは、褒めたつもりはないのだが………。

 

「私もロビンと出資して用意したのよ」

 

その言葉にゾロは視線を移すと、ナミは長さ60cm直径が30cmぐらいの円柱体を持ち出した。

 

「なんだそりゃ?」

「これ?コンパクトに収納できるマットレス!」

「……マットレス」

 

唖然と大きく口を開いたゾロに、笑いを堪えながらナミは言葉を続けた。

 

「どうせゾロの事だから、サンジ君を床板に毛布程度の硬い場所に押し付けてしてるんでしょ。サンジ君の体を考えたら、もっと柔らかいところでしてあげなさいよ」

「………見たのか?」

 

ゾロのきつい眼差しが、悪魔の実の能力を持つ年上の女性へと移った。

 

「いいえ、見ていないわ」

「馬鹿ね、見なくても大体分かる事じゃない」

 

チッと舌打ちしてゾロは女性陣を見る。

余裕の笑みを浮かべるこのツープラトンな攻撃は、魔女たちを崇拝するコックが聞いたら速攻海に身投げだろう。

『コックが泣き喚くな……こりゃ』

と頭をかき、フォローする身にもなれと口に出そうとして……止めた。

どうせ適わないのだから。

 

そして、ワクワクと自分の番を待っている気配へとゾロは顔を向けた。

 

「俺は………これだ!」

 

ルフィは、得意げな顔をゾロに見せるとポケットを探り何かを取り出した。

ノート1ページを縦半分に切った紙。蛇腹折にされたそれには、1マスずつ何か書かれている。

ゾロは腕を組み、首を傾げ船長を見た。

 

「これは『食事の仕度勘弁券』だ!サンジ身体が辛いのに朝早くから飯の準備してるだろう?この券を出した時は、ゆっくり寝てられる券だぞ!!」

「あんたにしては画期的なプレゼントじゃない!」

「だけど、後でいっぱい肉喰うぞ!!」

 

航海士と船長の会話は、すでにゾロの耳をマッハで通過していた。

『お前のプレゼントは、かーちゃんにあげる【肩叩き券】と同じレベルなのか?』

『肉どころの問題じゃねーだろう!!』

等と言う言葉は、邪気なく笑う船長に言っても無理だ。言った所で無駄だ!

 

「鈍亀剣士!何時まで油売ってるっ!!さっさと空いた皿引いて来い!!」

 

キッチンから本日の主役の声がする。

ゾロは途中になっていた仕事を再開するため、空いた皿を重ねて足早にキッチンへと歩き出した。

 

そして、盛り上がっている後ろに再度視線を向ける。

プレゼント贈呈時間は、大告白大会にかわりそのままサバイバルゲームの様相を呈してきた。

明日、このメリー号の上に何人のクルーが無事生きているか……。

 

「……まぁ、頂いたものはキッチリ使わせて貰うがな」

 

剣士の呟いた言葉は、優しい風に運ばれて誰の耳にも届く事はなかった。

 

 

 

おしまい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【おまけ】

 

 

「おはよう、サンジ君」

 

昨夜のハチャメチャな宴会のために、何時もより遅く起きた航海士がキッチンの扉を開く。

しかし、

『おはようナミさん!今日も綺麗だね!!』

と何時もの声は聞こえなかった。

 

 

宴会の名残は一つもなく、綺麗に片付けられているキッチンは何処か冷たい。この部屋の主の姿はなく、静かな空気が部屋を占領していた。

 

誰よりも早起きのコックが居ない。

その上、朝食の準備をした形跡もない。

 

疑問に首を傾げたナミは、机の上に置かれた小さな紙を見つけた。

それは、昨日ルフィがプレゼントした『食事の仕度勘弁券』の1枚。乱暴に切り離された紙には、一筆書かれていた。

 

 

『コックは夕方まで動けない。勝手に飯を喰え。

 それと、お前たちのくれたプレゼント 使い勝手良かった。感謝する』

 

 

この筆跡は、どう見ても剣士のもので……。

 

ピキリと青筋が航海士の額に浮かんだ。半券を手の中でクシャリと握りつぶしたナミは、それを壁に向かって思いっきり投げ付けた。

 

 

今度こそおしまい。

 

Up 2007/03/01