涕 泣(ていきゅう) |
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涕 泣(ていきゅう) サンジは、見張り台の中でこの船の剣士に抱かれていた。 胡坐をかくゾロに跨り下から容赦なく突き上げられる。 始めは甘い疼きが身体を駆け巡り、物足りないぐらいの優しく緩慢な動きでサンジを翻弄していた。だが、数度とイかされたサンジの身体は、更なる刺激を求めて自らの股間を無意識に己を突き刺す男に押し付けている。 意識は朦朧としている。 噛み殺す声はうめき声にしかならないが、それでも最後の砦を守るためにサンジは必死に声を飲み込む。 明日、ゾロはこの船を降りる。麦藁から脱退するのではない。剣士の頂点に立つ男がこの島で待っているからだ。 だからこれが最後のSEXになるかもしれない。いや、万が一にもそんな事を思っていてはこの男に怒られるだろうか。 真剣な顔でサンジを犯す男を、サンジはうつろな瞳で見詰めた。 こんな関係になったのは何時からだろうか? 熱い砂漠の国でも綿毛の国の天上界でもそんな関係ではなかった。ただ覚えているのは、あの忌々しいゲーム最中に同じ種目に出た唯一の仲間が言った言葉。 『てめェは信用ならねー』 自分に対して唯一語った言葉はそれぐらいではなかったか。 揺れる視界にサンジは静かに瞳を閉じた。 その信用ならない自分を組み伏せたのはこの男だ。見張り台でその言葉の意味を考えていた時、ゾロは何の前触れもなく見張り台へと顔を出した。 無言で見詰める金瞳が怖いほど静かで、サンジは小さく身を固めた事は覚えている。 身体を押さえ込まれて急性な口付けで流されたサンジは、それ以来この男と身体を繋げていた。 「あぁっ……っ、ん……ゾロ……ゾロッ!!」 肩に爪を立てて倒れる事を逃れているサンジに、ゾロは荒い息を吐きながら耳に肉塊を差し入れる。グチャリと鼓膜を犯す音が更なる刺激となって翻弄される。 自然に股間を突き出す仕草をしてしまうのは男の性だ。決して媚びているわけではないとサンジは自分に言い訳をする。そうしないと口から出てしまいそうになる。 『好きだ』 と。 ゾロはサンジに何も言わない。 ただ身体を繋げるだけ。 ことが終わった後、身なりを整えて眠る剣士は何時何があってもいい様にと眠りの世界へと旅立つ。サンジは暫く脱力し動けないが、ゾロの寝息が規則正しくなる頃起き上がり独りバスルームに向かう。流れ出るものを掻き出しゾロの匂いを消す。僅かな睡眠をとり何時もと変わらない朝を迎えるためにキッチンへと向かうのが通常だ。 ただ独り自分だけが勝手に盛り上がっているとサンジは思う。 剣の道…求道者には『愛』だ『恋』だ、『馴れ合う』事など必要ないのだろう。ただ唯一彼が許す存在はこの船の船長ルフィだけ。長く同じ船に乗り同じ飯を喰い、死闘をくぐり抜けた自分をあっさりと『信用ならない』と言い切った男に熱を上げて…。 そして夜明け近い空が見えるこの時間まで自分を抱き続ける男に何を言っていいのか分からない。 『死ぬな』と言う言葉は必要ないだろう。 『帰って来い』は、船長の下に戻ってくるこの男にサンジが送る言葉ではない。 『連れて行け』や『好きだ』等と言う言葉は、この段階で口にすべきではない。 出来る事ならこのまま愛しい男と溶け合ってしまいたい。薄い皮ひとつで阻まれているが、溶け合ってひとつになればこんな思いをしなくて済む。 それが駄目なら……このまま壊してくれればいいと思う。突き上げる肉棒で串刺しにしてこのまま終えてくれればいいと思う。 「集中しろ」 低い声が耳を擽る。 自分を犯している男のことを考えていたのだが、それはゾロにはお気に召さなかったらしい。 顎を掴まれて顔を揺すられる。目を開かなくても痛いほど感じる剣士の視線。手を振り切り顔を背けたサンジは、口角を僅かに上げて笑って見せた。 「てめェが何時までも飽きずに腰振ってるからだろうが……。さっさとイっちまえ、ヘボテク剣士!」 島と言うには広大な土地を1日歩くと頂点の待つ山へ着く。この島はゴロツキガ多いと聞く。万が一にも自分と身体を繋ぐことで体調を崩し、本来の目的の前に怪我をしたらと要らぬ不安が脳内に巣を作る。 天邪鬼なサンジは、甘い言葉など自分から言うことも出来ずに、相手を思いやって出た気持ちすら口汚くなってしまう。 顔を背けたサンジは、ゾロが目を細め瞳が鈍く色を増した事に気づかない。 「ずいぶん余裕じゃねーか、コック?」 発せられた声色が、低く寒さを感じてサンジは慌ててゾロを見た。 「ちょっと……待……!!!あっあっぁぁ!!」 急激に大きく身体を持ち上げられて落とされる。がツンガツンと容赦のない動きで身体が引き裂かれてしまうのではと思うほどの刺激が脳に駆け上っていく。 身を捩り逃げ出そうと足掻けば、身体を床に押し付けられて両膝を肩へと担がれて動きを増した。狭い見張り台にパンパンと肉がぶつかり合う音が響く。ゾロが抜きさす度にグチャグチャとありえない音がする。 強すぎる感覚に身体を弓なりに反らせたサンジは、顎が上がり奥歯を噛み締める事すら出来なくなった。 「やめっ……やめっ!!くぅっ……あっあっあっ!」 もう声が止まらない。 床に爪を立てて自分を繋ぎ止めようとしたが、ゾロはサンジの手を取るとひとつに纏め床へと縫い付ける。 苦しくて苦しくて…………幸せで…… このままゾロに壊れてしまえばいいと本気で思う。 このままゾロに手を掛けられればいいと本気で思う。 本気で好きになったこの男に殺されるのなら、幸せだと本気で思う。 「クッ…………ゾロッ…ゾロッ!…………!!」 「−−−ッツ!」 流れ落ちる涙は生理的に出る涙だと思って欲しい。決して残される淋しさからではない。成就しない恋心の為に泣いていると悟られたくはない。 ゾロの欲がサンジの中で吐き出された時、サンジの身体はゾロに覆い被さられギュッと抱きこまれた。 まるで愛しいものを抱く姿だと落ちていく意識の中でサンジは思い、傷のない背中に腕を回し縋る様に指先に力を込めた。 何時ものように朝が来る。 何時ものように皆揃って食事の席に着く。 これはメリーの時代から変わらない麦藁の習慣。大きな船になっても変わらず皆が集まる場所はダイニングルーム兼ラウンジルーム。 何時もと変わっているのは、寝腐れてなかなか起きてこない剣士が起こされもせずに顔を出した事。 何時もと違うのは、今日の別れを笑顔で送り出すと決めた仲間達の淋しそうな笑顔。 鼻水と涙を流しながら、船医は笑って食事をする。必要のない塩加減が増しているだろう。 狙撃手と船大工は、何時も以上の突込みを見せている。迷コンビだ。 聡明な航海士は、剣士が陸に上がってから迷わないよう何度も道順を説明している。きっと無駄に終わる。 何時もと変わらないのは、考古学者の笑みと船長の食事風景。ルフィは、剣士の皿に手を伸ばし返り討ちになっている。 そしてコックも何時もと変わらない態度で支給を続ける。変わらずレディーに愛を贈りクソ野郎共には温かな命の元を作り出す食べ物を与える事に専念する。 必要以上にカウンターから出ないようにしているのは、剣士の顔を見ないためではない。逆にキッチンと向かい合う座席に腰を降ろすゾロの顔が、時々自分の視線と重なるのは故意ではない。 そんな時を過ごし甲板に集まった麦藁海賊団は、野望を目指すために歩き出す男を送るためにゾロを囲み声を掛けた。 サンジは少し離れたところに居た。 顔を海へと背け前髪で瞳を隠す。戦いに挑むその男を見れば、子供のように目で追ってしまう。 口は煙草を咥えて塞ぐ。声を出せば愛された女のように愛の言葉を出しそうで。 手は手摺りにキツク爪を立てる。そうしなければ駆け出しそうだ。ゾロに向かって縋り抱きついてしまうだろう。 早く行ってしまえばいい。 まだ行かないで欲しい。 背中合わせで戦う時、触れ合った場所から伝わるゾロの温かさを二度と感じることが出来なくなるかもしれない。 言葉少なく自分を抱くゾロの匂いに二度と包まれなくなるかもしれない。 海の青ささえ苦しくて、サンジはキツク瞼を閉じた。 「1週間ここで待つ。それで良いんだな、ゾロ?」 「あぁ、そうしてくれ」 「バックの中に応急処置用の薬とか入れといたからなっ!」 「悪いな」 「地図の見方……分かっているんでしょうね?」 「……大丈夫だ」 クルーたちの声がサンジの耳に届く。煙草のフィルターをギリッと噛み、言葉を飲み込む。何時からこんなに女々しい男に成り下がったのだろうか? 会話が途切れる。 いよいよ出発の時かとサンジはみんなの居る方向へ顔を向ければ、真っ直ぐに自分へ歩み寄る剣士の姿があった。 何故自分の所に来るのだろうか? もう迷子になったのか? 固まった身体が自分の意思を拒絶して瞬きすら儘ならない。 真横に立ったゾロは、きつく手摺を握り締めたサンジの手を取りその指先を自分の唇へと導き口付けた。 「―――!!」 サンジが反射的に振り上げた脚に構わず、ゾロはその掴んだ手を引き寄せサンジを抱きこむ。空振りに終わったサンジは、クルーたちの前でゾロが何をしているのか理解で出来ずに息を呑んだ。 グッと自分を抱き、顔を首筋に埋めるゾロは、そのままジッと動かない。ただ呆然と固まったサンジは、みんなの驚いた視線に気付き我に返ると、その腕の中で無茶苦茶に暴れだした。 「ジッとしてろ」 「うっせー、ハゲ!放せっ!!」 包み込むゾロに匂いに狼狽しながらも、何時もの態度が出せたのは奇跡に近い。しかし、強い腕は緩む事を知らず一層強く痩身を抱きしめた。 痛いほどの視線を受けながら狭い空間で暴れていたサンジだが、次第にその動きが緩慢になってくる。 「……放せ……放せよゾロ。……頼むから……」 だらりと腕を下げ抵抗を止めたサンジの声は弱い。その声が届いているはずのゾロは、それでもサンジの身体を抱きしめ続けた。 サンジの身体から僅かにゾロが離れる。しかしその腕は、しっかりサンジの腰を抱いている。背後で驚き言葉を無くし佇む仲間たちに斜に身体を向けよどむ事なく言葉を出した。 「コイツは連れて行く」 「えっ!」 その驚きの声の中にサンジの声も含まれる。 「コイツは俺のものだ、連れて行く。構わないな船長」 迷わない視線が真っ直ぐルフィに向けられた。真剣な顔の船長は、サンジとゾロの姿を黙って見詰めるだけで言葉はない。代わりにナミが息を呑み震える声を出した。 「ゾロ、あんた……サンジ君を道―――」 「ゾロは負けねー!」 凛とナミの言葉を否定したルフィは、曇りのない瞳でサンジを見た。 「サンジはどうしたいんだ?」 ぎくりと身体を強張らせる。自分を抱く男の言葉に喜びを感じ小さく身震いする。僅かに足が震えていた。 聞きたくて聞く事が出来なかった言葉を今この時点で言われた事に戸惑う。 どうしたいのかと聞かれれば、真の部分ではゾロと行きたい。しかし、素直でないもう一人の自分は、この場に留まる事を願う。いや、……今自分の置かれている状況を否定したいだけだろうか。 本当にそれだけだろうか? もしゾロについていけば今は心が楽になるだろう。しかし、この先は? この男は、この戦いに勝利しても剣の道を邁進するために突き進むだろう。追う者が追われる立場に変わり、命をやり取りする度に自分はこうして心の中で取り乱し続けるのだろうか? 視線をかわすために俯いたサンジの耳にゾロは唇を寄せた。 「お前の事だ、いらねー事グチグチ悩んでいるんだろうがそんな事俺には関係ない。お前を連れて行く……何処までもだ」 「…………」 ゾロの囁きに返す言葉を無くす。普段の悪態はなりを潜めただ俯いたまま身を硬くする。 「俺が血に濡れて件を交えても。必ずお前の許に帰る……お前が俺の家になれ、サンジ」 初めて名前を呼ばれハッと顔を上げる。その先には船長と仲間たちが固唾を飲んで自分達を見詰めている。だらりと下げたままの手をギュッと握り、渇いた喉を潤すために少ない唾を飲み込んだ。 「……俺は、てめェと……一緒に居ても良いのか?」 「居ろ……ずっとだ。これから先もずっと一緒に居ろ」 ゾロの腕がサンジの身体を強く引き付ける。上げた顔をゾロの肩に乗せ、サンジは握り締めた両拳を綺麗なゾロの背中へと回した。 「着いて行く……てめェと一緒に行く。そこが光の届かない暗闇でも、殺伐とした地獄でも……一緒に居る。……ゾロ」 サンジの告白は後半掠れた声になった。 隆起したゾロの肩に目を押さえつけたサンジは、回した手せゾロのシャツを鷲掴み声なき涙で全てを伝えた。 「あぁ……そこが地獄だろうと奈落の底だろうと離さねーぞ」 思いの丈を全て言葉に乗せたゾロは、幸せそうに、目を細めた。 新しい大剣豪が生まれた。 その戦いを見た者達の言葉を借りれば 『長時間に亘る戦いは、一瞬の内に終わった』 と言う。 そして、その話しにはこう付け加えられている。 『戦いに巻き込まれそうな場所で、一人の男が岩に座って煙草を吸っていた。金髪の男は、その場に相応しくない程の柔らかな空気を纏い、唯静かにそれを見ていた』 と。 大剣豪が生まれた日。 それは3月2日の出来事だった。 END March 7, 2007 |