SAYONARA  Hero

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

海に面したシュテルンビルト。

 

今朝は酷く冷え込み、気温よりも海水が温かい為、海から蒸気が昇り靄となったミルク色の空気はブロンズ地域を埋めシルバー地域の一部を隠した。

 

夜が明けきらない空は、紺からオレンジ色へと複雑な色をたたえ、ミルク色の靄へと移り変わる。

ゴールドステージの大きな窓ガラスから観る風景は幻想的でどこか寂しく感じると虎徹は思った。

 

 

 

床に腰を降ろした虎徹は、下はラフなパンツに上半身は裸である。バディである彼の家の空調システムは完璧だから、この姿で長時間窓の外を観ていても寒いとは感じない。

寒くないのは、虎徹の背中から同じ姿のバーナビーが抱き締めているからだろうか。

 

2人にはセクシャル的な匂いはなく、虎徹の首筋に顔を埋めているバーナビーは多分寝ているのだろう。身体に当たる息が緩やかである。

 

昨日はシーズン終了後のレセプションがあり、遅くまで多様な催しが行われ、その後焦る心と身体を抑え当たり前に飛び込んだバーナビーのベッド。

隙間を埋め、足りないモノはお互いで補い、激情を吐き出し眠るはずだった虎徹は、事が終わった後身体は疲れていたが眠る事が出来なかった。

眠る顔は幼く、虎徹にすがり付き頬を刷り寄せるバーナビーに一つkissを落としてベッドから脱け出す。

 

 

ズボンだけを履いた虎徹は、ベッドルームから大きな窓ガラスに移動し、自分たちがヒーローとして護ってきた街を見渡した。

 

多種多様な人種と文化を育むシュテルンビルト。

ヒーローとしてこの街に移り住んだ時と比べればその姿は大分変わった。

人口も爆発的に増え建物が乱立し、治安も一時期悪化したが、今は目映い光りと倦怠の闇が同居する魅力溢れる街へ変貌を遂げた。

そんな街を長きにわたり護ってきた誇りが、胸の奥からグッと競り上がってくる。

 

−−−やりきった。

 

体力もnextの能力も人命救助と事件解決に全て注ぎ込んだ。

知識や経験も後輩ヒーローへ渡した。

 

自分には最早やらなければならない事は無く、後悔も未練も何もなく清々し程だ。

 

 

 

 

今日、ワイルドタイガーはヒーローを引退する。

それは、今期終了後に引退を計画していた事で突然の話ではない。昔の様に独り抱え込み相棒である彼をお座なりにはせず、話し合いお互いが納得した上の結論だった。

アポロンメディア側は、引退を惜しんでくれたが、虎徹の体力や能力の状態からこれ以上無理はさせられないと苦渋の思いで承諾した。

 

アポロンメディアに就職した時は『嫌なら辞めて貰ってもかまわない』と嫌味を言われていた虎徹とは明らかな差がある。

それだけ彼が残した功績が大きい事を物語っていた。

 

「あっ、夜が明ける」

 

呟いた声に首筋にかかる息が乱れ、温もりがゆっくり離れていく。

 

「………なんで夜が明けるんでしょうか。今日なんて来なければ良いのに。」

 

かすれ気味の声は不機嫌で。強くなる包容にクスリと笑った虎徹は、背へと腕を伸ばし金髪の髪をぐちゃぐちゃとかき回した。

 

「夜明けの来ない夜はないさぁ〜って歌あるじゃん。」

「知りませんよ、そんな歌。」

「えっ、有名だよバニーちゃん。えっえっ、これってジェネレーションギャップ?」

 

納得がいかない虎徹は、自分を抱き締めながらクスクス笑うバーナビーに、再度メロディーをつけて歌う。

 

 

 

夜明けの来ない夜は無いさ
あなたがポツリ言う
燈台の立つ岬で 暗い海を見ていた

 

 

その歌声は、声を張り上げて歌うのではなく、ポツリポツリと優しく響く。バーナビーは、再度腕の中にいる虎徹の首筋へと顔を埋めた。

 

 

 

悩んだ日もある 哀しみに
くじけそうな時も
あなたがそこにいたから
生きて来られた

 

 

 

歌い続ける虎徹は、窓の外を見続け一刻一刻代わり行く街並みの色を視界へ、そして記憶へと移す。

街全体をオレンジに染め上げる太陽は、今日の1日を力強く照らし出すのだろう。

 

「…バニーちゃん、今までありがとうな。」

 

歌うのを止めた虎徹は、少し間を置きポツリと呟く。

 

「…はい、僕こそ『ありがとうございました。』と言わなければいけません。それと、これからもよろしくお願いします。」

「…ん、こちらこそ。」

 

身体を弛緩させ身をバーナビーに預けた虎徹は、明日からの事を考える。

引退発表会見、会社の退職手続きに、司法局への手続き。引っ越しに新たな仕事場への打ち合わせ…数えればきりがない。

 

ヒーローを引退すれば、悠々自適な生活が待っている。そんな甘い考えはみごとに散り、むしろ今以上に忙しい日々が待っていることにウンザリもするが、こんな何もない自分を必要としてくれる場所があることを嬉しく感じてならない。

 

バーナビーは、あとワンシーズンヒーローを続ける。彼は当初『ワイルドタイガーが引退するのなら、僕も引退します。』と言い張ったが、近年、スカイハイとバーナビーの一騎打ちでのポイント争いに世間の需要が傾いていた事、メディア側も視聴率獲得の為に強く意見を主張してきた経緯もあり、来期一回だけバーナビーは1人ヒーローとして活躍することになった。

現KOH VS 元KOHのプライドをかけた闘いに、来期は盛り上がるだろう。

 

「虎徹さん、週末の引っ越し手続き手伝えなくてすみません。」

「大丈夫だよ、アントニオに手伝ってもらえるし、折り紙も来るとか…後、2部の奴等も来るって言ってたし。いっぱい来られても部屋に入りきらないよ。第一、バニーちゃん仕事だろ?頑張れよ。」

「…嫌です。」

 

グリグリと額を虎徹の肩口に擦り付けるバーナビーは、どこか不機嫌で。寂しがり屋の彼は、仲間外れにされた感じがするのだろう、拗ねていると言ったほうが正し。

 

1人先に引退する条件として提示されたバーナビーの要求を飲んだ虎徹の生活は、今後大きく変わるだろう。

だが、それも嫌ではない。

こうやって素の自分を警戒無く曝すバーナビーと、喧嘩をして笑って…笑って。そうやってこれから先も歩んでいくのだから。

 

「う〜ん!!」と声を上げながら背を伸ばした虎徹は、バーナビーの頭を撫でた。

 

「夜もすっかり明けたから、朝食にするか。」

「まだ早いですよ、それより少しベッドで寝ましょう。まだ1時間以上寝てられますよ。」

「……本当に『寝る』だけ?」

「寝るだけです。でも、抱き締めるくらいは良いでしょ?」

「……それが曲者だよね。」

 

バーナビーに促されながら立ち上がった虎徹は、ベッドルームへと足を向けたが再度窓の外を見た。

 

変わらない街、変わらない人々の暮らし、変わらない日常。

 

口角を上げた虎徹は、内心に気合いを入れた。

 

 

 

そして………長きに活躍したヒーローとしての最後の1日が始まる。