貧乏武勇伝2 |
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「とりあえず、カンパーーイ!!!!」 「おい!まだ料理できてないぞっ!」 虎徹の家のリビングには、まだ鍋料理が運ばれる前からテンションの高い仲間達が飲み物片手に盛り上がっていた。 「タイガー、遅いよ〜〜」 「そーよー、遅いわよー」 「だっ、集まったばっかりだろ!やっと材料揃ったんだから待ってろよ〜。」 キッチンにタイガー立つ虎徹は、リビングに向かって声をあげると、慌て包丁を握り直した。 キッチンには虎徹とイワン、バーナビー。と言っても、実際に料理をしているのは虎徹だけで、イワンはレシピを覚えるため両手にメモ帳とペンを持ち手伝う気は更々無い。 バーナビーにいたっては、初めて見る鍋料理が不思議で、菜箸で鍋の中にある具を突っついているだけだ。 煮崩れるから止めてくれ!と虎徹が頼んでも、返事はするが鍋の中身を突っついてばかりいる。それでもバーナビーの表情が余りにも幼く、好奇心大勢な良い表情だけに虎徹は苦笑いしただけで本格的に止めさせる事はしていない。 「え〜、まずは『水炊き』って言って出し汁に味をつけない鍋料理な。」 白菜を削ぎ切りしながら頷くイワンに声をかける。 「『水炊き』っーくらいだから、水から煮るんだ。」 土鍋の中には、ぶつ切りの骨付き鳥の股肉が入っている。バーナビーが突っつき続けているソレである。 「地方によって若干違うんだけど、まあ、さっきも言ったけど鍋の煮汁に味を付けることは基本的にはしないで、小皿にポン酢や柚子胡椒なんかを入れて味を付けて食べるものが水炊きね。」 「鍋の中身は何ですか?」 虎徹のレクチャーに興味津々なのは、イワンだけでなくバーナビーも虎徹に質問をする。 「基本は『鶏肉』。あと野菜。野菜は、白菜とか人参とか大根とかネギとか…冷蔵庫にある野菜でいいよ。」 「トマトとかセロリも良いんですか?」 「う〜〜ん…セロリはどうかな?」 「アボカドとかキュウリは?」 「サラダで食べようね、バニーちゃん。」 「ブロッコリーは?」 「イワン、出来ればシチューで食べてくれ。またはカレー鍋の時は良いかもしんない?」 「ハーブ類は?」 「春菊は入れるね。バジルとかは入れないけど。」 「春菊って?」 「えっと…」 「虎徹さん、煮たってますよ?」 「うん、忙しいね。この切った白菜入れてくれる?」 「春菊って何ですか?」 「だからね、春菊は……」 「虎徹さん、白菜入りましたよ。」 「ありがとうね。次は…っと…」 「あの〜、だから、春菊と言うのは?」 「あっ、春菊ね。春菊は……」 「虎徹さん、鶏肉見えなくなりましたよ?」 「あっ、入れた野菜の上に肉を……」 「何で春菊は入れて良いんですか?煮込むなら月桂樹の葉も…」 「この白いプルプルしたのが豆腐ですね!わぁ、凄い、簡単に崩れました!」 「だぁぁぁぁ!お前達、ちょっと待て〜〜!!!!」 キッチンでは虎徹の修羅場が見えた。 「改めて「「カンパーーイ!!!」」 「「「カンパーーイ!」」そして、カンパーイ!」 「……乾杯ね。」 更にテンションが上がっている…と言うより、ノンアルコールドリンクで既に出来上がっている者や、初めて見る鍋料理に意識が行きっぱなしの者、そして、手の込んだ料理をしたわけでは無いのだが疲労困憊で肩を落とす者が、出来上がった鍋料理を前に紙コップを掲げ『鍋パーティー』が始まった。 「思った以上に鍋料理って豪華ですね。僕はもっと貧相な料理かと思ってました!」 「まあ、今は経済的に逼迫状態にあるって訳じゃないから、ある程度の具は買えるから。」 「貧乏時代は具も切なかった。そして、寂し中身だった。」 8人のヒーローが食べるには虎徹が持つ鍋では足りない為、虎徹の知人から借りたい土鍋と卓上コンロを追加して机に並べた。 皆の手には器。中にはポン酢ダレ。酸味の苦手なロックバイソンの為にはだし醤油で味付けを。変わりダレのゴマダレはイワンとキースが喜んだ。マヨネーズは虎徹のトッピングに。他のトッピングにオリエンタルから取り寄せている七味と柚子こしょうを。 カプサイシンが美容に良いとネエサンが話し、カリーナが飛び付いた。 熱々の白菜に大根、そして甘くなった葱。エノキに虎徹特性鳥団子。 思い思いの具を器に盛り、和気藹々と鍋パーティーは進んでいく。 「タイガー、もっと貧乏時代の話し聞かせて!」 口いっぱいに頬張るパリオンは、トレーニングルームの話しの続きをせがんだ。 食事を始めて直ぐは奪い合うように鍋を突っついていたヒーロー達だったが、ある程度腹が満たされ始めたのかペースが落ち着きはじめていた。 「う〜〜ん、貧乏話しって言っても、たいして面白い事ないよ?」 ビール片手に頬を指先でポリポリ掻きながら首を傾げた虎徹は、向かいに座るアントニオに視線をむけた。 「貧乏っていっても、贅沢できなかったってレベルだよな。紅茶のティーパックは、基本使ったら干すだろ?」 「使い続けて色が無くなったら炒ってフリカケだし。」 「コーヒーは、カップの底が見えるくらいに薄い。」 「贅沢云々の前に人並みの生活じゃないですよ。」 呆れ返ってため息をついたバーナビーに、アントニオとキースそして虎徹は苦笑いを浮かべた。 「かもな。時間があれば俺もアントニオも不器用じゃないからある程度ハンドメイドで賄えたんだろうけどね。」 「平日は、出勤して15時ぐらいに会社上がってトレーニングして。その間に出動したりイベントやったり。」 「時間がなかった。そして、忙しかった!」 鍋の具も無くなり、片方の鍋はうどんを。もう片方にはだし醤油を入れご飯と溶き卵を足して雑炊を作りながら虎徹は話を続けた。 「うん、みんなあの頃はがむしゃらだったんだ。レジェンドが居なくなってヒーローTV人気も落ちてね。アニエスも必死だった。人気がなくなればスポンサーからの資金提供も少なくなるしね。」 出来上がった雑炊とうどんはあっという間に完食され、ネエサンとカリーナ、パリオンが買ってきたデザートに手が伸びる。 慌てて珈琲をドリップし始めた虎徹は、当時の記憶を思い出す為無意識に視線を窓に向けた。 「金もない、人気も低迷。nextへの偏見に差別思想。人種差別主義って言うの?自分たち人種は偉いんだ!みたいな人が権力持っていたからね。」 「私がオーナーに就任した時も、カラーって事でなかなか商談も上手くいなかったのよ。」 食後のミルクティーと珈琲を用意した虎徹は、厳しい時代を思いだしクスリと笑った。 「でも、仲間がいたからな。笑えた事もいっぱいあったよ。」 「ぬるぬるローションnextには参ったな〜。」 お皿にタルトを切り分けるアントニオもそれを思いだし笑った。 「ワタシ、アレは気持ちよかったわぁ〜。」 「なんだよ、気持ち悪いだろうがっ!」 「何?その『ぬるぬるローションnext』って?」 ミルクティーがたっぷり入ったマグカップを両手に持ったカリーナが、ネエサンに質問した。 「街中でちょっと錯乱したnextがね、…確か彼女にフラれたとか。その男が口からローションを出すnextだったの。」 ソファーに座りハイボールを飲むネエサンは、当時を思いだしケタケタ笑い始めた。 「『オエ〜〜』って吐くのよ、ローション。」 「美容に……良さそう………でごさるな。」 「ちっとも!道路上埋め尽くされたローションはサラサラじゃないの。……なんて表現したらわかりやすい?」 「そうだな、ギョトギョトした半固形って感じか?」 「そうね、半透明のギョトギョトぬるぬるした感じ。」 「……よくわからないよ」 ネエサンとアントニオの説明では創造出来なかったパリオンが両手を上げて降参のポーズをとると、横に座るイワンも真似をして両手を上げた。 「臭いは…生ゴムと少し甘酸っぱい…みたいな感じかしら?艶があってテカテカ光っていて、持ち上げるとドローって流れ落ちてね。立っていられない程ツルツル滑るの。」 「空から見ていて皆が転ぶ姿が笑えた。助け起こそうとするヒーローも一緒に倒れて!面白かった。そして、バイソン君に引き摺り降ろされてローションまみれになった。」 まだ創造力が追い付かない年少組4人は、首を傾げる。 「ヒーロースーツの中にまで入ってくるの。ニュルン!トロー、ネバー!って。ヌチャヌチャってヒーロースーツのしたから音が聞こえて、もう最高!!!!」 「……耐え難い感じですね。」 顔を赤らめ口元を抑えたバーナビーは、視線を床に落とした。先程から話す『ぬるぬるローション』は、聞いたところによる風俗営業に使うソレに似ていて、色々と卑猥な創造ができる。 「もう皆でネチャネチャでドロドロ。後でわかったんだけど、そのローションには興奮作用があって。色々大変だったのよ〜。楽しかったけど。」 「……男にはテキメンだったな。」 くねくねと身体を揺らすネエサンと遠い目のアントニオ。他人事のように爽やかに笑うキースと様々だが、バーナビーの隣に座る虎徹は身体を丸め両腕で自分を抱き締めて固まっていた。 「……虎徹さん、具合が悪いんですか?」 心配になったバーナビーは、虎徹の肩に手をかけ顔を覗き込めば、きつく瞳を閉じ赤い顔をした虎徹の表情を見ることになった。 「虎徹さん、虎徹さん?」 「あぁ、タイガーはね、ローション飲んじゃったの。少しだけど。凄かったわぁ、タイガー!」 「何が凄かったの?」 「いろいろよ〜〜。もう自分では制御不能よ!」 どうやら子供の情操教育には不適格な内容らしい。 無邪気に聞くパリオンの言葉に頭を振る虎徹は、身体をわずかに震わせた。 「事件解決した後、バケツにローション集めて売ったら良い値段になったな。」 「売ったの!…どこにって聞かない方が良い?」 氷の女王ね視線は自ら作る出すソレより冷たい。 「ウフフ。」 「まあ、いろいろな。」 ニヤつくネエサンとアントニオ。やはり爽やかに笑うキース、そして身体を丸める虎徹。 全く創造出来ないパリオン以外は盛大なため息をつき呆れ返った。 「そのローションって何処で幾らで売れたの?」 穢れの無いパリオンの瞳に迫られたアントニオは、牛の雄叫びならぬ悲鳴を上げて席を飛び出した。 静かになった鏑木家。 未成年者がいるパーティーは、21時を向かえる前にお開きとなった。 ある程度の片付けをしていってくれた仲間達のお陰で、虎徹は早々に風呂へ浸かり後はベッドで横になるだけだ。 片付けの手伝いの為…という口実でバーナビーも風呂に入り、楓からのプレゼントとして貰ったガーゼ素材のパジャマを身に付けている。 お泊まり120%満々である。 ダボっとしたバーナビーの白いパジャマには、胸元にピンクのウサギのワンポイントが付いていて可愛らしい。 それを着こなすバーナビーはやっぱりハンサムだなぁ〜と内心ノロケている虎徹だ。 ……口には出さないが。 ロフトに昇った2人は、少し狭いベッドに入った。180センcmを越す2人が並べば確かに狭いがくっつけば広い。 バーナビーの腕の中、虎徹は早くも眠くなっていた。 「虎徹さん。今日はごちそうさまでした。」 「うん、いっぱい食べた?」 「はい、食べ過ぎたぐらいです。」 共食い効果とでも言っておこうか、食欲旺盛なパリオンやアントニオに釣られて他の者達も負けてなるか!と料理に手を伸ばした。 余りにも予想外な消費に、虎徹は慌てて野菜を切り追加した。 肉に至っては、冷蔵庫にあったウインナーを投入。この時点で水炊きから完全に外れているが、そこは気にせず食べ続けた。 「さっきの話の続きですが…」 「鍋料理の話し?単純な料理だから、バニーちゃんでも簡単に出来るだろ?何か気になる事あった?」 「ええ、今度は違う鍋料理を教えて下さい。ところで気になる事ですが……」 ニコっと笑ったバーナビーに釣られ虎徹もヘラリと笑って……頬がヒクリとつり上がった。 笑っているバーナビー。確かに笑っているのだが…… (バニーちゃん、黒うさぎになってる!) 嫌な予感がした虎徹は、バーナビーの腕からジリジリと逃げる。しかし、ガッチリとホールドしたバーナビーは、ブルーローズのnext能力をまとった感じだ。 「ホント…何か気になる事あった?」 「はい、ローションの効果で虎徹さんがどうなってしまったのか、詳しく包み隠さず教えて下さい。」 「……バニーちゃんの気になったのってソコ?」 |