どんな姿でも、貴方を愛し続けます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「だから、俺はアンタ達が必要としてる『鏑木虎徹』じゃねーんだよっ!『ワイルドタイガー』なんてダサい名前のヒーローなんて知らねーし、バディだかバターだかわからねーコンビだって言われたって『はい、そうですか』って動けるわけねーだろう!!だから俺を解放しろよっ!解雇だって何だってアンタ達の好きにすれば良い。めんどくさくだろっ!足手まといなんだろっ!KOHの添え物なんだろっ!!インターネットにも書いてあったよ!『引退間近のロートルヒーロー』って。万年最下位なんだろっ、うざいんだろっ、もうたくさんだっ!!!」

 

 特別病棟の一室。

上下黒のスエット姿の虎徹が吠えている相手は、上司であるロイドと古くからの理解者ベン。そして、相棒であるバーナビーである。

 

 

 

 3日前に犯罪者を確保したバーナビーは、警察に身柄を引き渡そうとした。その際、犯人は突然nextの力が覚醒し青く光始めたのだ。

いち早く気づいた虎徹がバーナビーを突飛ばし自らの身体をnextに押し付けた時虎徹は意識を失って崩れ落ちた。

ヒーロースーツを纏っていたため何が起こったのか瞬時にはわからなかったが、バーナビーが駆け寄りフェイスマスクを上げた瞬間その答えが現れた。

 

 意識を失い眠る虎徹は、見た目がローティーンの少年の姿だった。

 

 

 その後、犯人は、今まで自分がnextだとは知らなかったと言った。今回の犯罪で、ヒーロー達に追われる事で、能力が発動したと考えられている。突

 如覚醒したnext能力についての調査結果は、『若返り能力』が一過性ではなく元の身体にも戻る事は難しい事がわかっている。そして、若返った年月分の記憶も知識も無くなっていた。

 しかし、事実上20年の歳月全てを無くした虎徹の身の振り方について、思案しなければならないのは変わりなく、鏑木家とアポロンメディア側そして、司法局と話し合いも現在行われている。

 

 鏑木家とすれば、虎徹をオリエンタルタウンに連れ戻し、もう一度16歳から人生をやり直させたい考えだ。出来れば『ヒーロー』には成って欲しくないのが本音である。しかし、虎撤の愛娘である楓の心情を重んじれば、『オリエンタルタウン』に連れ戻し、20年間の記憶を無くした虎撤との生活はかなりのメンタルダウンになる。それを考えれば、強引に連れ戻す事には二の足を踏んでしまっている。

 

 司法局側は、基本シュテルンビルト在留を示してはいるが、虎徹の意思を尊重するスタンスでもある。nextにより未成年者と成った虎徹に対し、法の下で保護及び健康管理監査が必要との回答が出されたばかりだ。

 

「虎徹さん、会社を辞めてその後どうするつもりですか?オリエンタルに帰るのですか?」

「帰れるわけねーだろう!俺には子供がいるんだろ?『わけわかんねー力で20歳若返りました。』『20年の記憶が無いからお前の事は知りませんよ。』ってソイツに言えって?第一、オリエンタルタウンはな、多干渉な小さな町なんだ。こんな成りの俺が町に帰ったら家族に迷惑だろうが。これ以上迷惑かけられねーつーの!」

「だから、どうするつもりですか?」

 

冷淡な眼差しのバーナビーを睨んでいた虎徹だが、眉根を潜めるとその視線を床に落とした。

 『どうするつもりか?』と聞かれても、少年である彼の知識では回答は難しく。唇を噛みしめた虎徹は、小さな声で「バイトでもしながら生活する」と呟いた。

 

 

 横柄で生意気な態度を見せる16歳の虎徹は、言葉の端々に相手への思いやりが見てとれる。

 先程大人相手に訴えていた内容でも『足手まとい』や『手が掛かる』自分に見切りをつけて切り離せと言っていて。自分本意でない事は容易に想像出来た。

 

 虎徹の姿は、一見するとローティーンではあるが、病院のヒアリングで彼は『16歳に成る』と言ったらしい。

 多感な年齢層の彼は、相手をなじり自分を揶揄しながらもこれ以上の迷惑をかけたくないと考えているのだろう。

そもそも、今日は珍しくいろいろと話してくれる彼だが、普段は無口である。

 何か聞いても『あぁ』や『っるせぇ』ぐらいしか口を開かない。世の中に斜で構える年頃の少年は、それでも周りの大人達に気を配っているのだ。素直に言えない照れ隠しも含めて。

 

 

「今の虎徹さんが独りで生活する事が可能だと思っているんですか?20年前とは時代が違うんですよ。紙幣も替わりましたし社会的思想も変わった。IDだって今の貴方に不適用となるんです。貴方、子供の時から馬鹿なんですね。」

「あぁ!馬鹿ってなんだよ!」

 

床に伏せた目線を再度バーナビーに向けた虎徹は、怒りを隠そうとはせず数歩離れていたバーナビーへと詰め寄った。

 

「馬鹿は馬鹿です。『浅はかな馬鹿』とか『救いようのない馬鹿』ですか?それとも『天然馬鹿』で間違いないですか?」

「ウルセー、黙れ糞兎!兎らしく自分の糞喰ってろ!」

「貴方こそ声が大きくてうるさいですよ、馬鹿な仔虎さん。それとも虎猫ですか。」

 

虎徹がバーナビーの襟を掴もうと伸ばした手を、逆に掴み取られ虎徹は伸ばした腕を振り切ることが出来ない。

イラつく態度を隠さない虎徹は、掴まれた手首を捻りバーナビーの手首を逆に掴むと、降り下ろした勢いを利用して拘束を切った。

 しかし、目と勢いは止まらず更にバーナビーへと詰め寄った。

 

「馬鹿馬鹿いうけど、馬鹿はアンタ達だろっ!知識も経験もない俺を拘束して何か得なんだよ!馬鹿じゃねーの!?」

「損得の問題じゃありませんよ。何度も説明しましたよね、僕と貴方は『相棒』だと。」

「だからなんだよ!」

「虎徹さん。」

 

圧力が掛かる気を出していたバーナビーは一転、穏やかな雰囲気に替わる。

相手の気配が替わった事を察した虎徹もまた、イライラしていたテンションが落ち着き始めた。

 

「虎徹さん。貴方にとっては『たかだか相棒』かもしれませんが、僕はそうじゃありません。」

 

エメラルドグリーンの瞳は真っ直ぐに、揺るぐ事なく虎徹を見据える。

 

「貴方は忘れたかもしれませんが、僕は覚えている。虎徹さんがくれたのは、無償の心。色のある風景。人との繋がり、安心できる空間。」

 

真剣な眼差しは、ふと柔らかく代わり、バーナビーは困惑する虎徹の頬に手を添えた。

 

「全てをくれた虎徹さんがいない世界に、僕は存在することすら許されない。」

「……好きな女に言えよ、その言葉。」

 

言われた内容にどう反応すれば良いのか困り果てた表情の虎徹。その表情に釣られバーナビーも似たような表情を作る。

 

 

(好きなのは、愛しているのは貴方なんですよ、虎徹さん。)

 

 

その言葉は封印せざるを得ない。

 20年の記憶を消去した今の虎徹に、自分達の関係を説明しても理解されないことは明らかで。

でも、たとえ記憶が無くなっても、姿が変わろうとバーナビーにとっては虎徹は虎徹であり、替わるものがない唯一無二の魂だ。

『たかだか』20年の歴史がなくなったからと言って、虎徹を手離す事など出来やしない。シュテンビルトから居なくなるなど言語道断。出来るならば虎徹を自宅に住まわせたいのだから。

 

 

「虎徹。」

 

二人の会話に声をかけて来たのはベンだった。

 

「お前も薄々わかってきていると思うが、これからの選択肢は広いようで狭い。1つは『この町に留まる』か『オリエンタルに帰るか』だが…」

「だから俺は!」

「まあ待て、話しは最後まで聞けな。」

 

またも戦闘体制に入らんばかりの虎徹をベンが往なす。

 

「お前さんの話を聞いているとどうやら『オリエンタルタウン』には帰るつもりは無さそうだな。」

「だから、あの町は……」

「多干渉な町なんだな。」

「あぁ、大騒ぎになる。地元紙も涎垂らして取材に来るだろうし。」

 

その言葉に頷いたベンは指を1つ立て目の前にかざす。

 

「ならば『ここに留まる』選択肢しかない。next能力の影響についても監査中だからな。」

「俺はなんともないんだよ…。」

 

年配のベンの言葉には素直に返答する虎徹は、幾分おとなしい。さながら調教師と若き虎との関係とも感じる。

 

「この街に留まる事は嫌じないんだな。」

「……あぁ。」

 

嫌々ながら同意した虎徹に満足気に頷いたベンは、次の質問をした。

 

16歳ならば本来ならばハイスクールに通う年齢だが、お前さんの場合一応ハイスクールの卒業資格はある。しかし、学力や知識は無い。学校に通う選択肢もあるが?」

「そんな金どこにもねーよ。」

「学費はアポンメディアが出しますよ。」

 

虎徹の言葉を受けてロイズが言葉を掛ければ、驚いた表情の虎徹が振り向いた。

 

「だって俺はアポンメディアのヒーローじゃなくて!」

「ヒーローですよ。」

 

きっぱりと言いはなったロイズは、スーツ姿では病院内は暑いのだろう額の汗をハンカチで拭いながら溜め息をこぼした。

 

「貴方が何時インターネットで調べられたのかはこの際置いておきましょう。確かに『ワイルドタイガー』は万年最下位を争うヒーローでした。しかしそれは過去の話し。前期のKOHは鏑木君、貴方だったんですよ。」

「……へ?」

 

きょとんとした表情で小首を傾げ頬を掻いた虎徹は、ベンを見てバーナビーへと視線を向けた。

その表情の幼さにバーナビーはつい笑が込み上げそうになるが、また彼が不機嫌になるのを嫌がり無理矢理真顔を作る。

 

「だって、万年最下位で、要らないヒーローだってナンタラチャンネルにいっぱい書き込んであって、そのコイツがアレで超人気あって、オヤジ引っ込め!とかそんな感じの…なんだっけ?ほら、だって俺ロートルで!コイツがなんだっけ?一番強いヤツだって!うん、アレだって!!」

 

虎徹は軽いパニックである。

手をワタワタと上下に降って、周りをキョロキョロ見回す。

その姿が余りにも滑稽で尚且つ可愛らしくて、病室に居た者は爆笑し始めた。

 

「なっ、なんだよっ!!っーか、笑うなっ!!!」

 

怒りと照れ隠しが混在する虎徹を、口元を隠し涙を浮かべて笑うバーナビーは、安心した。やはり、どんなに姿が変わろうと、『虎撤は虎撤』であって、本質は何も変わっていないのだ。自分に言い聞かせてはいたが、実際その本質を見れば安心感が身体を包み込み緊張していた心を解きほぐす為に長い息がでた。

 

「ナンタラチャンネルにアレが僕と書いてあったのは、古いスレだと思いますよ。貴方と僕は、僅差で前期ワンツーフィニッシュでしたから。」

 

噛み殺す笑いに混じってバーナビーは指先で涙を拭う。久しぶりに笑った。虎撤の身に起きた出来事以来、初めてではないだろうか。

 

「スレって何だよ?…で、ナンタラチャンネルで一番のヒーローが俺で?って」

 

虎撤は頭を掻きむしりながら、考え過ぎで吐きっぽいと言っている。

 

「貴方は、一度能力が減退して『5minute』から『1minute』に成って僕と2軍で活動しましたが……

 

笑みを浮かべていたバーナビーは、その表情を硬くしエメラルドグリーンの瞳がゆっくり伏せ、ギリリと奥歯を噛み締めた。

ここからが、今日主要メンバーが集まった本題なのだと気合いを入れ直す。

 

「1軍への応援要請で出動した事件で、虎撤さんは生死をさ迷う程の大怪我をした。数週間後、意識を取り戻した虎撤さんには、新たなnext能力が生まれてました。」

「へ?ハンドレットパワーだけじゃねーの、俺?」

 

眉を寄せ首を傾げる虎撤は、自分の両手を見つめて疑問を口にした。

 

「ええ、ハンドレットパワーは『1minute』のままでしたが、その他に2つのnext能力が確認されました。」

「えっ!nextって11つじゃねーのか?」

 

驚くのはそのポイントなんだ。とベンはぼやく。

ロイズも一瞬呆れた表情を浮かべたが、顔をしかめハンカチで汗を拭う。

ジェイクの件がなければ、next1人に1能力との常識は覆らなかっただろう。しかし、現実にそのようなnextが存在する事をメディアで中継され、人々が知ることとなった今、何ら不思議なことではない。

20年間を失った虎撤には、初耳だが……

 

バーナビーは、細く息を吐き出し話を続けた。

 

「そこで虎撤さんに質問します。今、貴方はnext能力を発動できますか?」

「できるぜ!ハンドレットパワーだよな。」

 

では発動してください。とバーナビーは言うと、ロイズとベンを部屋の隅に移動させつつハンドレットパワーのタイム計測を依頼した。『5minute』か『1minute』か。今の虎撤には未知のnext能力の暴走か。

消失した20年間に逆らうことなく、next能力も時を遡ったのか。

 

「……貴方が新たなnext能力を暴走させたら、僕でも止められません。」

 

一歩後退したバーナビーは、能力を発動しようとしていた虎撤に声をかけた。

 

「ですが、貴方を護りますよ。僕の全てを虎撤さんに。」

「…………」

 

琥珀の瞳が一瞬揺らぐ。

翡翠の瞳から逃れるように顔を背けた虎撤は、next能力を発動させた。

 『ハンドレットパワー』なのか確認するため、この実験をするつもりで来たと証明するかのように、バーナビーは持参したピンポン玉程度の工業用ダイヤモンドを虎撤へと投げた。

受け取った虎撤は、それを粉砕しろと言われ『こんな高いモノ壊せるか!』と声をあらげたが、バーナビーは首を振り行動を起こすよう指示を出した。

 

 青く光る虎撤は、手の内でダイヤモンドを転がしていたが、不機嫌な表情に変えるとバリバリとそれを握り潰した。

工業用の粗悪品とはいえ、鉱石のダイヤモンドを潰す力は『ハンドレットパワー』であることを証明している。

握り締めていた拳を開き傾ければ、バラバラと床にダイヤモンドの破片が散らばる。

それを眺めている虎撤から視線を移し、ベンへ顔を向ければ『あと8秒』と呟いた。

 

「!ー−−−いっ!!」

 

突然自分の胸を掻きむしり蹲る虎撤を見たバーナビーは、ベンに声をかける。

 

1分は経過したぞ!」

「ロイズさん、ベンさん!室外へ!!急いでっ!!!!」

 

腕を振り退室を急かしたバーナビーは、2人の駆け出した足音を耳で拾いながら、踞る虎撤の正面へと回り込んだ。

 

「虎撤さん、僕の声は聞き取れますか?」

「…………」

 

小さく身体を丸めた虎撤は、声を出して返答は出来なかったが、数度頷く事でバーナビーへ返事をした。

 

「苦しいですか?」

「−−−−っか、あっ…………くっ!!」

 

青かった虎撤の身体は、オレンジから更に色を変えていく。

2つの能力が発動している時はオレンジ色へと変化する。実際、ジェイクも20年間を消失する前の虎撤もそうであった。

しかし、今の虎撤は更に色を変えていく。

 

「−−−−3つのnext能力!『ハンドレットパワー』も5minuteに復活している。」

 

驚愕するバーナビーを他所に、虎撤はハンドレットパワーで苦しさのあまり床のラバーフィルムを爪で剥ぎ取った。

 

「…………さて、問題はどちらの人格が現れるか?」

 

息を詰めていた虎撤は、ユラリと立ち上がる。両腕をダラリと下げ頭をユラユラ揺らし不穏な動きをしていたが、ピタリと止まると乱れた髪を気にせず虎撤はバーナビーへ顔を向けた。

前髪で隠れた瞳はオレンジがかったゴールド。身体の回りを取り囲むnextの気は少しパープルが混じるゴールドと異彩を放ち、息を詰め顔の表情を強張らせたバーナビーは、妖艶に微笑む虎撤から外す事は間違いをおかす事だと即座に理解した。

 

「……気分はいかがですか?」

『悪くないよ。むしろ、エネルギーが爆発しそうだよ。』

「……何をしましょうか?」

『まずは…………破滅から。』

「貴方は『告死天使』!!!!」

 

 虎撤の中には新たな人格とその人格を現すようなnext能力が備わった。

破壊と殺戮を楽しむ『告死天使』。そして、自分の生命力を糧とした癒しと治癒の『告生天使』である。