『鋼のファンクラブ』…再び

 

 

 

 

 ジャン・ハボックが自宅に帰宅した時、ポストにA4版の茶封筒が投函されているのに気づいた。

 しかし、覚えの無いその封筒をてに取り、差出人を確認してハボックは恐怖に身を強張らせる事となる。

 

 

 

  TO ジャン・ハボック

 

  FROM  鋼のファンクラブ事務局

 

 

 

 

 

 ハボックは『あの出来事』以来、この事はすっかり忘れていた。

 …正確には『排除』したが正しい。

 

 

 

 

 あの日、気が狂った上司の放った『焔』によって本どころか、机にカーテン・書類が燃える大惨事となった。

 その日執務室で後片付けや書類の再発行、始末書やらといらない仕事が大量に舞い込み、自宅に帰れたのは朝日が顔を出し始めた時間。

 おかげで約束していたデートをキャンセルする事になり、結果フラれる苦い思い出もオマケでついてきた。

 

 

 

 

 

 

 シャワーを浴び、ビールを飲みながらテーブルに置きっぱなしの茶封筒に目をやった。

 考えてみれば、会費は年払い。前回は通常配布とバックナンバーを取り寄せた結果、3冊手元に届いたのだから、今回の配布も含め後最低3〜4冊は届いても不思議ではない。

 ハボックは封筒を手に取り封を開けた。

 上司の彼女の写真を見たって何らか楽しい事は無い。

 しかし、気にならないと言ったら嘘になる。少なくとも『知っている仲間』が掲載されているのだ。

 

ハボックは、ビールを飲みながら適当なページを開いて見た。

 

 

 

 

 

  −−−ブゥゥゥーーーッ!!

 

 

 

 

 

 もし、『全国口から水分噴き飛ばし大会』があったならハボックは確実に優勝したで有ろう距離までビールを噴き出した。

 噴き出した事で、ビールは鼻に回り『ハボ汁』となって流れ出て、鼻にツーンとした痛みによって目には涙が溢れている。

 

 

 

 

 …しばし固まるハボック。

 

 

 

 

 時間にすると2・3秒のタイムロスだが、ハボックには丸一日固まっていた気分に追い込まれた。

 

 「……この写真は。」

 

 写真の内容は相変わらずだが、使われた写真自体が問題だった。

 相談するにも上司の『嵐』はかなり遠慮したい。

 

 考えたあげく明日にでもホークアイに相談しようと決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、いつもは何かと理由をつけて仕事をサボるロイは、司令室で仕事に追われている。

 ハボックは、ホークアイに相談したいが大佐が居る時は駄目だろう…どうしたものか?と、タバコを咥えながら会報がしまってある引き出しを見ていた。

 

 

 

 …世の中には『捨てる神』が居れば『拾う神』もいる。

 ハボックが、今日はもう相談できないだろうと。と諦めかけた時、司令室内に聞きなれた懐かしい声が響いた。

 

 「ちわー!大佐居る?」

 「鋼の!!久し振りだな。」

 

 室内に入ってきた少年()エドワード・エルリックを見て、不機嫌そうに仕事をしていたロイは嬉々として席を立った。

 

 「今日は頼まれていた『視察報告書』持って来ただけだから直ぐ帰るぞ!」

 

 エドワードは室内に居た人達に軽く挨拶をしながらロイのもとにちかづいて行く。

 そして、ハボックの前に来た時驚いたような顔をして立ち止まった。

 

 「少尉…『鼻血』出てるぞ。」

 

 昨日の写真が効いているのか、ハボックはエドワードを見て鼻血を出していた。

 エドーワードは慌てて自分のハンカチをハボックの鼻に押し当てて心配そうに顔を覗き込んでいる。

 

 

 

 わー…近づくなー…余計に『妄想爆走』する…鼻血止まらねー!!

 

 

 

 そんな2人を見ていたロイは、少し来る物があったのか強引にエドワードを連れて執務室へと行ってしまった。

 理由はともあれロイが室内から出て行ってくれた事で

 

 「助かった…」

 

 と、ハボックは結果オーライに内心喜んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 執務室にお茶を入れて帰ってきたホークアイに、ハボックは相談を持ちかけた。

 

 「中尉…実は大佐には絶対言えない話なんスが良いスか?」

 「何かしら?」

 

 ハボックの『大佐に言えない』という言葉が引っかかり、ホークアイは慎重に話しを聞き始めた。

 

 「実はまたこれなんスよ…。」

 

 ハボックは引き出しから茶封筒を取りだしホークアイに渡す。

 ホークアイは封筒を覗き込み薄っぺらい本を1冊取出した。

 

 「…また来たの?」

 「年4〜5冊ですから…来ちゃいましたね。」

 「それで…これが何か?」

 「写真の掲載内容なんスよ…。」

 

 2人の会話にピーンと来たブレダ・ファルマン・フュリーはホークアイの周りに集まり手に持った本を覗き見た。

 

 

 

 

 

 

 『鋼のファンクラブ 〜東方コスプレ編〜』

 

 

 

 

 

 

 ホークアイは皆に見えるように本を机上に置き、表紙を捲った。

 相変わらず軽いノリの編集者のコメントで文章は始まっている。

 

 

 

 やー!!久し振りだな?今回、鋼のエディーちゃんは『東方』で女子高校生の制服姿を披露したぞ!!

 今回は全貢制服姿の眼福エディーちゃんだ。

 

 と始まった『鋼のファンクラブ』には、先月東方で解決した『女子学生無差別傷害致死事件』で囮となったエドワードの制服姿が載っていた。

 

 いつもはみつ網にしている髪を降ろしサイドの髪の毛を後ろで縛ってあるエドワードは、それだけで別人に見える。

 降ろした金糸の髪が小顔の頭を支えるほっそりとした白い首筋にかかっていた。

 東方にある名門校の制服である白いブラウスは、機械鎧を隠し柔らかいラインを出していて、その襟に結ばれた赤いショート丈のネクタイがパンと張った胸元によく似合っている。

 大人の両手をまわせば周るくらい細いウエストからギンガムチェックのプリーツスカートが今時の制服らしくかなり短めで、機械鎧を隠すように膝上まで伸びる紺の靴下が清楚さをかもし出していた。

 

 

 この時には、この少女が『鋼の錬金術師』という事実を一部の人間以外に伏せの捜査活動だった。

 なのに、バッチり写真に撮られている。

 それは『機密漏れ』以外何物でもない。ハボックの懸念はそこにあったのだ。

 

 「大佐に見せたら『あれ』ですから…。」

 

 と、ハボックは右指をパチンと鳴らしてみせる。

 みな『あの時』の惨事を思いだし顔が青くなっていた。

 

 「そーね、これは大佐には見せない方が賢明ね。この写真の出所については私達で調査しましょう。」

 「…何を見せない方がいいのかね?」

 

 「「………!!」」

 

 いつの間に部屋に入って来たのか…。

 ホークアイの後ろにエドワードと執務室に行ったはずのロイが立っていた。

 

 「私に何を見せない方が良いのかな?」

 「「………。」」

 

 まさかの展開に司令室に居た者は『あの日』を思いだし声も出せない状態だ。

 そんな部下の行動を無視して、ロイはみんなの見ていた机上に目線を向けた。

 

 机上にあった物。それは忘れもしない『鋼のファンクラブ会報』だった。

 

 ロイは机上前に立っていた部下達を強引にどかし、『鋼のファンクラブ会報』を手に取って本を開いた。

 

 

 女子高校生の制服を着たエドワードは、いつもと違う少女の笑顔で写真に収まっている。

 

 

 

 『高校で友達になった女の子と喫茶店でジュースを飲むエド』

 

 『ファンシーショップで買い物をするエド』

 

 『校門で誰かと待ち合ちあわせをするエド』

 

 そして

 

 『護衛の為、エドの所に来たロイとの2ショット』

 

 『雨の中、犯人の身柄を確保したエド』

 

 『怪我をしロイに抱きかかえられながら軍事車両に乗り込むエド』

 

 …これには、編集者のコメントに

 

 『エディーちゃんお持ち帰りの危機!!』

 

 などと要らない解説までついていた。

 

 

 

 「写真内容は相変わらずだが…この写真の流出経路を至急確認してくれ。」

 

 前回が前回だけに、『嵐』を覚悟し消火体制に入っていた部下達は、気が抜けた気分。

 考えて見れば前回の『免疫』があるのだ。大佐がそう簡単に取り乱す事はないだろうと安堵の空気が司令室を包んだ。

 しかし、ロイが次のページを開いた事でその空気が一瞬にして壊された。

 

 『司令部の廊下でアーチャーに声をかけられ機嫌の悪い顔で目線をそらすエド』

 

 そして編集者コメント曰く…『今回の危険度NO.1写真』には、

 

 『アーチャーが身体を屈め嫌がるエドに耳打ちをしている瞬間』

 

 …エドワードからの隠し取り写真の為、どう見ても

 

 『嫌がるエドの頬にキスをするアーチャー』

 

 にしか見えない。

 

 …部下達は一斉に上司の顔を見た。

 

 

 

 ズゴゴゴゴゴゴ…

 

 

 

 ロイに何かが降りてくる音が室内に響き渡る。

 

 

 

 

 ブラック『ロイ・マスタング』降臨!!

 

 

 

 部下達は、(…またか!!)と身を硬くして上司の様子を見ると、ロイは『鋼のファンクラブ会報』をビリビリと破り始めた。

 ロイの破いた本は紙ふぶきの様に床へ散らばって行く。

 その光景に部下達は、今回はこれで終って良かったと溜め息をついた。

 

 コンコン!

 

 「大佐!資料見つからねーのか?」

 

 資料を探しに行ったきり帰って来ないロイに痺れを切らし、エドワードは司令室に顔を出したのだ。

 エドワードはロイの足元に散らかった紙と、真っ青な顔でエドワードを見詰めるロイと司令部のメンバーを見て疑問を口にした。

 

 「おい、何してるんだ?紙なんて破いて何かあったのか?」

 

 ただ純粋に何か事件でもあったのかと心配して出た言葉だったが、ロイはエドワードに『鋼のファンクラブ』の事を話していなかったので対応に焦っていた。

 

 

 ……もぐもぐもぐ……。

 

 ロイはガバッと床にしゃがみ込む、と千切って散らばった会報の紙ふぶきを口に詰め込み始めた。

 自分1人では千切った会報を隠しきれないと判断したロイは、ハボック・ブレダ・ファルマン・フュリーを睨めつけ、一緒に口に入れるよう脅迫めいた眼差しを送りつづけた。

 

 ……もぐもぐもぐ……。

 

 ハボック・ブレダ・ファルマン・フュリーは涙を流しながら、会報の切れ端を口に詰め込み始める。

 

 いきなり床に散らばる紙を食べ始めるロイとその部下達に、驚いたエドワードをホークアイは適当な理由をつけ執務室へと促して行った。

 

 

 

 

 ハボックは、口の中で溶けていく紙をかみ締めながら…あと最低2回はこんな事が起こるのかと、途方に暮れていた。

 

 

 

 

 

 …頑張れ東方司令部!

 『鋼のファンクラブ』のすそ野は果てしなく広く遠い!!

 

 

 

End…。