鋼錬的【美術展】開催。 |
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――― 4月9日。 それは、『1667年、フランスはパリで世界初の美術展が開催された日。』 よってこの日は【美術展の日】と記念されている。 鋼錬的【美術展】開催。 毎度何を考えているのか掴み所の無い男が居る。 名前を『キング=ブラットレイ』と言うその男は、その外見からは意外な程お茶目なキャラを醸し出す。 例えば……見舞いに『メロン』を持参してくる。 例えば……部下からの追跡を避け窓から出て行く。 例えば……土産に『西瓜』を持参してくる。 例えば……国家錬金術師査定で気軽に判子を押してしまう。 例えば……格闘大会を開催して優勝者に希望商品を与える。 例えば…………キリが無い。 今回もそんなお茶目な発想でこの事件(?)が勃発した。 事の起こりはアームストロング少佐の絵だった。何気に描いた大総統の似顔絵が事の他上手く、芸術的に潤いが欲しいと脈略無く思い付いたその男は、軍関係者全てにこう御達し(脅迫)を出したのだった。 中央司令部でこの知らせを受けたエドワードは……死んだ。 「芸術的センスを持ち合わせていない」と弟に散々言われているから、こんな所で要らない恥をかく嵌めになろうとは考えても見なかった。 後見人でもあるロイ=マスタングも勿論この『会』に出展するのだろう。その内容が書かれている書類を渡した本人さえ自分の事は棚に置き、何時もの席に腰を下ろし眉を潜めエドワードの魂の行方を心配そうに眺めている。 そして、『マスタング・チーム』メンバーのホークアイ・ハボック・ブレダ、そしてファルマンもこれに漏れる事は無い。エドワードの行動に同情しなんと声を掛けようか?いや、同じ心境だけに声も掛けられない状態だ。 唯一助かったフュリーだけは安堵の溜め息を付いていた。 司令部の空いている椅子に魂を抜かれた如く腰掛けるエドワードに、ホークアイはグラスに冷えたジュースを入れてくれる。普段なら親の言い付けを守り、素直に感謝の意を欠かす事が無いエドワードは身体が斜め30度に傾いたまま指1本動かす気配が無い。フォローを入れるが如く隣りに立つアルフォンスがホークアイに感謝の意を述べれば、苦笑いを隠そうとはせずエドワードを見る姿があった。 ここに入るメンバーの殆どは数日前、エドワードと同じ状態に陥った。 何が悲しくて『美術』をしなければしけないのか?筆を最後に持ったのは何時だっただろうか?……少なくとも軍に入隊してからは、筆どころかスケッチだってした記憶が無い。写真は現場の証拠写真として撮影する機会があるのだが、文学……?ポエムかノベルズか?そんな事をした記憶は皆無である。 いや、一部の人間は『ラブレター』と言うポエムにチャレンジした事はあるだろう。それが展覧会に出展できるかと言えば論外だ。 「鋼の……、諦めろ。」 「………俺、国家錬金術師辞めてーよ。」 「私だって忙しい身だ、何が悲しくて芸術に勤しまなければイケナイ?」 額に手を置き天井を見上げるロイも、今回の事はかなり『キテイル』ようだ。大きく溜め息を付くと口元に手を当てて何かを思案している。しかし、今のエドワードはそんな事も気に止める事は無いようだ。 「大将は何出すんだ?」 ブレダが興味深げに質問を投げてくる。苦虫を潰したような表情のエドワードは、横目でチラリとその姿を捉えるとズルズルと椅子に深く座り込み隣りに立つアルフォンスに声を掛けた。 「アル……頼んだ。」 「えぇーー!!駄目だよ。ちゃんと自分で遣らなくちゃ!」 「アルの方が『芸術的センス』は有るだろう?上手くいけば大総統から稀少本貰えるかもしれなーだろう?」 「でも〜。」 「チャンスを見逃すか?」 「うん〜。」 兄の言う事はズルイとは思うが的を得ている。ここで兄が一念発起し作品を上げたとしても、入選どころか『ゴミ』として扱われる事は往々にして有りうると決して本人には言う事の出来ない事を考えてしまった。 「折角のチャンス!」この言葉は魅力だ。ほんのちょっとの如何様で稀少本が手に入るのなら見逃してくれるかも?など少しあった後ろめたさを吹き飛ばし、アルフォンスは兄の提案を飲んでしまった。 小さくガッツポーズを作るエドワードを、皆ある意味羨ましく眺める。 アルフォンスのセンスの良さは皆知っていた。何かに付けてディテールの悪い兄に対して、繊細で丁寧なモノを練成するアルフォンスが作業をすれば間違いなく『良い作品』になるだろう。それよりもこの面倒な作業を代わりにやってくれる誰かが居る事が羨ましくて仕方がなかった。 そんな中、まるで何か悪巧みを思い付いたが如く微笑む男がいた。 背凭れに身体を預けて居たロイは、姿勢を正し必殺の殺しの笑顔を向けエドワードに話し掛ける。 「これで鋼のは『暇』になったんだな。私の方を手伝いたまえ。」 「あぁ〜?何言ってんの??」 心底嫌そうな表情をロイに向け、そのオーラを隠しもせずエドワードは噛み付く。 「俺『達』は一瞬一秒の時間が惜しいんだよ。何でアンタの手伝いなんて遣らなきゃいけないんだ!」 「何かしろと言っている訳ではないよ。ただ、モデルをしてくれれば良い。」 「そんな暇ねーしっ!第一、モデルなら街中歩けば立候補なんていっぱい居るだろう!?」 「それはヤキモチか?」 「誰が妬くか!」 椅子から勢い良く立ち上がるエドワードを、肩を軽く上げ軽く嵐を避けるロイ。そんな攻防戦をメンバーは楽しそうに眺めていた。 「鋼のは『ただ文献を読んで』居てくれれば良い。どうだ?その為の稀少本も用意してあげるぞ?」 良い等価交換だろう?と視線で話すロイに、エドワードは言葉を詰らせた。しかし、何と無く背筋に嫌な汗が流れる。ハッキリ言えばこのやな予感を無視すれば碌な事はない。一応反撃とばかりにエドワードは声を低めロイに言葉を吐いた。 「テメー、それでも上官か?」 「別に私は構わないよ?本も探さなくて済むし、第一君の姿などこう瞼を閉じればあんな姿やこんな姿をはっきりを思い浮かべる事が出来る。」 「あん……な姿ってどんなんだよっ!!」 バンバンと床を踏みしめ机まで歩み寄るエドワードは、机に両手を叩き付けてその怒りを表した。 「冗談じゃねーよ!何だよそれっ!!」 「君も知らない……そう私しか知らない君を描けば良い話しだ。」 「あぁぁぁ!!もう良い!モデルする。すりゃー良いんだろう。見ていなきゃ下手に描かれるだけだっ!」 交渉成立。 こうしてこの部屋に居る国家錬金術師2人の作品は決まった。 そしてそんな上官達を眺めていメンバー達も、各々その傾向を考え作品提出までの僅かな時間になんとか作品をあげる事が出来た。 さて、4月9日を迎えたこの特別展示室には、全国から送られて来た作品の入選作品及び佳作作品が所狭しと並んでいた。 そんな中、赤い造花が飾られた最優秀作品には、言わずと知れたアームストロングの『大総統肖像画』がデカデカと展示してある。 まあこれは妥当だろうと誰もが思う出来映えだ。一部で今回の『美術展入選作品オッズ』なる物が存在していたが、本命中の本命だけにその配当金も少なそうである。 そして、各賞も紫色の造花を飾られそこに展示されていた。 まず【彫刻部門】。 これはエドワードの名前を借りたアルフォンスの作品だった。ご丁寧に錬金術を使わず仕上げたその作品は【天駆ける東国の龍】。架空の動物とは言えその圧倒的な存在感は圧巻である。これには優秀賞を取ったアームストロングが「我が輩感動!」とエドワードを鯖折りに抱きしめた事は言うまでも無い。 【写真部門】には北部に所属する一般兵が入選していた。 作品は風景がであったが、その被写体が『スノードロップ』と言う小さな花で清楚で可憐な作品であった。 さて、問題なのは【絵画部門】と【文学部門】である。 【絵画部門】の入選作品は、なんと大穴のロイ=マスタングであった。 その作品は、全A版の真っ白なキャンパスの右隅に描かれた小さな『発芽豆』。タイトルは『愛しの君』。 会場でこれを見たエドワードは激昂した。 「これの何処が俺なんだよ!俺の何処をどう見たらこう描ける!?俺は豆じゃねー!!」 詰め寄り今にも胸倉を掴みそうな勢いのエドワードにロイは、豆から伸びる芽を指差し 「ここがアンテナだ。」 とスマイリーに言ってのける。 その一言でエドワードの口から魂が飛んで行った。 そして……… 大問題なのは【文学部門】の入選作品リザ=ホークアイであった。 その小説は、軍内部で人の目を盗み純愛を続けるカップルのお話。 タイトルは【軍の中心で愛を叫ぶ!】 主人公の男は軍人で優男、地位も名誉もある【増田】。その愛を一身に受ける国家錬金術師の少女【エド美】、その妹【アル美】。 まず名前とタイトルがイケナイ。……いや頂けない。彼女の名付けセンスはある意味定評がある。愛犬に『ブラックハヤテ号』と付ける辺りがそれを物語っている。 この小説を読んだアルフォンスが「僕……金属みたいな名前なんですが?」とホークアイに訴えた時、彼女は 「これアルフォンス君じゃ無いから。」 とにっこり笑って返された。 ――― 何処が?どう読んでも僕が女の子でしょう? そう訴えたかったが、提出された作品に今更何か言っても始まらないと口を噤んだ。 エドワードがこれを読んだ時、一時間その場に固まった。息をしていたかも定かではない。 【エド美】は金髪金瞳の15歳。14歳差の恋人と遠距離恋愛をしながら愛を育んでいる。多少意地っ張りだが真っ直ぐで、妹を大切にするその姿はいじらしい事このうえ無い。色々な困難を解決しながら愛しの恋人に会いに来る彼女に共感する者は多いだろう。 ――― これの何処が俺じゃねーんだ? もはや文句も出ない。やつ当たりとロイに罵声を浴びせれば、隣りで一緒に読んでいた【増田】事ロイ自身も多少白髪が生えたのではないかと思えるほど朽ちていた。 隣りに立っていたホークアイを見るロイは、大きな溜め息を付き引き攣った笑いを浮かべながら疑問を投げた。 「あ〜あ、ちゅっ中尉?これは何だろう?」 「はい。出展作品ですが。」 「それは解かっている。そうではなくて……ここに書かれているのは私―――」 「最後を良く見て下さい。『この物語はフィクションです。』と書いてあります。」 「もしもし?」 「何か?」 「…………」 敵うわけない……彼女は『無敵』なのだ。 後日この作品は一般公開されている。 文学の作品に至っては製本され全国発売されていた。 ホークアイの作品【軍の中心で愛を叫ぶ!】は、その発行部数を確実に伸ばし100万部も夢物語では無くなっていた。 頑張れ焔の錬金術師と鋼の錬金術師! 軍部公認のカップルと成った二人は、その施設内を肩を並べて歩けなくなっている。 ………らしい。 End. |