カミングアウト

 

 

 

 

 

 

 

 

ゾロはサンジが好きだ。

 

 

 

 

 

 

 

どのくらい好きかと聞かれれば、

 

「サンジの作った飯より好きだ!」

 

と言われた本人のマジ蹴りが飛ぶぐらいの台詞が言えるだろう。

 

 

だからと言ってそれを口に出すつもりが無い。

いや、出すつもりが無いのではなく、出しても言葉が続かない。のだ。

 

自慢じゃ無いがゾロは、自分は言葉が足りないと解かっている。

脳内でベラベラと会話はしているのだが、実際口に出すとその半分の半分の…そのまた半分ぐらいで言葉が終わる。

 

シンプル is Best

 

聞こえは良いが、相手には自分の考えの10%も通じていない…から困る。

 

困ってもしかたが無いのでほっとく。

 

だから、誤解を生んで気まずくサンジと喧嘩も出来なくなればもっと困るから口には出さないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

【カミングアウト】

 

 

 

 

 

 

 

 

先程からゾロは固まっている。

 

現在マリモは鋼か鉱物か?

 

この際どっちでも良いのだが、兎に角ゾロは固まっている。それは目の前の光景のせいだ。

自分の記憶が確かなら、目の前にいる『男』はアラバスタでは仲間達と一緒に大風呂に入っていた。

 

 

忘れる訳が無い。

 

 

 

濡れて色濃くした金髪も

 

のぼせて潤んだ青瞳も

 

ほのかにピンクに染まった木目細かな白い肌も

 

エロい桃色の乳首も

 

金髪のアンダーに隠れた可愛いチンコも

 

 

 

あの時思わずゾロは、浴槽で自分のチンコを弄りそうになった。

 

危なかった…やばかった…それ以上にエロかったから怒りが沸いた。

サンジにすれば理不尽な怒りだが、それでも

 

「水溶生物は暑さに頭が逝かれたか?」

 

と、あいど変わらない態度を見せた。

 

 

 

それがである…。

 

今目の前にいるのは金髪のあの男である。

 

金髪・青瞳・白肌・顎鬚、普段見慣れたコックで在る。

 

しかし、その視線を下へ移動させれば

 

………乳房?

 

 

――― 何故乳房が在るんだ?

 

――― 何故チンコがねーんだ?

 

 

ゾロの頭はショートしている。

 

誰も入っていない筈の風呂場の戸を開けて、湯煙の向こうに見えたその裸体は、間違い無く女の身体。

シャワーを止めたまま固まるその男?も、何が起こっているのか解からずイキナリ入り込んで来た人物に釘付けだ。

 

 

 

 

本来、女性が誤って入浴シーンを見られたとしよう。

ならばこう展開する。

 

『キャー、痴漢よー!!』

『ちっ違う!俺は―――』

『誰か助けてーっ!』

 

まぁ、多かれ少なかれこんな展開が待っている筈。

 

 

 

しかし、

 

シャワーを止めたまま固まっていたサンジの肩がピクリと動く。

瞬時、足下に置いてあった洗面器を木偶の棒と化したゾロへと蹴り付けた。

 

「なに見てやがる!」

 

サンジが蹴り付けた洗面器がゆっくりゾロの顔から剥がれ落ちる。鼻血が僅かだが流れているこの船の剣士は、それでも呆然とその光景から視線を外せない。

 

遠慮無しだ。

舐める様にその裸体を直視する。

 

いても立ってもいられなくなったのはサンジだ。

近くに在った桶で湯船のお湯を掬い未だ戸口に立つ男へと投げ付けた。

 

「出てけっ、エロまりも!!」

 

出てけと言われてもお湯の入った重い桶を再度顔面に喰ったゾロは、その場に背から倒れた。痛みや怪我ではなく、脳内ショックでパーなのだ。付いて行かない思考に眩暈だ。

 

 

 

そんなゾロを踏みつけて、サンジはバスタオルを掴むと脱兎の如く浴室から飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

両鼻に止血の為脱脂綿を詰め込まれたゾロは、憮然とラウンジの椅子に座る。

 

サンジの悲鳴じみた罵倒を耳にしたクルー達が飛び出した甲板には、サンジは全裸にバスタオルで前半身を隠したしどけない姿でしゃがみ込んでいた。

 

勿論その後、ゾロはナミとロビンから手痛い制裁を加えられた。

鼻血はその為酷くなりチョッパーが手当てをしたのだ。

 

 

 

集まった仲間から聞けば、サンジが女だと言うことはゾロ以外の皆が知っている。

時期はそれぞれ違うが、今日の今日まで知らなかったのはゾロだけだ。

 

 

チョッパーはこの船の船医として当然知っている。

サンジがアラバスタで男になっていたのも、チョッパーが調合した薬のおかげだ。

 

「ゾロに作っている『駄目に効く薬』より楽だったぞ!」

 

余計なお世話だ。

 

 

ナミは、その船医から相談を受けた。

幼い頃男として育てられたサンジは、自分が女性であることを不思議に思っていた。

何故ならサンジの夢は、『コック』になる事と『男』になる事。

そう、幼い頃サンジは、大きくなったら自分にもチンコが生えてくると本気で信じていたのだ。

 

だから女である事を捨てたと言うより、女がわからないサンジを船医は危惧した。

医学書の世界では女性特有のモノを理解しているが、それが身に掛る訳ではないのでノウハウが無い。

そこでチョッパーは、同性としてサンジの相談にのって欲しい。と、依頼したのだ。

 

無料報酬は彼女の意図する所では無いが、孤独に不安と戦うサンジを姉貴肌のナミがほっとく事も出来ず、結局色々と構いながらサンジの女性部分をサポートして居る。

 

それは新顔の考古学者ロビンにも当て嵌まる事だ。

 

 

ルフィーは……サンジの養父から聞いて知っていたが、旨い飯を作るサンジには変わりが無いので、あえて口に出さなかった。

 

 

ウソップは、女性達の話を故意ではなく立ち聞きしてしまった為、知りたくも無いサンジの秘密を知ってしまった。

 

 

で、結局、ゾロだけが知らなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

惚れて…

 

惚れて、惚れて、惚れて、惚れて……

 

際限無く欲してしまうサンジの全てを知りたくて。

 

 

 

 

でも、サンジを一番知らなかったのはゾロなのだ。

 

 

 

 

だからブスッと黙り込み腕を組んで目を瞑る。

好きな奴の事を何も知らなかった自分に腹を立てて。

 

 

 

 

女にだらしなく鼻を伸ばして、口が悪くて、直ぐ蹴り付けて来て、大口開けて馬鹿笑いをして、皮肉に口を曲げて、煙草と心中確定のヘビースモーカーで、喧嘩した事も直ぐ忘れるゆるい頭で、アヒルで、

 

 

何処までも優しい食事を作り、誰にでも繊細な気配りをして、自分の命をかえりみなくて、人が傷付くことを恐れて、人恋しくて。

 

 

そんなコックをほっとけなくて、関わり合いたくて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕食後、酒瓶を持ち船尾で大の字になり空を見る。空には、鬱陶しいほど輝く月と星。

ウザくてたまったもんじゃない。

 

 

夕食は殆ど食べていない。夕食と言わず今日殆どの食事は喉を通過していない。

食べる気がしないと言うか、食べても味がしないからだ。

それだけショックだったサンジのカミングアウト。

食卓を早々に離れたゾロは、それでもチャッカリ酒瓶だけは持ち出して静かな甲板に寝転んでみる。

鍛錬マニアなゾロだが、鍛錬なんてこの際後だ。

 

コックが女だからといって自分の気持ちが変わる訳ではない。と言って凶暴な程サンジを欲する訳ではなく、今まで通りサンジが好きには変わらない。

 

腕枕をしてゴロリと寝返りを打つ。

 

遣る瀬無い想いが身体を包み込み行き場の無い気持ちが身体を駆け巡る。

 

大きな溜め息を吐き出し、眠れないが目を瞑った。

その閉じた瞼に浮かぶのは、サンジの顔。寝ても起きてもどうにも成らない想いが、再度大きな溜め息を吐き出させた。

 

 

 

コツコツと靴の音が甲板に響く。

背中から伝わるそのリズムは、軽く一歩が大きい。

 

コックか?

 

ゾロは近付く足音に気付いたが、あえてそちらには向き直らなかった。

 

 

「おい…」

 

短い呼びかけだがそれはゾロを呼ぶ声。

乾いた声音がゾロの耳に飛び込む。

 

「殆ど飯食わなかっただろう、ちゃんと食える時に喰え!」

 

コトリと皿を置く音が聞こえる。

ゆっくり身体を起こしたゾロは、手を伸ばしても僅かに届かない場所に片膝を立てて座るサンジを見、床に置いた食事に視線を移した。

 

「ツマミに成るもんだが栄養価は高いし腹持ちも良い。ちゃんと喰え」

「悪い」

 

素直に口から出た言葉に二人共言葉が続かない。

 

暫らくの間を置いた後、サンジは静かに立ち上がった。

 

「ちょっと待て」

 

尽かさずゾロが声を掛ける。

 

「あぁ?」

「話して良いか?」

 

ゾロにしては珍しく謙虚な物言いに、サンジは煙草を咥え視線で続きを促した。

 

「まぁ……座れ」

 

やはり言い方が高飛車だ。

船縁に背を預け少し離れた所にサンジが座る。

間の悪い静寂に紫煙が巡った。

 

「……風呂」

「風呂がどうした?」

「悪かったな……」

 

サンジは眉間に眉を寄せて睨んだ。

 

「てめェは何処かの幼児か?単語じゃなくてちゃんと文章で話せ!」

「……故意じゃねー」

「……んな事わかってる。話はそれだけか?」

 

サンジは呆れながら立ち上がろうとする。

 

「待て」

「あぁ!まだ話す事が在るのか?」

「お前は……」

 

ゾロはどう言葉にし様か詰りバツ悪くガリガリ頭を掻く。

辛抱強く待つサンジは、再度船縁に背を預けボキャブラリーの足りない剣士を真っ直ぐ見詰めた。

 

視線をさ迷わせていたゾロは、それでも思い付く言葉をボソリと口にする。

 

「コックの種族は女でも髭や脛毛が生えるのか?」

「はぁ〜??」

 

ポロリと指先から煙草が落ちた。

人を引き止めて聞きたい事はそれか?とサンジは牙をむき出す。

さ迷っていた剣士の瞳がまっすぐサンジへと向かい、その真剣な眼差しに今度はサンジが視線を逸らした。

 

「これは…育毛剤のおかげだ」

「あぁ?」

「だから、顎と脛に育毛剤を塗ってんだ!」

 

剣士の柳眉が片方だけピクリと上がる。

 

 

 

 

何処の世界に育毛剤を顎と脛に塗る女が居るんだ?

 

だいたい女ってーのは、脛毛なんかに除毛剤や脱毛剤を塗るもんじゃないのか?

 

毛増やしてどーするんだ?

 

毛ボーボーで嬉しいのか?

 

ケツ毛とかもボーボーだったりするのか?

 

それで本当に良いのか?

 

そんなアホな女がこの世に居るのか?

 

いや…目の前に居るアヒルがそうかとゾロは勝手に頷く。

 

 

 

先日チョッパーにサンジの幼少期を聞いたが、本気で自分は男だと信じて居た大馬鹿な奴だと教えられた。

だから、女性はどう振舞えば良いのかわからないし、どうせ女らしくないのだからこの際男として生きて行くのだとも言っていた。

 

「男ってーのは髭や脛毛が在るモンだろう!だから……」

「俺は髭剃ってるぞ?」

 

この船に乗る男性陣は、唯一狙撃士の『無け無しの髭』。まだ生えて来ない船長としっかり朝刃を当てているゾロ。チョッパーは…この際置いておく。

 

「てめェは…男だから」

「……?」

 

月明かりに照らされた金髪は、どこか青みも掛っていて何時もと違うコックをゾロは見詰める。

 

「心から男になるには…まぁ、容から入ったわけだ」

「ん?」

「だ・か・ら、レディーってーのは甘くてフワフワしてて、か弱くて儚くて美しい生きもんだろう!」

「そりゃー、お前が夢見過ぎだ」

 

ゾロが関わった女達にサンジが言う『甘く』『フワフワ』で『か弱く』『儚くて』『美しい』のが解からない。

そもそも、ゾロの周りに居た女性は、亡くなった年上の幼馴染。この船の魔女達に砂漠の国の姫君と空の少女…等など。

違いは有れど『儚い』等当て嵌まる気配が無い。

どちらかと言えば『逞しく』『複雑』で『不可思議』。死んでも『か弱い』生き物じゃない。

 

「逆に野郎は、臭くて意地汚くてアホで馬鹿でエロで―――」

「おい!」

 

偏見もいい所だ。

 

「……俺がレデェーに見えるか?」

「まぁ…見えねーな」

「……そう言うこった」

「だが…」

 

話を打ち切り再度立ち上がろうとしたサンジの手首を掴み、ゾロは言葉を繋ぐ。

 

「おれでもお前は女だ」

 

ギッと睨むコックは、何時ものやさぐれた雰囲気に泣きそうな色を含ませる。

 

「……だからKissさせろ。で、てめェも喰わせろ」

「はぁぁぁぁぁ???」

 

アイスブルーの瞳が大きく開く。

何を考えているか解からない飄々とした何時もの剣士を、サンジは睨み返す。

 

 

フュン

 

 

反射的に身体を反らしたゾロの鼻先を、サンジのつま先が通過して行く。

手首を掴まれ適度な間合いを取る事が出来ない暴力コックの蹴りだが、その威力は半端では無い。

 

「何で俺がてめェの性処理に付き合わなきゃいけねーんだ!一回死ね、このクソ剣士!!」

「は?性処理?俺はてめェを便所代わりに使う気はねーぞ?」

 

言葉の応酬を受けて立ったゾロだが、掴んだ手首を引き甲板へと引き摺り倒す。両肩を縫い付け身体を組み伏せれば、マウントポジションで圧倒的に剣士が有利だ。

 

引き倒されたサンジは、それでも罵声を止めようとしない。いや、逆に酷くなった様だ。

 

「俺が女だと知ってそんなこと言ったんだろう!てめェなんか一人でマスかけっ!獣マリモッ!!」

「ガーガーうるせえぞ。ちったー黙れ」

「てめェこそ退け!!」

「退かねー」

 

奥歯をギリリと噛み締めて組み伏す男を睨むサンジは、何処までも引く事を知らないプライドの高さを見せ付ける。

女として恐怖も在るのだろう、僅かに振るえる声と身体。

それでも負けじとゾロを見るその目に力がある。

 

ゾロは綺麗だと思った。

 

こんな状態でまだ輝きを失わないサンジを綺麗だと心から思った。

そして、やっぱり凄く好きだと確信した。

 

「俺はてめェが女だからKissしたい訳じゃねー……」

 

で、会話がフと止まった。

首を傾げてゾロは考える。

 

 

何で性処理なんて言葉がアホコックから出たんだ?

 

 

Kissさせろ』『喰わせろ』

 

 

その言葉で性処理って…俺の考えている事と全然違うだろう!

 

 

サンジを見下ろし、その瞳を見る。

 

 

怒り・屈辱・不安・戸惑い……。

 

 

色々な感情の混じる瞳。

 

「レディーだから遣りてーんだろう!」

 

まだ心は屈していないコックが可愛い。

 

 

そこでゾロはやっと気付いた。

自分が一番肝心な言葉を言ってはいない事を。

だから、サンジが怒っているのだ。

 

剣士は納得して口角を上げにやりと不敵に笑う。

その表情にコックは不快感を口にした。

 

「何笑ってやがるっ!!」

「大事な事忘れてたと思ってな」

 

不審に眉を寄せる。

 

「大事な事って何だよ」

「聞きたいか?」

「……別にいい」

 

サンジはフルフルと首を振っている。

その仕草がやけに可愛くてつい虐めに走りたくなるのは男の性か?

 

「まぁ遠慮すんな」

 

睨みながらも身体を捩り逃げ出そうとする痩身を押さえ、耳に唇を寄せる。

 

 

上陸した島の花街女に

 

『あなたの声は武器ね』

 

と言われたのを思い出し、わざとゆっくり囁く様、抵抗するコックに言葉を掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

「         」

 

 

 

 

 

 

 

ピクリと小さく振るえたサンジを、耳から顔を離し注意深く見詰める。

 

パーっと顔を赤らめ、アイスブルーの瞳が大きく開かれる。

普段は口達者なこのコックが、紡ぐ言葉を忘れたかの如くパクパクと口を開閉させている。

 

……まるで魚だ。

 

 

ギュッと瞳を閉じ奥歯を噛んだサンジは、キッと目を開けゾロを睨む。

 

その顔はまだ赤いが……。

 

「そんな嘘で俺がほだされて流されると思っているのかっ!」

「嘘じゃねー」

 

真剣に瞳を覗くゾロの雰囲気に、サンジは言葉を詰らせる。

 

「俺は、てめェが男だと思っていた時からそうだったんだ。てめェが本性バラしたんなら俺もバラす」

「てめェの本心なんて誰も聞いてねーだろう!」

「ウッセーな。ガタガタ言わずKissさせろ」

 

ゆっくり近付く顔にサンジは

 

「俺の気持ちは伝えてねーだろう!」

 

と抗議するが、

 

「関係ねえ」

 

と一蹴される。

 

その言葉にギョッと身体を固め思わずサンジは、目をギュッと瞑った。

 

 

 

唇が触れるギリギリ。

ゾロの息がサンジの唇に掛る距離で行動を止めた男は、自信有り気な台詞をサンジに落す。

 

「必ずてめェは俺に惚れる。だから大丈夫だ」

「―――っだ、ッ誰がてめェ」

 

 

『誰がてめェなんかに惚れるか!飲兵衛剣士!!』

 

の言葉は、ゾロによって最後まで口にする事が出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後二人は、相変わらず仲良く喧嘩している。

 

唯、仲直りのし方が以前と変わった事だけは確かだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

End...