菓子より甘い

 

 

 

 

 

 

 

 

アイスクリーム、クッキー、ドーナッツ。

キャンディーにケーキ、チョコレート ――――――

 

もう甘い物はいらない……

 

 

 

【菓子より甘い】

       by 南玲奈

 

 

 

世の中は『ハロウィン』と言う異国の宗教に纏わる祭とやらで賑わっている。

子供が一軒一軒人様の家を尋ねて

 

Trick or treat!』

 

と言う合言葉と共に菓子を強奪する祭りらしい…とアルに教えたら、東方司令部一博学の男は

 

「凄い歪曲した知識だ!」

 

と、大きなツッコミを入れて来た。

まぁ、正しく知っていたとしてもどうこうする訳でもなく、俺は目的の為に淡々と日常を過ごすだけだ。

 

 

そもそも俺はその強奪祭りには程遠い所ろに居る。

場所は『東方司令部』の若き司令官殿の自宅に在る書斎に座り込んでいる。

何故そんな場所に居るかと言えば、旅の最中俺の所ろ宛に大佐から電報が届いた事が切っ掛けだ。

 

『お尋ねの文献を入手』

 

この一行に飛び付いた俺達は、今回の目的もそこそこ急遽大佐の元へと行く事に決めた。すれ違いもご免だから先に珍しく電話を入れ到着日を連絡した俺は、念を押す様に電話口で

 

「司令部に顔出すから忘れずゼッテー持って来いよ!」

 

と再三同じ事を口に出した。

 

『あぁ、忘れない様に務めよう』

「忘れない様にじゃねー!必ず確実にだっ!!」

『………』

「無言貫くなぁーーー!!!」

 

そんなやり取りをしたのは昨日……。で、結局文献を自宅に忘れた大佐は、俺に鍵を渡し

 

「すまなかったね、自宅の書斎に在るから読んでくれ。……あぁ、因みにその文献は『持ち出し禁止』だから」

 

書類を捌きながら僅かに上げた視線を俺に寄越し、口角をクイッと上げた。

 

……そう、嵌められたんだ。

最初っから俺を自宅に招く為に文献は持って来なかったんだ……。

 

そりゃ〜…俺達は、世に言う所ろの『恋人?同士』らしい関係で、この地来れば色々な口実で大佐の自宅門を潜る事に成る事多々……。潜るだけならまだしも、お泊まり状態に縺れ込めば身の危険は確実な訳で、俺は何とか策を練ってそれを阻止して来ている。

………実際その策が成功した試しは無い。

 

別に大佐が嫌いって訳じゃない。

大佐と話す内容は、とても楽しいし時間が経つのも忘れるほど有意義だ。勿論、嫌味の応酬もその一部で、それが俺には

 

――― あぁ〜、ここに来たんだなー…

 

なんて実感できる一瞬でもあるからだ。

様は……、顔が見れて良かったと……何処かの女ヨロシク的な事を思っている訳。

でも、天邪鬼な俺は、絶対そんな事を口に出すことは無く、大佐曰く『つれない態度』をブチかましている。

悪いとは思う、何時も一緒に居る事が無い俺を大事にしてくれている大佐にはすまないとは思う。だけど、だからと言って素直な俺もどーかと思う。

 

 

 そんな事で御招待されたマスタング邸の書斎にしっかり『用意』されていた文献を、床に座り書棚に背を預け読んでいる。しかし、興味の在る文献に目を通せば速攻三秒でその世界に嵌る俺が、今日に限ってまだ1頁も進んでいないのは何故だろう?ここに到着してかれこれ四時間……、無駄に時間だけが流れている。

カチカチと響く時計の秒針に耳をすますだけで、何一つ作業が進まない俺。それならば夕飯でも口に運べば良いのだが、身体は心底疲れきりトイレに立つことすら億劫に成っている。

瞼を閉じれば寝れるかもしれない……、でも寝れない。

 

今回の旅は、はなっから信憑性の薄い噂を辿った旅だった。数打ちゃ当たる出たとこ勝負の俺達の旅は何時もなのだけど、諦め始めた所ろに大佐からの連絡があったからまだ落ち込みは薄かった筈だ。

 

――― まだ暫らくアルフォンスに一人眠らない夜を過ごさせる。

 

旅が一つ終わるたびにこの罪悪感と必ず戦う事に成る。

どうしようもないジレンマと葛藤しイラツキ無茶をする俺の性格を弟は良く理解していた。

食事を取らず、睡眠も削って次の旅を……、早く…早く!!焦る俺に声を掛けても埒が開かない事も理解しているのか、東方に寄れば大方俺を大佐に丸投げして、自分は司令部のメンバーと何かしら行動を共にして居る。

 

今日もそうだ。

 

読み掛けの本を膝に置き、両手で煩わしい前の毛を掻き上げクシャリと握る。

 

『達成されない目的』『進まない文献』『疲れ切った身体』『冴える暗い過去』

 

ズブズブと音を立てて沈んで行く俺の視界に、黒の革靴が入って来た。

 

「あぁ…おかえり。勝手に遣ってる」

「進んでいるかい?」

「………ボチボチ」

「食事は?」

「夕食はまだ」

 

フーと溜め息を落した大佐は、床に座り込む俺を呆れ顔で眺めている。蒼の軍服を着たままの姿を見れば、今帰って来たばかりだと想像が付いた。

 

「二十一時……か、急げばレストランも開いているだろう。仕度をするから用意して待って入れくれ」

「……ん」

 

反論は無い。どちらかと言えば大賛成だから、何時もの様に皮肉を口に出す事はせず、黙って頷き俺の前に立つ大佐へと顔を向けた。

 

着替えが在る寝室に向かう為身体を動かした大佐とフと視線が絡んだ。

一瞬その動きを止めた大佐がゆっくり俺に近付く。片膝を着き俺の両腕を取り引っ張上げられる。

 

これは何時もの事。俺と大佐がプライベートで二人きりに成った時、必ず大佐が仕掛けて来る事だ。

ギュッと抱き締められると大佐がクルリと俺との位置を変え、俺は大佐の膝の上に座らされ大佐は書棚に背を預け床に座る。そしてゆっくりお互いの額をくっ付け瞳を覗きこんで

 

「おかえりエドワード」

 

甘ったるい声で俺の名前を呼ぶ。

人前では決して俺の名を呼ぶ事は無い。司令部や職務時間ならば尚更その名前を口に出す事は無い。本当に限られた場所でしかこの名前を呼ぶ事は無い。

 

こうなると俺はどうすれば良いのか訳が解からなく成る。『鋼の』と呼ばれ嫌味を散々言われる方がまだ居心地が良い。名前を呼ばれ抱き締められて体温が移ってくれば、身の置き場を無くした俺は小さく身体を捩って俺の気持ちを伝えるしか他無くなってしまう。

だけど、それは許してもらえない。少し身体を離し額に唇を軽く触れ、頬にと言っても耳の真横だったり、鼻先に瞼にもう片方の頬に、もう一度額に……何度もKissを落して来る。

くつぐったさと恥ずかしさで俺がクスクス笑えば、普段見せるすかした顔では無く優しい顔で俺の顔を見詰める大佐がそこに居た。

 

「私の名前は呼んでくれないのか?」

「……ただいま…大佐」

「ヤレヤレ」

 

業と呆れた声は出すけれど、それは本心では無いらしい。

今まで掴まれていた両腕を離されれば、背中と喉頭部に回った大きな手は、俺を引き寄せ大佐の胸へと頭を引き寄せられる。

そして自分の鼓動を聞かれる様に密着させると俺の頭を撫でながら髪の毛を鋤いて抱き締める。

 

ここまでがお約束なのだ。

 

 

 

この行為を大佐は『充電』と呼んでいる。

 

『充電って何だよ!』

 

と照れながら叫んだ俺に、

 

『補充だよ、元気になるからね』

 

少し哀しい顔で笑いながら俺を見詰め頭を撫でる大佐。頭を撫でながら暫らく俺を膝に乗せた大佐に

 

『アンタは充電式の電池か?俺は電源じゃねーぞ!!』

 

と皮肉を言ったけど、その答えは返って来なかった。

そして気付いた……充電されているのは俺だと言う事を!

 

心底疲れて顔を出す俺は、精神的にも追い詰められている事が多い。それをどう解釈されたのだろうか?何時頃だろうか、事務的なことは口煩い大佐が俺に余裕を与える様に、こうして抱き締める様に成ったのは。

 

 

大佐の心音を聞き、身体から余分な力が抜け全て大佐に委ねる様に成るまで、ただゆっくり髪の毛を弄り頭を撫でる。

 

『大丈夫だ、大丈夫だ……エドワードならば必ず果たす事が出来るから』

 

そんな言葉が大佐の温かさを通じて俺に伝わる。

そうする事で眠る事が怖くなく成る程の穏やかな時間が訪れた。

 

俺の両腕を大佐の背中に回せば、キュッと力を込めて俺を抱き締める大人の腕。

 

何が辛くて、何が苦しいのか…胸が痛む……。

一つの旅が終わる事にその痛みは大きくて、我武者羅に資料を掻き集めていた俺は『充電』によって少しだけ余裕が出来るようになった。

 

『大丈夫だ、大丈夫だ……私が必ず傍に居る。今は辛くともエドワードならば必ず出来る』

 

 

 

無言の『甘さ』が俺を包む。

 

 

 

 

どのくらい時間がったたのだろう?

この状況の恥ずかしさと空腹感も合わさって、俺は少し身体を起こし軽く大佐の胸へと腕を突っ張った。

仰ぎ見る大人の顔は、今日も少し寂しげで、俺はそんな大佐の頬を軽く触れて精一杯の笑みを浮かべた。

 

「腹減った」

「私もだ」

「閉まったかな?店」

「強引に開けるさ」

「鬼!」

「何とでも」

 

クスクスとお互いに笑い合う。

 

「そう言えば今日は『ハロウィン』だったね。エドワードは何か貰えたかい?」

「強奪祭り?参加してねーよ」

「ならば私から何か甘いものを上げよう。何が好かな?チョコレート、アイスクリーム、ドーナッツ、これから行くレストランにパフェは在ったかな?」

「……――らねー……」

 

俺が目線を逸らして呟いた声は、大佐には届かなかったのか、首を傾げながら俺を覗き見る大佐にキッと目線を向け逆切れした様に声を張り上げた。

 

「甘い物はもうイラねー!!」

「……?」

「もうイッパイだ!!」

 

 

 

――― 甘いのは、今のアンタだけで十分だってーのっ!!

 

 

 

俺はどんな顔をしているのか?表情を覗き見ていた大佐がクスリと笑い、俺を立たせ次いで自分も立ち上がれば、もう一度額に優しいKissを落し背中を押し廊下へと促す。

 

「甘い物は要らないとしても、食事には行こうか?」

「オウよ!勿論!!」

 

ニカッと笑い俺は玄関へと走り出した。

 

 

 

 

 

 

End