恋愛小説 |
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『 −−−そこには、望むモノが有ると言う。
天空の城に行けば 貴方に逢える。
だから、私は愛しいあの方へ逢いに行くだけなのだと……… 』
ベンチの背凭れに身を投げ高い空を見上げれば、雲一つ無い蒼が広がっている。 今話題の小説『天空の城』を読み終えたエドワードは、その終わり方に疲れを感じ大きく溜め息を付いた。 書店に平積みされていた濃紺の背表紙が話題の小説とあって好奇心も伴い何故か購入 してしまった。 主人公『ナディア』は、戦場で死んで行った最愛『ケリー』を未だに忘れられない。 幾 つかの歳月が流れ、ナディアの前に財閥の御曹司『カール』が現われ求婚される。しかし、死んで逝ったケリーを想うナディアは、死をもってその純愛を貫いた。 エドワードは、「有り得ねー。」と呟きその本を自分が座るベンチの上に置いた。 死んでしまえば、その人間をどれだけ愛していても【終わり】なのだ。 生きているからこそ最愛を思い浮かべ甦らせる事も出来る。 それが母を亡くしたエドワードとアルフォンスが行き付いた世界だ。 今朝方購入してから軍事施設の中庭でぶっ通しに読み耽った脱力感がエドワードを襲う。 更にラストが『ハッピーエンド』と謳われる内容なだけに「何処がハッピー?」と突っ込 みたくも成る。 自分がお子様だからこれが『ハッピー』に感じないのか? ただ世の中の考えが斜めなの か? エドワードには解からない。 活字を追っていた瞳はジンジンとしみ、その痛みを和らげるために瞼を閉じた。 「愛している………か。」 主人公ナディアが最後に言った台詞。 愛しているなら何故死を選ぶのか?同じ疑問がまた湧きあがって来る。 しかし、何度考えても答えは同じ。今の自分には解からなかった。 「告白できただけでも、想いが通じただけでも良いじゃん……欲張り過ぎだよ。」 架空の人物にぼやいても仕方が無いのだが、言わずには居られない心境だ。 エドワード はもう一度濃紺の表紙に視線を送りはく押しされたタイトルを生身の指先でなぞった。 「愛してる……」 「君にしては情熱的な台詞ではないか?鋼の。」 「−−−!!大佐。」 いつの間にかエドワードの座るベンチの前には、ロイが意地悪な微笑みを浮かべ立っている。 エドワードは、今自分が口にした言葉を思い出し顔を赤く染めた。 「ばっ……!こっこれは、あぁっ……あのなぁ……。」 いきなり現れたロイにしどろもどろな言い訳を始めるエドワードだが、余りの恥ずかしさに言葉が繋がらない。 話題の恋愛小説を読んでいた事も恥ずかしさを増長させていった。 「あ〜……、まっまあな。俺も捨てたもんじゃ無いから。」 「誰か可愛い女性に告白したのか?」 「まさか!」 「では鋼のが告白されたか?」 「−−−!まっ…そんな所かな?」 ロイには解っていた。 エドワードが昼前からベンチに座り込み何やら熱心に本を読み耽 っていた事を。 執務室から見えるエドワードに何度声を掛けようかと思ったか。 改めてエドワードの手元を見れば、今話題の恋愛小説『天空の城』。 ロイ自身は読んでいなかったが、先頃まで付き合っていた女性が熱心にストーリーを語ってくれた為、読むの も今更になってしまった本だった。
「鋼のが恋愛小説か。ずいぶん大人になったな。」 「えっ!?」 エドワードは慌てベンチの本を隠した。 まだほんのり赤い顔でロイを睨めば、相手はフ ワリと微笑んで何事もなかった様にエドワードの隣へと腰掛けた。
「鋼のにとっては、人に伝えた事が無い言葉だろ?」 「あ?……別に大佐みたいに誰でもOKって訳じゃ無いから!」
「誰でも良い訳では無いのだがね…」 少し呆れ顔のエドワードは、ベンチを立ちその場を去ろうと歩き出した。 「鋼の。これから昼食を付き合わないか?」 何時もは小言と嫌味しか言わない上官から言われた始めての食事の誘いに、エドワード は暫らく何を言われたのか解からないと言う表情でロイを見詰める。そして、やっとその
言葉を飲み込めたのか、少し顔を赤らめながらロイにフザケ半分で断りの言葉を吐いた。 「悪いな、これから人と待ち合わせなんだ。ほら……告白タイムの時間だから。」 「鋼のが告白出来るのか?」 「冗談、なんで俺から告白するんだよ。」 「では、告白されに行くのか?」 「……色ボケ大佐。アンタの頭はそんな花咲いた事しか無いわけ?」 先程迄、にこやかに対応していたはずのエドワードは、少し苛々した様子に変わり始め 口調も荒くなり始める。 ロイは、楽しい一時が過ぎ去ったのを感じ、少し寂しさを感じていた。 「……だいだい、俺がそんな言葉を言うと思うか?」 トーンを落としたエドワードの声に、ロイはその意図を計り兼ねる。 無言でエドワードを見詰めるロイにエドワードは、その視線を伏せ、艶のある微笑みを浮かべた。 「そんなに心配なら聞かせてやろうか?俺流の告白。」 「………。」 ゆっくり視線を上げロイを見詰めるエドワードは、真剣そのものでロイはその金瞳が何時 も以上に美しく見惚れるほかに何も出来なかった。
「俺は、あなたが好きです。」 「…………。」 「…………。」 「…………。」 「わぁぁぁぁぁ!!やっぱし駄目だー!本の台詞言ったけどチキン肌だー!!俺のキャラ じゃねーよっ!!!」 「………鋼の?」 先程まで見せていた艶っぽい真剣な眼差しは一瞬で消え去り、打って変わって首まで赤くなったエドワードは、耳を押さえその場でジタバタと暴れている。
ロイは、小さな笑いを浮かべ暫くその様子を眺めていたが、エドワードが少し落ち着いた時甘い優しいテノールで声を掛けた。
「エドワード、君を愛してる。」 「…………。」 −−−パチパチパチ!!! 「おぉ〜!流石大佐、言い慣れている。」 「…………。」 真面目な顔で拍手を送るエドワードに、ロイはしばし言葉を無くした。 「大佐ぐらいサラっと言えるようになったら告白でもするか。」 独り言にしては大きめな声でポツリと声を漏らすと、エドワードは無意識に先程見せた艶のある瞳をロイに向けた。
「冗談は置いといて、アルを待たせているんだ。」 「これから出発するのか?」 「まぁ……今度は南にね。」 「そうか……気を付けたまえ。」 その言葉に返答するでもなく、エドワードは背中を向け軽く右手を上げロイに挨拶を送る。 ロイは遠ざかる小さな背中を見送ると、ベンチに置き去りにされた紺色の恋愛小説を持ち、その場を離れた。 この告白が、お互いに真剣な想いを伝えたとは気付かず時は過ぎて行く。 本当に心が通じ合うその時は………まだまだ先の話。 End. |