愛河戦記 1 |
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その昔、土地の殆どが岩と砂で覆われていた国『シュテルンビルト』。 点在するオアシスを中心に各町が大半の人口を抱え、人口に対して確保できる飲み水は何処の町も不足であったが、一人の人物によってその事情は大きく変わった。河から飲み水として引かれた灌漑用水路。場所によっては高山を抱える町もあった為、そこから用水を引く事により不毛な大地は数年で肥沃な土地へと変貌し始めた。 交通網も整備され人々の往来が激しくなると商業も発展し、家畜産業を主としたシュテルンビルトは商業国へと急激に姿を変え始める。人々の生活水準は上がり豊かになると治安も安定し始めた。 その功績によりこの大人に成りきらない男は『次期国王は!』との国民の指示を受けた。しかし世襲生のシュテルンビルトは、250年も続くアルバート・マーベリック一族が統治する国。有事ばかりで一向に暮らしが豊かにならない国民の一部と保守派がぶつかり合い肥大し大きな内戦へと拡大した。 『ウロボロス内戦』 双方一歩も譲らず、多くの兵や一般の義勇団がこの土地で命を落とした。戦いは20年にも及びその間隣国からの侵略もありこのシュテルンビルトは崩壊の一途を辿る。 しかし、王権保守派及び隣国を撃破し今の王座へと上り詰めた男がこの国を大きく変えた男『バーナビー・ブルックスJr.』であった。 贅の限りを尽くした王宮。 白を基調とし先代国王が愛した建物は、国内外からその建築様式を高く評価され堂々とその姿を保持している。先の内戦で所々崩壊はしていたが、修復作業も順調に進み現在はその傷跡も少ない。 そんな王宮内のある一室にこの現国王バーナビーと、彼を支え続けている部下達が昼食を取りながらの会議をしている最中だ。 この国の王『バーナビー・ブルックスJr.』は、赤を基調とした伝統的な民族衣装であるデールを身に纏っている。本来女性は腰の辺りで帯(サッシュ)を結ぶのだが、今では男もそれを使用している。勿論地方によってその着方は様々になり今ではデールの形も様々になり始めている。 同卓に着く者達の顔触れは殆どの者が実に若い。王の祭を補佐する宰相アレキサンダー・ロイズを除けば、皆10代から30代の者だ。国政参謀副宰相ネイサン・シーモア、秘書兼近衛隊長であるキース・グッドマン、国軍元帥アントニオ・ロペス、軍事参謀カリーナ・ライル、国軍騎隊長イワン・カレリン、情報担当ホァン・パオリン。彼等がこの国の中枢だ。 「その国境境の自治体如きがどうしたというんです?」 「『隣国アバッスからの侵略を食い止めているのは自分達だ』と。『その上これ以上重い税を課せられる義理は無い』といっているわ。」 書類を読みながら視線をバーナビーに向けたカリーナ。それを受けても尚机に肘を付け手を頬に当て気の無い返事をするバーナビーは、投げ捨てる様に言葉を吐いた。 「戯言ですね。」 「しかしねー、バーナビー。あぁ、国王。あの自治体『オリエンタル』は、何だかんだ言ってもこの国の護りよ。機嫌を損ねてバルデュー公国に鞍替えされればこの国の喉に剣先を付きつけられたも同じだわ。」 「だからと言ってネイサン、このまま税を無くせと?唯でさえあの街は力を持つと厄介だ。金を減らし力を削がねばまたそれは厄介になります。」 バーナビーはネイサンを睨み姿勢を正す。机を囲む者達は二人の言動の行方を見守った。 「アバッス国はそれ以上に厄介。あの国の軍事力は侮れないの。国境の砂漠が侵略するアバッスの力を削いではいるけれど、残存の力とてそれを迎え撃つのはかなりの事。」 「そんな事は解かっています。だから『自治権』を与えた。これ以上何を求める。そもそもあのオリエンタルの長は何故書簡で伝えて来たんです。用が有れば国王の私に謁見すべきでしょう。」 「あのさ、良いかな?」 この言葉を聞いて末席に腰を降ろしていたパリオンが手を上げた。 「何ですか?」 ギロリと視線を向けられたパリオンは、不機嫌な国王に肩を上げて視線をいなすと言葉を続ける。 「オリエンタルの長だけど、街や商隊の噂を纏めると『新長になった』って。」 「長が代わった!?それならば尚更僕に会いに来るべきだろう。何を考えているオリエンタル。」 バーナビーはギロリとパリオンに視線を投げる。投げられたパリオンにすれば堪った物では無い。自分の持てる情報網から入手した『オリエンタルの長』の噂を纏め国王に報告しただけだと、首を竦め横に座っているアントニオに助けを求めた。 「バーナビー……、新たなオリエンタルの長を王宮に呼び出せばどうだ?」 アントニオの提案はすんなりと通った。バーナビーは、隣りに座るロイズに顔を向け先ほどとは違った厳しい顔を向ける。 「宰相の名で書簡を出しては貰えませんか。」 「解かりました。では、さっそく仕事に掛かります。」 ロイズは席を立ち一礼すると部屋を後にする。 この部屋にいた中では異質な存在である彼は、その才能を評価され先国王時代に王宮に召抱えられた。暫しその任に付きはしたが、王宮内の勢力争いから身を護る為再び自領へと退宮した。 しかし、内戦が始めると国王の使者から徴集が訪れる。そこには『国王の命令に背けは領民全てを殺す』との伝令まで付いていた。 従わざるを得なかった。 自らが愛した土地を血の海にする事が出来なかった。自ら死ぬ事すら領民の命が掛かっていると知ると、後戻りが出来ない程の罪を自らが犯した。 バーナビーはその事を重々承知していた。自分が幼き頃から『アレキサンダー・ロイズ』の名は聞いていた。どれだけの知将かも人伝えながらも知っている。 だから、内戦終結後、バーナビーは彼を捜し自らの参加へ招いた。無論強制はしていない。しかし、ロイズは、 『新国に遣える事で少しでも今までの罪が償えれば。』 そう返答し、バーナビーの元にいる。 彼は若い国政の中で唯一の人間だ。旧態制の高官達からも多くの指示を持っている。彼が表に立つ事で纏まらなかった話は無い。 そう言う点でバーナビーはロイズに信頼を寄せていた。 「この件は宰相が受け持ってもらいます。上手くあしらってくれるでしょう。」 退室した彼から目線を書類に移すバーナビーが呟いたこの言葉が裏切られると知ったのは、それから数週間後だった。 「私にも解かりかねますね。『用が有るならお前が来い。』これが国王に対しての書簡とは……。」 首を小さく横に振るロイズをバーナビー達は見詰めていた。 普段国王であるバーナビーが仕事をする部屋は、南向きの美しい部屋だ。しかし、今日はその主が発する不機嫌極り無い気配で、この部屋はその美しさを消し去っていた。 ロイズがオリエンタルに出した書簡の返信は、思いの他早く届いた。しかし、届いた手紙は封書に一枚のメモ。内容が『用が有るならお前が来い。』この一文のみだ。それを見たロイズはこの件から手を引いた。理由はオリエンタルの新長が、自分の思慮範囲から逸脱している事だった。 噂では、その長は三〇代の青年と聞く。ならば歳が近い副宰相や国王本人の方が理解できるのではないか?そう感が得たからだ。 バーナビーの表情は厳しかった。 国政に着き数年だが、王を蔑ろにした者は居なかった。勿論、今だ燻る旧態制組織は別として、今配下に居る領主がここ迄大っぴらに態度を表明される事は無かった。 「ネイサン、これは『反乱』と私に取られてもおかしくは無いですね。」 「まあ……、しかし、餓鬼の使いっ走りみたいな文章よね。」 「そんな事は今更どうでも良い。」 バーナビーは目を細め口角を僅かに上げた。この表情をする時、彼が何を考えどう行動するか。側近達は解かっていた。隠しきれない殺気を身に纏い、バーナビーは椅子から立ち上がり声を低め、指示を出した。 「来いというなら僕自ら赴いてやります。軍を出します!数は三千、イワン指揮を。ネイサン、キース、カリーナは僕と。宰相及び元帥はこの場に留まり引き続き国政を。パリオンは南と西国境境の情勢を監視。アントニオは宰相の補佐を。速伝を走らせてください。オリエンタルに『言いたい事を纏めておけ、正し時間は少ないと』。出発は明日早朝。」 ネイサンは焦り、彼を押し止め様としたが、幼い頃から見てきた彼があれ程までに殺気立っている姿は見た事が無かった。 「僕を侮ると痛い目に合うと言う事を見せしめにします。」 もはや彼を止める事は出来ない。傍にいた誰もがそう確信した。 中央シュテルン・メダイユから二日。進軍し続けたバーナビー達は、目的の街『オリエンタル』がある山岳地帯の麓へ到着した。 ここからは馬を捨て、徒歩での行軍になる。オリエンタルに関する資料の薄さ、そして地図が余りにも少ない為先導していたイワンは、その険しい頂きを見上げ大きな溜め息を付いた。 「あぁ……、すいません。ここからの道程が解かる人居ますか?」 何処までも自信の無い声を出すイワンを、キースが表情を崩さず切替す。 「連れて来た兵の中に知る者はいるのかい?案内できる兵士は?」 「聞いて見ましたが、ここ迄の案内で精一杯だと……。」 その言葉を聞いたバーナビーは、隣りの馬上に居たネイサンを見た。ネイサンは、パリオンよりも情報網を厚く持つ人間だ。男性の身体だが身形が女性である事と妖艶な口調で誤魔化されがちだが、何処までも食え無い人間である。事実、この国の新国王誕生にネイサンは欠かせない一人だとバーナビーは考えている。今回もオリエンタルへの道を把握しているのではないか?バーナビーはそう感がえ、無言でその表情を見詰めた。 「だいたいの場所は解かるわよ、何せオリエンタルは『自然の要塞』に在る街だしね。外部の人間を嫌うのよ、その存在すら知らない者が居るくらいだから。でも、正確な道を指示する自身わね。」 「目的地の位置が解かっていれば構いません。進みます。」 そう言い捨て、バーナビーは馬上から降りる。そして、馬を下官に預けると側近を置き歩き始めた。 「待つんだ!一人で突き進むのは危険だ。そして危険だ!」 「お待ち下さい。兵の休息も取らず進むつもり!?」 「あと三時間有ればオリエンタルに行ける。それでも休むか?」 聞き慣れない声にその場に居た者達全てがその声の方向へ視線を向ける。 そこには男性が1人道沿いの岩に座り足をブラブラと揺らして居た。 男性は、漆黒の闇から生み出された如く見事な黒髪、色も鮮やかな翠のデールを身に纏い黒のサッシュを腰に巻きつけていた。 「お前は?」 側近は素早くバーナビーの周りを固め、油断無くその男と対事した。バーナビーは皆の間をすり抜け、岩に腰掛けた男へと歩み寄る。そして低い声でその男に質問をした。 バーナビーから威圧された場合、本来ならば竦み中には泣き出す者も居るだろう。しかし、そこに座る男は、稀な意志の強そうな金瞳を逸らさず、逆に不適に微笑んで返答をした。 「お前達の迎え。」 「ほお……、オリエンタルは躾がなっていない様ですね。こんなだらしない男を迎えに出すとは。」 男は表情を変え、不機嫌を露わにする。そして、岩から軽い仕草で飛び降りるとクルリと身を翻し山道へと歩き始めた。 「待ちなさい!」 バーナビーの声に停まった男は、僅かに身体を捻り横顔だけを見せると、不機嫌な声を露骨に出し言い放つ。 「だらしない男なんかに案内されたく無いんだろう!?自力で来れば。」 再び歩み出す男は、後ろから追い掛け肩に手を置いた男に止められた。 「そう言わないで、悪かったわ。国王も疲れて気が立っているんのよ、大目に見て。」 「アンタは?」 「わたし?ネイサン・シーモア。この国の副宰相よ。ヨ・ロ・シ・ク!」 綺麗にネイルされた指先で、男尻をするりと撫でる。男は手で払いのけ少し頬を赤らめ怒りを見せた。 「だっ!!何ケツ触っているんだよ!!」 「フフフ、ごめんなさい。」 「ちっとも悪いって思ってねーだろう。」 先ほどまでの小さな緊迫感は、この二人の声で消し去って居た。 硬い表情のバーナビーは、そんな二人のやり取りに割って入り男へと目線を向けた。 「案内が出来るのですか。」 「………『険しいけれど三時間』と『緩やかだけど五時間』。どっちを取る?」 「は?」 「だから、近道とそうじゃ無いの!どっちの道行くかって聞いてるんだ。」 国王に礼儀を知らない荒い口調で男は質問し答えを促す。何を注意してもこの男の言葉使いは変わらないだろうとバーナビーは溜め息を付き、「オジサンが通れるくらいの近道ならそちらを選びます。」と答えを返した。 「直ぐ出れるのか?」 男は視線を移動させ、先ほどから兵の心配をしているキースを見詰める。彼は国王に目線で確認するとニコリと頷いた。 「じゃあ、付いて来いよ。」 男は再び歩き出し、その後をバーナビーと側近そして麓に五百を残した二千五百の兵が続いた。 出だしこそは緩慢な道だったが、二十分もしない内にその道は道と呼べなくなった。 崖を這い上がって行くと言った方が正しいかもしれない。軍人でさえ過酷極り無い道を男は簡単に登り遅れを取る後続の為足を止め待つ。そんな事が続いた。 そんな中、国王で有る筈のバーナビーやその側近達は男に離されず着いて来る。その様子を見て居た男は感した風に目を開き業とらしく驚きの声を上げた。 「国王一行って言うから『軟弱』の集まりかと思ったらアンタ達スゲーじゃん。」 「これくらい着いて行けないのならば軍など辞めてしまえばいい。」 「そしたらアンタ達の軍人、誰も居ないくなるんじゃないか?」 憎まれ口を叩く男を見上げたバーナビーは、口角を上げ反撃に出る。 「あなたこそ左足を引き摺っていますね?案内役が疲れましたか?」 その言葉に本気で驚いた男は、歩みを止めバーナビーを食い入る様に見詰めた。 「アンタ……、まぁ良いやっ。これは治らねーモンだから。」 僅かに顔を歪め、切なさを少し滲ませた男は再び険しい道を歩き出す。 バーナビーは、この男が不自由な足で麓まで歩き再び案内の為街へと行く事を感心し同情した。 ――― 不自由な身体の男に案内役を遣らせるとは、このオリエンタルを統括する長は何を考えている! 今日始めて会った男を思い、何に対しての怒りか解からないものがバーナビーの中に生まれた。そして、前を歩く男を見詰めバーナビーは僅かに笑いを浮かべた。 「何か可笑しい事でも有った?」 「ネイサン、あのオジサンは、口は悪いですが遣るべき事を遣っている。少しは見直したと言う所です。」 「見た目は細くて、変な顎鬚はあるけれどね。」 「変な顎鬚じゃねーよ!ワイルドでタイガーみたいって言え!!」 先を歩いている筈の男は、振り向き両手を上げ大声を張り上げる。バーナビー達は顔を見合わせて笑いを浮かべた。 「笑うなっ!俺は先に行くからなっ!!」 スピードを早め歩き出す男をバーナビー達は追い掛けていたが、そんな中バーナビーはフト自分の心の変化に気がついた。 先程まであったオリエンタルへの敵対心は、僅かだが消え失せその代わりに男の住む街を堪能したい。そんな気がしていた。 「追いて行くぞっ!軟弱国軍!!」 「………やはり気に食わない。」 バーナビーは、今生まれた自分の感情を間違いだと思いたくなった。 |