学園都市『St.フラメル』の恋。

 

 

 

 

 

 

先ずは自己紹介をしよう。

 

 

 

 

私の名は『ロイ・マスタング』

年齢は29歳。この学園都市『St.フラメル』の理事長をしている。

ここ『St.フラメル』は、幼等部から大学院までの一環教育をするアメストリス国最大の学園都市。

 

全国から才能豊かな子供達を集め、より優秀な人材を育てる。もちろん一般の入試を経て入ってくる子供達も大勢居るが、ずば抜けた才能を持つ子供達は特待生として『無償』で教育を受けさせている。これは国家プロジェクトの最重要課題。

 

 

 

 

 

 

この都市の理事に就任して2年が経ったある日の夕暮れだった。

 

満開の桜が散り、赤桜に変わった頃に吹いた突風。

樹齢300年を超す我が学園のシンボルツリーでもある桜の木が倒れたのだ。

 

幸い、授業時間中と言う事も有り怪我人は出なかったが、我が学園の恋人達の名所ともなって居た小高い丘。その日は立ち入り禁止ロープが張られ人気の無い寂しい場所となっていた。

 

 

私自身、現場を見ていなかった為、日が落ちる間際に仕事を抜け倒れた桜の木を見に行く事にした。

 

 

 

 

倒れた木の枝辺りに、立ち入り禁止ロープを乗り越えた1人の少年が立っている。

 

金髪に三ツ編み。印象的な黄金の瞳。黒いブレザーの上下に赤いネクタイ。高等部所属の少年だった。

 

「君。そこで何をしているんだ!?ここは立ち入り禁止だろう。」

 

その少年は、こちらを一視すると再び桜の枝辺りに座り込み、持って居たナイフで何本かの枝を切り始める。 

始めは遠くから彼の行動を観察していたが、欲しい返答が得られないので私自身がロープを乗り越え彼の傍へと移動した。

 

「私の質問が聞こえなかったのか!君はここで何をしている?」

「……桜の枝を切っていた。」

 

ぶっきらぼうな返答は私を誰か解からない様で、声に警戒の色を表している。

 

「私はここの理事長のマスタングだ。君の名は?」

「エドワード・エルリック。……高等部所属の1年。」

「では、エルリック君。ここで何をして居たか教えてもらえないか?」

 

彼は、ゆっくりと立ち上がり私を見詰めて居たが、その視線を再び桜の木へと移した。

 

「……300年って長い時間、皆の気持ちを受けとめてくれたんだ。このまま粉砕して処分するには可哀相だろ。俺、植物の事あんまり詳しくないけど、この枝を持って帰って『挿し木』に出来ないかと……。」

「学寮にそんな事が出来るスペースは無いだろう?」

「俺は『外』から通っているから。」

 

この学園は基本的には『学寮』生活だ。

全国から生徒達が集まるのだから当たり前なのだが、中には学園都市内に家族ごと引っ越してくる人間も居る。付近住民ならば無理をして学寮に入る必要もないが、ここの生徒の90%以上が学寮に入って居た。

 

「エルリック君は−−−」

「『エド』で構わないよ。」

「エド。君は何処から来ているのだ?」

「………リゼンブール。」

 

私は驚いた。リゼンブールと言えば、ここから東に一時間汽車に乗って更にバスで30分以上も掛かる小さな村だった。

 

「そんなに遠くから毎日汽車で?」

「……イケナイのか?」

「………。」

 

ぞんざいな喋り方はこの少年の自であるようだ。

強い意思を示すきつめの瞳が私を真っ直ぐに見詰める。大人相手に一歩も退かない態度は、親のスネをかじる今時の少年らしくない態度だ。

 

私はこの少年に興味を持った。暫らく無言で彼を見返していたが、フト疑問が生じた。

 

「その枝を持ってリゼンブールまで行くと?」

「別に構わないだろう?」

「エドは構わないが、公共の乗り物に持って乗り込むには周囲に迷惑というモノだ。」

「そんなに大きくないから迷惑にはならない!」

 

彼は強気な態度を崩さず言い放つと、足下に転がしてあったカバンを掴み桜の木から離れ歩き出した。

 

「何処へ行く?」

 

振り向き彼の背中を見る。

 

「帰るんだよ。……じゃあな。」

 

振り向かない小さな背中は、軽く右腕を上げ別れの合図を送る。私は何も言葉を返せず、ただその背中を見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

理事長室に戻り、先程会った少年『エドワード・エルリック』の在籍記録を調べて見る。すると、驚いた事に彼は……彼女だった。

 

 

 

『エドワード・エルリック』

 ・本名:エルシナ・エルリック。

 ・高等部より入学。(化学部門特待生)

 ・両親は共に他界。現在中等部に弟が在籍(化学部門特待生)

 ・父親の残した研究の後を継、10歳で新物質の国際的特許を取得。

 ・前年度年収438,630,000センズ。

 ・サイエンス・アカデミーの研究書類には総て『エドワード』と記載する為、通称が本名に思われている。

 ・10歳の時、事故で右腕と左膝下を切断。現在機械鎧で生活。(機械鎧はリゼンブールの【ロックベル機械鎧】にて)

 ・成績は、入学時の検査試験にて安定した高得点をマーク。

 

 

 

机の上に広げた書類は、まるで書類不備があるのではと疑いたくなる様な記載が長々と書かれている。

 

「ホークアイ君。」

 

私は、近くに座る第一秘書、リザ・ホークイアを呼んだ。有能な美人秘書だ。

 

「この子は?」

「エドワード・エルリック君ですね。…正式には彼女なのですが、身の安全を考慮して彼として在籍しています。」

「『身の安全』とは?」

「彼女自身が『世界的頭脳』ですから。金額的価値も情報的価値も『金の成る木』として狙われる事が多いようです。」

「それなら何故学寮に入らない?」

「その件に関しては詳しく解かりません。」

 

私は、座って居た座席の背凭れに身体を預け大きな溜め息を付いた。

 

 

 

今でも残る私を見据えた『黄金の瞳』。焔を燃やすその瞳が私の心から離れない。

 

その日から暫らくは、彼女の事が気になってしかたがなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

次に彼女を見たのは、暑い日が照り付ける夏の午後だった。

 

本来ならばこの時間は授業時間なはずだった。

彼女は全学部共同使用の『カフェテラス』に陣取り本を読みふけっている。私が同じテーブルにつき自分用にアイスコーヒーと、エドが飲んで居たであろう空のグラスに入って居た飲み物を注文し運ばれてきた事も気付かず集中して本に意識を向ける。

 

この暑い中、彼女は黒のブレザーを着たまま本を読む。その額にはうっすらと汗が浮かぶ。その姿を見た時、私が何故こんなにも彼女の事が気になるのか認識した。

 

 

 

エドワード・エルリックを愛している。

 

 

 

 

 

29歳の私が、14歳年下の彼女に想いを寄せている。』この事実を得た時愕然とした。

 

少なからず『女性』に不自由した事は無い。向こうからの一方的な気持ちばかりだったが、言い寄られて嫌な気分はしなかった。しかし、どの女性とも本気に恋をした記憶は無い。いつも心の何処かに渇きがあった。なのに、今は、私がこの少女に心を奪われ、苦しいほどの胸の熱さを感じる。

 

私は、長い睫毛をふせ金の瞳を本に向ける彼女をしばしウットリと眺めていた。

 

「さっきから気持ち悪ーんだよ!何か用が有るなら早く言えよ。」

 

何時私に気付いたのか、不機嫌な表情のエドは、睨み付ける金の瞳を私に向ける。

 

「アイスコーヒーの氷が溶けてしまう、飲みなさい。」

「えっ……?……ア…アリガトウ。」

「所で、今は授業時間の筈だ。君はここで何をしているんだ?」

 

教職者であるのだから、この件に関してはきちっと説明を貰わなければ成らない。

エドは、グラスを持つ右手の袖の裾を左手で少し肩口に引き上げ私の方に見せた。

 

「俺のクラスは『水泳』の授業なんだ。俺の身体はこれだから入れねーし、直射日光の当たるプールサイドに居ると機械鎧が熱を帯びてスゲー事になる。だから『自習』。」

「カフェテラスで『自習』か。」

「やる事やれば何処に居たって構わないだろう?」

 

エドの読んで居た本の表紙を見ると、とても15歳の子供が読む本とは思えない内容が記載された本だった。

私自身もその本は読んだことがある。しかし、それは大学時代に読んでレポートを提出したが、読解作業にかなり苦労した専門書だった。

 

以前、秘書のホークアイが言っていた言葉を思い出す。

 

 

 

 

−−−彼女は『天才』なんです。

 

 

 

 

その言葉を改めて感じさせられた。

 

「所でエド。例の『桜』はどうなった?」

 

その言葉を聞いたエドは、口に付けていたストローから口を離し金の瞳をイッパイに開け驚いた表情を作る。

 

「何でそんな事知っているんだよ?」

「強風が吹いたあの日、倒れた桜の所で会っただろう。」

「………あぁ。あんた理事長?」

 

今まで誰と話しているつもりだったのか?私は少し寂しさを感じずにはいられない。

笑い掛ける私を見たエドは、嫌そうに眉をひそめ私を凝視すると、残っていたアイスコーヒーを一気に飲み干し、ポケットから小銭を取りテーブルへと置いた。

 

「桜は生きてるよ!」

 

そう言い残して椅子から立ち上がりその場を後にした。私もエドの後を追いかける為、テーブルにお金を置き席を立った。

 

「待ちなさい、エド!」

 

私の言葉を無視する様に歩くエド。しかし、コンパスの差がモノをいい直ぐに彼女へと追いついた。

 

「待てと言っただろう!止まりなさい!!

「……もうそろそろで授業が終わる。教室に戻りたいんだけど。」

 

私の顔を見上げる瞳は、前と変わらず真っ直ぐな強い瞳。私はその瞳に吸い寄せられる様エドに顔を近付けた。

 

唇を押し当てるだけの軽いkiss

 

私自身が何をしているのかも一瞬理解が出来なかった。

ゆっくり顔を離すと、視界の横から彼女の手が飛びこんで来た。

 

 

 

−−−バシッン!!

 

 

真っ赤な顔をしたエドは、私を睨めつけ怒りに震えた声で私を怒鳴る。

 

「テメー!いい加減にしろよっ!!『大院の女性』とだけじゃ気が済まなくて、今度は『高等部の男子生徒』に手を付け始めたのか!!

 

痛む頬を押さえながら、私はエドの言った言葉を考えた。

どうやら私は『女性遊び』が激しいと思われているらしい。

私は、エドの腕を掴み言葉を返す。

 

「私は自分から女性に声をかけた事は無い。そして、私が本気で愛しているのは『エルシナ・エルリック』。君だ!」

「−−−−−−!!

 

その表情を一変させ驚きに変えると、今度はすぐさま俯き身動きを止めた。そして、また表情を怒りへと変え掴んだ腕を強引に引き離した。

 

「ふざけんなっ!!

 

その一言だけ言い放つと、エドは走ってその場を離れてしまった。

 

 

 

 

 

−−−その日から、私はエドに対する態度を変えた。

 

 

 

エドに対し、積極的に言葉を掛けるようにした。勿論、私の真剣な思いを伝える為、仕事以外の女性から来た誘いは総て断った。始めのうちは、私の言葉に反発し言い返して来たエドだが、日を追うに連れ私の言葉に見も貸さず『無視』を決め込み始めた。

 

しつこいぐらいの行動に、秘書のホークアイは、

 

「彼女は『彼』として、本学園に在籍しています。余り大っぴらに行動を起こさない様に!」

 

と、窘められてしまった。

 

彼女の言う事も解かっていた。しかし、エドの気持ちを掴みたくて再三彼女に言い寄る。まるでストーカーだ。

 

 

 

 

−−−風が冷たくなったある日の放課後。

 

閑散とした昇降口に居たエドを待ち構え、駅まで彼女を送りつつ私の気持ちを伝える為話し掛け続けた。何時もなら無言のまま改札口に向かうエドだが、今日は駅前の階段で足を止め私に話し掛けてきた。

 

「理事長の気持ちが真剣だって事は解かった。……だけど、あんた『エリート』だろう?教職者が生徒に…それも15歳の男に手を出してるって知れたらヤバイよ。いい加減やめなよ。」

「止まる想いならこんな行動はしない。私は君が好きなんだ。」

 

エドは、小さく溜め息を付き再び駅へと歩いて行った。

何時もならここで見送り、私も仕事へと理事長室へ足を向ける。しかし、今日に限って何故か足が重い。何か嫌な予感が走り、私は慌ててエドの後を追い掛けた。

 

階段を上り駅前の広場に出たが、さっき別れた筈のエドの姿が無い!

 

別れてホンの何秒かで追い掛けたのだから、広場に彼女の姿が無い事が私の予感が不安へと変化した。

付近を走り、エドを捜す。そんな中、駅裏へと通じる小路で物がぶつかる鈍い音が聞こえて来た。

慌ててその音がした所に向かうと、が体の大きい男達4人ほどに囲まれたエドの姿を見つけた。

 

「エド!−−−君達は本学園生徒に何の用だ!!

 

その男達は、私を見るなり襲いかかる。そんな中、1人の男がエドに襲いかかっていた。私は、2人の男を地面に伸した時エドの姿を確認した。

 

エドは、始めに襲いかかっていた男を倒し、私に襲いかかって来た男を倒していた。何処で覚えたのか見事な『格闘術』だ。

総ての男達を倒した時、エドは私の所に歩み寄り大声で怒鳴り散らした。

 

「何て危ない事するんだ!見て見ぬフリしてれば良いんだよ!!

「君が危ないと思ったから声を掛けたんだ!何故そんな言われ方をされなければならない!!

「お前が危険だからだ!俺は慣れている!!

 

 

 

−−−彼女自身が『世界的頭脳』ですから。金額的価値も情報的価値も『金の成る木』として狙われる事が多いようです。

 

 

 

秘書の言葉を思い出す。

 

『俺は慣れている。』

 

と言い放つエドが無理をしている感が否めなく力任せに彼女を抱き寄せた。

 

「は…放せよ!何しやがる!!

「君が無事で良かった。」

「俺は何とも無い。だから放せよ!!

 

嫌がり身体を捩るエドを更に抱きしめる。暫らく私の腕で暴れて居たエドは、その身体から力を抜き私に身を預けた。

 

「……もう良いだろ?汽車の時間に遅れる。」

「今日は念の為、私の車で送ろう。」

 

有無を言わさず学園に戻り私の車に乗せる。出発した車の中で終始無言の彼女を私は盗み見る様に確認しつつ、リゼンブールに向け車を走らせた。

 

 

 

 

 

 

 

「そこの……右。」

 

暗く街灯も少ないこの村には入れたのは日も落ちての事だった。

必要以上に話さないエドの案内で、何とか暗い村内を通り彼女の家へと着く。その家は、ここられは普通のこじんまりした一般住宅だ。

 

彼女の年収を考えると質素で不用心にしか映らないこの家から、1人の少年が姿を現した。黒のパンツに学園の記章が付いたシャツ、濃紺のネクタイは当学園中等部の印。彼女の弟『アルフォンス・エルリック』だ。

 

「姉さ……!兄さん!!こんな遅く迄帰って来なかったから心配したんだよ。……所で、この方は?」

「あぁ……理事長。」

 

弟、アルフォンスは、車の中を覗き込み丁寧に挨拶をする。同じ環境で育ったにしてはエドとはマ逆の態度だ。

 

「今晩はアルフォンス君。今日エドワード君は下校時に『暴漢』に襲われてね、一応ここまで送らせてもらったよ。」

「ありがとうございます。…兄さん、またなの?怪我は?」

「大丈夫だ。その為に『恐ろしい』訓練をしているんだから。」

 

暫し兄弟の会話に耳を傾けていたが、私も残して来た仕事があり学園に戻らなければならない。

エンジンを掛け直し、エドとアルフォンス君に声を掛けた。

 

「私はこれで失礼するよ。では、また明日気を付けて登校しなさい。」

「ありがとうございます。兄さんもちゃんと挨拶して!」

 

まるでエドが年下のような印象を与える兄弟に、忍び笑いをしてギアを変えサイドブレーキに手を掛ける。その時、エドは私に待つ様に声を掛け家に飛び込んでいった。

 

暫らくすると、小さな植木鉢を持ってエドは私の元に来た。

 

「…桜、一鉢あげるよ。今日のお礼だから…ありがとう。」

 

エドらしい『精一杯』の感謝の表し方に笑みがこぼれる。貰った鉢を助手席に乗せ、私はエドに囁いた。

 

「君と思って大切に育てるよ。」

「俺は『桜』じゃねーよ!…それと、帰れるか?ここら辺は同じ風景ばっかりだから。」

「私の心配をしてくれるのか?私は君に嫌われていると思っていたが満更でも無さそうだ。」

 

その言葉に少し頬を赤くし睨め付けるエドは、不機嫌な声で「誰が!」と捨て台詞を言う。そこがとてもエドらしく可愛い。

 

「兎に角!俺は大丈夫だから、まき込まれ無い様に俺から離れていろ!!

 

「好きになった人を守る為なら総てを掛けるよ。」

「……馬鹿か?」

「君に受け入れてもらえるなら馬鹿にでもなれるさ。」

 

エドは困ったような顔を私に向け、車からゆっくり離れる。そして、消え入りそうな声で

 

「……アリガトウ。」

 

と呟いた。

 

 

 

 

 

私は車を発進させ学園へと向かった。まだ、エドの心は完全には掴めていない。しかし、その時期はこの『桜』が花を咲かせる前にそれは来そうだと私は感じた。

 

 

 

END