01 見えない顔 |
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「航海士さん、島影が見えるわ!!」 見張り台からロビンの声が甲板に響く。 視界5メータも無い深い霧の中、闇雲に進むのは危険だと航海士のナミは言ったが、船長であるルフィは頑としてこの間から出ることを指示した。 凪ぎに捕まったメリー号。オールを手に先へと進んだクルーたちは、長時間の重労働に幾分元気をなくしていた。その時、考古学者の天使の声が聞こえたのだった。
「ロビン、どのくらい先にあるの!?」 水深が気になる所まで島影は見当たらなかった。
「どうして人影がねーんだ?」 呟いたのはルフィだ。
まるで無人の島。
「……俺も気になった。何で海鳥もいないんだ?」 サンジが煙草を咥えながら静かに話す。 「魚も見あたらねーな……」 キャラベルの小さな船から見下ろす穏やかな海の中は、生き物ひとつ見ることが出来ない。 「……兎に角、島に着けるわ。」 何時も強気な航海士の声は、不安に駆られた子供のように弱く、頼りない。 「あの島に入らないほうがいい」 聞きなれない声に、麦藁のメンバー皆がそこへと視線を送る。
キンとゾロの鯉口が切られ、サンジのクツが床を叩く。 「ダメだ、ゾロ、サンジ!!」 動きを止めた二人が振り向いたその先には、口を真一文字に結んだ船長が、真っ直ぐ前を見詰めている。 「オメーは誰だ?」 投げた質問を逆に返されたが、そんな事を気にせず鋭い眼光のルフィはそのマントの人物を見据える。
「俺は、この船の船長でルフィだ。モンキー・D・ルフィ。」 真剣な表情の前、掌を左右に振り律儀に訂正を入れる船長。 「シン・クライム。」 警戒無くニッと笑った少年の太陽の笑顔に、マント越しの表情が緩んだのが分かった。 「で、何であの島には近付いたらいけねーんだ?」 真面目な表情から一転、警戒無く無邪気に疑問を振る船長に、彼を知っている仲間達さえ呆れた表情を浮かべた。
「あぁ、それは………でも……もう、手遅れみたいだね。」 マントの人物は、空を見上げメインマストが大きく膨らむ様を見詰め、ポツリと呟く。
「航海士さん!」 マストから降りてきたロビンは、足早にナミの元へと近付く。 「この船、勝手に港へと向かっているのよ。舵もきっていないのに、正確に接岸施設へ向かっているの。」 先程まで漂っていた海域の霧は、この風の中晴れることが無い。 「話したいことは沢山あるけど、取り合えずやる事をやってしまおう。手伝ってくれないか?」
シン・クライムと名乗った人物は、リーダーであるルフィに声を掛ける。 「これを船の外周に出来るだけ飾り付けて欲しいんだ。」 サンジが開いた袋を覗き込んだゾロが、戒心を怠らず低い声色で質問する。 「説明は後だ。あいつ等は君たちを見つけ島に呼び寄せている。港に着くのは夕暮れ時だろう…。」 食い下がるサンジの行動を咎め作業を促したルフィは、袋を取るとクルー達に少しずつ渡した。
「ルフィ!訳も分からない怪しい人間の言う事を信じるの!?」 歩き始めた船長の背中にナミの声が届く。 「分からなくないぞ!シン・クライムだ!」 一瞬振り返りナミをみたルフィだが、その言葉を流し船端に向かって再度歩き出す。 作業は思っていたよりも手間が掛かった。 弱い純銀のクロスを、硬い木にで出来た船に突き刺す事は思っていたよりも難しく、差し込む為の小さな穴を作るひと手間が時間をロスしてしまった。
日も傾き、飾り付けられたクロスがオレンジの光を弾きキラキラと輝いている。 「丁度、入港に間に合ったみたいだ」 シンが指差した先は、着岸間近の島が迎える最初の港町。 「なっ……!何なのアレ!!」 ナミ、チョッパー、ウソップが悲鳴を上げ、ロビンが口を押さえサンジが海へと煙草を投げる。 「良く見ろ、骸骨だけじゃない。」 その言葉に注意深く街を見れば、半身を失った者がズルズルと這いながら街を進む姿。 唯の島ではない事が一目瞭然で見て取れる異常な街。 「ここは、グランドラインにある最悪の島のひとつ。スペントゥ・デフ島………ようこそ、終焉の島へ。」
島を背中越しに麦藁の海賊たちに両手を広げたシンのマントが、風に吹かれフード部分がはらりと落ちる。 「ここは、吸血鬼マンユ公爵が納める島。吸血鬼が頂点となって、血を吸われ魂を抜き取られて捕食の為だけに生かされている人間たちが住む殺戮の島。……君たちをこの島に近付けたのは公爵の力。君達を喰らう為だ。」 ガタガタと身を震わすウソップが、絞り出す僅かな声が風によってシンの耳に届く。 「けっ、そのクソ公爵とやらを倒せば良いだけの話だろう。クダラネー。」
新しい煙草に火を着けたサンジが、取るも足りない事と切り捨てたが船長の表情は厳しいままだった。
「シンは、俺達を助けに来たんだな。」 ルフィの質問に答えたシンの文言にゾロが反応する。 「あいつ等って事は、そのナントカ公爵って言う吸血鬼以外に敵はいるんだな?」
シンはその問に答える事無く島を振り返った。 日は落ち、暗闇が島を包み、船を包囲する。
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