裏切りと渇愛

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『聞いたか?』

『あぁ、相変わらずもてますねーマスタング大佐。』

『今度は黒髪のショートだってよ。』

『噂じゃかなりの美人だって?』

『産まれもイイトコらしいぞ。』

『へぇ〜、女からマスタング大佐様々のコレクションへ飛び込んでくるんだろう?あやかりたいもんだ!』

 

 

 

こんな話が俺の耳に飛び込んで来たのは、この街を出る少し前。

だからと言って、俺が何か言える筋合いじゃない。

 

所詮俺もその『マスタング=コレクション』の一人。

 

たった一回の事故のような出来事だった訳だから、コレクションはコレクションらしく大人しくしていろって事で……。

『悔しい』とか『悲しい』とか、ましてや『寂しい』なんて女臭い事は俺の口から出る訳も無く、空っぽの心の侭俺達は南部へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【裏切りと渇愛】

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう少し色気のある脱ぎ方が出来ねーのか?」

「どっちにしろ脱ぐんだ、色気もクソもあるか。それとも腰振って女みたいに色目使って誘うのがアンタの好みか?」

「……好い目だ。お前にはその目が似合うな。」

 

南部の治安が悪居を絵に描いたようなこの集落。

 

アルフォンスを質に取られたエドワードは、身柄の引き換えと等価に自分を『差し出す』事となった。

上半身を覆っていた衣服を全て脱ぎ捨て、近くに有った机へと乱暴に投げ付ける。その男に向ける瞳は焔のように鋭く、氷のように冷たい視線で相手を射貫く。

薄暗いその部屋で、ソファーに大柄な態度で座る黒髪の男は、そんなエドワードの行動をサングラス越しに眺め楽しんでいる。不敵に上げる口角を隠しもせず、嘲弄するかのごとくその言葉を発した。

 

「悪党からは全て総取り!じゃ無かったのか?」

「………やらねーなら俺はアルを連れて帰る。」

「このチビは気が短い。」

「誰が豆粒ドチビだーーーっ!」

 

そんなエドワードの行動をどう捉えたのか?ゆっくりとその身体を動かし、エドワードの前に立つ。そして全身を嘗める様に眺めると、小さく鼻を鳴らし笑ってみせた。

 

「いいねー、その戦闘的な顔。瞳、そそるよ。それに無駄の無い身体とその機械鎧のアンバランス差。俺は男なんて範疇外だけど、お前は好い。」

「うるせーぞ、グリード!ベラベラ喋っているんなら帰るって言ってんだ。」

「ムードってもんが要るだろう?」

「俺は女じゃねーんだ、言葉なんている―――」

 

エドワードが言葉を紡ぐのを無視して、グリードはその間合いを詰めると噛み付く様にその唇を奪う。一瞬驚きはしたものの、従順にその行為を受け入れるエドワード。腰と背中に腕を回され引き寄せられる。キツク目を閉じていたエドワードは、一瞬均衡を失った。仰向けに押し倒される衝撃に覚悟すると、その背中には先ほど男が座っていた皮張りのソファーが背中へと触れた。痛みが来ない事に身体を弛緩させた瞬間小さな吐息を着く。その隙をグリードは逃さなかった。ヌルリとその口に入って来た下を感じた時、エドワードは寒気が身体中を駆け抜けていった。

 

 

 

――― 違う!

 

 

 

男に抱かれるなんて屈辱だった。しかし、『アルフォンスの身を!』と言ういい訳でその身を男に差し出した。

本当は、コレクションとなっている自分からの脱出だったのかもしれない。

いや、対峙する男を通して一番欲しいその愛を求めたのかもしれない。

 

 

実際その行為が始まると、その男と比較し始めバーチャルな感覚で受け入れようとした事が最悪のモノと変わっていく。

 

 

――― 気持ち悪い!俺の知っているKissはこんなんじゃ無い!!

 

 

小さく顔を背け、それを口外から出そうと顎を引く。両手をグリードの身体に押し付け、突っぱね様と力を入れるがその身を離す事が出来ない。更に胸を着けられた事で両手を会わせる事も出来ず背中に腕を回し両手を合わせようとしてもその大きな身体で届く事は無かった。悔し紛れに洋服の背の部分を掴み引き離そうと務めるが、必要に絡む舌の動きに翻弄され何時しか縋る様その手は動いていた。

 

 

 

――― 止めろ!ヤメロ!!ヤメロッ!!!

 

 

 

エドワードの必死の叫びは口内に吸い取られその声は発する事は無く、我武者羅に顔を振りその行為から逃れた。

 

「やっ止めろ!」

「今更怖くなったか、シュガーボーイ?……イヤ、違うな。お前は経験がある、それも男相手だ。俺の後ろに誰を見ていた?恋人か?」

「関係ねー!退け!!」

「まあどっちでも俺は良いけどよー、俺に抱かれればそいつの事なんってぶっ飛ぶさ!俺は『強欲』だからよ、身体だけや満足しねーんだよ。心も身体も生き方も、そして命も俺もモノにしねーと気が済まねーんだよ。」

「五月蝿い!黙れ!!」

 

見下ろす男に睨みを入れても肩であしらわれた表情で切り返される。エドワードは今になって自分の取った行動に嫌悪した。

 

 

 

 

グリードが顔を上げた事でその男と少しの間を取る事が出来た。その間を使ってエドワードは鋼の拳を見下ろし笑う男の頬にぶつけた。

鈍い音が室温に響く。しかし「それがどうした?」とばかりに笑う男は、エドワードの耳元へと唇を寄せ舌でその形を味わう様舐め始める。

 

「離せっ!や……やめろっ!!」

 

もう一度殴ろうとしたその手を拘束され、両手を頭上に縫い付けられる。こうなると錬金術は使えなくなり、更に自分より身体の大きい男に組み伏せられて、これ以上効果的な抵抗は出来なくなっている。

それでも、この状況を脱する為に身を捩り有らん限りの大声を出しエドワードは抵抗した。

 

………本当に欲しい愛を汚さない為に。

 

「うあぁー!」

「過敏だなあ、これで最後までもつのか?」

「あっ!やめっ!!」

 

耳を舐めていた舌は、首筋から鎖骨へ、そして胸へと滑っていく。時折エドワードの薄い皮膚に唇を寄せ吸い上げる。チクリと痛むそれはエドワードの心の中を掻き乱した。

 

『所有印』

 

その行為によって自分がどんドン汚れて行く事に恐怖する。

望んだのは相手。選んだのはエドワード自身。その行為の果てに残る意味すら考えもせず、唯重ね合わせた相手を受け入れるだけの行為がどれだけ愚かな事か、恐怖と崩れ落ちて行くプライドとによって心がズタズタに引き裂かれて行く事を感じていた。

目を見開き映るそれは、薄汚い暗い部屋。

一回だけの行為だったが、それは優しく自分を違う次元へと導くモノだった。

しかし、今は違う。その行為事態すら違う方法でエドワードは自分の意思とは関係無く高められて行く。胸の突起を舐められた時、跳ねる様にその身体で事の快楽を示してしまった事に悔しさと絶望感を抱き、無意識の涙を長し始めた。

 

 

 

 

 

――― 止めてくれ!俺に触るな!!

   俺に触れて良いのは ―――

 

 

 

 

 

 

『聞いたか?』

『あぁ、相変わらずもてますねーマスタング大佐。』

『へぇ〜、女からマスタング大佐様々のコレクションへ飛び込んでくるんだろう?あたかりたいもんだ!』

 

 

 

 

 

 

さっき迄必至に抵抗していたエドワードは急激に力を無くす。

それを受け入れる覚悟が出来た訳で無い。今ここで抵抗している根源が崩れた為である。

 

 

 

――― 大佐だけだっ!

 

 

 

そう思うのは勝手な事だが、相手はどうなのだろう?

唯、毛色の変わったコレクションが欲しかっただけではないのか?

唯、それだけの『モノ』が今更どうなろうと相手には関係無いのではないだろうか?

 

 

 

『一方通行の恋』。

 

 

 

正にそんな事を考え結論に到達する事で、抵抗する気力を根こそぎ奪い去って行った。

 

 

 

「どうした?抵抗する方がこっちは『捻じ伏せて善がらせる』喜びってーのがあるんだ。もっと頑張らないとつまんねー ―――」

 

エドワードの表情を覗き見たグリードは息を飲んだ。

切なげに眉を寄せ何処か遠くを眺めているエドワードの金瞳からは、見た事も無いくらいの美しい涙。無意識に流れ出すそれは、どんな宝石よりも目を引くその輝きにグリードは生唾をごくりと飲む。口角を不敵に上げその涙に唇を寄せて吸い上げた。

 

「全て忘れさせてやるよ。お前はそうしていれば良い………」

 

再開された行為に唯う虚ろな表情の侭身動きを止めたエドワード。肌から伝わる感覚に息を殺し静かに瞼を閉じる。

グリードはソファーサイドに有った度数の強い酒瓶を掴むとその口をエドワードの口へ捻じ込んだ。

 

「どうせヤルならハイでヤローぜ?」

「うんんーーーっつ!」

 

飲み込む事の出来ない酒が溢れ出し首筋からソファーへと流れ落ちておく。

エドワード自身、必要に迫られて何度か酒を飲んだ事は有る。しかし、それは割るなどしてアルコール度数を下げて飲んでいた。これだけ強いアルコールを大量に飲むと喉が痛み胃が熱く燃える様に痛い。程なくしてクラクラと部屋が回る感覚。目を開けていると吐き気さえ覚える。

 

 

 

 

――― 止めろ!助けてっ!!『    』

 

 

 

 

心の中で誰の名を叫んだのだろうか?エドワードは気の遠くなる感覚の中、男の独り言とも取れるその言葉を聞いた気がした。

 

「ちっ!邪魔が入ったみてーだな。」

 

それから不意に身体を離された事で意識が少しだが浮上する。その男の存在を確認しようと僅かに頭を上げて時、室内の扉が勢い良く開け放たれた。

 

「少年と男を発見!」

「少年は保護、男は殺害許可が出ている。」

「マジか?じゃーな!またの機会にヤローな。」

 

グリードはエドワードに声を掛けると、素早く換気口に身体を滑らせその場から逃走し始める。アルの所在を聞き出していなかったエドワードは弾かれたように身体を起こすが、酒の回りが思いの他早く、身体のバランスを保てないままソファーから床へと落下する事となった。

駆け寄る憲兵隊員達を振り払い立ち上がろうとしたが、その身を拘束され成す術が無い。

 

「アルを……アルフォンスを……弟を…」

 

エドワードの掠れ行く意識で呟く言葉は、騒然とした室内で誰も拾う事が無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中央の構内に汽車が滑り込み停車する。

人々は足早に構内を歩き目的の場所へと整然と進む中、金髪の少年はその重い足をゆっくりと改札に向かって進めていた。後ろから来る人波にぶつかる事もしばしばだが、一向にその足並みを早めようとしない。後ろから心配そうに付いて来る弟アルフォンスは、南部での一連の出来事以来口数の減った兄に何と声を掛けようか未だに思案していた。

 

改札を出たエルリック兄弟が目にしたのは、ロータリーに停まる一台の軍用車両。

エドワードは躊躇い無くその車の後部座席窓へと近付くと、その窓を軽くノックした。

 

「相変わらずの地獄耳だな、大佐。」

 

その声の通り窓を開け顔を見せたのはロイ。

しかし、その表情は何時もの食えない顔では無く、無表情と表すのが正しかった。

 

「乗るか?」

 

静かだが力強い声でエドワードに聞くロイは、迷う事無く真っ直ぐに向けてくる金瞳を捉え返事を無言で促す。エドワードは小さく首を横に振り、

 

「中央図書館から連絡が入っているから先に……」

 

と今回の目的を言葉に出す。

ロイは、その言葉を聞いて目を細めると運転席に居る中尉へと出発の意志を伝えた。

 

「鋼の、今日中に私の部屋へ顔を出しなさい。」

「時間が有れば。」

「上官命令だ。」

「………」

 

遠ざかる車を見送ったエルリック兄弟は、顔を見合わせそして歩き始めた。

この時点でお互いが成せねばならない事を暗黙に了解している。

アルフォンスは『図書館』と『宿の手配』へ

エドワードは『中央司令部』へ

分かれ道に差し掛かった時、エドワードは軽く手を上げ

 

「悪いな。」

 

とアルフォンスに声を掛けた。アルフォンスも兄の立場を理解しているからこそ当たり前の様に進んで一人図書館へと足を運んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

ノックと共に開け放たれる扉。ロイの執務室に顔を出したエドワードは、不機嫌を得に描いたような表情で入室して来た。ロイはもっていたペンを机に置くと、無言で席を立ちロイの机前まで歩いて来たエドワードの横へと移動する。

身体をその方向に向き直したエドワードは、これから来る嫌味を想像し顔を歪めロイを睨め付ける。ロイも無表情な顔はそのまま、エドワードを鋭い目付きで見下ろしその表情を捉えていた。

 

「『上官命令』を使ってまでの要件って何だよ!?」

「南部では………盛大な活躍だったそうだな?鋼の。」

 

 

――― やっぱ、それか。

 

 

ウンザリとした表情でロイを見上げるエドワードは、勝手にソファーへと移り座る。身体を投げ出し業と大柄な格好をして見せれば、ロイはエドワードを追うようにソファーの横へと移動して肘掛に腰を掛けた。

 

「弟を質に取られたと聞いたが。」

「あぁ、そんな所。」

「鋼のなら取引を素直に受けるとは思えないが。」

「………言いたい事が有れば素直に言えば?」

 

お互い目線を逸らす事無く駆け引きの様に会話をする。

腹の探り合いのような会話に早くも痺れを切らしたのはエドワードだった。

 

「どうせその『取引内容』だって全て情報としてアンタの耳に入っているんだろ?大佐。」

 

その言葉を聞いたロイは、眉を潜め目を細めただけで言葉を発しようとはしない。その行動が持つ意味が解からないエドワードは、更に言葉を続けた。

 

「まあ俺はあんな事どうでも良いんだけど、アンタにしてみれば『コレクションの反乱』で頭に来たんだろう?」

「『コレクションの反乱』とは?」

 

静かだが低い声が室内に響き渡る。

ロイが放つ気に押されながらも、エドワードは表情を崩さず話し続ける。

 

「『毛色の変わったコレクション』が他の男と寝たら価値下がるって?そんな感じで怒っているんだろう?」

 

その言葉を聞くと同時に、ロイは立ち上がりエドワードを見下ろした。黒い瞳が僅かに細められ奥歯を噛み締めるような仕草を見せる。エドワードは、自分の取った行動と今し方発した言動に「何か問題でもあるのか!?」とばかりに睨みを効かせロイの行動を直視していた。

 

「君は、あの時私の言った事を信じていなかったのか。」

 

ゆっくりと静かに話すロイの声は、エドワードの耳に痛いくらい響いて来た。しかし、『あの時言った事』と言われても皆目見当が付かず、記憶を探りそれに該当する事を思い出そうと務めてみた。

思考に囚われていたエドワードは、ロイの取った行動に気付かない。

いきなり左二の腕を掴み力任せにエドワードを立ち上がらせるロイ。バランスを多少なり崩したが、それでも直ぐさま体制を立て直しロイと向かい合うエドワードは、左手を掴むロイの手を払う為機械鎧の右手を伸ばした。

尽かさずその右手首を拘束するロイ。ギシリと音を立てる機械鎧は、ロイがどれ程の力でそれを握り掴んでいるかを解かられた。

 

「離せっ!」

「私がどれ程君を想っているのかを知らな過ぎる。」

 

その一言でエドワードの抵抗する力が僅かに落ちた。それを逃さずロイは、エドワードの両手を掴み自分の胸へと引き寄せる。黒く深い瞳はエドワードから逸らす事無く、怒りとも寂しさとも取れるその表情を隠さなかった。

 

「あの日、『君を好きだ』と言った事、『君だけを好きだ』と言った事を鋼のはどう捕らえたんだ。」

「『リップサービス』だろう?」

「君は莫迦か?」

 

ロイの顔は、余裕のある大人の顔とは程遠く、裏切られてとでも表現した方が言い顔をエドワードに向けている。それを直視する事が出来ず、エドワードは顔を背けた。

 

「な……何だよ…それ。」

「言葉のままだ、視線を逸らすな。私から逃げるな。」

 

『逃げる』と言う言葉を聞き思わずムキになりロイを睨むエドワードの額に、ロイは自分の額をコツンと当て瞳を覗き込んだ。

余りの近さの為顔が赤く染まるエドワードは、慌てて再度顔を背けようとするが、ロイは逃がさないとばかりに両頬を包み込む様に両手で押え視線を合わせ様とエドワードの目線を追う。

息が掛かるぐらいに間近にロイの顔がある為、エドワードは慌て顔を背け様としたがロイはそれを許さず、その両頬を更に強く手で包み込みそれを阻止する。悪足掻きの様にさ迷うエドワードの視線は、小さな溜め息と共にゆっくりロイの目へと動かされた。

 

そこにあったのは、考えていた以上に優しい黒瞳。

僅かに息を飲み目を見張るエドワードに、ロイは黙ってその瞳を向け続けた。

その沈黙が恥ずかしく、エドワードは身を固め小さな声で悪態を付く。

 

「何だよ。……なに黙ってる……んだよ……」

「信じてもらう為に。」

 

その言葉の意味を理解できないエドワードは、何度か瞬きをしてもう一度ロイの瞳の奥に潜む言葉を探した。

 

「信じるって……何をだよ?」

「私の『気持ち』だ。」

「アンタの……気持ち?」

フワリと笑うロイの顔をエドワードは何処か夢心地で眺めていると、素早く触れるだけのKissが贈られる。しかし素早く額を合わす状態へと戻ると、もう一度エドワードの瞳を捕らえた。

 

「エドワード、私は君が好きだ。」

「………嘘…だ。」

「何故『嘘』と?」

「……『黒髪の美女』とか…他にも色々コレクションが多いって……話。」

「君は私の言葉は信じず、誰とも知らない奴らが話す噂を信じるのか?」

 

その言葉に出かかった言葉をエドワードは飲み込んだ。

 

 

――― だって俺は『大勢の中の一人』だろう?

 

 

ロイの言葉を聞いたエドワードは切なくなった。

自分の持つ恋心に対し期待してしまう言葉を掛けられエドワードは何も言えなくなってしまった。

 

 

――― 出来るならば自分一人を見詰めて欲しい。

――― 出来るならば自分一人を選んで欲しい。

 

 

そんな女々しい言葉が口から出てしまうのではないかとエドワードは焦り、唇を噛み締める。

エドワードを見詰める黒の色は、何処までも深い黒で優しい。

 

 

――― 『黒は恐怖を表す』誰かがそんな事を言っていたけど、大佐の持っている黒は……怖くない。

 

 

そんな余裕など今のエドワードにある訳が無いのに、身体から必要の無い力が抜けて行った。

 

「確かに前回鋼のがここに滞在した頃、黒い髪の女性や茶色い髪の女性達と会っていたよ。」

「――― ッ!!」

「逃げるな、最後まで私の話を聞け。」

 

頭を引き身体を捩ったエドワードに、先程とは違う強い語気がエドワードを押し止める。そしてまた甘い声でロイはエドワードに囁く。

 

「それは君の為だ……エドワード。君は綺麗だ。私と違い純粋で真っ直ぐで、私は自分の過去を精算する為女性と会っていた。信じてもらえるか?」

「もう少しまともな嘘付けよ……。」

「今は君だけだ。」

「信じらんねー……し。」

 

合わした黒瞳は、何処までも誠実でエドワードの心がぐら付いた。

 

「信じて欲しい、私の目を見て判断してくれ。」

「そんな……ワカンネーよ……」

 

畳み掛けるようなロイの言葉にエドワードの心臓が激しく打ち始める。

あの日、……自分の気持ちが通じ身体を重ねたと勘違いしてしまったあの日のロイを思い出し、エドワードの胸はキリキリ痛みを発し始めた。

 

「君を手に入れたと思っていた。私は自分の一方通行な想いが違かった事に有頂天に成っていた。鋼のが眠る姿を見て、自分の不誠実さが悔やまれて、次の日から関係が有った女性たちと会って別れを切り出した。その事が君に誤解されるとは思っても見なかった。」

「……大佐、俺は綺麗なんかじゃ無い。」

「好きだよ……君だけを。」

 

その言葉に耳迄赤く染まったエドワードを見て、ロイは優しく抱き締めた。抵抗せずその胸に抱かれたエドワードだが、抱き返す事はせず戸惑って声も出ない雰囲気だった。

 

「もう一度聞いて良いかな?『私の恋人に成ってくれるね』。」

 

エドワードからの返事は無く、室内には時計の針が進む音と、時折廊下から聞えて来る人の声が聞えて来るだけだ。

「返事を貰えないだろうか?」と囁くロイの言葉にピクリと反応したエドワードは、

 

「後ろ向いてくれないか?………逃げないから。」

 

神妙な面持ちのエドワードの言葉に、渋るロイはそれでも背を向ける。

エドワードの表情を見ようと身体を捻ったロイに「見るなっ!」と声を荒げたエドワードは、暫らくするとロイの背に頬を当て、ゆっくりと言葉を探しながら話し始めた。

 

「俺は……アンタの唯一には成れないと思ったから、でも、俺にとって大佐は唯一だったから……悔しかった。アルの件が有ったから『差し出した』んじゃ無くて……大佐と付き合うって言って………でも……悔しくて…同にでもなれって自棄になった。……違う、その時でさえ大佐の事を考えてしまって……、女々しくて……こんな俺だけど良いのか?」

「エドワード、私は ―――」

「俺…………大佐の事が好きだ。」

 

その言葉を発したエドワードは、弾かれた様にロイから身体を離し部屋から出て行こうと駆け出す。

 

「逃げるな!エドワード、……逃げるな。」

「………」

 

ロイの声に立ち止まったエドワードを、ゆっくり背後から抱き締めたロイは頭にKissを落とし強くその身を自分へと引き寄せた。

 

Kissをしても?」

「………」

 

恥ずかしさから頬を染めるエドワードだが、振り向く様に見上げたロイと視線を合わせると、それが返事と意を伝えるようにゆっくり瞼を閉じた。

 

 

 

 

裏切って、自分の心を殺そうとした想いが有る。

誤解からすれ違った心が有る。

一度乾いた心は、言葉とその行為を得ても貪欲に愛を欲しがる。

 

 

まるで砂漠の砂が水を吸う様に

 

 

「愛しているよ……」

「俺も」

 

 

囁く言葉を繰り返しKissを贈る。何時までも尽きない渇きに自分の心を偽る事無く、その行為に溺れる恋人達がそこにいた。