報告書シリーズ 第1章

 

 

 

 

そのレストランを見た時、俺は3歩下がった。

 

気持ちは『リゼンブール』までマッハでズバーッと下がって行った。

 

その店は、モード雑誌に載っていそうな可愛いオープンカフェ。

室内で飲食も出来そうだけど、野郎2人では『場違い』もいい所!超浮きそう。

カフェテラスを見れば、カップルや綺麗な姉ちゃん達ばっかり……。激浮きます。

 

「……大佐。本気でここに入るわけ?」

「大佐はやめろ。」

 

俺はブルーを通り越して、ダークな溜め息を吐きながら大佐の顔を見た。

そこには、普段聞くワウサとはかなりの落差がある『出来る男』の顔がある。

 

女はこの顔に騙される。本性を知らない人達は幸せな錯覚。

 

「なあ『父さん』ここそんなにヤバイ所?」

 

バシッ!!

大佐の振り下げた手が、俺の後頭部にヒットした。

 

「……マジ痛いんだけど。」

「『お父さん』じゃないだろう。エドワード、いいか……」

 

……えっ……エドワード。

 

聞き慣れた声で、聞き慣れない呼ばれかたをされて、背筋がゾクゾクしてきちまった!

 

「勘弁!あんたに『エドワード』って呼ばれたら、俺『チキン肌』になっちまう」

 

思わず両腕をさすっちまうよ。

 

「『チキン肌』?」

 

エリート大佐には意味判らないかな? 不思議な言葉を聞いたから困った様な笑いかたをしていた。

 

「そっ『チキン肌』!『トリハダ』になっちまう。せめて『エド』って呼んでくれ。」

「……判った。」

 

大佐は優しい目で俺に笑いかける。

そうゆう顔は女にだけ見せろ!!ヤローの俺に見せても何も出ないぞ。

……鳩ぐらい出してみようか? 出るワケねーけど。

 

「じゃあ。大佐は何て呼べば良いワケ?……『パパ』?」

「やめろ。」

「……おじさん」

「……却下」

「……全身黒タイツ」

「………」

「……変態……女タラシ」

 

……ブンッ大佐から本日3回目の攻撃が来た。

顔面を狙った『裏拳』。ヒットしたら顔面クラッシュは確実ってやつ。

当たったらシャレにならないから、一歩下がって避けさせて頂きます。……ハイ。

大佐の顔を見れば、怒り満載って感じ……。

 

ヤベッ。やり過ぎ?

 

そんな事考えていたら、襟首を捕まれ引き付けられた。

襟首を捕まれたまま大佐の顔が近づいて来た。

 

漆黒の目が俺の目を覗く……。

視線逸らせねえ。

殴るなり蹴るなりするなら判るけど、この行動は判からねぇ。

 

「……大佐。……マジ謝る。……クルシイ……」

 

苦しくて、マジ涙が込み上げて来た。息が詰まって……

 

「ロイだ。そう呼びなさい。」

 

そう言って思う以上に掴んでいた手を優しく離した。

何でこんな事されたのか?意味解んない行動に疑問を抱きながら、俺は息を整えながら大佐に詫びをいれた。

 

「ゴメン……『ロイさん』?」

 

頭を下げ、大佐を見上げると眉間にシワを寄せ嫌そうな表情を見せている。

 

「『さん』付けは止めてくれ……『チキン肌』になる」

 

そう言って笑い始めた。

やっぱしワケ解んねー。

 

笑っている大佐を見ながら考え込んでいたら、イキナリ腕を捕まれ引っ張られる様にレストランに入った。

 

 

 

案内された席は外のビビッドなカフェテラスと違ったクラシカルな雰囲気の店内。

大人のデートなら『今夜は君を頂きマンモス』って所だ。

そんな事今の俺には関係無い。向かいに座る大佐も関係無いだろう。

お互い会話も無く、店のメニューを見ている。

 

 

しかし、何でこんなに料金が高いんだ?

普段地方に居る事が多いから都心の物価の高さには驚かされる。

コーヒー1杯 650センズサラダ 1皿 720センズミネストローネ 590センズ……

こんな店で腹一杯食ったら予算オーバーだ。

俺の昼ご飯。超呪われている!

ダークを越えてブラックな溜め息を盛大に出して机にうつ伏した。

 

「エド。どうした?」

 

俺の奇行に気付いた大佐は、静かに声をかけて来た。

 

「……なあ。ここのメシ代『自腹』?」

「経理に請求書を上げれば返って来るが……。」

 

……ハー。

いつ返って来るか判んないって事だ。

 

「お金がないのか?」

「……あるよ、昼飯食ったら『買い出し』するし。ただ腹一杯に食ったら予算オーバー。今夜の夕飯は『具無しのサンドイッチ』確定」

「『具無しのサンドイッチ』?」

 

早い話、パンのみ。

無言で俺を見ている大佐に気まずさを覚えて、再度メニューを眺めた。

取りあえず『腹7分目』を目指し注文しますか。

 

注文を聞きに来た店員にメニューを指差しながら注文し始めた。

 

「えっとー、コーンスープとサラダ。肉は……これ、鶏の骨付き。パスタと……で良いや!」

 

ちっと足りないけど、まっいいや。

 

「……飲み物は?」

 

大佐が怪訝そうに俺を見る。

 

「これ以上は明日の朝も『具無しのサンドイッチ』確定になっちまう。後で水でも飲むよ。」

 

大佐は自分の食事を注文すると、最後に俺の顔を見ながら店員に一言付け加えた。

 

「彼にコーヒーとアイスを付けてあげてくれ。アイスは食後で良い。」

 

店員は紙にスラスラ注文内容を書くと、頭を下げ厨房に行ってしまった。

 

「ロイ!俺の朝食『具無しの……」

「ここの食事代は私が出す。」

 

言葉を遮られ話すテンポが崩れた俺は、一瞬何を言われたかさえ判らなくなった。

大佐は机に両肘を乗せ口元で両手を組む……いつものお得意ポーズで俺を見ながら話を続ける。

 

「店に『領収書』を請求して不信に思われると厄介だ。私が払うからちゃんと食べなさい。」

「いいよ!自分のメシ代ぐらい自分で出すよ!!」

 

大佐は、慌てる俺を真剣な眼差しで見ている。

 

だから、そうゆう目は女を口説く時に使え!!

ナプキンから鳩出すぞ!!

 

なんかいたたまれ無くなって視線を店内に移す。

 

 

ヤベー。今日の大佐とは部が悪い。

いつもながら何考えているのか解んねーよ。

 

「とりあえず……ご馳走になる。」

 

俺の負け!

大佐の顔を見ないで礼だけ言った。

 

 

 

運ばれて来た食事を次々に口に放り込む俺を見て、大佐は呆れた顔をしている。

俺的にはいつもより丁寧に食べているつもり。

食事中は、軍とは全く関係ない話に終始した。

 

例えば『師匠』の話。ある意味ヘビーな内容だったけど……。

大佐は楽しそうに話を聞き、俺も久し振りに楽しく食べさせてもらった。

 

……って、俺。大佐嫌いだったはず。

嫌いって感じより『苦手』なんだよ。

声を聞いても、姿を見掛けても『げっ』って感覚。

目を見られると逸らしたくなるし……。

なのに楽しく食事だなんて……変だ。

 

俺の前にアイスが運ばれて来た時、大佐が話の方向を替えた。

 

「食事が終わったら『買い出し』と言っていたな。いつイーストを出るのかね。」

 

小声で話してきたので、俺もそれに習う。

 

「あっあぁ。……明日の朝一で。」

 

大佐は俺の顔を覗き込む様に見て先の言葉を促している。

 

「報告書に書いただろ。駐在していた軍の奴、村の支援物資を横流ししていたんだよ。食糧や水、あと薬も足りねえ。取りあえず一週間分の食糧と薬。水のろ過装置を購入して届けに行く。」

「君がそんな事をする必要があるんだ?」

 

大佐、そんなに驚いた顔するなよ。

 

「約束したんだよ。村の子供達と。」

 

……みんな泥水すすってんだよ。

 

「俺は、俺がやりたいようにやる。」

 

アイスを食べ終わると同時に話終わる。自分がこれからやろうとする事が『正義の味方』みたいで恥ずかしかったから、大佐の顔を見ないで『ごちそうさま』と呟いた。

 

俺は大佐が会計をしている間、外に出て会計が終わるのを待っていた。

少しは胃袋も落ち着いてくれたみたいだ。

 

これから忙しくなる。 空を見上げれば綺麗な青空。

頑張るぞ!!