I provoke it and approach 3.籠の外にいる『鳥』 |
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それは『偶然』だった。 エドワードが捲り上がるスカートを気にする事無く走り続けていると、ソフィーの家に向かう途中に在る廃墟と化した『病院』に自分が着ているスカートと同じ赤のタータンチェック柄が見えたのだ。正確には、その服とそれを着ている人物の脚が、引き摺られて建物に入って行く姿を視界に捕らえた。 エドワードは躊躇しなかった。ケイラだと何故か確信出来たからだ。 その建物へと近付きガラス張りの扉を物陰から覗き込み人影を確認する。その人影達は、既にそこには居ない事を確認するとそこへと忍び込む。身を伏せ辺りを見回すと、階段付近から男達の声が聞えて来る。エドワードは、その後を出来得る限り気配を殺して後を追った。 「その後鋼の足取りは!?」 フュリーの連絡を受けたロイ達は、直ぐに司令部へと戻った。情報が集中し、この街の中心に在る司令部に居る方が、行動しやすいと判断したから。そして、ヒューズも過去の事件や錬金術師、科学者……。あらゆる情報を収集し易い為、行動を共にしたのだ。
「でだ、ロイ。国家錬金術師じゃ無いが、お前の捜している人物に該当する奴が浮上したぞ。」 「早くに解かったな。」 司令室で席に座るロイの机上へ、目も書きされた書面が落される。それを受け取りその内容を確認するとロイは頷きヒューズの顔を仰ぎ見た。
「中央に連絡を取ったら『即』帰って来たぞ。」 ジェシカに感謝だ!と自分の手柄の様に得意げになった親友を、ロイは苦笑いを浮かべ説明を急がせた。 「半年以上も前の事で俺も忘れていたが、『昆虫の能力を植え付けた人間の開発』をしていた男が、刑務所から何物かに手引きされ『脱獄』している。」 「手引きした人物は?」 「数年前『同時列車爆発事件』の首謀者……、お前が捕まえた男だ。」 ロイは、自分の過去を思い出そうと顎に手を当て暫し考え込んだが、その記憶が曖昧で首を横に振った。 「そんな『小さな事件』如き私が覚えていると思っているのか?」 「……小さくねーだろう?」 「そうだったか?で、そいつがどうした?」 「極刑判決を受け数日後、『脱獄』している。」 ロイは再度首を横に振り、大きく溜め息を付いた。 「刑務所は何時から『出入り自由』に成った?」 「そう言うな、上手が居たって事だろう。」 「そいつが今回の『主犯格』か?」 「……今の時点ではなんとも言えんがな。」 暫し沈黙が続く二人に、フュリーの声が届く。 「エドワード君らしき人物を『Bブロック3―5配備中の憲兵が目撃。旧市民病院跡地に入って行くのを確認。』!」 その言葉にロイは席から立ち上がり、前に立つヒューズとホークアイ、ブレダ、ファルマン、フュリー、そして、そこに詰めている軍人達に激を飛ばす。
「中尉、ハボックは、ライフル所持の上『狙撃班』を組み配備。ブレダは建物陰に『本部』を設置。後に地上班を組み建物を囲め。フュリーは各班に無線を装備させろ。フュリー自身は現場本部に入り情報収集。ファルマンそしてアルフォンス君、ここに入って来る各部署からの情報を纏め現場本部へと連絡。後は任せるぞ。」 「俺はどうする?」 「諜報部だろう?何人か部下を連れて『中の様子』を教えてくれ。」 ウンザリした顔をしたヒューズは、両肩を上げ頭をグッタリ垂らした。 「俺に『敵』を捕まえろって?」 「そこまで頼んではいないだろう。内部の情報を教えてくれれば良い。」 「……戦闘は任せるよ。俺は『デタラメ人間の、万国ビックリショー』じゃ無いからな。」 「………」 相変わらずの物言いに、ロイは眉を潜めヒューズを恨めしげに睨んだ。横からホークアイの咳き払いで再び緊張感を得た室内は、ロイの言葉を待っていた。
「総員、速やかに出動せよ!」 「「Yes, sir」」 その場にいた全ての者が司令官に敬礼をすると、各々の持ち場へと行く為部屋を出て行く。数人のみが残った部屋でロイは、瞼を閉じ今当にその場で傷付いているかもしれない『恋人(ひと)』を思い浮かべた。 ――― 私の元に居る時ぐらい、大人しく保護下に居ても良いだろうに。 願っても決して叶う事の無いこの思いは、エドワードを想い続ける限り続くのだと溜め息を落し、自身に気合を入れ用意されているだろう車に向かい部屋を出た。 男達の声が二階のホール当たりから聞えて来る。その内容を確認する事は出来ないが、言い争っている事は確かだ。 エドワードは、出来るだけ近くに寄ろうと身体を進める。そして、使わなくなってどのくらい時が経つのかソファーの陰に身を置くと、そこからケイラの姿を確認した。 床に倒れて居るケイラは、顔面に殴打の後が見て取れる。次に、苦痛の表情を浮かべたまま気を失っているであろう彼女の周りを覗き見た。やはり彼女の直ぐ傍には、男達が5・6人屯しているのが見て取れる。ここで飛び出しても事は始まらないと、エドワードは暫らく男達の会話に耳を傾けた。
「この女は予定外だろう!」 「会話を聞かれたんだ仕方がねーだろう!!」 「争って居る時じゃ無いだろう。兎に角、この女を始末して次の仕掛けを作りに行ってくれ。」 「今度は何処に行けばいーんだよ?」 「中央に三つと西に四つだ。」 「俺は『寝床』を張れれば何処だって良いけどねー。」 「急いでくれよ、計画はもう直ぐ成就する。そしたらお前達にも金を分けてやるからな。」 ここに集まったメンバーは、エドワードが予想した通り『連続殺人事件』の犯人達だ。好都合に『主犯格』らしい人物までいる。 ――― どーすっかなー。ケイラを助けて……男達を捕まえるには、先ずケイラに起きてもらわないと。 物陰で思案していたエドワードは、階段を駆け登ってくる足音に気付き、その身を小さく隠した。 「おい!さっきっから建物の周りが騒がしいぞっ!!」 「何が起こっている?」 「軍の奴らがこの周りを囲い始めている。」 「――― !!」 その声を聞いたエドワードは、一人頬を緩ませた。どう言う形で在れ援軍が来てくれた事は嬉しい。そして、それを指揮して居るであろう男を想い、自分自身が足手纏いにだけは成らない様心に誓った。
「この女はここで殺す!」 「『寝床』張らしてくれないのかー?」 主犯格らしい男言い終えると、その空間にカチャリと言う金属音が鳴り響く。撃鉄を引く音だと気付いたエドワードは、咄嗟にその身をケイラへと向けた。 緊急配備を終え、その建物を取り囲んだ矢先、建物内から発砲音を聞く事に成った。向かいのアパートメント群屋上に居るホークアイからも、ハボックからもその連絡は入っていない為ロイの頭の中には『最悪』を思い浮かべる。 「建物内に侵入したヒューズからの連絡は!?」 「…………まだ来ません!」 「―――ッチ」 思わず舌打ちしたロイは、建物を仰ぎ見る。そして、二階の窓当たりで視線を止めれば、青く光る窓が見て取れた。 ――― 錬金反応!? 「各部署に連絡!二階中央当たりに錬金反応が有った。そこを重点視しろっ!!」 「――― !!ヒューズ中佐から無線入りました!『容疑者達の数七名、女子高生が一人床に倒れて居る。そして』………」 「『そして』どうした?」 フュリーは、喉に詰った何かを嚥下させると静かに無線の内容を口にした。 「『エドワード君が負傷しているもよう。程度に付いては不明。』」 ロイは、雨脚が激しくなったテント外へと飛び出した。先程聞えた銃声は、やはり犯人側の発砲で、その事でエドワードが傷を負った。そして、錬金術を使ったと言う事は敵を攻撃する為か、それとも……動く事ができない為、その身を囲ったか?
――― 無事でいてくれ。 祈る様に顔を上げたロイは、雨飛沫が激しい中その部屋を見詰めた。 「大佐!中尉から無線連絡『女子高生二人を確認。練成により壁が出来その奥の容疑者を確認できない。』との事です。」 「引き続き頼む。」 短い応答を返したロイは、部下を信じその場に立つ事しか出来ない。自分が司令官で無ければ、今直ぐにでもエドワードの元へ駆け寄りたい。しかし、司令官たる者、個人の感情に任せ、その任を放棄する事など許される事ではない。 ずぶ濡れに成りながらもその場を動かない上官に、他の者は視線を何度か送ると、再度気合を入れ直し皆、自分の責務に集中した。 再度練成による青い光りが、窓の外へと漏れる。その瞬間壁に穴が開き、地面へと通じる『スロープ』が現れた。 「――― !大佐!!ケイラをっ!!」 その穴から顔を出したエドワードは、一番始めに視界へと飛び込んで来た軍人を呼び、気を失っているケイラの身体をそのスロープへと移す。雨に濡れたそれは、ケイラの身体を勢い良く滑らせ無事その身は軍に保護される。しかし、次の瞬間、エドワードの背後で爆発が有り先程までエドワードが立って居た場所から灰色の煙が立ち昇っていた。 「鋼の!エドワード!!!」 思わずその名を呼んだロイは、建物内へと進む為その身を躍らせる。しかし、再び数十発の発砲音の後ユラリとその場に影が映り、ロイは再度その場に立ち尽くした。
スロープの降り際に佇んだ影は、ゆっくりその身体を倒し始める。しかし、影はスロープへと傾かず、その脇の何も無い空間へと身体を落して行く。 「――― !!!」 たまたま立ち止まった場所がそこに近かったのも有る。落ちて来たその影をロイは走り抱き留めれば、それは左肩を真っ赤に染め上げたエドワードの身体だった。
「鋼の!」 「………大佐、ケイラは?」 「保護した。それより君の方が酷い。」 抱き締めている僅かな時間でも、エドワードの左指先からは、止めなく血が滴り落ちている。どうやら動脈を切ったのか、その顔色は青褪めている。
最初の発砲音から時間にして数十分。このペースで血が流れていたと成れば、エドワードは出血過多による『ショック死』も考えられる。ロイはその身体を抱え上げ走り出せば、ブレダが傍へと駆け寄って来た。
「車の手配は出来ています。ここは俺が引き継ぎます。大佐は大将を!」 ブレダの表情を見たロイは、一瞬苦痛に似た表情を浮かべると、エドワードの身体をブレダに渡そうと動いた。しかし、ブレダは一歩退くと首を横に振り司令官に鋭い目を向ける。
「司令官たる者、私情に振り回されその任を疎かにするのは許される事じゃ無いですがね、今は、容疑者の身柄確保だけですから、それも許されるんと思いますよ。」
そして、人を食った笑みを浮かべたブレダは、 「その為の『参謀官』ってのが居る訳ですから。」 と、くさい台詞をロイに向ける。 「……済まない、後を。」 そう呟く様に言葉を出したロイは、エドワードを強く胸へと引き寄せ、直ぐに用意されていた車へと走り出した。 乗車して直ぐに用意されたタオルは、直ぐに赤く染まって行く。腕の中でグッタリしている小さな身体を抱き寄せれば、まだトクントクンと心臓の音が聞こえて来た。
「熱い……肩が……熱い。」 うわ言の様に繰り返すエドワードの声は、何時もの威力は無くか細く弱い。ロイは、エドワードの顔を覗き見ながら、意味も無い言葉をエドワードへと掛ける事しか出来ない。
「もう少しだ、頑張れ。」 「………水……」 「あぁ、水だね。」 ロイは、携帯している水筒から自分の口へと水を流し込むと、エドワードの唇に優しく押し当てた。口移しにエドワードの口内へと冷たい水が流し込まれる。エドワードがそれを嚥下すれば、気休め程度ではあるが、幾らか身体が楽になった気がした。何度も瞼を瞬かせ、自分の視界を開こうとするエドワードだったが、大きな手が目に被さりエドワードを抱えたロイが囁きエドワードを安心させた。
「大丈夫だ、私が傍にいる。 …………だから死ぬな。」 |
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