I provoke it and approach

2 我が侭で賢い大人達

 

 

 

 

 

 

始めのうちは、露骨に嫌がるエドワードを無視して、登下校をロイが付き添っていた。しかし、これでは自分が目立ちすぎる事、そして『犯人』が接触してこない事は必至で、一悶着の据え心配性の恋人を突き放す事が出来たのは、入学してから二週間が過ぎ様としている頃だ。

 

 

この頃になるとエドワードも校内で友人が出来始めていた。『名門校』と言っても全ての生徒が『良家の出身』では無い。中にはその学力を認められ、貧しいながらもこの校に身を置く生徒も大勢いる。どちらかと言えばエドワードはその生徒達と行動をしていた。

 

事件が解決してしまえば直ぐにこの学校を去るのだから、友達を作る気など無かった。そんなエドワードの考えを聞いたホークアイとハボックが、

「それなら目的を達成したら、軍の親しい人間とも別れるから素っ気無く付き合うの?」

「『友達』は財産だから、ちゃんと学生気分を満喫して、友達を作れよ。」

そう窘められたのだ。

 

当初はその言葉を聞かない振りで行動していたエドワードだが、日が経つに連れその考えも変わった。『犯人』の些細な情報でも良いから掴みたい。そして、気さくに声を掛けてくれる少女達に危害が遇ったならば。と思い、何時しか気の合う友達が出来始めていた。

 

 

 

 

今日も帰路の途中、気の合う仲間四人連れだってショップへと足を運ぶ。

エドワードは別段買い物が有る訳でもないし、ヒヤカシても面白くも無い。これなら早く帰って『文献』の一冊でも読んだ方がマシなのだが、何時また事件が起こるか解からないこの街に、争いなど無縁の少女達を見捨てて帰宅出来るほど冷たい人間では無かった。

 

「エリー、何時も髪の毛サイドで縛っているけれど、少しは遊べば?」

「遊ぶって……」

「後ろでアップにしてみるとか?」

 

黒髪をショートに切ったケイラは、エドワードの金髪に憧れる勤勉少女だ。父親はとある事件負傷による退役軍人で、その暮らしも裕福とは言えない。しかし、彼女の前向きな行動は引かれる物があった。

 

「ケイラも伸せば?」
「嫌よ、黒は重く見えるから格好悪いもの。」

 

買う事の無いファンシーショップを通り過ぎ、前を歩く二人を追う様に足を運ぶ。前の二人はどうやら目的の物があるらしく、迷う事無く進んでいく。

 

「なあ、これから何処へ行くんだ?」

 

前を歩く二人に声を掛ければ、茶髪の少女ソフィーが振り向く。背の高い彼女は、有に一七〇cmを超していたが、その事を気にして少し猫背で歩く。読書が好きで将来は『小説家』に成ると夢を語ってくれたのはつい最近の話しだ。

 

「文具店に行きたいの。その後、お茶しよう!」

「私も文具店に!」

 

同意したのはソフィーの隣りを歩くディナ。少しふくよかな彼女は、良く話すマシンガントークの持ち主だ。彼女に対攻出来るのは、家族自慢をしている時のヒューズ中佐ぐらいだろうとエドワードは苦笑いを浮かべる。

 

 

そんな他愛も無い会話をしながら目的地へと向かう最中、一台の軍用車両が横付けされた。

ギョッとする少女達を横目に、その車両に近付いたエドワードは、その車のタイヤを右足で蹴り飛ばした。

 

「これでも大切な税金で用意された車だ。丁寧に扱いなさい。」

 

窘めた言葉とは違う表情のロイが車から降りて来る。そして、その後ろからヒューズも車から降りて来た。

中央にいる筈のヒューズがここに来ている事は弟アルフォンスから聞いていた。友人だとも知っていたが、何故自分の目の前にいるのだろう?と、エドワードは首を傾げた。

 

「よう、良く似合っているじゃねーか!『エ・ル・シ・ナ』ちゃん。」

「喧嘩売ってんのかっ!?」

「いや〜、エリシアちゃんの方が数倍可愛いが、豆も服を変えれば豆々しさに磨きが掛かる。」

「誰が服を詰める程の豆粒ドチビだーーー!!!」

 

右腕で殴り掛かろうとするエドワードを、ヒューズは腕を伸ばしその頭を抑える。その為、エドワードは空振りの連続パンチをヒューズに向けて打つ事に成った。

 

往来の漫才コンビを他所に、ロイはエドワードと共に学校から帰って来ていた少女達に、それは見事なまでの『落としの』表情を見せ、紳士的な態度で声を掛ける。

 

「何時もエリーがお世話に成っているね。私は彼女の『従兄妹』でロイ=マスタングだ。」

 

その言葉と共に右手を差し出せば、『その手の事』に免疫の無い少女達は、ポカーンと口を開き、暫らくロイを見詰めていた。逸早く気を取り戻したケイラは、隣りで呆然としているソフィーとディナに肘で合図を送る。そして、ロイの差し出した手をしっかり握り、サバサバとした少女の笑顔で挨拶を返した。

 

「初めまして、『ケイラ』です。私こそエリーにとても良くして貰っています。」

「わっ…私は『ソフィー』です。」

「『ディナ』。」

 

やや緊張の面持ちで、ロイと握手を交わすソフィーとディナは、握手を終えた後興奮気味にケイラの後ろで手を取り合って喜びを現す。それでも一番の落ち着きを見せたケイラは、ロイの後ろでヒューズと何やらやっているエドワードを確認し、何かあったのか?とロイに再度視線を送った。

 

「君達の邪魔をして申し訳無かったね。後ろにいる軍人は、私の親友で、これからエリーを誘って早めの夕食でも。と思っていたんだよ。」

 

ケイラは頷き、飾らない素の笑顔をロイに向ける。

 

「気にしないで下さい。私達も『ヒヤカシ』で街を歩いているだけですから。」

「おい、勝手に人の予定を組むなっ!!」

 

先程までヒューズの親馬鹿攻撃を食らっていたエドワードは、ロイの腕を引き自分へと身体を向けさせると目を細め怪訝な表情を送る。それをロイはサラリと流し、再びこのグループのリーダー的存在であるケイラへと顔を向けた。

 

「しかし、今は『物騒』な事件が起こっているから、出来るだけ早く自宅へ帰りなさい。」

「有り難うございます。でも、買いたい物もありますし、それに軍の方々が全力で事件を追って下さっていますから。」

 

少し寂しげな表情を混ぜたケイラは、ロイにはっきりと言葉を返した。

言葉を掛けられたロイもロイの後ろにいたエドワードもヒューズも彼女の人生を詮索するつもりは無い。しかし、場数を踏んだ人間として何かある事は推測出来る。そんな彼女の強さに、皆優しい笑顔を自然に生み出した。

 

「っと言う事で、更なる信用確保の為に、アンタ達はチャッチャと飯食って犯人捕まえれば?」

 

意地悪な笑いを浮かべるエドワードに、ロイとヒューズは顔を見合わせ何かを確認したかのように頷き、エドワードの両脇にそれぞれ腕を通した。

身長差を考えればそうされる事で、エドワードの身体が地面から浮き上がるのは当たり前で、足をバタバタさせながら抵抗するエドワードを、少女達は呆然と見詰めている。

 

「すまないね、彼女を借りた穴埋めは、後日という事で。」

 

スマイリーに声を掛けたロイは、隣りで、 「人攫いー!人でなしー!!俺の予定を勝手に組むなー!!!」 と絶叫を上げるエドワードを車の後部座席に放り入れ、少女達が言葉を発するまもなく車が街並みへと消えて行った。

 

「本物……観ちゃった。」

「……本当にエリーの従兄妹だったんだ。」

「遊ばれていたね……」

 

噛み合わない会話をする三人は、何時までも車が去った方向を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんた等どーゆーつもりだっ!!」

「悪かったな『鋼の』。」

 

車内でも尚且つ絶叫していたエドワードは、先程と違うロイの表情を見て、言葉を止める。ヒューズへと視線を移せば、先程の人懐っこい表情は失せ、厳しい眼差しの『中佐』が向かいに座っている。エドワードは、前髪を掻きブツブツと口の中で文句を言うと、真剣な視線を再びロイへと向けた。

 

「で?俺を『強制連行』して何の様だ?」

「今日、北部の方で『事件』があった。」

「同一犯の可能性が高い。」

 

ロイ、ヒューズと流れた会話に、無言で眉間に皺を寄せたエドワードが、その意図を掴みかねる。緊急性の有る情報には聞こえないこの件で、何故にここ迄強引な行動に出たのか?

 

「一つ情報だ。今回の事件はテロ組織が荷担しているらしい。」

「やっぱり?」

 

頷く大人達を確認し、エドワードは言葉を続ける。

 

「連続殺人事件で人々を不安に追い込み、軍の信用を削ぐ。まではアンタ達の考え通り…で良い?」

「あぁ、エドの言っていた『その不安定な状態を起爆させる出来事』ってー奴だが、どうやら『粉』だ。」

「『粉』?」

 

首を傾け疑問を投げる姿は、いつもの洋服とは違うせいか隠している少女の部分を大きく見せ付ける。そんなエドワードに苦笑いを浮かべながらロイはその疑問に答えた。

 

「去年、異常現象で夏の気温が上がらなかったのを覚えているか?」

「…?南部にいたから実感わかねーけど。」

「一般常識だ、それくらいの事は押えておきなさい。」

「へー、へー。」

 

ここで説教を貰ったエドワードは、不貞腐れ窓の外を眺める。そんな子供じみた行動に少しばかりの溜め息をついたロイは説明を続けた。

 

「小麦や大麦などの収穫率が、全国統計では前年度比八七%なんだ。」

「そのくらいなら大袈裟な程じゃ無いだろ?」

「そうだな。配給制に成る程ではない。しかし、今年はあるブームが到来して粉が不足し始めた。」

「ブーム?」

 

エドワードは視線を車内に戻すと、ヒューズが言葉を足した。

 

「雑誌とかでも取り上げられているだろう?『スイーツブーム』だ。」

「スイーツ?」

「様は『焼き菓子』が人気を得て、爆発的に売れている。」

 

何度か瞬きををしたエドワードが、だからどうした?と大人達に振れば、ヒューズがそれに答える。

 

「粉を業者が買い占め始めている。唯でさえ不足がちな主食の粉が、ここに来て買占めで更に供給料が足りない。需要と供給から言って値段は跳ね上がる。空腹は不安を煽る。物価指数も懸念されていて、そこに連続事件。どうだ?今は規制を掛けているから『粉不足』が世間的に知られてはしないが、何時かはバレるぞ?」

「主食が不足しているのは『軍が溜め込んでいる』等と噂があったら……」

「即、暴動……って?有り得ねーよ!」

「それが『群衆心理』ってもんだ。」

 

即とまでは行かないが、有り得る事だとロイは補足説明した。

 

根も葉もない噂と馬鹿にすると酷い目にあう。

事実、女子学生が何気なく話した銀行の話しが人々の噂話となり、背ヒレ尾ヒレが付き最終的にその銀行は倒産する事態に追い込まれた。有名な話しでは、トイレットペーパーを略奪するかの如く買い漁る『オイルショック』。あれもトイレットペーパーが無くなる嘘の話を信じ、群衆心理で動いてしまった典型的な例だ。

 

確かにここ何日か前に、ケイラ達と帰宅途中に喫茶店に寄り『話題の焼き菓子』とやらを口に入れた。今日も喉が乾いたからと喫茶店に寄ろう等と話していた。飲むだけでは終わらない彼女達が、何かしらの『菓子』を口に入れる事は想像が付く。そのお菓子を生産する為に小麦が不足するのはどう考えても結び付かないが、確かに僅かだが小麦大麦の値が上がっている気がする。

エドワードは、納得した様なそうでは無いのか複雑な表情を見せながら大人達を見詰めた。

 

「で、緊急性の高い話しはこの事?」

「何の事だ?」

「だから!話しがあるから俺を車に乗せたんだろう?」

「………だから、夕食を一緒に摂ろうと言っただろう。」

 

 

 

「………………」

「………鋼の?」

「……どうした?」

 

 

 

「…ふっ」

「「ふ?」」

 

 

 

 

 

「ふざけんなーーーっ!!!」

 

いい年をした大人達に、何処までも振り回されるエドワードだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてそれは、雨上がりの登校時に起きた。

 

 

ソフィーが殺された。

登校して来たエドワードの耳に入ったのは、目を背ける事の出来ない辛い現実だった。

 

 

昨日の帰り道、彼女は別れ際に 「新作書けたから読んでよ!」 と、彼女らしい笑顔をエドワードに向けた。エドワードは少し眉を寄せ、

 

「恋愛小説ならパス!」

「大丈夫!この前エリーに聞いた旅行のお話を基に『年代記』を書いてみたのよ。」

「そう言う事なら『読者第一号』に成ってやるよ。」

「読ませてあげるのに態度が偉そうー!」

「読んでやるんだ、態度はデカイ!!」

 

そこでお互いに笑って、路を別れた。

大きく手を振って

 

「また明日!」

 

と明るい声を掛けてくれた彼女を鮮明に思い出す事が出来る。

 

登校したその足を、エドワードは現場へと向けた。

勿論、その犯人を捕まえるのが最終目的なのだが、それ以上に彼女に『会い』『礼』を言いたかったのだ。何に礼を言うのかと聞かれても、エドワード自信解からないが、それでも短い期間同い年の『駆け引き無しの友達』に礼を言いたかった。

 

軍人が慌しく移動して行く様を観ながら、エドワードは『殺害現場』へ足を踏み入れた。現場保存の為に張られたテープを潜り遺棄してあるだろうソフィーの元へ足を進めれば、ハボックがエドワードに声を掛けて来る。

 

「おい!学校はどうした?」

「ソフィーに会わせてくれ。」

「……見ない方が良い。帰れ。」

 

ハボックの顔色は非常に悪く、その現場のすざましさが想像出来る。しかし、エドワードはその言葉を聞き流し、更に奥へと足を踏み入れた。

 

「おい!帰った方が良い!!」

 

エドワードの肩を掴み、その行動を制したハボックにエドワードは苦しい表情を浮かべ質問をした。

 

「それは『大佐命令』?」

「……違うが。」

「『ヒューズ中佐からの命令』か?」

「違う。」

「なら、『国家錬金術師』としてこの現場を見せてくれ。」

「それは……『命令』か?」

「出来れば少尉に命令はしたくは無い。」

「………」

 

暫らくエドワードの顔を見詰めたハボックだったが、その瞳に何かを見付け、肩に置いていた手を退かしエドワードに敬礼をした。

 

「どうぞ。」

「………」

 

エドワードも軽く敬礼をし、その場を後にすると路地の奥にシートを掛けられたソフィーの死体が置かれていた。

雨上がりのそこは、蒸発し始めた雨水の匂いと、血のむせ返る臭いが混在し、嘔吐を催す程の状況だ。それでも尚、シートを捲りそれを確認したエドワードは、その無残な死体から目を背ける事すら出来なかった。

 

「殺害現場は『ここ』で間違い無い。凶器は前回同様断定不能。」

「ここでこれだけ『細かく』人間の身体をきざんだんだ、時間が掛かっているから目撃者ぐらい―――」

「近所の住民は、『鈍い音』が聞こえたが、女性の悲鳴は聞いていないそうだ。」

「……ここの壁に返り血が無いけど、彼女は『死んで時間が経ってから』切られたのか?」

「いいや、俺が現場に入った時はまだ身体が『温かかった。』」

「生きている最中に?」

「妥当だな。」

「声も無く、時間も短時間に、返り血も無く……?そんな馬鹿な!」

「……これがこの事件の『特異性』なんだよ。」

 

膝が血溜まりで染まる事も厭わず、エドワードは再度ソフィーの切り口を観察した。刃物とは違うその切り口は、切った周辺が薄っすらと赤く、まるで『ヒモ』で切った様にも見える。しかし、これだけの硬さをヒモで切るには幾ら『ハリガネ』でも無理が有るし、第一時間が掛かりすぎる。

 

大佐が言っていた『犯人は錬金術師』ってのも解かるな。

エドワードは、そんな事をフト考えていた。

 

突然だ。

顔に何かが引っ掛かりエドワードは『それ』を煩わしそうに外した。『それ』は近くにいたハボックさへ見る事が出来ず、エドワードが顔に付いた何かをひたすら拭き取っている様にしか見えない。それでもエドワードがその仕草を終え、『それ』を手に置き見詰める姿を見れば、パントマイムでもしているのかと言いたくなる状況だ。

しかし、その顔は険しくフザケテ何かをしているとは思えない。徐に立ち上がったエドワードは、いきなり付近の壁を徹底的に調べ始める。何か解かったのか?と声を掛け様にも、その気迫から声を出す事も許されない気がし、ハボックはエドワードが取っていた謎の行動を唯見詰める他無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「鋼のが来たのか?」

「はい、さっき迄ここにいたんですが、何度か壁を確認して飛び出して行きました。」

 

エドワードから遅れる事僅か、ロイが現場に到着した時には、エドワードは何かを掴みその場を後にした時だった。ハボックも急ぎその後を追い掛けようとしたが、現場を離れる事が出来ず下官達にエドワードの後を追わせている。

 

「エドは何かを掴んだか……」

 

ヒューズの呟きにロイは、

 

「一人で突っ走らなければ良いのだが……」

 

と答えたものの、『突っ走ってこその鋼の錬金術師』で有るのだから、この時点で無謀にも単独行動で敵を探し始めた事は、容易に想像が付き、その想像も決して外れてはいないだろうと考える。

ロイは、暫らく顎に手を当て考え込むとハボックに命令を下した。

 

「手のあいている者は『鋼のを捜索及び拘束』抵抗する場合は手荒な事も許す。」

「おいおい!ロイ、それはヤバイだろう!!」

「どうせ鋼のが捕まる訳が無い。その位すれば、足止めぐらいは出来るだろう。」

 

お互い小さな身体の『破壊者』を思い浮かべ苦笑いを浮かべる。そして、エドワードが調べていたと報告が有った壁をロイ達も検分した。しかし、そこは何も無い唯の壁で、とりわけ手掛かりに成りそうな物は無い。

無茶を仕出かす『想い人』の事を考え、風に流される曇を仰ぎ見たロイは、日の光りによってキラリと反射した『何か』を見付けた。壁の高い位置に在るそれは、風に揺られて何度もキラキラと反射している。下官に言いつけ梯子を用意させると、ロイ自ら『それ』を手に取り観察した。

 

「蜘蛛の糸……にしては太いな。……蜘蛛の糸?『細い通路』『切り刻まれた遺体』『短時間の犯行』―――!!!」

 

ロイは慌て梯子から飛び降りると、ヒューズの元へを駆け寄った。

 

「ヒューズ調べろ!」

「……何を!」

「『錬金術師』だ!」

「だから『ダレ』を!!」

「昆虫生態に詳しい錬金術師。または、昆虫を使った実験を行なっている錬金術師だ。それと、繊維に詳しい錬金術師も押えてくれ!」

「………そりゃー、枠が大き過ぎる。」

 

呆れかえるヒューズに、ロイは食い下がる。

 

「壁に太い『蜘蛛の糸』らしきモノが張り付いていた。もし、この上に蜘蛛の巣の様に糸が張り巡らされて屋上から人を落下させたらどうなる?」

「強度があって弾力性が有るから『ハンモック』だろうな。」

「弾力性を無くせば?」

「――― !!!」

「身体など細かく切れる。」

「解かった!!」

 

現場外に止めてあった車へと急ぎ足を運んだ。しかし、司令部で待機しているフュリーと無線連絡を取っていたホークアイが止める事と成った。

 

「中佐、大佐はまだ現場ですか?」

「本部から何か連絡が有ったか?」

「エドワード君が『行動を開始する。先に別の生徒が一人その人物を追っている可能性がある。』と学園理事長から連絡が有ったそうです。」

「やっぱりまた一人で突っ走っているのかっ!!」

 

怒鳴り上げたヒューズの声に、ロイは後ろを振りかえった。

 

 

 

 

 

 

 

エドワードが学園に戻り、ソフィーの所持品を確認し様と教室に入った時、そこは涙で明け暮れる少女達で埋め尽くされていた。その中でも仲の良かったケイラとディナの姿を捜した。

 

「ディナ!」

「エリー……」

 

泣き腫らした目をエドワードの向けたディナは、まだ泣き足りないとばかりに、溢れる涙をハンカチで拭っている。そのハンカチも、これ以上その用を課すのは酷だろうと思えるほど濡れている。

 

「大丈夫か?」

 

心配そうにディナの顔を覗き込むエドワードは、何時もは傍にいる筈のケイラが不在な事に疑問を感じた。

 

「ディナ、ケイラはどうした?」

「ケイラ、怒って教室飛び出して行ったの。」

「怒って飛び出した?」

 

泣きながらもその話は『マシンガントーク』の持ち主だけ有って、支離滅裂に成る事は無い。

 

「ソフィーが言っていたのよ。この頃、空家だった家に男が入いしたって、その男の家が不気味で、不躾だけど覗いたら『虫』だらけで『円陣に模様が幾つも描かれた壁紙』で、気持ち悪くてその男を毛嫌いしていたの。昨日もエリーと別れてから、その男と道で会ったんだけど……、ソフィー露骨にその男を睨んでいたのよ。」

「それで?」

「『虫男って大嫌い!』とか大声で言っちゃって……」

「恨みを買ったと?」

「ケイラがそう言って教室を飛び出しちゃったの。」

 

エドワードは眉を潜めた。多分その『虫男』は、今回の事件に何らかの拘りが有るのだろう。そして、不幸にもソフィーがその男と拘ってしまった。もし、その男が『蜘蛛の糸』の錬金術師ならば……

 

 

――― ケイラが危ない!!

 

 

エドワードは、ディナの腕を掴み廊下へと引きずり出す。怖いくらいの真剣な表情のエドワードを見たディナは、腰を引き何事かとエドワードに声を掛けた。

 

「……エリー?」

「ディナ、頼みが有る。」

 

その気迫に押されたディナは、小さく首を縦に振りエドワードの金瞳を見詰める。エドワードも真っ直ぐ彼女の目を見詰めゆっくりと確実に言葉が伝わる様に話し掛けた。

 

「今から俺の言う事を理事長に伝えてくれ。」

「理事長?」

「そうだ、理事長室に行って『エルシナ=マスタングからの御伽噺です。蜥蜴は尻尾を切って逃げました。猫は後を追います。しかし、黒猫が先を走っています。蜥蜴は次の獲物を狙っている。』解かったか?」

「え……?復唱するね。『エルシナ=マスタングからの御伽噺です。蜥蜴は尻尾を切って逃げました。猫は後を追います。だけど、黒猫が先を走っています。蜥蜴は次の獲物を狙っています。』で良いの?」

「上等!頼むなっ!!」

 

エドワードが言葉を終わらない内に、廊下を走り出すのを呆然と眺めていたディナだが、その姿が視界から消えると慌てて理事長室へと駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

ディナの話しから、ケイラが向かったのはソフィーの自宅近くの空家だった場所。『虫男』の家だろう事は想像が付く。しかし、そこにその男がいない事を祈るしかない。もしその男に出会っていれば……。確実にケイラの身が危ない事は容易い想像が付く。更に悪い想像をすれば、その家に『虫男』以外の仲間がいたならば!今回の『連続殺人事件』が単独犯では無いと上官達が言っていた。そこが『アジト』だったら?『虫男』は殺人の実行犯だとして、この計画の主犯格がいたならば?

 

肺が持たないかと思うほど走り続けるエドワードに、何時しか雨が降り注ぎ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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