Straying to an exit. |
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君に出会ったのは六年前。 自分自身が抱くこの想いに気付いたのはそれから二年後。 少年から少女の身体に変化したのは更に一年経った後。 私を見て瞳が揺れる事に気付いていた。相手の想いに気付かないほど私は愚かではない。 だから私は待った。この日を……… ――― この時を。 さあ、『best
game』を始めよう! 1.the
worst bet. 部下達が詰めている部屋辺りから大きな歓声が聞えて来る。 一人室内で溜まった書類に目を通していれば、お気楽にも楽しそうな声が響く。舌打ちし書類から目を上げれば、カチャリとドアノブが回り誰かが扉を開けた事を示した。 「誰だ、入室する時はノックするのが礼儀だろう。」 「あ、悪い。今、やばかった?ナンだったら今からノックするけど?」 「鋼の?」 言葉では謝罪を言っているが、そのトーンも態度も入室するのが当たり前の様に顔を出した少年。いや、今は少女か。そのまま一直線に迷わず私の机前に歩いて来るのは『怖い者知らず』の鋼のらしい。 「定期報告ってやつに来たけど。」 「定期?定期とは決められた間隔に訪れる事を言うのだ。前回君が来てから三ヶ月は経過している。時間にルーズなのは良くないな、鋼の。」 「よせよ、将軍が言っても説得力の欠片もねーじゃん。」 口角を上げニヤリと不敵な笑いを私に向ける。 しかし、その瞳には揺らめく淡い焔が見え隠れしている事など本人は気付いていないのか? 来客用のソファーを指さし座るよう促せば、身を投げ出すように腰掛ける。清楚や慎ましやかなど全く無い少女は、稀に見るその金の瞳を真っ直ぐ私に向け挑発的に笑って見せた。 「何やら御満悦のようだね。良い事でも有ったか?」 「まあね。」 話しながら向かいに腰掛けた私に、あしらうような返事をして机に投げるよう置かれた報告書。相変わらずの行動に小さな溜め息を付き取って読み始めた私は暫し無言で鋼のを見た。へへっと笑って見せるその様子にここに書かれた事は嘘ではないと受け取れる。つられる様に笑い返す私の顔は、多分何処までも優しい上司の顔だろう。 「悲願達成か、おめでとう。」 差し出した右手を見て少し戸惑ってはにかむとゆっくり躊躇いがちに出された右手。奪う様に握り込めばやわらかなそれは間違い無く『生身』の手だと確信できる。 「足はどうした?」 「あぁ、バッチリ。」 「弟は?」 「大丈夫。今、皆の所で『手厚い』歓迎を受けてる。」 「通りで賑やかな訳だ。」 嬉しそうに、しかし、恥ずかしげに話す無防備なその表情は、今まで見せた事の無い表情で私の心の奥底に封じていた感情をジワリジワリと覚醒させ始めている。 「後でアルにも会ってやってよ。」 「無論、そのつもりだ。」 「Thank you」 呟く様に述べるその声に、背筋がゾクゾクとする。 擡げて来るその感覚。封じてきたこの感情はcountされ肥大して行く。 「所で鋼の。これから君はどうするつもりだ?」 「これから?アルと飯食いに行くけど?」 少し唖然としたが、質問の答えがズレテいる事で喉の奥から笑いが込み上げて来る。可愛いと思う感情と、擡げている強暴な感情。自分に笑えるのか……エドワードに笑えるのか……。 「違うよ、鋼の。私の聞いているのはこれからの進路だ。」 「あっ!」 頬を赤らめて顔を背けるその姿で……countはゼロだ。 「俺…国家錬金術師暫らく続けるわ。」 「ほおー。」 俯いたエドワードからは、今私が強暴なまでの視線を向けている事は気付かないだろう。 「アルに学校行かせたいし、ぶっちゃけ言えば……稼ぐ手段がこれしかないんだよね。取り柄も無いしさ。」 自虐的に笑った顔が私を見た。……瞬間、その顔色が変わった。 大きく開かれたその瞳に映るのは、優しい上官『マスタング中将』では無く君を狙う一人の男『ロイ=マスタング』の筈だ。 私はゆったりと背凭れにその身を預け足を組み直す。膝上で手を組み射貫く様にエドワードを見詰めれば、息を飲み背筋をピーンと張って固まるその姿を捉えることが出来た。 「鋼の。今後の話しだが、私の所に来ないか。」 「……な……何?」 「『私』の所に来ないか、と言った。」 「俺に軍へ入隊しろって事?」 この感情を殺さず笑って見せればエドワードの瞳は細められ視線をさ迷い始める。本能で危険を感知しているのだろう。一刻も早くここを出る為の算段をしているに違いない。 「違うな、『私』と言っただろう。」 「だから……意味ワカンネーよ。」 「ここ迄初心だと犯罪かな?まあ良い。君に解かり易い様に言えば良いかな?」 「エドワード、私のモノになれ。」 「……え?……だから…何…?」 「愛している。」 「だって…えっ?愛?……待って」 動揺しきるエドワードを狩りの獲物を見定めるが如く見詰めれば、本来の焔の瞳が私を捉えその感情を大きく爆発させた。 「ふざけんな!気でも狂ったか!?」 椅子から立ち上がり激昂するその表情でも美しいと思わせる。どうやら私はとんでもなく狂い始めているのかもしれない。 「至って正気だよ、エドワード。」 「――― エドッ!……将軍…今、名前。」 「君の名前だ、エドワード。」 口を開閉させ言葉を生み出そうと務めるその姿を静かに見詰める。視線を漂わせ何かに縋るよう揺れるその瞳をやっと私に向ければ、予想通りの罵声が聞こえて来た。 「素面でも頭逝かれて無能に成り下がったか!?口説くなら女にしろ!!」 「そう、だから女を口説いている。エドワード。」 「――― ッ!そうじゃねーだろ、俺を口説いてどうするって言っているんだ。」 「君だから口説いている。」 僅かに引く顎、苦しそうに寄せる眉。心臓の辺りの洋服を鷲掴みにして睨むその瞳は不安げだ。 「君が目的を達するまで待っていた。悲願を達したのだから遠慮はしない。」 「笑えない冗談だ!」 「冗談ではない、私は本気だ。」 「尚更性質が悪いっ!!」 予想通りの行動とは言えこれからどう自分へと落とすか暫し思考する。そして、エドワードの呼吸が落ち付いた頃、ゆっくりと予ねて考えていたgameを口に出した。 「では、こうしよう。これから一ヶ月、君は私から隠れなさい。私は君を捜し出す。私の持てる全ての力で……全力で。」 「何で俺がそんな事しなきゃイケナイんだ!」 「期日は三日後から一ヶ月―――」 「人の話を聞け!俺はそんな事しない!!さっき言ってよな『アンタのモノに成れ』って。答えはNoだっ!」 肩で息をするエドワードを目を細めて笑えば、さっきまでの勢いは無くなり再び顔を背ける。私は席を立ち、エドワードの横まで歩み寄ると背けていた顔を自分へと向かせる為、小さな顎を掴み強引にその向きを修正する。そして、その手を頬に当て瞳を除き込めば潤んだ金の瞳が私を捕らえた。 「それなら全力で逃げれば良い、それで二度と君には無理を言わない。」 頬に当てていた手を滑らせ指先を薄い唇に押し当てる。 「嫌ならば逃げなさい。でないと……私は君を捕まえて『抱く』よ。」 大きく見開いた瞳を身体と共に硬く閉ざせば、私から素早く距離をとり威嚇に似た態度を見せる。さながら『猫科の動物』を連想させるその姿は、しなやかで美しい。しかしその瞳は不安を大きく映し出し草食動物のそれに似ている。 「どうする?このまま大人しく私のモノになるか?」 「冗談じゃねー、………アンタの思い通りになんて……絶対ならねー!」 脱兎さながら身を翻し扉へと向かうエドワードに私は最終通告を言い渡した。 「嫌なら本気で逃げる事だ。」 立ち止まり振り向くその視線は正に焔の瞳。全ての不可能を可能にした黄金の輝石。 「逃げ切ってみせる。」 「一ヶ月以内に逢おう。」 遠慮無く力を込めて閉められた扉が悲鳴を上げる。 残された私は、これからエドワードが取るであろう行動のシュミレーションを幾つか思い浮かべ、その先にある確定された未来を思い押さえきれない笑いに身を委ねた。 何が起こったのか? どうして? 何で? 数限りない疑問が身体を支配して、余裕の欠片も無い俺はトイレへと駆け込んだ。あのまま皆の所に行けば、後から必ず将軍が入ってくるのは確実で、その時に自分がどうなってしまうか皆目見当が付かなかった。 だから、一先ず自分を落ち付かせたいと個室に閉じ篭り今起こった現実を反芻した。 胸が絞め付けられる程の痛みが沸き起こる。 将軍のあんな顔は知らない!何時だってポーカーフェイス、余裕で大人で……優しくて。俺達が目的を達するまで陰日向で力を貸してくれた将軍とは全く違う顔と瞳。 『エドワード、私のモノになれ。』 『愛している。』 何かの間違いだ! 『私は本気だ。』 俺の聞き間違いだ!俺が都合の良いように勝手に聞き間違えたに決まっている。 『君を抱くよ。』 何を言っているんだろう?将軍は今まで一度もそんな素振りは見せなかったじゃないか!? 女性とデートをしている現場だって何回も目撃している。その時だったその女性にあんな視線は向けていなかった。なのに何で急にあんな目で俺を口説くんだ?何でこんな事に成ってしまったんだ? 洋服の胸の辺りを握り締め、喉の辺りを襲う強烈な痺れを薄れさせる為手を添え目を瞑る。浮かび上がるのはさっき見せた男の視線。まるで『肉食獣』さながらの視線は、恐怖を俺に植え付けた。 「逃げ……逃げなきゃ駄目だ。俺…なんて選んだら…………駄目になる。」 声にならない声で自分を叱咤し、縮みあがった身体に活を入れる。個室を出て洗面台に行き鏡を見れば見っとも無い程の青褪めた俺の顔が映し出された。水道の蛇口を捻り水で顔を洗う。両頬を手でニ三度叩き気合を入れ直す。 まだ……まだ、俺の想いはアイツにバレテはいない筈だ!だから逃げる!!俺を選んじゃ行けないから。俺の錬金術師(力)は幾らでも将軍の後押しになる。それが俺からの感謝の印と言う『等価交換』。だけど、女の部分は要らない!必要ない! 「逃げ切って……逃げ切ってやる!絶対…絶対。」 鏡に向かい自己暗示をかける。 そして皆の居る部屋へと足を運ぶ。廊下からでも賑やかなその室内の扉を開ければ、やはり将軍はその部屋でアルと談話中だった。 「遅かったな鋼の。」 「生理現象の処理!野暮な事聞くと女から嫌われるぞ!!」 「それは失礼。」 良し、行ける。俺は将軍とした賭けに勝てる!何処からか湧きあがるこの思いを顔に出せば、将軍も不敵に俺を見詰める。 一ヶ月間………大切な人を護る為、逃げ切ってみせる!!! |
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