Straying to an exit

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕に出来る事は、兄さんが自由に生きる為の力添えだけ……

 

 

 

 

 たとえ、その道が理不尽であったとしても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2.Each thought

 

 

 

 

 

 

 

 僕は兄さんと離れ南部へ行く汽車に揺られている。

 

 昨日の夜の馬鹿騒ぎは、僕達の……違う、兄さんの成功させた偉業を称えるパーティーだと大いに祝って貰った。宿に戻った僕と兄さんは、僕自身が暫らく味わう事が出来なかった心地よい疲れにベットへと身を投げていた。それから暫らくして兄さんの真剣な声でその柔らかな室内の空気を一瞬にして緊張へと変えた。

 

「アルフォンス、一生のお願いだ。これから一ヶ月、俺として全国を逃げてくれ。」

 

 一瞬兄さんが何を言ったのか解からなかった。横たえた身体を正し兄さんに向き合えば、その真剣な眼差しは鬼気迫るものがあって黙ってその続きに耳を傾けた。

 

「俺として全国移動してくれれば良い。」

「何で?」

「………将軍に…マスタング中将に恩返しをする為。」

 

眉をひそめ視線を床に落とした兄さんの表情からは、今言った理由がある意味嘘ではないがそれだけではない事だって到底解かってしまう。その事を問い正せば、兄さんは「gameだよ。」と複雑な表情を浮かべて僕を見た。

 

「アイツには大きな、返しきる事なんて到底出来ない借りがある。俺はそれを何とか少しでも返したいって話しはしたよな。」

「……うん。」

「俺の望む形の恩返しと、アイツが望む形が違かった………だから『game』で決着をつける。」

 

 僕はその言葉を聞いて少し呆れてしまった。14歳も歳が離れたこの2人はいったい何をしているんだろう?

 

 

 僕は気付いていた。兄さんがマスタング将軍を、感情を殺し静かに見詰めていた事を。そして、何時からだろう将軍も兄さんを見詰めている時間が長くなっていた事を。お互いその感情を封じ、お互いの目的や成長を止めないように支えあっていた事を。

 兄さんが望む『恩返し』の形は、国家錬金術師……鋼の錬金術師『エドワード=エルリック』なのだろう。簡単に想像が付く。ならば、将軍が望んだ形は?兄さんと違う形だと言っているのだから『国家錬金術師』としての能力ではない。軍人として自分の側に置きたいと言うなら兄さんは渋々ながら承諾するだろう。あらゆる前提を基にその可能性を潰して行けば、残るはただ一つ。

 

『マスタング将軍は、鋼の錬金術師よりエドワード=エルリック個人を取った』

 

と言う事に成る。

 それならば兄さんは受けるべきだと思う。お互いが感情を封じていただけで、本来相思相愛なのだから迷う必要なんて有り得ないと思う。だけど、兄さんはそれを否定して自らの考えを押し通そうとしている。頑なに拒んだから将軍は今回のようなフザケタ方法で兄さんを口説いたのだろうか?。

 兄さんが何故拒んだのかは幾つか想像が付く。『自分には後押しできる権力が無い』『自分に地位が無い』『自分にはお金は無い』『つりあわ無い』『歳が離れ過ぎている』そんな所だろう。

 

 

 黙って兄さんを見詰めていれば、視線をさ迷わせ揺れる瞳を僕に向けた後ゆっくり『game』の内容を語ってくれた。

 

「ようは……隠れんぼだ。俺が隠れる、将軍が自分の持っている全ての力を使って捜し出す。期限が明後日から1ヵ月。」

「それで、勝った方が自分の考えを貫く?」

 

首を縦に振り肯定すると、腰掛けていたベットから立ち窓辺へと移る。正面でその姿を捉える為身を捻り、その行動を追った。

 

「勝たなきゃいけないんだ。……そうじゃなきゃ俺は壊れてしまう。」

 

独り言のように呟いたんだろうその声は、思いの他大きく室内に響き僕の耳まで届く音になった。

 

『壊れる』って何の事だろう?聞きたかったけど、それは許されない雰囲気でその姿をただただ見詰めるしかなかった。

 

「アル……手伝ってくれないか?」

「………一つ聞いて良い?」

 

ベットから立ちあがり、兄さんの横へと歩き出しその表情を確認出来る所で動きを止めた僕は、確実に兄さんへ届くようゆっくり大切な言葉を掛けた。

 

「仮に……この賭けで兄さんが勝ったとして、その事で二度と将軍に会う事が出来なくなったとしても後悔はしない?」

 

一瞬驚いて僕の顔をみた兄さんは、暫らくその視線を窓の外に戻し無言で身動き一つしなかった。だけど、ゆっくり僕の顔を見て悲痛なほどの綺麗な笑顔を見せると「その方がまだマシだよ。」と声の音量は小さいながらもハッキリとした口調で僕に言った。

 

――― 僕より小さなその身体で今までどれだけのモノを背負ってきたんだろう?

――― どうして…どうして、兄さんはこんなに苦労な道ばかりを選ぶのだろう?

 

 今回の僕達の旅は、口では語れないぐらい苦労の連続だった。気丈夫に振舞っていた兄さんが、どれ程心の中で泣いて苦しんでいたか……。僕に心配を掛けない為、独り隠れて肩を振るわせ声を殺し、生身の拳を壁に打ち付け必死に感情を殺している兄さんを何度見た事か。僕とは違い痛みも疲労も感じるその小さな身体で、どれ程の危険を乗り越え、闘い傷付き血を流したか。

 不可能と言われた事を可能にした兄さん。もう僕の為じゃなく、自分自身の為自由に気楽に生きて欲しいと願っている。

 

 窓の外を見れば、人工光によって数少なく輝く星が見える。その中でも輝きが強い星に思いを込め心の中で叫んだ。

 

――― 母さん!母さん!!僕はどうしたら良いんですか?僕の考えてる兄さんの幸せは、兄さんには不幸でしかないんですか?僕は……どうしたら良いんですか?

 

 兄さんは、僕の返事を待つよう静かにその目線を向けていた。僕も逸らす事無く兄さんを見詰めれば、何処からかこれから遣ろうとしている事が正当化された感覚を味わった。

 

「……良いよ。僕が『エドワード=エルリック』として逃げれば良いんだね。」

「有り難う。」

 

優しく笑うその瞳が何故か母さんに似ている気がして、僕はこの考えを母さんに許してもらえたんじゃないかと勝手に想像した。

 

 

 

  ◇◆◇◆

 

 

 南部へ向かう汽車に乗り込んだ僕の服装は、兄さんが用意した黒のスーツと今まで兄さんが着ていた赤いコート。勿論サイズ的に無理があって錬金術で修復したが、袖ぐりや裾は擦り切れこの服がどれ程過酷な世界を歩いて来たか覗える。ウェッグで後ろ髪を作り帽子を被る事で瞳の違いを隠す。兄さんが愛用していたトランクと銀時計を所持し独り汽車の心地良い揺れに身を任せていた。

 

 フト視線に気付きその方向を見れば、前の席に座っていた少女が背もたれ越しに僕の顔を興味深げに見詰めている。鎧の姿の時は、そんな光景は当たり前だったし逆に怖がられ泣かれた事も多々あった。だけど、今生身の体の僕を見て何故興味深げに視線を送るのか皆目見当も付かなかった。

 首を横に倒し少女に微笑むと、その少女は満面の笑顔を僕に向けそのままその姿を消した。そして、すぐさま僕が座るBox席に歩み寄り、手にしていた小さな包み紙を渡してくれた。

 

「これを僕にくれるの?」

「うん!マリーがお母さんと作ったの!!」

 

その包みを開くと、不恰好なクッキーが3枚。もう一度その少女に笑顔を向け「頂きます」と挨拶をし、クッキーを頬ばった。

 マリーの瞳には不安と期待を入り混ぜた複雑な色が見て取れる。僕は笑顔で「美味しいよ!」と言えば、さっき見せた満面の笑みをもう一度僕に向けてくれる。

 

「お父さんに持って行くんだよ!喜んでくれるかな?」

「勿論!世界一美味しいクッキーを喜んで食べてくれると思うよ。」

 

マリーは、「ワーイ!」と両手を上げ素直にその感情を表に出し喜びを表している。僕は、両手を合わせクッキーが入っていた包み紙に手を翳し、その紙で小さな兎を作った。

 

「クッキーのお礼ね。」

 

驚く少女は、目を大きく開き差し出した兎を不思議そうに眺め「お兄ちゃん……魔法使い?」と、真剣な表情で質問して来た。僕は笑いながら「違うよ、錬金術師なんだよ」と説明する。マジマジとその兎を眺める少女は、

 

「有り難う!えぇ……っと、お兄ちゃんの名前は?」

 

 

――― 母さん、僕は今回のgameに関してまだ納得がいきません。あの時、僕達の身体を取り戻した時、兄さんの性別までは元に戻る事が出来なくて兄さんは「男に戻れれば諦められたかも知れないのに……」と呟いていました。だから、こんなにも苦しんでいるのなら将軍を受け入れれば良いと未だに思っています。だけど、兄さんが何にも囚われる事無く思う侭生きていけるのなら、僕は無条件で兄さんを応援します。それが……僕が出来る唯一の恩返し。

 

 

「僕の名前は『エドワード』。……『エドワード=エルリック』だよ。」

 

 

 

 ◇◆◇◆

 

 

「『hare』と『decoy』は昨日0633に別行動を取りました。」

「妥当な線だな。それで?」

「名簿では『hare』は0633南部行きの汽車、『decoy』が0648東部行きの汽車に乗っています。」

「実際は?」

「証言が曖昧です。『decoy』はあの鎧姿ではないので、同じ金の髪の少年として駅員は捉えている程度でした。」

「他の証言は?」

「南部行きの汽車で『hare』と名乗る少年に錬金術で兎を作って貰ったと言う少女がいました。」

「では『hare』は本人?」

「……少女の表現では『金髪のお兄ちゃんで赤いコートを着ていた』との証言です。」

 

将軍の執務室で、中央にある大きな机に地図を広げ二人の行方を追う俺達は、将軍の不気味なまでのオーラに圧倒されながらその作業をしていた。

 今回のこのgameが、どんな意味を持つのか詳しくは聞いていない。将軍からは

 

『ここで鋼のを見付けられなければ、二度とその顔は拝めないだろうな、ハボック。』

 

と冷静な微笑をされ強制ではないこの作業に加わっている。俺達と言っても、この作業に駆り出されたのはホークアイ少佐と俺だけ。俺と少佐が調べたエルリック兄弟の行方を、少佐が将軍に説明している。その報告を聞きながら大将が今どんな気持ちでこのgameに乗ったのか?そんな事を考えていた。

 

 大将とアルが成し遂げた事を祝って催したパーティーでは、将軍からも大将からもそんな素振りは感じられなかった。流石と言えばそれまでだろうが、このgameがあの日の昼に決まっていた事を知った時、何故か疎外された気分で寂しさを感じてしまった。

 実際、大将は将軍が大佐の時から意識していたのを俺達は知っている。本人は必死で隠している様だったが、その顔には少しの変化だが感情が表されていて何時告白するか仲間内で賭けをした事もあった。そんな秘めた恋をどうして受け入れず、こうしてまどろっこしい事をしているのか俺には解からなかった。

 

 大将もアルも俺にとっては大切な『兄弟』のような存在だ。多分、あの部屋で勤務する人間はそんな感覚が強いんじゃないかと思う。だから、将軍が大将を追い詰め傷付けやしないかとも心配になってしまう。それだけ今目の前にいる将軍からはある意味本気のオーラが滲み出ている。それなりに長く付き合って来た上官の始めて見せる『本気』に、内心少しばかりの恐怖を感じた。

 

「ハボック、何『木偶の坊』になっている。」

「あぁ……、いやね、考えていただけっすよ。『hare』はどっちに乗ったのかを。」

 

俺を見る上官の目がスッと細められ、何かを言おうと口を開いたが結局何も言わず地図に視線を落とした。あの冷酷なまでに鋭い視線を大将が受けていたとしたら……17歳の少女にはカナリ酷な事だと思う。

 

「どちらにせよ、『hare』も『decoy』も身柄を確保するまでだ。少佐は『decoy』を追ってくれ、ハボックは『hare』。」

「「Yes, sir.!」」

 

 

敬礼をし執務室を出た俺と少佐は、本来の仕事場である部屋に向かい廊下を並んで歩く。そんな少佐に俺は質問をぶつけてみた。

 

「少佐、一つ質問して良いっすか?」

「何?」

 

書類を小脇に抱え颯爽と歩く上官を見下ろし俺は今回のgameについてこんな質問をした。

 

「今回の件は上官命令で行っているんすか?」

「……確かに上官命令もあるけれど、私としてはちょっと考えがあるのよ。」

 

不思議な言い回しに髪の毛をワシワシと掻きもう一度上官を見ると、何時のも冷静な表情に少し怒った表情が足されていた。

 

「私は将軍をこれからも支えて行くつもりなの。だから、将軍にプラスとなる事は手出しすのは当たり前だと思うわ。だけど、今回の件は、『hare』の為だと思っているの。」

 

俺達が使う暗号は『hare(野兎)』が大将、『decoy()』がアルだ。何故暗合でこんな事をしているかと言えば、将軍に対する不満分子に聞かれない為。何かの形で将軍に『本命』が出来、その事が大っぴらになればその人物を質に取られ今後の道が閉ざされる可能性だってある。だから将軍には私も公もあった物じゃない。何時如何なる時も些細な油断が命取りになる上級職の世界。恐ろしいまでに繊細な気遣いが必要になって来る。

 

「准佐、私はね、今回gameの事を聞いて呆れたの。何故ちゃんと話し合わないでこんな事をいたのか!って。勿論、『hare』が素直に自分の感情を出すとは思えないのよ。だから将軍はこんな事を言い出したんだと思うわ。そして……もし、『hare』が勝って私達の前から姿を消してしまったら………『hare』が後悔すると思うのよ。だからちゃんと話しをさせたいの。」

 

人通りが無いこの廊下を、それでも俺にしか聞えない程度の声で理由を語ってくれた少佐に視線を送りながら俺が危惧している事を少佐に言う。

 

「今の将軍に『hare』を引き渡したら……心身共に傷付きませんか?」

 

あの冷酷なまでの眼差しで有無を言わせない雰囲気では、大将が傷付くのは目に見えている。それを解かって引き合わせるのはなんとも言えない気分だった。

 

「将軍はどんなに冷酷な行動で『hare』を追い詰めても、最後は『hare』を傷付ける事なんて出来ない人なのよ。」

「そうっすかねー?」

 

そう言った俺の言葉を聞いた少佐は足を止め、背の高い俺を困ったように見上げ

 

「…………多分。」

 

と、余り歓迎できない言葉を付け加えた。

 

――― 大将、今何処にいるんだよ!何でこんな馬鹿げたgame受けちまったんだよ!!俺達はお前が本気で嫌ならば何時だって将軍に進言してやるよ。消し炭覚悟で突っ込んで行くからさ。早く楽になっちまえよ。

 

「……この件が終わった時『hare』が幸せそうに笑ってくれれば良いっすね。」

「そうね。……そうなって欲しいわ。」

 

 俺達は会話を打ち切り今何処かで苦しんでいるだろう小さな兎を思い浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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