Straying to an exit

 

 

 

 

 

 

ブラックハヤテは賢い犬。

無駄吠えはしない。知らない人へと簡単に懐いたりはしない。

 

 

だから……解かったのよ。

 

私を誰だと思っているの?

 

『リザ=ホークアイ』。

 

こう見えても洞察力には長けているのよ。

 

 

 

 

 

 

4. An intuition

 

 

 

 

 

 

 

 久し振りの休暇を、買い出しをかねブラックハヤテの散歩で時を過ごす。

 出来れば休暇はあと十日過ぎた辺りに取りたかった。今抱えている『事』が事だけに気が気じゃないのもあるけれど、昨日上官の机上に置いた書類が気になってしかたが無いから。と言うのが一番。

一枚でもその書類が減っていれば良いけれど、多分……今頃は部下達を虐めて遊んでいるだろう。何時まで経っても子供と言うか……無能?兎に角世話が焼ける。どうにかしてコントロールしているけれど、今回のエドワード君の事で少しばかり人格が崩壊気味の上官を、今頃常勤のメンバー達は持て余し心の底から私の名を叫んでいる事でしょう。

 

 

今回のgameで不利になっているのはこちらだった。

 

アルフォンス君がこちらに到着し、准佐がエドワード君の所在を聞き出そうとしたのはgame16日目。だけれど、アルフォンス君から逆にその所在を尋ねられ、准佐も私も将軍も顔を見合わせ驚いた。何故ならアルフォンス君の表情が凍りの様に冷たく、何かに対し怒っていたからに過ぎない。勿論その対象はエドワード君しか居ないのだけど、何故そんなに怒っているのかを疑問に感じる。

准佐がさり気無くその理由を聞くと、普段はエドワード君が使っていたトランクを開け、一通の封が開いた茶封筒を私に渡した。その中身を確認して私は息を飲んだ。奥歯を食い縛り入っていた書類を上司に手渡せば、上官のその目が鋭く光り殺気にまで似たその感情を隠しもしないで表に出す。

 

「僕が逃げて20日目に投函するよう言われた手紙でした。もう使わないものだからと移動中中身を見たんです。………何を考えているんでしょう『馬鹿兄』は!」

 

静かながらその怒り方は尋常でないアルフォンス君の肩をそっと叩き、私の気持ちを伝え様とその表情を覗き込む。泣きそうな程表情を歪め硬く目を閉じるその姿は、信じていた兄に『裏切られた』感があるのだろう。

 

 大総統宛の書類内容は『勤務地』の要望書。第1希望の赴任先は、西のクレタとの国境線駐屯地……最前線。

 

帰還率30%を切る最悪な戦場。そこへノコノコと出ていこうなどと誰も考えはしない。いや、一部の人間達は功績を狙い自ら志願してそこへ赴いている。しかし、エドワード君が行く必要など何処にも無いのだ。

 第2希望も気が狂ったのかと目を疑いたくなる内容だった。表立った行動は無いが、密かに行われていると聞く『錬金術においての生体実験』。そこに『自らサンプルとして』その身を提出しようと言う事だった。

 

確かに……失われた筈の手足がついていれば、鋼の錬金術師が何をしたのかなど容易に推測できる。その為に私達は裏を作りエドワード君の身に不利が無いよう事前に準備していた。それが……それが……どう言う事?その身を千切って軍に差し出すなど……どう考えても私達を蔑ろにしているとしか言えない。

 

「………兄さんが見付かったら連絡をくれませんか?『馬鹿は死ななきゃ治らない』って言うから………一度死んでもらいます。」

 

あの温和な弟の口から、これほどまでにキツイ言葉を聞いた事が無い。愛らしい瞳からは怒りを通り越し冷めた色を漂わせている。もし今ここにエドワード君が居たら間違い無くその身の安全は保障できないだろう。

上官もそれに勝るとも劣らない状態だ。その顔から表情は消え、書類を引き裂き燃やしている。……声の掛けようが無い。

 

 あの日から3日。アルフォンス君は、官舎近くの宿を借り兄の行方を独自で追っている。

私達も全国を隈なく捜しているけれどその所在は掴めていない。上官の顔は焦りこそ無いものの、何時も以上の気迫を私に見せている。その気を爆発させるのではなく、鋭く深く重いその気を無表情な顔に乗せ私達に指示をする。そんな上官を見るのは何時以来だろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 久々の晴天に恵まれた空の下で、似つかわしくない大きな溜め息を吐く。積もりに積もったストレスの発散と己に言い聞かせ歩き慣れた道をゆったりと歩いた。

 

 セントラル勤務になってからだいぶ月日が経った。始めの頃は、仕事に私生活に慌しい日々が続き落ち着いて買い物も出来なかった。新生活は往々にしてそう言う物だから、さして感傷に浸る訳でもなくただ淡々とその職を全うしていた。それでも、ここに落ち着き始めると、色々な『お気に入り』が出来始める。お気に入りの喫茶店、お気に入りのスーパー・ブティック……。

そんな事を考えつつセントラルの繁華街を気晴らしとばかりに歩くと、何時も行きなれた店に出会う。それは『お気に入り』の店の一つである書店。

 

ファルマン大尉(当時は准尉)が赴任後暫らくして教えてくれた書店は、何時しかメンバー達の『お気に入り』にもなった。国家錬金術師の上官でさえも良く利用していると聞いている。

私は、ファルマン大尉のような雑学の宝庫と言う訳じゃないけど、それなりに読書は好きな方だと思う。だから、この本屋を教えてもらった時何気に入ったのだけど、そこは思いの他居心地が良く足繁く通う店になった。

 

 店の作りは二階建ての小さな書店。一階に所謂普通の書籍を扱い二階では古書を扱う店。狭いながらも広い分野で書籍を扱っていてその量も申し分無く、通路スペースも適度な広さで締まりがある。私の場合たいてい一階フロアーで事済んでしまうだろうけれど、ファルマン大尉やエドワード君達ならば二階の専門書スペースを徹底的に調べるだろう事は簡単に想像が付く。

 

ブラックハヤテのリールを近くのポールに繋ぎ、書店へと足を向ける。流行のファッション雑誌・小説・銃器関連の本……。思い付いた書籍を取り出してはパラパラと頁を捲り目を通す。勿論気に入ったモノがあれば購入するつもりでいた。外に繋いでいるブラックハヤテの様子を時折確認しつつ店内を歩く。何分かの時間が経っただろうか、ブラックハヤテを見に店の外へと足を向けた。

 

 ドアを隔てた向こう側には、ブラックハヤテの見慣れない行動を目にした。

繋がったリールを気にせず、前足を伸ばし近くに佇む茶色の髪の女性へと纏わり付こうとしている。細身のブルージーンズにベージュのスプリングコート。白のスニーカー姿のその女性は、ブラックハヤテの横へと歩み寄ると、地に膝を着きその姿をじっと眺めていた。

 

 そもそもブラックハヤテは、知らない人へと甘えないし懐かない。勿論、他人が好意で触ろうとするならば、嫌がる事無くその身を触らせる。だからブラックハヤテからの行為が私には不思議に思えた。しかし、軍施設へと出入りがあるブラックハヤテが、私の知らない軍人達と仲良くなっていた事など当たり前の事なので、その女性も軍関係者なのかと思い見詰める。後姿しか見えないその女性に目を移し暫らくその様子を見守る事にした。

 

 その女性は膝を折りブラックハヤテの前足を乗せると、ゆっくりその右腕を上げた。一瞬戸惑うように握られた拳はゆっくり開き、躊躇いながらブラックハヤテの頭に乗せられた。

ブラックハヤテは、顔はその女性の影で見えはしないが、尾を千切れんばかりに振りその嬉しさを表現している。それほどまでに親しいのかと思い、もしかしたら私も知っている人なのかも?と店の外へ出ようと扉へ手を掛けた。その時女性が動いた。

 

ゆっくり立ち上がるその背中。

ブラックハヤテへ挨拶するかの如く上げられる右手。

コートの裾を翻し去って行くその身のこなし。

 

私の中で誰かと照合されていく。

 

 

 

 

烈火の魂。

 

 

 

 

鋼の精神。

 

 

 

 

太陽の瞳。

 

 

 

 

 

 私はブラックハヤテの元へと駆け寄り、何時までもその後姿を見詰める愛犬を確認し……確証する。

自分の思い浮かんだ人物の名を去って行くその背へと投げ掛けた。

 

「エドワード君。」

 

 その瞬間、その女性は弾かれたように駆け出した。私は、ブラックハヤテのリールを外し駆け出したエドワード君を追う為走り出す。

 

 エドワード君とは、現場で何回か一緒に走った事がある。それはまだ上官が将軍職に就く前の話で、どれくらい前の話か直ぐには思い浮かばない。だけどその走る姿は良く覚えていた。

小さな身体をいっぱいに使い、決して軽くは無い鋼の手足を使い大人と共にその現場を掛けぬける姿を今でもはっきりと覚えている。あの時はまだ大人達の足に遅れを取っていた感があったのに、今では私が少しずつ離されていた。

 エドワード君を束縛していた鋼の機械鎧が無くなったのもあるのだろうか、その身は軽くまるで翼が背中から生えているのでは?と疑いたくなる。

このままでは振り切られるのは確実で、私は決断を余儀なくされた。

 

「ブラックハヤテ!エドワード君を!!」

 

ブラックハヤテは、軍用犬の訓練などさせた事は無い。だけど、私の気持ちを汲んでくれたのか、私が追い掛けるのを止め立ち止まっても、エドワード君の後を追い掛け走って行く。私は迷う事無く、上官が居るその場所へと駆け出して行った。

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 何がいけなかったのか?どうしてバレタのか?

 そんな事が頭の中をグルグル駆け巡る。

 

 

 今日は底を付いた食料の買い出しを期に、気晴らしに街を少し歩く事にした。

茶色の髪はそのままで、少し女性らしい格好の方が良いかと思いジーンズに白のカットソー、ベージュのスプリングコートと着慣れない服に身を包み街に出た。昨日までの空模様と違い雲一つ無いその空は、暗くなりがちな俺の心を癒してくれた。つい足を伸ばしセントラルの繁華街まで来てしまったが、気を付けていれば何の問題も無いと思った。

 久々の外出で色々な好奇心が頭を擡げて来たのは否定しない。だから、書店を見付けた時、嬉しさの余り無意識にもその店に入ってしまった。

 

 その店内は外装に比べて思いの他取扱書籍が多く、その好奇心に任せ思うが侭本を取りだし読み耽る。立ち読みは店の方に悪いとは思うけれど、思い立った本全てを買えば膨大な量になり運ぶ事は困難だ。だから二階に上がった時、それでもその本の中から何冊かをチョイスしレジを通ろうとした。だけど、金髪のロングヘヤーが目に映り一瞬何かゾワッとした感が働き、その本を戻すと手ぶらでその店を後にした。

 

 「この感覚を大切にしろ」と言ったのは大佐時代のアイツだった。何時だっただろう?二人で爆弾テロリストを捜している時、白いボロ布を見て「合図だ」と言ったアイツ。俺が疑問を投げればそんな答えを返してきた筈だ。

 

 店を出ると、直ぐ傍のポールに小型犬がリールに繋がれ座っていた。それは少佐のブラックハヤテによく似ていて、その足を止めじっと見詰める。するとその犬は俺を見ると、立ち上がり尻尾を振ってリールの届く範囲ギリギリで前足を上げ甘え様と声を出す。

 

「………もしかして、ブラックハヤテか?」

 

俺の声を聞き更に尻尾を振りその小さな身体で喜びをいっぱいに表してくれた。

 ブラックハヤテに会うのは半年振りだった。アルは時々少佐に会わせて貰っていたらしいが、俺にはそんな時間は無く、アルの話だけでその姿を見る事は無かった。だからブラックハヤテが、何処か違う犬に見えて戸惑ってしまった。

それでも、俺の事を覚えてくれていたんだと思わず嬉しくなり、そのリールが届く範囲に移動ししゃがみ込む。すると、前足を俺の足の上に置き顔を舐めようと更に身体を伸ばして来た。

 

「止めろよブラハ、擽ってーからさ。」

 

そう言って頭を撫でてあげ様と右腕を上げた。

 

 考えてみると、その右手で動物を触るのは始めてだった。勿論、このgame生活で右手は使ってきた。それはだいたいが無機質な物ばかりだ。

感覚の無かった時ブラックハヤテを何回か触ったが、左手には感じるその温かさも柔らかさも何一つ拾う事が無かった機械鎧。そう考えると右腕が微かに震え、それでも意を決する様ゆっくりブラックハヤテの頭を撫でてみた。

柔らかく、フワフワしたその感覚に喉の奥がヒリヒリと痛み鼻の奥がツーンとする感じがする。

 

――― やっと元に戻れた気がする。

 

その感覚を味わう様に何回も何回もその頭をなでてやると、ブラックハヤテは更にその尻尾を大きく振り俺を祝福してくれているようだった。

 

――― ここにブラハが居るってー事は、近くに少佐が居るんだよな。

 

そう思い出し、俺は立ち上がり右手を上げることでブラックハヤテに別れの挨拶を贈ると、買い出しの為歩き出した。

 

 距離にしてどのくらい歩いただろう?……10メーター?……20メーター?突然後ろから聞き慣れた女性の声が俺に投げられた。

 

「エドワード君。」

 

遣ってしまった!そう思うより早く俺は駆け出していた。

駆け出してみると自分の身体が自分じゃない感覚が襲ってくる。こんなに身体は軽く無かった筈だ!!そう思ったが、機械鎧が無い為だと瞬時に理解した。後ろから声が聞えた様だったけど何を言っているのか良く聞えなかった。だからと言って止まる必要も無く、止まる事も出来ない。

 

 複雑に路地を曲り借りている宿の部屋へと飛び込んだ俺は、コートを脱ぎ捨て部屋の隅においてある箱へと歩み寄る。ガサガサと中身を物色し、前回使わなかった薬品を見付けだしそれをもって不清潔としか言い様が無い洗面所へと駆け込んだ。

洗面器に水を溜め、薬品を流し込む。髪を水に浸し練成すれば茶色だったその髪は直ぐさま黒い色へと変化する。腰にさしてあったバタフライナイフを取り出し、髪を一纏めにし切ろうと手を掛けた。

 

「………やっぱり、切れねーよ。」

 

大きく溜め息を付きナイフをしまうと、髪をねじる様に纏めベースボールキャップへと強引に押し込む。ブルーコンタクトはそのままに、丸渕の黄色いサングラスを掛ける。さっき少佐にそのコート姿を確認されているから、もう一つ買っておいたライダージャケットを羽織り必要な物だけをディーパックへ押し込み部屋の扉を勢い良く押し開けた。

 

――― ゴン!

「キャンッ!!」

「キャン?……ってブラハ!?頭打ったのか?大丈夫か!?」

 

小さく身体を丸めるブラックハヤテを見た時、一瞬血が凍るかと思った。小さな命を傷付けたなんて自分が許せない。慌ててブラックハヤテを抱き上げその頭を確認すると傷は無く、俺は安堵の溜め息をついた。

 

「脅かすなよ……。少佐は一緒なのか?」

 

そんな事をブラックハヤテに聞いても返事が帰って来る事は無く、俺は犬を抱いたまま建物の外へと出た。辺りを見回したが少佐の影は無く、アイツに報告しに行ったんだろうと結論付けた。

ブラックハヤテを下に降ろし、言って意味が解からないかもしれないけれど優しく諭しながら話し掛けた。

 

「俺……もう行くから、少佐の所へ帰りな。ここって危ないから、こんな所に居れば遊び半分で殺されちゃうから……帰れな。」

 

そう言って街を出る事の出きる道へと歩き出す俺の後ろには、尻尾を振りながらついて来るブラックハヤテ。多分、少佐が何か言ったのか……それとも自主的について来るのか?どっちにしても困った事になった。

 

「ブラハ!少佐の所に行けっ!………って、解かる俺の言っている事?」

 

俺を見て首を傾げ尻尾を振るブラックハヤテを見ると、何だか気合も薄れてくる。何度目か解からない溜め息を付き天を仰ぐ。

 

「どーしろって言うんだよ〜。」

 

もう一度ブラックハヤテを抱き上げ、俺は方針変更をする事にした。

 

「司令部近く迄送って行ってやるから、ちゃんと少佐の所へ帰るんだぞ。」

 

解かっているのかいないのか?俺の顔を舐め尻尾を振るブラックハヤテを抱き俺は司令部へと向かう道を歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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