Straying to an exit

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 髪は茶色く染めた。

 目にはブルーのカラーコンタクトを入れた。

 

 髪を切ればもっと印象が変わるだろうけれど、染める事すら抵抗のあった俺には結局切る事が出来なかった。

 

 

 アイツが……綺麗だと誉めてくれた髪だから。

 

 

 

 

 

 

3.A wish and a wish

 

 

 

 

 

 

『木は森へ、本は図書館へ、人は……』

 

 

 鉄則から俺の取った行動は、中央に隠れ住む事だった。

 これだけ大勢の人が住むこの街には、思いの他治安が悪い地区を多く抱えている。

『窃盗』『強姦』『誘拐』『密売』『薬』『売春』……毎日当たり前の様に何処かで事件が起こっている。それをいちいち警察や軍に通報する者などいない。何故ならば、ここに住む者の殆どが何かしらの罪を背負って潜伏しているからだ。誰が隣りに住んでいるかなど気にする事なく、今日生き残る為己の身を守って生きている。そんな街に俺は身を置いている。

 

 少し高い建物に宿を取っているこの部屋の窓から駅方向を見れば、アイツが居るであろう『中央司令部』が見える。そこで静かに身を隠して1ヵ月を乗りきろうとしていた。

 トラブルメーカー的な俺が、一歩街に出れば何かしら事件に巻き込まれ、すぐさまその存在をアイツに知らせてしまうだろう。だから、極力外出せず買い溜めた食料を細々と食べ繋ぎ息を殺しその時を待つ。果てしなく終わりが遠く感じる時間を持て余しながら9日目を迎えようとしていた。

 

 

 薄汚い宿のベッドで身体を丸め、退屈な時間を過ごす。

 身体を動かせれば少しは晴れるこの気持ちも、こう嫌って程暗い部屋に居れば何度も何度もイラナイ事を考えてしまう。

 

 ロイ=マスタングは、初めて会った時から『嫌味』で『胡散臭く』て『誑し』で『雨の日無能』で……。『余裕』で『大人』で『切れ者』で『高い所』に居る。そんな存在だった。何時からだろう、鬱陶しく感じていたその存在がもっと近くで感じたいと考え始めたのは?

 気付けば視界に入るアイツを、最初の内は『存在感ありありだから!』と決め付け、その姿を見ただけで眉をおもいっきり寄せ露骨なまでの表情を作った。それは……未だに変わらないかも知れない。ただ、何時からか遠く離れた土地でフト思い出すその表情は、決して甘くはなくそれでいて突き放す事の無い優しさで、俺達を軌道修正してくれているアイツの顔だった。

 

 自分の本心を知った時、それはかなりショックだった。14歳も離れた年上の上官、それも同性に心引かれたのだ。どうしてこんなにもこの感情を抑え殺せないのか?眠れない日々は幾日も続いた。だけど、感情のベクトル方向を少し違う向きにしただけで心が楽になり、平然と悪態を付ける何時もの自分に戻る事が出来た。

 

――― アイツの為に少しでも役立つ自分でいよう。

 等価として見返りを気にせず、自分の心の侭に動こう。

 

それから月日は流れた。

 今の俺は、その感情を基に『国家錬金術師』を辞めず恩返しをしたいと考えている。……それだけだ。

 

 だいたいこの恋は、俺の一方通行的な感情のはずだった。街中で女性とデートをしている姿を何度も目撃しているから、「こんなガキ相手に感情の一つも動かないだろう。」そう思っていた。

 

それがイキナリの告白!あんな冗談は何処かの三琉小説家だって思い浮かばないだろう。

 

 告白された時頭の中が真っ白になった。そして最初に涌き出た感情は嬉しさ。身体に熱い何かが溢れ出して来て、喉の奥がヒリヒリ痛む感覚を味わった。嬉しかった……本当に心の底から嬉しかった。泣き方を忘れた俺の目に涙が込み上げて来る感覚……。

 そして、次の瞬間襲って来たのは『絶望』と『恐怖』。何に対して『絶望』したのか?何に対して『恐怖』したのかは未だに解からない。ただ、あの時思うが侭自分が忍ばせて来た感情を出してしまったら『全てが壊れる』と思った。そして自分自身も『壊れる』と感じた。

 

――― アイツに恩返しをしたい。だから強くなくてはいけないんだ!だからそんな目で……そんな台詞を言うなっ!!

 

 その思いを抑える事無く口に出せばアイツへの罵声にしかならなかった。

 

 アイツの気持ちを拒んだ事に対して後悔は無い。……未練も無い。アイツの幸せを考えれば当然の事だと思う。だけど遣り切れない感情は未だにこの胸の奥で燻っている。

 

 ベッドから身体を起こし窓の側まで歩み寄る。余り窓辺に立つと俺の存在を誰かに確認される危険があるから、窓から1メーターほど離れた場所から外の風景を眺める。俺の見る場所は何時も決まっている。と言うよりそこ以外は視界に入って来ない。

 

『中央司令部』

 

 こんなにも未練たらしい事をして『後悔』や『未練』が無いだなんて良く言えると思う。こんなにも女々しい自分に吐き気すら覚える。

 あの言葉の真意は聞かなかった。俺を抱くと言った事は、その他大勢の女と同系列のように『社交辞令』だったのかもしれない。もしそうなら余計この身を隠さなければ成らない!俺の持つ想いはそんなお手軽なモノじゃない。

この想いを殺し、将軍と向き合うのはどれ程の苦痛を自分に強いていたか……どれ程この想いを口にしようかと思ったか。

 血を吐くほどの心の痛みを堪えあの日を迎えた。長年『何も無い自分』を模倣していた事で、苦にも無く当たり前に笑えた自分が決断した未来は『国家錬金術師』としてアイツの傍に居る事だった。なのに……なのに全てか崩れていった。もう……あの時には戻れない自分達が居る事に悲しみを覚えた。

 

 何時だっただろう?東方の街を当時大佐だったアイツと歩いている時、最新の人気ポップスが店先のラジオから流れて来た。

 

『大切な物は何時だって無くしてから気付くよ―――』

 

今の俺が正にそれだった。あの日を迎えるまでは……、いや、あの時を迎えるまでは、会えば嫌味を言い合ったり皮肉ってみたり、それなりに成長した俺には心地よい言葉の遊び的な時間だった。……甘えている時間だったのかもしれない。

 それを壊したのは将軍の言葉。もう二度と戻らない時間。

 

 

 夕陽に照らされる司令部は、威厳と畏怖を俺に見せつけている。それはアイツが居るからだろうか?

 大切で掛け替えの無い唯一の人間が居る場所。

 

「………ロイ」

 

 本人を目にしながら一度たりと口に出した事の無い名前。

 

「……ロイ…………ロイ、ロイ、ロイ」

 

封じていた名前を口に出せば、止まる事の知らない蓄音機の様に同じ音を何度も何度も紡ぐ唇。

 

「ロイ……ロイ…………」

 

これかも呼ぶ事の無いだろうその名前を……。

自分でも解からなくなっている。どうして素直にあの腕へ飛び込まなかったのか?

 

「ロイ……」

 

何故こんな馬鹿げた賭けに乗ってしまったのか。

 

 口から出す未練たらしい音を殺す為、俺は両手で口を塞いだ。込み上げてきた涙と共に嚥下すると、心の臓が抉るように痛みを発し俺は両手でそに辺りの服を掻き毟る様握り締めた。身体を丸め床に両膝を落としその痛みが引くのを待つ。

 

――― こんな女々しい自分は要らない!

――― こんなに弱い自分なんて要らない!!

 

夕陽に照らされ赤く染まった床に額を付き、祈るようもう独りの唯一を口に出す。

 

「アル……アルフォンス………助けてくれ………」

 

――― こんな弱い自分が後戻り出来無い様してくれ!

 

「アルフォンス……アルフォンス……」

 

――― 俺の計画を間違い無く実行してくれ!!

 

 

俺が望んだ未来へ迷わず進めるように。

二度と…………引き返せ無いように。

 

 

 

「心が……壊れる…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

「それはどう言う事だ?」

「申し上げた通りです。鋼の錬金術師エドワード=エルリックは、先日入隊届を提出し正式に受理されたとの事です。」

 

 本日の諸連絡等を無表情に読み上げる副官は、15時から行われる閣議での議題内容に触れ私を驚かせた。

 

「その裏を取った所、2日ほど前にエドワード君から郵送で入隊届けがあり、大総統のお声もあり今までの功績を踏まえ地位は大佐級、勤務地は……正式発表ではありませんが、総統府。この入隊を期に性別も改め女性となる様です。」

「………何を考えている。」

 

 椅子に座った身体からは重い溜め息が盛大に零れる。

 少しばかり浅はかだったと今更ながらにして思う。あの聡い子供が、ただ闇雲に姿を隠す事など有り得ない!1ヵ月の間に何かしら行動を取る事など解かりきった話だ。

 

「准佐が調べた所、入隊届はエドワード君直筆で間違いが無いようです。それと……」

 

横に立つ少佐は、一拍間を置き声を潜めその続きを話す。

 

「消印から見て西部国境近くの村から投函されたようです。」

 

冷静な筈の心が、にわかに沸き立つ感覚を覚える。無意識に眉が眉間へ寄り奥歯を噛み締める。握り締めた指が手の平へと食い込み僅かながらの痛みを発していた。

 

「『hare』は4日前に西部に居た筈だな。」

「准佐がそう確認しています。」

 

肘を机上に置き手を組みその上に額を乗せもう一度盛大な溜め息を付く。思考の海へと入った私を少佐は黙って見詰めていた。暫らく静かな室内をノックの音が切り裂く。入室を許可すると入って来たのはハボックだった。

 

「あぁ〜、今、イイっすか?」

 

敬礼もそこそこに私の前まで歩み寄るハボックは、その口調とは裏腹に厳しいまでの眼差しで私に許可を求めた。

 

「どうした?」

「『hare』を追っていたら……decoy』が掛かりました。」

「そうか……それで?」

「『decoy』は中央へ連行しています。」

「掛かった場所は?」

「西部と北部との境に在る村で、場所は―――」

 

ハボックの言葉から解かる事は、あの入隊届はアルフォンスが投函した事になる。前もってそれを用意し、アルフォンスが時期を見て投函する。……そして私を錯乱させる。

掴まっても後戻りが出来ない状態へと自ら裏を引いている。

 

「解かった。それで、『hare』自身の場所は聞き出せたか?」

「それはこっちに来てから直接聞くつもりです。」

 

アルフォンスは、穏やかな表情と言葉使いとは違いその本質は芯が通っている。仲の良いハボックが聞いたとしても、そう簡単に話しはしないだろう。

Gameを始めて14日目になる。一向にして足取りの掴めないエドワードは、今何処に身を潜めているのか……。背凭れに身を預け瞼を閉じ、あの聡い子供が取るであろう行動を予測した。

 

「少佐、『decoy』の足取りは?」

「はい、『decoy……実際は『hare』ですが、14日前に乗った汽車からの目撃は一つも上がってきません。それと、路線に在る集落からもそれに該当する人物は浮かび上がっては来ません。」

「………そうか。」

 

あの日追い詰めたのは私。今は私が追い詰められている。不覚を取った感が強い。

 

 部下達は連絡事項を言い終えると、敬礼をし部屋から出て行った。

そんな風景を横目で確認しながら、席を立ち窓辺へと足を向けた。空は雲行きが妖しく、今にも泣き出しそうな雰囲気だ。まるで自分の心の様ではないか。

 

 

 あの日、エドワードが国家錬金術師になって1年が過ぎようとしていたあの日。

 上だけを目指し乾いた心を無視し続けていたあの頃、突然の様に心を掻き乱した人物がエドワードだった。前々からその存在は目に付く事が多く、大勢の国家錬金術師の中でもそれは嫌味なぐらいの存在感を表していた。本来持つその性格からトラブルも多く、常にその行動は私の耳にも届いていた。

 

そんな少年が私の所に顔を出し、悪態と罵声を浴びせ逃げる様に次の旅へと向かう少年が……無意識に出した素。余りにも報われない事件の為、身も心も疲れきった私や部下にさり気無く見せた気遣いと笑顔。

穏やかに……美しく、全ての苦を洗い流したかの様な表情は、正に天の使いかと見違えたほどだ。

 

あの日、私は捕らえられたのだ!……あの少年に。

異常な心を払う為、何人もの女性と浮名を流した。しかし、その女性を見てはエドワードと同じ所や違う所を捜し……結局はその想いを痛感するだけの行為にしかならなかった。

決して受け入れられない筈の恋は自分の奥底に封じ、せめて上官として誇れる男でいようと務める他無かった。しかし、何時からかエドワード自身に変化が現れ、その瞳が自分を欲している事に気付くと、爆発しそうな心を押さえる為今度は違う言葉を自分に言い聞かせて来た。

 

『目的を達するまで大切な魂を束縛してはならない。』

 

月日は過ぎ、少年は手違いとは言え文献の代価に性別を変え、少しずつ大人へと成っていった。

そして……17日前、悲願達成を知った時、抑えていた戒めは意図も簡単に吹き飛び強暴なまでの心がストレートにエドワードへと向かった。余裕が無かった訳では無い。どちらかと言えばあれが私の本性なのだろう。私がエドワードに対して望むものは一つしかない。それは……罪人である私には過ぎた望みなのだろうか?

 

 昔……東方に身を置いて居た時、エドワードと歩いた街中で聴いた曲にこんな歌詞があった。

 

『全てを犠牲にしても良い、あの笑顔をもう一度―――』

 

そう、もう一度あの笑顔が見たい。私の傍で……あの稀な瞳で私だけを見詰めて笑って欲しい。

 

「エドワード……」

 

自ら封じていた響きを口にしたのはあの日が初めてだ。それ以来、一度たりと口に出さなかった名前。

 

「エドワード……エドワード………」

 

何処に居る?

どんな気持ちで私から逃げる?

 

身体が……心が………魂が、エドワードを貪欲に求めている。気が狂わんばかりに私を追い詰める。

 

「捜し出す………草の根を分けてでも………エドワード。」

 

望むものはただ一つ…………エドワードの笑顔。

 

 

………ただそれだけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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