Straying to an exit

 

 

 

 

身体だけなら簡単に手に入れられる。

 

私の欲しいのは全て。

 

心も身体も眼差しも、その生き方も……。

 

力強い翼を持つそれを捕まえるのは容易い事ではない。

 

 

 

 

 

しかし―――

 

 

 

 

 

諦めるつもりなど毛頭無い!

 

 

 

 

 

6 The future of limitation

 

 

 

 

 

 エドワードを見付けられた事は本当に偶然だ。

いや、世の中に『偶然』などは有り得ない。あるのは『必然』だけだ。

そう考えればエドワードが私の家庭へ侵入している事も『必然』なのだろう。

 

 

エドワードが逃げ込んだ地域は、私が住む住宅街だ。ここは、それなりのステータスを持つ者のみが住居を構える場所でもある。

閑静な中にも物々しい警戒が街を包んでいた。それは治安が悪いこの国で、身代金目的の為身内が『誘拐』されるかもしれないと警戒をするその現われだ。

 

広く取られた道路に、その家の中を隠し侵入者を拒むよう聳え立つ高い塀が続いている。余り自分が住んでいる街を歩く事が無い私は、塀に目を送りエドワードが隠れたかもしれない痕跡を探した。

庭や家屋に侵入したとなれば、塀を練成で開け入っただろう事は簡単に予測できる。

練成痕を探しながら10分……、15分も歩いただろうか?温かな日差しを浴びながら散策気分を味わう様に歩けば自宅前に『着いて』しまった。

 

この中央に赴任して購入したこの家は、一人では持て余すぐらいの邸宅だ。他の家とは違い、塀の高さはそれ程高くは無い。それはどんなに鉄壁な防御とばかりに高い塀を構えても、侵入されてしまえば家の中を遮る『目隠し』としかならない。そして、自分が邸宅内に居た時不審者が路上に居てもやはり解からない。対処に送れれば命取りとなる為、敢えて塀を低くリフォームした。

見慣れた家は他の邸宅と違い寒々しい。といっても激務で家に戻るのは『入浴』と『睡眠』以外に使った事が無い家だ。

だから個人的に手入れも行き届かず、ヘルパーを雇い全て任せている。さもなければ家というものは生気を失い廃墟と化す。

味気も無い自宅を見上げ庭へと通じるそれを見れば、青くなり始めた芝が踏まれている事に気付いた。

 

ここ23日はヘルパーを入れた記憶が無い。家主が不在中に不審者が入ったのか?そんな疑心から気配を殺しその足跡を追って庭先へと移動した。

 

そこで見たのは『hara』だ。

 

その名の通り小さくその身を潜め、塀の向こうに気を向けている。どれ程走ったのだろうか、この庭のシンボルツリーである『ハナミズキ』の横に座り肩で息をして胸の辺りを押えていた。

 

――― 実に面白い。

 

エドワードが必死に逃げ込んだ先が私の家だとは!余りの事で顔に笑いを浮かべてしまう。

殺していた気が緩み少し緊張感を欠いた為足下に舞った落ち葉を踏んでしまった。

 

こうなれば気配を殺す必要は無い。逆に先制とばかりエドワードの背中へ声を掛けた。

 

「将軍家、それも焔の国家錬金術師の家に不法侵入とは良い度胸だな。エドワード?」

「―――――― !!!」

 

カサリと音を立てた私を、驚愕の瞳が捉える。

 

「なんで………」

「さて何でだろうね?」

 

私は意地の悪い微笑を浮かべているだろう。追い詰められたエドワードは、一瞬その瞳をさ迷わせ逃げ道を探した。立ち上がりその塀を飛び越えるには間合いが近過ぎる。どうにもならない事を感じ取ったのか、それでも往生際が悪いエドワードは、座り込んだままの姿勢で後退し始めた。

すると、腰の辺りに隠し持っていた拳銃を取りだし私に向けたではないか!その銃を見て私は心底笑いたい気分だった。

何処で手に入れただろうその銃は、命中度など無きに等しい『改造ガン』。三流にも満たない何処かのチンピラ程度が持っているその銃をエドワードは私に向けている。

 

「君が私を撃てる訳が無い。」

「――― !」

「第一、そのまま引き金を引いても私には当たらないし、銃弾は出ない。」

「………??」

 

銃弾自体は出るだろう。それはただの張ったりだった。例えエドワードが発砲したとしても、銃弾は当たらないだろう。

仮に運悪く当たったとしても、肩か足か?命を捕られる事は無いと判断したからこその発言。

意味が解からないと数度瞬きするエドワードは、それでも振るえる手でそれを構え私に銃口を向ける。

 

パンッ

 

乾いた音が辺りを包んだ瞬間、私の左頬に僅かな熱を感じた。そして何かが流れ落ちる感覚。

左手で頬を触り視界に入れる為手をそのまま少し前に伸ばす。それを吸った発火布は赤を帯び用を成さなくなってしまった。

 

「あっ……」

 

擦れるような声がエドワードから発せられる。先ほどまでの興奮からか紅潮していたその顔は一瞬にして蒼白へと変わり持っていた銃へと視線と意識を向ける。

威嚇の為の発砲が思わぬ方向に事が動いたのだろう。エドワード自身、何が起きてしまったのかイマイチ掴んではいない表情だ。

 

「どうした、私はまだ君を追えるが?それともギブアップか?」

 

両肩を上げ軽く行為を馬鹿にすれば、持っていた銃を静かに見詰めもう一度私を捉える為にその視線を上げる。憔悴した瞳が私を捉えた。なんて悲しくて、なんて美しい瞳なのだろうと見惚れてしまう。

 

「捕まえるぞ?良いのか?」

「………まだ…………負けた訳じゃねー!」

 

震える声で私を威嚇するその姿に笑いが込み上げて来る。口角を上げることでその気持ちを表せば、エドワードは舌打ちしながらもう一度その銃口を私に向けた。

 

………震えるその手で。

 

「……知ってるか?俺の切り札?」

「さて主語が見えんな?」

「アンタに掴まるくらいなら………この身を消してやる。」

 

そう言って銃口を自らの左こめかみへ宛がう。

 

――― 私から死を持って逃れるという事か!

 

ゆっくり瞳を閉じるエドワードに危機感を感じ脱兎の如く間合いを詰め、その手に持つ銃口を天に向けた。

 

 

 

 

パンッ!!

 

 

 

 

再度乾いた音が街に響く。躊躇い無く引かれた引き金は、エドワードの強い意思を表している。

 

片膝を大地に着け、右手でエドワードの左手を掴み左手でエドワードの肩を押しその場に寝かせ押え付けた。間近になった私の顔に驚いたのか、その頬を染め視線を外す為に顔を背け下唇を噛み締めている。

抑え付けた拍子にその髪を隠していた帽子が取れ見慣れぬ黒髪が現れた。若葉に広がるその黒髪は、エドワードの本質を隠そうとしているが、内から発せられるその光を押し止める事など出来ず無意味である。サングラスの向こうには、稀な金の瞳とはかけ離れた蒼のそれがあった。なんて勿体無い事をしているのだろうと思う。

 

checkmate

「…………。」

 

暫らく身動き一つしないエドワードを、覆い被さるような体制で静かに見守る。キツク瞼を閉じ眉を潜めるその表情からは悔しさと戸惑い両方が現れていた。

 

「捕まえたよ。」

「………アンタの思い通りになんてならねー。」

「約束だろう?」

「アンタが勝手に始めた事だ。」

「君もgameを承諾したさ。」

 

意を決した様にその視線を私に向けたエドワードは、睨む金瞳をそのままに冷たい声で私に挑んで来た。

 

「あぁ、そうだったっけな、抱きたきゃ抱けよ。………だけど、心は…魂はアンタの思い通りにはさせない!」

「……………。」

「俺は……俺だ。アンタの『物』にはならない。」

「大変説得力の無い言葉有り難う。」

「――― ナッ!」

「そんな瞳で言われても信用出来ないな。」

 

そう、私を見るその瞳がエドワードの言葉全てを否定できる。

睨み上げるその瞳は時折揺れ、崩れ落ちそうな意志を必死に保っている事を如実に物語っている。何度も唾を飲み込み瞬きが増えたその表情は何度も私は見て来た。

 

エドワードが『嘘』を付く時の特徴的な行動。その本心を隠そうとすればするほど、その行為はエスカレートし終いに大声を張り上げ、その場を後にする。

 

「君が私を欲しているのはその瞳を見れば解かるよ。」

 

カッと頬を赤く染めたエドワードは、何回も大きく息を吸い込み怒りと羞恥心を含んだその声で私を怒鳴り上げる。

 

「自身過剰過ぎて頭逝かれてんじゃねーよ!誰がアンタを好きだと言った?俺はアンタみたいな男『大嫌い』なんだっ。スカしていて誑しで、無能で人んとこ振りまわして……薄ら笑い浮かべて……傲慢で野心家で……俺はアンタなんか大嫌いだ!!」

 

その強気な言葉とは裏腹に瞳には薄っすらと涙が溜まっている。眉を潜め何かに痛みを感じているその表情すら美しいと感じる。

 

「だいたいアンタこそ真実味が無い事言ってんじゃねーよ!『誰が』俺を『愛している』だって?笑わせるな優男!!盛るなら街の女に盛れっ!!!結婚したいなら『イイトコ』の御令嬢捕まえろよ。『未来の大総統』。」

 

一気に捲くし立てるエドワードの表情は自虐的だ。本心を隠しその意としない事を次々口に出す。静かに見詰める私からはなにも言葉は発し無い。

 

ただ自分で自分を追い込み迷う。そして悩み結論付けさせる為その暴言を静かに受け入れた。

 

「俺を追い詰めてgameして負かして……何が楽しいんだっ!」

「…………」

「何か言えよっ!それとも図星過ぎて言葉も失せたか?」

「…………」

「何か言えって言っているんだっ!」

「愛しているよ。」

「――― フザケンナッ!!!」

「愛している。」

「寝言ほざくなっ!俺はアンタなんて大嫌いだっ!」

「愛しているよ、エドワード。私には君が必要だ。」

「嫌だ!断る!!」

 

その華奢な胸が荒く上下する。大声を張り上げ必死に私へと意見をするその身体は、悲痛なほど細かく震えている。瞳からは、押え切れ無かったのか涙が溢れ出てどれでも私を睨め付ける。

 

本心とは裏返しの言葉で自分が傷ついてしまったエドワードは、この迷路の出口を求め必死に戦いを挑んで来ていた。

 

「君の……君の私に対する気持ちに気付かないような愚か者だと思っているのか?長い間私はエドワードの気持ちに気付いていながらも黙っていた。その目的を果たすまで見守り続けてきた。――― ずっと愛していたよ。だから君の目的も成長も邪魔したくは無かったからな。だが……もう遠慮しない。」

「俺は……俺はアンタないて嫌いだ!!」

 

顔を背け硬く瞼を閉じ奥歯を食いしばるその口から搾り出されるような声が出される。

 

「俺はアンタなんて嫌いだ。」

「私がエドワードを必要としている。」

「嫌い………なんだ。」

 

エドワードからはそれ以上言葉が出なかった。

 

 

その手から銃を取り上げると、押え付けていた身体を離しその身体を少しばかり強引に起こした。膝立ち状態の私と大地に座り込んだままのエドワードとの間には、お互いの呼吸音のみが響く。

俯きその表情と言葉を隠したエドワードは、地に生えている若い芝の芽を土ごと握り締め身動きを止めた。暫らく間を置いた後エドワードはポツリと呟く。

 

「俺は…アンタが……い…するのが・…が嫌なんだ。」

 

肝心な言葉が消え入り私はもう一度エドワードに聞き直す。

 

「もう一度意ってくれないか?」

「アンタは…………必ず後悔する!」

 

その瞳を私に向け、流れる涙を気付く事無く震える声で言葉を発した。

 

「俺なんか選んじゃイケナイ!何時かアンタは後悔する。………俺を選んだ事に後悔する!!だから……俺は…裏切らないから…アンタの忠実な駒で居るから………だから、だから……そんな意味で俺を選ぶな。」

「断る。」

「何でだ!何で俺なんだっ!」

 

両手で私の軍服の襟を掴み顔を少し近付け強気に言葉を紡ぐ。

 

「俺なんて選んでも『上』に行く為の障害にしかならない!約束したんだろう?ヒューズ中佐と!!アンタを支えてくれている皆と!!」

「何故自分自身を障害と?」

「俺は……三度禁忌を侵した。それだけでもアンタの『弱点』になる!」

「それがどうした?」

「どうしっ……どうした?じゃねーだろっ!!」

 

私の襟を掴む手がさらに力を増した。焔のように燃え盛るその瞳で真っ直ぐに私を見るエドワード。

 

「弱点を自分から作ってどーする!本当に………」

 

そう言いながらエドワードの手は私の両肩へ、そして両肘へと動き袖を掴み動きを止めた。顔は俯きその目を隠す。

 

「本当に俺が………俺の事を好きなら・………」

 

顔をバッと上げ私を見詰めるその瞳から、偽造の為に着けたコンタクトレンズが外れ、流れ出る涙と共に美しい金の瞳が現れた。

 

「俺の事を考えてくれるなら、俺の気持ちも考えろよっ!!」

 

眉を潜め何度も「俺の気持ちを考えろ。」と呟くエドワードに、私は残酷なまでの言葉を投げる。

 

「君にそれを主張する権利は無い。Gameに勝ったのは私だ。」

「俺は……アンタのモノに成らない。」

「私は決めていた。だから私も譲らない!君の持つクダラナイ理由で私から離れる事など許さない!!」

「――― ッ!」

 

私は、両手でエドワードの頬を包み顔を背けないよう固定する。そして逃げ場を無くす為の最後の攻防へと動いた。

 

「『三度の禁忌』、何の事だ?エドワード=エルリックが何時禁忌を侵した?そんな事実な何処にも『存在』しない。弟?腕?何の事だ?弟は『鎧を脱いだ』それだけだし、君の腕は元から生身の上にそのアームレットをしていた『だけ』だ。」

「!!!」

「令嬢?そんな『人形』に私が満足すると思っているのか?それこそフザケルナ。君は何も持っていない?『家柄』『地位』『金』『権力』クダラナイ!」

「俺じゃ駄目なんだっ!」

「何を?」

「俺じゃあ駄目なんだよっ!」

「何故だ?」

「アンタに相応しい人間が居るだろう!」

 

その言葉に笑いが込み上げて来る。そんな事で私を拒んでいたのかと思い思わずその感情を顔に出せば、エドワードは「何が可笑しい!」と怒りを露わにして私から視線を外そうと顔を動かそうとする。私はそれを許さず、顎を掴み強引にその行動を止めた。

 

「『私に相応しい』とは、どんな人間だ?」

「そっそれはっ!」

「勝手に決めるな!勝手に自己完結して私から逃げるなエドワード=エルリック!!」

 

エドワードは、私の言葉をどう受けとめたのだろうか、私の目を見詰めたまま眉を潜めた。

 

「例え君であろうと、私の邪魔をするのならば容赦しない。良く聞け!!『エドワード、私と共に来い』。」

「………無理だ。」

「共に来い。」

「無理だ!」

「エドワード、私を選べ。」

「駄目だっ!」

 

 

 

 

 

 

 

「エドワード、結婚しよう。」

「――― !!」

 

 

私は、エドワードの顔に添えていた手を離し立ち上がる。そして、右腕をエドワードに伸ばし手を差し出した。

 

「この手を取れ。私は君を裏切らない。」

「…………」

 

俯きその視線を逸らしたままのエドワードは、私の手に気付きそれを見る。ゆっくりだがその瞳を私に向け、揺らぐ気

持ちをそのままに表した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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