鋼のファンクラブ 外伝 |
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キング・ブラッドレイは、総統室の窓際で外を眺め考えていた。 ここ数年『軍志願者及び、士官学校入学者』の数が減って来ているのだ。ブラッドレイの野心から考えれば、志願者数が減ることは即『軍の弱小化』に繋がる。軍が弱くなれば、国家転覆を免れない大変困った事態だ! 何故『志願者』が減ってしまったのか?理由は解かっているがこのまま手を拱いている訳にもいかない。広報担当者に気合を入れても打開作が有る訳でもない…。 「何か良い案は無い物か……。」 自室に目を向けると机の上に今年度の軍志願者を募るポスターが置いてある。 毎度変わらず『軍服を着た3人の男達が青空を背負って未来を指差している』お決まりのポスター。 「いかんなー。このポスターを見て志願する者など居ないだろう…こう、ググッと来る物が無い。……ググッと?……そうだその手が有った!!」 ブラットレイは何を思い付いたのか、ニヤニヤと笑いながら秘書を呼びつけた。 「悪いが調べて欲しいんだが……、『鋼の錬金術師』君は今どこに居るか至急調べてくれ。」 ブラッドレイは、内心自分が思い付いた案に『自我自賛』を贈って居た。自分は大総統と言う地位が有る!そして……今をトキメク『鋼のファンクラブ』名誉顧問でも在るのだ!! 今まで何故気付かなかったのか不思議で仕方が無い。 「これで志願者もいっきに増える事だろう…フッフッフッフ」 部屋の外に居た部下達が聞いたその笑いには……『スケベオヤジ』の響きしか含まれて居ないような気がした。 それから1ヶ月後の『東方司令部』……。 出勤してきたロイの目に入ったのは、いつもと違う司令部入り口の階段に設置された機材だった。 ライトにレフ板……プロらしいカメラマンとアシスタント。 司令官であるロイに対し連絡無しにこの事態……どうなっているのか?誰に許可を得たのか?不信に思い責任者であろうカメラマンの傍に近付いた。 「君。私はここの司令官をしている者だが、誰の許可を得て撮影する?」 「――― !えっとー……」 「マスタング君。私が許可したんだよ。」 後ろから掛けられた声にロイが振り向くと、そこには居るはずが無い『大総統』の姿が。 慌てて敬礼をし意図が飲み込めない顔をすると、ブラッドレイは今回の撮影の趣旨を説明した。 「毎年少しずつ『軍志願者集』が減っているのだよ。そこで、今年からポスターを変えてイメージアップを図ろうと考えたのだよ。」 確かに『あのポスター』は壁などに貼ってあっても風景の一部程度にしか認識されないだろうとロイは思った。 しかし、何故ここ東方司令部で撮影を?新たな疑問がわいて来た。 「モデルの都合もあってな、今日はこの階段を3時間ばかり借りるよ。」 「それは構いませんが……モデルを雇ったのですか?」 「いや、軍関係者だ。……確か君は彼女の『推挙人』でもあり『後見人』でもあったな。」 「はぁ?」 「私は年4回ぐらいしか彼女の写真を見れないからなぁ、ポスターになれば毎日堂々と見られると言う事だよ!フッフッフッフ……。」 ロイは頭の中が真っ白になっていく気がした。『軍関係者』『彼女』『推挙人』『後見人』『年4回』…… −−−『鋼のファンクラブ』!!! 会報を食べたあの日から、内偵して『鋼のファンクラブ事務局』を探し続けてきた。しかし、その存在は、様として掴めず暗礁にのって居たのだ。 「年4回と言いますと……例の『アレ』ですか?」 「マスタング大佐も入会しとるのかね?」 「いえ…私ではなく部下が。」 ブラッドレイは鼻高々の様な表情でロイを見た。 「私は『名誉顧問』でもあり『会員No.1』でもあるのだ!!」 ………ロイは何も言う気が起きなかった。 「モデル入りまーーす!!」 アシスタントの声だろうか、野次馬を掻き分けスタッフ達に護られる様に現れたのは『見慣れぬ美少女』のエドワードだった。流石のロイもこのエドワードの姿には見とれてしまった。 金髪の髪を下ろし、左サイドの一房だけピンクに染めた髪と連のビーズパールが髪を飾っている。金の瞳がより印象的に見えるのはブルーのアイシャドウのせいか?薄い唇を魅惑的にしているレッドルージュのせいか? ほっそりとした首の下に、リフォームした軍服がイヤに妖しげな雰囲気を出している。強引に左肩だけの袖を取った上着をボタンも掛けず引っ掛けた少女は、オレンジ色のチューブトップのショート丈アンダーを惜しみなく披露している。 制服のズボンは、リフォームによって強引にローライズに仕立ててある。ウェストから覗く日に焼けていない下腹が目に止まり男達を悩殺するのは必須だろう。 裾はやはり両足の付け根辺りから割いてあり、膝上の細身の黒いピンヒールブーツが大人の雰囲気を強調していた。 ……やり過ぎ。 ロイの率直な感想だった。 何故、公に出来ないとはいっても、自分の大切な『エドワード』をここまでさせなくても…いや、他の男性にこんな挑発した姿を見せるなんて許す事が出来ない!!出来ればこのままエドワードを連れて帰宅したい。しかし、隣りに居る大総統の目もある。 そんな苦い顔をしたロイを見詰め更に苦い顔をしたのはモデルであるエドワードだった。 ――― 誰も俺だって気付かないって言ったじゃんかよー!! この話しが大総統から来た時、エドワードは思いっきり逃げた!隣国まで逃げようとまで考えた。…実際は逃げられる訳が無く、命令と有ればやらねばならない。……やりたくは無いが『軍の狗』なのだ!! 大総統からは『モデルが鋼の錬金術師と解からない様にする。』と言ったから引きうけたのだ。もちろん他にも条件を付けた。 だが、何故東方司令部前で撮影なのか?何故、シークレットの『女性』を全面に出さねば行けないのか??疑問だけが残る。 エドワードはロイをチラッと見て小さく溜め息を付いた。わざわざメイクをしてくれた人には悪いが、『女性らしさ』を出した所で誰も自分を気にも止めないだろう。ガキ扱いされるのは大嫌いだが、15歳と言う年齢では『大人の女性』より劣って見えるのは当たり前の事だ!!とエドワードは憤慨していた。 ――― 東方で撮影するならホークアイ中尉がいるじゃん! 大総統に遊ばれているとしか考えられないエドワードは、周りの男の視線には気付きもしなかった。 打合せの為かカメラマンの男と話すエドワードが、時折ロイを盗み見る様にチラチラ視線を投げてくる。その表情が不安と寂しさを含んでいて難とも艶めかしく感じてしまう。 そんなエドワードに声を掛ける事も出来ず、ロイはありったけの優しさを笑顔に込めるしかなかった。 ロイとエドワードが目で語り合う『馬鹿ップル』状態なのを無視するかの様に野次馬の押しかけ現場では撮影は始まった。 「エルシナちゃん!こっちに目線ちょうだい。そのまま階段に座って……そう!!ちょっと挑発的な目線………良いよ!!その感じ。」 カメラマンの男の言葉に最初は緊張の為動きがぎこちなかったエドワードだが、時間が経つにつれ的確に指示に従ってポーズを決め始める。 しかし、カメラ馴れしていないエドワードの表情は、軽い緊張感の為に出る『初々しさ』がある。それと、少しつり上がった金の瞳が出す『挑発的な艶』の為、何とも言えぬ独特な美を出していた。 「そこで止まって…大きく息を吐いて!空気と溶け合う感じ…目線こっち……凄く良い!!目線そのままで後ろに手を付いて座って。……体反らせて……。」 野次馬の観客も、大総統も、ロイも息を飲むようなエドワードのモデル姿は正に完璧だった。挑発的な表情も、寂しげな表情も、愛らしく笑う表情も全てモデル『エルシナ』の魅力が溢れ出ている。 女性としての『エドワード』を誰よりも知っていると自負するロイだが、『エルシナ』がここまで魅力的だとは気付いていなかった。 プロのメイクとプロのカメラマンの手腕には、ただただ驚くばかりだ。 撮影開始から1時間が過ぎた頃、ようやくカメラマンの『少し休憩にしよう!』と声が響く。エドワードは、人目を避ける様に用意された一角のベンチシートに腰を降ろし、ようやく水を飲む事が出来た。 「少し良いかね?」 疲れた身体を椅子の背もたれに預けていたエドワードは、声の主へ視線を投げた。 「何か用ですか?大総統。」 あからさまに疲れを隠さないエドワードに対し、ニコニコと人当たりの良さそうな顔でエドワードの隣りに来たブラッドレイは、悪びれる事も無く話し続けた。 「君のモデル姿は完璧だよ!流石『最年少国家錬金術師』だけある。」 「国家錬金術師とモデルが、何の共通点だか教えろよ。」 慣れないモデルの仕事に疲れきったエドワードは、例え大総統であっても情け容赦無い言葉で威嚇する。そんなエドワードの表情を見たブラッドレイは「少し待っててくれるかな?君に元気が出る薬を持って来よう。」と言ってその場から立ち去った。 しばらくすると、ブラッドレイではなくロイが姿を現した。 「何で大佐がここに来るわけ?」 「……大総統に言われて来たんだ。」 「………薬届に?」 「薬?そんな物は預かってはいないぞ。ただエドが呼んでいるからと言われて来たんだが…。」 『元気が出る薬』……。 エドワードにとっては『ヘコム薬』にしかならない。こんな恥ずかしい姿をマジマジと見られると思うだけでこの場から逃げ出したくなる心境…顔が赤くなってくる。思わず大きく溜め息を吐き天を仰いでしまった。 いつもと違うエドワードの姿を黙って見ていたロイだが、エドワードが余りにも落ち込んだ顔で空を見ていたので、エドワードの前で膝を折り優しく話し掛けた。 「いつもと余りにも違うから声が掛け辛いな。」 「みっともない姿で悪かったな!!」 「いや、綺麗だよ。他の誰にも見せたくない程に綺麗だ。」 「……ハズイ事言ってると……口…腐るぞ。」 久し振りに会えた恋人に瞳を覗かれ甘い言葉を掛けられ、エドワードは顔を真っ赤にして視線をおよがしてしまう。そんなエドワードの姿をロイは満悦な笑顔で見詰めていた。 そんな2人の甘い空気を壊す様に、カメラマンの男がエドワードに声を掛けに来た。 「そろそろ再開したいん…だけ…ど……。て、先程の司令官。今日はご迷惑を掛けてます。」 ロイは立ち上がり、カメラマンに改めて挨拶をした。 「こちらこそ先程は失礼しました。私はここの司令官をしています『ロイ・マスタング』です。」 「あっ!あなたが『焔の』大佐ですか。噂は聞いています。……所で……大佐、少しお時間ありますか?」 「何か?」 「これから撮影を再開しますが、エルシナちゃんと『ツーショット』で撮影させていただけたらと……。」 「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーー!!!!!!!!」 カメラマンの言葉に、大絶叫したのはエドワードだった。 「ヤダヤダヤダ!!俺はぜってーヤダからな!!!」 「でも、大総統が『必要だったら軍の皆さんに協力してもらっても構わない』とおっしゃってたし!では、大佐もお願いしますね。」 カメラマンの男は、言いたい事を言うとさっさと現場に行ってしまった。取り残された2人はお互いの顔を見てしばし固まっていた。 撮影が再開され、ロイとモデル『エルシナ』のツーショット写真は次々と撮影されていく。 「エルシナちゃん!もっと大佐に寄り掛かって……視線は大佐にね。彼氏見るみたいに……もっと誘う表情……そう!!」 カメラマンから投げられる言葉は、エドワードの羞恥心の限界を通りすぎていた。顔を赤くしないように、指示通りに行動するのがやっとで ある。 ロイは、涼やかな顔でエドワードを見詰めている。内心は、エドワードが普段決して見せない表情や目線に理性ギリギリの状態だが、ここで切れる訳にも行かずこちらも指示通り動くのに必死だった。 そんな2人の心情など無視し、カメラマンは更に際どいポーズを指示してくる。 「大佐、エルシナちゃんの後ろに…腰に腕を回して抱き寄せて…耳元に唇寄せて!エルシナちゃんは、大佐の首に左腕回して…身体はカメラに…目線もこっち!!……いいねー。」 ――― こんな体制ここでやらすな!! 2人は心の中で絶叫したが、とにかく早く終わらせる為頑張った。 ……しかし、次の指示内容がエドワードの羞恥心限界MAXを超えてしまった。 「エルシナちゃん、大佐と向き合って!…大佐、エルシナちゃん抱き寄せて頬に『kiss』してみましょ!!!」 「…………………ざーけんじゃねーぞーーーー!!!!!!」 大絶叫と同時にカメラマンに向き直ったエドワードは、パンッと両手を合わせて練成の光を生み出した。左手を右腕に添わせ引きぬく様に左手を滑らせると右腕は刃物に変わっている。 「刻む!!三枚に卸す!!タタキにしてやる!!!!!」 叫ぶと同時に走り出したエドワードを、ロイは慌てて後ろから抱きしめ動きを拘束した。 「落ち着け鋼の!一般人に手を出すんじゃない!!」 「何が『軍のポスター撮影』だ!!こんなのどこかの雑誌のエロ写真と変わんねーじゃねーか!!」 「それもそうだが……。とっ…とにかく落ち着くんだ!!」 「うるせー!俺はあいつを1発殴らねーと気が済まないんだ!」 叫ぶエドワードを抱きしめたまま、ロイは司令部の建物に移動し始めた。この時点でモデル『エルシナ』が『鋼の錬金術師』だとバレバレなのだが、取り合えず人目を避ける為、エドワードを強引に連れて行く事にしたしたのだ。 ロイの執務室に連れて来られた半泣き状態のエドワードは、納まりの付かない感情をロイの腕の中で発散させる他無かった。……といっても美味しい思いをしたのはロイの方なのだが。 その後、撮影は中止されポスター撮影は終わった。その場に野次馬と化していた人々には、モデル『エルシナ』の存在は大総統命令で『緘口令』がひかれた。 それから2ヶ月も過ぎた頃、アメストリスの至る所で今年の『軍人募集』のポスターが張り出されていた。その写真は…何時の間に撮影したのか、休憩中にロイがエドワードの前に座り、少しエドワードを見上げる形で2人が見詰め合い微笑む『幸せ馬鹿ップル』な写真が掲載されていた。 エドワードが旅先でそのポスターを見つけると、片っ端から破いていたのは言うまでも無い。 ちなみにロイの手元には『鑑賞用』と『保存用』2枚のポスターがある事をエドワードは知らなかった。 更に、ブラッドレイの手元には今回撮影された全ての写真が届いている事を2人は全く知らなかった。 END…? (Up 2004/09/01) (改稿 2006/04/09) |