報告書シリーズ 外伝 

 『ロイの長〜〜い一日。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   【 序 章 】

 

 

 

 

 

 

 

――― ガンガンガンッ!!

椅子に座り、窓側に身体を向け壁を蹴ってみてもこのイライラを解消する事は出来ない。

 

 

 

 

「今日私は非番な筈だ。何故、暇なジジーのお小言に付き合わねばならん!」

「施設に当たるのはお辞め下さい。」

 

尤もな返答が部下から言い渡される。

クルリと椅子を回し私を窘めた中尉へと視線を向ければ、何時もの表情で書類に目を通していた。

 

「それとも、ニューオンプティは暇なのか?あそこは人口が過疎化で獣と家畜以外何も無いのか?」

「………大佐。」

「ジジーの冗談は顔だけにしてもらいたい。」

「………」

「暇ならば暇らしく、植木に水でも与えていれば良いだろう。歳なのだから茶でも飲んで老後の生活設計でも立てていれば良い!」

「口は災いの元です。」

「この話を聞いても、皆私に賛同するだろう。」

 

思い付く罵詈雑言を並び立てても、まだ腹の虫は納まらない。

 

 

 

 だいたい、何故今日なのだ!?

 

 

この私が、そう、この私が自ら告白するこの日に!

それも私に相応しい女性ではなく、口が悪く態度もデカイあの少年に自分から告白するこの日に、何故あんなジジー達を相手にしなければならない?

 

 

 

 

 

 

この気持ちに気付いたのは何時だっただろう?

そんな最近ではないと思う。少年の何気ない仕草に目を奪われ後を追っている。この気持ちに気付いた時、始めのうちは『良き上官』でいようと固く心に誓った。しかし、何時からか自らの意思で堰き止めていたこの気持ちを押さえる事は出来なくなった。

フトした瞬間に口から出そうになる名前。『鋼の』では無く『エドワード』と呼びそうになる無意識の行動に、私自身が完敗したのだ。

ならば……、今在るこのバランスが崩れようと自らの気持ちを伝えようと決心したのは、先日鋼のを視察に出したあの日。

小さな背中を見てそう決めていた。

 

 

 

鋼のは、言葉遣いも荒く態度も悪い為、それを受け入れる大人達は両極端に分かれる。

 

『生意気な子供』

と取るか、

『人懐っこい子供』

と取るか。

 

臆も無く話すそれが、人懐っこいと思われる事もしばしばだが、実は誰よりも警戒心の強い人物だと言う事を知っているのは極限られた人達だけだ。

唯一素を見せるのは『弟』アルフォンス。後はリゼンブールに居る人物か?軍内部では今の所『ヒューズ』ではないのか。

ヒューズの場合、ヒューズ自身の人柄と強引さで鋼のが釣られている感が否めない。しかし、妻や娘とも仲が良いと聞いている。私も一度ヒューズの家でその姿を見た事があるが、普段の刃物のような少年からは程遠く、穏やかに笑うその姿に暫し見惚れた事は覚えている。

 

 

 

 

 

「大佐、自分の世界に浸るのも宜しいですが、現実を直視して下さい。」

「………はい。」

 

情け容赦の無い中尉の一言で大きな溜め息を吐き出す。

情けない話、未だこの告白の件は悩んでいるのが正しい。

あの少年が『同性愛者』では無い事など解かりきっている。

勿論自分とて『同性愛者』では無い。

自他共に見とめる『女性好き』である自分が、あの少年に告白した後その後どうなるのか?不安が無いなどとは言わない。

 

 

 

 

しかし、決めたのだ。この気持ちに嘘が無いのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ノックされ、眠たそうな部下が入室して来る。

 

「ハボック、どうした?」

「あぁ、おはようございます。今日の『お客さん』用に作った資料っすけど、何処に置きましょう?」

「その辺のゴミ箱にでも入れて置け。」

「ご無体なぁ……」

 

夜勤明けのハボックは、欠伸を噛み締めながら来客用ソファー前の机上に資料の束を置く。ご無体と言うが、一番言いたいのは私自身。先程までのイライラが再び込み上げて来て、時計を確認しながらハボックに言葉を掛けた。

 

「今日の上がりは?」

「今日これで上がりますが……何か?」

「ジジー達が乗っている汽車はまだ着いていないな。ハボック、二階級特進してやる、今すぐ汽車を爆破して来い。」

「はぁ?………二階級特進でもイヤっすよ!!」

「上官命令だ!行って来い!!」

「大佐、大佐の冗談も顔だけにして下さい。」

「…………」

 

横に立つ中尉を盗み見る様に覗けば、飽きれ返った表情で私を直視している。再度大きな溜め息と共に机にうつ伏せ頭を抱えた。

 

「こんな日に限って……」

「何か?」

「こちらの話しだ。所で、鋼のが今日1000(ヒトマルマルマル)にここへ来るよう指示してある。『調査書』は出来上がっているのか?」

 

再度中尉に顔を向け鋼のが報告して来る筈の『横領事件及び災害復興状況』の資料に関し問えば、中尉はハボックへと目線を向けた。

 

「あの件はブレダが調べていましたよ。もうそろそろで出来あがると思うッすけど……見てきますか?」

「良い、後でここへ出しといてくれ。それと、鋼のが来たらここへ通して待たせてくれ。」

「解かりました。」

「多分、本人はドロドロだろう。シャワー室にでも突っ込め。」

「ドロドロ……っすか?」

「復興も手伝っていると言っていた。」

 

向こうには水が不足していると昨日の電話で話していた。寝る暇を惜しみ復興しているだろう少年は、呼び付けた私が席を外している事を知れば烈火の如く怒り出すだろう。

 

「で出しから最悪だ。」

「何か?」

「独り言だ。」

 

背凭れに身を投げ目を瞑る。そうでもしなければ、訪ねてくるだろうジジー達を消し炭にする事は間違いない。

三度溜め息を付き狂ってしまった今日のプランを頭の中で立て直す。

 

「大佐、本日予定していました『例のレストラン』への視察は?」

「あぁ、あれは鋼のを連れて行く。子供を連れて行けば向こうも警戒する事は無い。」

「解かりました。では宜しくお願い致します。」

「では、ジジー共を迎えに駅迄行くか。」

「はい。」

 

席を立ち、これからのユウツを顔から引かす。

 

「さっさと事済ませ、撤収させ街から退出願おう。」

 

鋼のではないが時間が勿体無い。気を引き締め私はコートを掴み用意されているだろう車へと足を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   【 レストラン視察 】

 

 

 

レストランに入る前の微妙な空気はあっという間に消えた。

 

 この小さな身体の何処にこれだけの量が入るのか?

 

キョロキョロと落ち付かなく視線をさ迷わせているのは、始めて入る店だからか?それとも鋼の性分か?

私以上に食事を注文し、それを次々と平らげて行くその姿は驚くばかりだ。

 

 指の先まで食事が詰っているのではないのか?

 

そんな私の疑問など何処吹く風の鋼のは、先程から見ていれば咀嚼しながら次の肉を切り分けている。

勿論会話もしているのだから忙しいこの上ない。見ていてこちらが追い立てられている気分ではないか?

 

「もっとゆっくり食べられないのか?」

「んぁ〜?ふぉれふぇきにふぁ、ひゅっひゅりふぁべていりゅーーー」

「あぁ〜、良いから飲み込みなさい。」

 

一五歳の少年ならば『食べ盛り』。この位の量は私も食べていたなぁ。と見詰めている。すれば、鋼のは不審な目で私を見詰める。

 

「なんだよ!さっきからジロジロ見やがって!!何か変化よ!?」

「そうではないが、良く食べると感心しているのだよ。」

「???」

 

私が話している最中にも、次の肉を口に頬張り咀嚼し始める。

 

 

 

 

普段なら女性と食事をすると言うより会話を楽しむ私は、彼の行動が何故か可愛くて仕方が無い。

純粋に食事をし、純粋にその味を味わい腹を満たす。そんな行動は何時の頃から捨ててしまったのだろう?

ワーキングディナーなどと称して、食事をする事に慣れてしまった私は『食事=仕事』と思っている節がある。

しかし、彼には『食事』は『食事』なのだ。例えこれが『視察』であろうと、彼に取っては関係が無い。羨ましいとも思えるほどに………。

 

「手………」

「手?」

 

次の肉を口に入れる前、鋼のは私に目線を向け脈略の無い言葉を発した。

 

「手、停まってるぞ?食えよ!」

「………、そうだね。」

「そうだね。じゃねーだろ!?ちゃんと食わねーと身体壊すぞ!!」

「エドに言われたくは無いな。」

「あっそっ!」

 

ぶっきらぼうに気を使ってくれる彼の気持ちがくすぐったくて、私は食事へと意識を逸らした。

視察と言へど、ここの食事が不味ければ違う店でもう一度食事を取り直そうと思っていたが、まあまあ許せる味に食事を続ける事にした。

ゆっくりと切り分け口に入れる私を、鋼のはジーっと見詰め、何か言いたげな表情を見せる。

 

「どうした?」

「それ……美味い?」

 

私が口にしているのは『白身魚のポアレ。アンチョビと黒オリーブのソース』とあっさりした味の一品だが、それをマジマジと眺め再度私へ視線を寄越した。

 

「食べてみるか?」

「…………イラねー。」

 

どうやらそれに興味が有ったらしいが、私の一言でその気持ちを押え込んだらしい。

下に引いてある焼いたトマトとズッキーニ、そして赤ピーマンを鋼のの口になら二口程で入ってしまうだろう魚の上に乗せ、彼が今格闘している『チキンソテー』の皿の隅へ乗せてあげる。驚き声を上げようとする彼に笑い掛け「結構いけると思うぞ。」と言えば、少し顔を赤らめ無言で俯き暫しその身体を固めていた。

 

「……………ありがとう」

 

小声だが鋼のはそう言葉を出し、私が切り分けた魚を口に入れた。

 

「一口でそれを入れたか。」

「???」

 

咀嚼しながら首を傾けるその仕草は、鎧姿の彼の弟を思い起こさせる。兄弟はチョットした仕草が似るのだとそんな事を考えた。

 

「美味い………。魚も美味いかも。」

「エドは『魚』より『肉』か?」

「魚って食った気がしない。」

「そうか?料理の仕方によると思うが。」

「そうなんだけど、俺の中では『魚料理』って言えば、魚を棒に刺して焼く……だからさ。」

「サバイバルな食事だね……。」

「旅してたらしょっちゅう。第一、蛇とか蛙とか兎とか……食えるもの何でも食わないと死ぬ。」

「君は何処を歩いているんだ?」

「アメストリス」

「…………」

 

そんな所ろばかり歩いている訳ではないのだろうが、普段彼が何を食しているのか不安になってしまう。

そんな事を鋼のを見ながら考えていれば、私の皿に彼の肉が一切れ置かれた。

 

「お返し。」

「え?」

「魚のお返し。」

「………ありがとう。」

 

 まるで女子高生の食事風景だ。

 

と思ってしまう。

 

 

自分が注文した料理は、自分のみが食べる物だとして来た。小さな頃は家族と分け合う事もあったと思うが、士官学校に入ってからはそんな行動などした事は無い。

自分は今、どんな顔をしているのだろう?と思える程耳が熱い。鋼の目線で私はどう映るのか?そんな事を考えてしまった。

 

「食べてみろよ。これも美味いよ。」

「そうか………」

 

慌ててもらったソテーを二つに切り口へ入れる。私の感想を聞きたいのか?鋼のの顔は一心に私へと向いていた。

 

「思ったよりアッサリしているね。」

「俺としては物足りないけどね。」

 

その笑顔に警戒心が無い。

 

そう、見たかった笑顔。

 

普段軍施設で見せるその肩肘張った虚勢な態度では無く、一五歳の少年そのままの彼が私に笑顔を向けた。

その笑顔に一瞬遅れを取ったが、会話が成立し始めたこの時を潰す程私も場数が少ない訳では無い。

先程言った『サバイバル』な食事に関して話しを振れば、鋼のは眉を顰め一瞬蒼白の顔を見せた。

 

「俺の師匠さ……錬金術の師匠ね。南の『ダブリス』に住んでいるんだ。俺とアルが初めて師匠に教わったのは、『一は全。全は一』この意味を一ヶ月以内に言え。てー事で、俺達無人島で錬金術無しで暮らす嵌めに成ったんだ。」

「あそこは温かいから苦労も無かっただろう。」

「大有り!知らない大男が棍棒らしき物持って襲って来てボコボコにされるは、食い物を調達出来なくて餓えるは……。良く生き残ったと思うぜ!!」

「………君達が幾つの時だって?」

「母さん亡くしてから直ぐだから……、俺が十かな?」

「で、サバイバル生活一ヶ月?」

「そう!その後も錬金術教わりながら、格闘術教わって……飛ばされた飛ばされた!生傷絶えねーんだよ。」

 

本気で格闘して…アンタなら三秒で地面とお友達になるよ。と自分の身体を抱き締めながら、鋼のは少し恐怖に怯えた顔を見せた。

三秒とは私も馬鹿にされていると眉を潜めれば、鋼のは大袈裟な事じゃねーぞ!と、少し必死な顔を見える。

 

普段大人を大人と思わない彼が、師匠を恐れる所ろは少し信憑性が有るのか?と思ってしまう。

 

「君の師匠はどんな大男なんだ?」

「大男は旦那さんの方。熊とか片腕で担いでくる。俺の師匠はその奥さん。」

「女性?」

「あの人を女性と括るには語弊が有る気がする……。」

「どんな巨大な女性なんだ!?」

「スレンダーな普通の女性………に見える。自称『主婦』って言ってるけど。」

 

そんな女性がこの鋼の錬金術師を生み出したのか?と私は興味を持つ。もし、それなりの能力者ならば軍にスカウトするのも悪くは無い。

 

「アンタは行かない方が良いよ。師匠、軍人嫌いだから……俺が狗に成ったなんて知ったら………殺される。」

「…………………・君ほどの能力者が?」

「アル込みで、一瞬で伸されて終わる。」

 

運ばれて来たアイスが解け始めていたが、彼は過去を思い出したのか、蒼白の顔を顰めたまま固まってしまった。

 

「でも、師匠のお陰で今が在る。違うか?」

「・………師匠のお陰だな。」

 

複雑な表情を見せた彼の胸の内は解からない。

しかし、アイスが目に入ったのか子供らしい表情をフワリと見せ、私に目線を送って来た。

 

「これって、俺食べるの数回しかないんだけど……アンタは結構食べるんだろう?」

 

確かに、田舎の方では氷を保存する技術が発達していないので、アイスを作る事は難しいだろう。そして、エドワード自身、嗜好品に金を使う事もしない。

普段提出される会計報告書を見ても、贅沢など知らない少年がそこに書かれていた。

 

「私は甘い物を好んで食べようとは思わないのでね。」

「ふ〜ん。俺も滅茶苦茶甘いのは苦手だな。でも、これは珍しいから食べるけど。」

 

銀のスプーンで白いアイスを掬い口に運ぶ。紅い舌がチラリと見え、一瞬ドキリとした。

 

「食べる?」

 

再度掬い上げたそれを、エドワードは私へと差し出す。

本当に甘い物は口には入れないが、恥ずかしさも多いに有ったのだがそれを手で持たず、エドワードが差し出したスプーンに顔を寄せ口に入れた。

 

「じっ!自分で持てよっ!!」

「構わないだろう?………甘い。」

 

眉を顰めた私を、エドワードは少し笑いながら見詰める。予想的中な返答に満足した顔をしている彼の顔が癪に障り、話しを他へと逸らす事にする。

 

「食事が終わったら『買い出し』と言っていたな。いつイーストを出るのかね。」

「あっあぁ。……明日の朝一で。」

 

 今日着いて直ぐに村へと帰るのか?

 

正直今の鋼のは顔色が余り良くない。見るからに疲労と睡眠不足。そして、栄養不足。その身体を何処まで酷使させるのか。そんな思いが私の中を過ぎった。

しかし、本人は全く自覚していない。動いている間は気が張っているので解からないのだろうが、一度それが終われば身体に残る疲労はすざましい。

 

「報告書に書いただろ。駐在していた軍の奴、村の支援物資を横流ししていたんだよ。食糧や水、あと薬も足りねえ。取りあえず一週間分の食糧と薬。水のろ過装置購入して届けに行く。」

「君がそんな事をする必要があるのか?」

 

確かに私が調査依頼をした事だが、彼がそこまでする必要があるのだろうか?

アルフォンス君も現地に行って復興作業をしていた筈だ。

軍に関わる事を極力避けさせる彼らが、ここ迄軍の尻拭いをするのだろうか?そして、この買い出しの金は鋼のに支給されている『研究費』から出すのだろう事も想像が付く。

 

 

 

 そこまで彼を動かすのは何か?

 

 そこまでして何を守ろうと言うのか?

 

 自分の身だけで精一杯な筈だ。

 

 

 

「約束したんだよ。村の子供達と。」

 

表情を消し、頑なな心を見せる鋼のは、あの『焔』の瞳をしていた。

今の彼を止めることは出来ない。彼が信じた道を止める事は、彼の魂を色褪せさせる結果だけが残るだろう。

 

「俺は、…………俺がやりたいようにやる。」

 

そう言った鋼のは、アイスをかき込み言葉を止めた。それ以上私に何か言われたくは無いのだろう。

珈琲を煽る様に飲み干すと、「………ご馳走様」消え入るくらい小さな声で礼儀正しい言葉を吐いた。

 

 

 

何故一言、私に声を掛けないのか?

 

 

「私はそんなに頼りが無いか?」

「…はぁ?何か言ったか?」

 

私は顔を横に振り、席から立ち上がる彼を見た。

私もそれに習い席を立つ。

 

「会計を済ませてくる。外で待っていなさい。」

 

彼は小さく頷くと、迷い無く外へと続く扉へと足を向けた。

 

 

そして、例えようも無い淋しさが胸に込み上げてくる。しかし私は、その小さな背中を暫し眺めているばかりで、何も言う事は出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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