報告書シリーズ 外伝 『ロイの長〜〜い一日。』 |
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【帰宅】 買い出しの後、少し強引ではあるが、エドワードの腕を取り自宅へと招き入れた。 買い出しが思いの他スムーズに運び、暇を持て余したとも言える。劇場や映画館と言っても、ここにいる『国家錬金術師』が興味の無いことには無頓着という事は嫌と言うほど身に沁みて理解している。仮にそこへ足を踏み入れても、エドワードがモノの数分で寝てしまう事など容易に想像が付くから恐ろしい。 小腹も空いていた事も有り、エドワードに軽い食事を勧めたが、自分の首を締める結果に成っただけだった。 仕事が忙しく、普段の食事はもっぱら外食が主だ。学生時代は、寄宿舎の食堂と言う便利な場所があったが。サバイバル料理や炊き出しは必須課題で、嫌と言うほどの経験を積ませてもらった。しかし、それはあくまで『戦時中』を想定するもので、普段の生活には移行出来るものでは無い。
結局の所、エドワードが全てを調理する結果となったのだが……。 キッチンの前に立つエドワードの手際の良さに目を見張った。聞けば母が生きていた時から『料理』はしていたと言う。師匠の家に住み込みで錬金術の修行をしていた時も、徹底的にし込まれたとも言う。旅中でも、善意で泊めて貰った民家で食事の用意を手伝っていると話してくれた。
一品二品三品……。私が、カウンターチェアーに腰掛け『味見部隊』と称し出されたサラダを突付いていれば、錬金術でも使っているかの如く次々と料理が出来上がる。 時折、料理の手は動いたまま、後ろにいる私へと振り返り見た事も無い程の柔らかな表情を送って来る。 ――― 綺麗だ。 キッチンに立つ少年に対し、目を奪われ、心を奪われた。 普段はあの柔らかな瞳が、キツク私を睨む。小さく微笑むあの唇から、大人を食う程の言葉を発する。 今、当たり前の様に料理を作り他意無く微笑むエドワードは、人の心を落ち付かせる柔らかで優しい空気を作り出していた。 ――― 惚れるなと言う方が無理だ。 エドワードは色々な意味で『人気』がある。その中でも私の持つ想いは異常なのかも知れないが、この想いを止める事は今更………無理。 静かに席を立ち、鋼のの後ろへと移動をする。眼下には、金の髪が電光以上の輝きで私の視界を埋め尽くす。 ――― 抱き締めたい。 そんな衝動的な想いは、押し止める間も無く身体が動き、気付いた時には鋼のを抱き締めていた。 「…ロイ……なーんで俺が後ろから抱き締められなきゃいけねーんだ?」 鋼のが少し後ろを振り向きながら、怪訝な声で私の行動を咎める。 ここで鋼のに『告白』するのには勇気が必要だ。彼が私をどう思っているのか少しも掴めてはいない。ただ、嫌がる表情は向けてくるが、振り払う事はせず、身を僅かばかり固まらせただけの行動が、決定的に『嫌われている』訳では無い事が解かり、心が浮上した。
「こうしていると『新婚さん気分』だろ?」 ドクドクと荒く叩く心音が鋼のに聞こえるのではないかと心配すらしてしまう。それ程今の私は緊張している。それを隠す意味も有りフザケタ口調で彼に話し掛けた。
「そんなに寂しいなら『結婚』すれば良いだろう?」 ズキッ と、心に響く言葉だ。 誰と結婚しろと言うのだろう?一番の想い人が今この腕の中にいて、その体温を感じ幸せを感じているその時、その想い人は意図も簡単に『結婚』の文字を口に出す。 どれ程残酷か……、その言葉の意味がどれ程切なく心へ突き刺さるか……、彼には解からないだろう。 ――― これほどまでに人を想った事は無い。 「…私の『本命』は、私の気持ちに気付いてはいないんだよ。……現在『片思い』と言う所か。」 「『片思い』??」 猫の様なつり目が大きく開き、普段より少し高い声で私の言った言葉を復唱する鋼の。よほど意外な言葉だったようだ。 「モテモテの大佐殿にしては『奥手』な事言ってるじゃん。アタックGO!GO!って行きそうだけどなぁ。」 「…相手の気持ちが掴みきれないんだよ。核心が持てなくてね。」 「確信ねー。どんな奴だよ…」 ――― それは、『鋼の錬金術師』といってね…… 「可愛いよ。しかし、真っ直ぐ私を見てくれていると思えば目を逸らす。近寄れば逃げて行く。不思議な子だよ……」 ――― 嫌いなら、嫌いな態度を示せば良いのに、言葉が荒いだけで決定打ではない。激しい喜怒哀楽で私を魅了し、肝心な所で大人のふりすらままなら無い。 『愛しい人』 「……ご愁傷様。」 切なげに笑って私を励まそうとする鋼のが、更に私を虜にして行く。昨日より今日、先程より今、この時の方が数段に彼を愛していると確信出来る。
「そいつ…ロイは皆に好かれてるから、自分のい場所が無いって思っているだろう?アンタなら大丈夫だよ!!……きっと。」 それが君の私に対する気持ちならばどれ程幸せだろうか? 『好きだ』『愛している』『愛しい』……。どんな言葉で表現し様と今の私の気持ちを表す言葉で出来やしない。 ただ、力を込めて君を抱き締める事だけしか………出来ない。 【 天使の歌声 】 ピアノに寄り掛かり唄うその横顔は、暗闇に浮かび上がる天使に見えた。 切ないバラードを歌うエドワードを、観衆は固唾を飲んで見詰める。そこには静寂が支配し、私の弾くピアノの音すら雑音に感じるだろう。 少年の……・、変声期を向かえたばかりのその声は、声量こそ小さいが、透き通り心に染み入る。 フトその歌声が消えた。 エドワードは困惑した表情を私に向け、何か言いたげな表情を送る。 「続けなさい、エドワード、続けるんだ。」 「―――――― ッ!」 眉を寄せ硬く目を閉じ俯いたたエドワードは、吹っ切る様に顔を上げ再び歌を唄い始めた。 広い空の下 二度と逢えなくても生きてゆくの こんな私のこと心から愛してくれた…… 歌詞の内容が彼の人生にどう被っているのか解からないが、その唄には説得力があり聞いている物達の心を打つ。 ピアノを弾いている私自身も何か温かで、それでいて切ない気持ちに溢れピアノの伴奏がまともに出来ているのかさえ解からなくなって。 唄い終わったエドワードは、場内を一見すると余韻を残し 「……大佐…俺帰るわ。今日はありがとう。」 そう呟き足早にその場を去って行った。 勿論、思い人を追う。 ――― 何処まで独りで背負い込むのか? あの歌を聴いた者達が流した涙の意味を彼は解かっているのだろうか?あの涙は、悲しみの涙ではない。 遠い昔の純粋な想いが懐かしく、その想いを忘れていた事への悲しみなのだ。 暗闇の街並を縫う様に少年が肩を丸め歩く。 全てを拒み全てを背負うその後姿は、なんて小さく、なんて儚げなのだろう。それでも力強く生命力溢れるオーラは消えず、凛とした空気を発している。 ――― 烈火の魂。 そんなコピーが彼にはよく似合う。普段纏う外衣と同じその色の魂が、あの小さな身体に宿っている。私の生み出す『焔』よりも気高い魂が人を引き付ける。 「……寒い。」 足早に近付いた私の耳に、呟く声が聞こえる。 温かい気候なのにも拘らず、その身体がブルッと身体が震えた様に見える。 ――― 酔いが冷めて来たのかも知れない。 「こうすれば温かいだろう。」 いても立ってもいられず、私は小さな身体を背中側から抱きしめた。それが子供の体温なのか?鋼のの身体は温かく、そして柔らかい。スッポリト腕に収まるその身体をキツク胸に抱き込んだ。
「……………………」 抵抗する物だとばかり思っていたが、鋼のは小さく身体を振るわせ言葉すら発する事が無い。少し覗き込むようにその表情を確認すれば、下唇を噛み締め何かに耐える苦悶の表情を捉えた。 ――― 涙さえ『罪』なのか? 決して泣かない子供は、込み上げて来る涙を内に戻そうと瞼を硬く閉ざす。 ――― 今は……私がいる。 そんな言葉は鋼のにとって何の意味も無い。しかし、せめてのの背中を少しだけ軽くしたい。 ……私の我が侭だとしても。 「こうしていれば温かい。…家に帰ろう、エド。美味しい珈琲でも入れよう。」 「……俺が入れた方が美味いと思うよ。」 声は震えていたが、言葉は気丈夫に大柄なそれを口にする。気高い魂が更に一つ私を鋼のへと引き付ける。 「それは楽しみだ。早速家に行こう。」 弱者に哀れみを与えるのも優しさならば、態度を変える事無く平然と接するのも優しさだ。私は鋼のの返答も聞かず、左腕を掴み自宅へと足を向けた。
「…ありがとう。」 小さな声が私の耳に届いたが、聞かない振りをした。 プライドの高い『鋼の錬金術師』の為に………。 |