アイツと長〜〜い珍道中

アイツに幸福が訪れるように…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『仲良くするなら……『焔の大佐』には死んで貰うよ。』

 

 

 

 

 

 

 

 ヤバイ笑いをしながら話すアイツが何度も何度も脳裏を駆け抜ける。

 

 

 

 

 

 

 

 始めに目が開いた時、見慣れぬ天井に吸引する機械音。鼻には細いチューブが当てられていて、そこが何処だか皆目見当も付かなかった。

 次に目が覚めた時俺の視界には、同じ天井と右側に立つアルの背中が見えた。左側には点滴Set一式。いかにも俺って点滴中!って感じだったりする。左腕を上げればやっぱり針がグサーって刺さっていて、左腕を上げた事で背中がズキズキ痛んでし方が無かった。

 

「あぁ〜、イッテー………」

 

目覚めの挨拶は『おはよう』が定番なはずが、口から出た言葉は『痛い』だった。その声に振り向いたアルは「兄さん!兄さん!!」と涙の出ない体で悲痛な声を出し何度も俺を呼び続けた。

 

「アル……ここ何処よ?」

「ここは【イースト軍付属病院】。兄さんは10日前からここに入院していたんだよ。」

10日も?……じゃぁ、俺10日間飯食ってないって事??ヤベーじゃん!!」

「………命が助かって感想はそれ?」

 

 

 

 

 

 

 

 そんな感じで目覚めてから1ヶ月が過ぎようとしていた。

 あの日、エンヴィーに再起不能一歩手前まで叩きのめされた俺は、大佐に発見され簡単な手当てを受けた後一番早い汽車に乗りイーストに運ばれた……らしい。先に電話で連絡を貰っていた中尉とアルが駅迄迎えに来てくれていてそのまま病院へ宅配された……らしい。「特急料金は別途請求だ」と疲れた表情の大佐がアルにいった……らしい。

 

 その大佐とは目覚めてから一度も合会ってはいない。一度来てはくれたらしいが、俺が寝ている時だったらしい。大佐も溜まった仕事を処理する為激務に終われていると見舞いに来てくれた軍曹と少尉が教えてくれた。

 打撲した身体はだいぶ痛みが無くなり折れた足首と肋骨はそれなりに治っている。そして、毎日窓の外を眺めるだけの生活に飽きた頃大佐が病室へ顔を出した。

 席を外したアルと護衛の中尉は廊下で待機しているだろう。二人きりのこの病室はなんとも言えない雰囲気に包まれていた。先に口火を切ったのは大佐。

 

「鋼の、元気そうだな。」

「お蔭様で、この通りフルマラソン100回往復出来るくらい頗る快調です。」

「それは何よりだ。」

 

 ベットの横に椅子を引き摺って来た大佐は、いつもの不敵な笑みを絶やさず話し掛けて来た。身体を起こし丁重に大佐を迎える。

 

「今日来たのは見舞いではない。先日の事を聞きに来た。」

「先日の事?」

「君に暴行したのは誰かを聞きに来た。」

「……?」

 

俺は大佐の顔を見てイキナリの質問に?マークを三つ飛ばす。そんな俺の顔を見た俺をどう見たのか、大佐は柔らかい笑顔を俺に向けまた厳しい表情へと変えた。

 

「あの日鋼のが発見された後、ランスさんが消えた。鋼のは彼女が何処に行ったのか知っているか?」

「彼女は…エン――――――

 

 

 

 

 

 

『これ以上この件に首を突っ込む事もこれを口外する事も許さん!!

 

 

 

 

 

大総統の言った言葉が何処からか聞えてきて、それ以上大佐に真実を言う事が出来ない。不振な顔の大佐は、俺の発した言葉の続きを待つ様静かに俺の目を見詰めていた。

 

「……途中まで一緒に居たんだけど、解からない。」

「そうか。では、鋼のを襲ったのは誰だ?」

「……知らないねえちゃん…ぽい感じ。」

「ねえちゃん?ぽい?」

 

――― ゴメン、大佐。

 

「そうか……。一応今回の件は【国家錬金術師殺人未遂事件】として調査中だ。何か思い出したら教えてくれ。」

「あぁ……うん。」

 

 視線を逸らし窓の外を眺める事で自分の後ろめたさを心から排除しようとした。本当の事を言えば……言えれば良いんだろうけどそれは駄目だ。もう一度大佐を視界に入れた時、あの言葉が甦る。

 

 

 

『仲良くするなら……『焔の大佐』には死んで貰うよ。』

 

 

 

同じ黒い瞳と黒い髪を持つアイツからは恐怖しか感じなかった。だけど、今目の前に居る同じ色を持つ大佐からは安らぎを感じる。同じ黒なのに同じじゃない。

 

 

そして、俺が護りたいのは『安らぎ』をくれる黒。

 

――― 安らぎをくれた……黒。

 

 

 

 沈黙が続く病室に中尉がノックをして入って来た。もう、仕事場に戻らないと駄目らしい。

 席から立ちあがり俺を見る大佐は、優しい眼差しだ。この瞳を忘れなければ……俺は前に進める。

 

「では、大事にしなさい。」

「あ……うん。」

 

病室を去って行こうとする後姿を見送る俺は大切な事を言うのを忘れていた。

 

「――― 大佐!」

 

呼びとめた声に振り向く大佐へぶっきらぼうだけど、それなりの気持ちを込めお礼の言葉を発した。

 

「ありがとう。」

「フッ、どう致しまして。」

 

笑顔を残し去って行った大佐。閉まった扉を見詰めていた俺は、込み上げてくる何かを押さえる為唇を噛み締めその感情を押さえ込む。

 

 そうしてもう一度窓の外を見ると青く青く続く空があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 病院の外まで大佐達を送って来たアルは、病室に入って来るなり「良かったね!」と訳の解からん言葉を掛けて来る。何が良かったのか聞きたい気持ち100%還元状態だけど、帰って来る答えの恐怖から逃れる為にそれを聞く事が出来なかった。

 俺はアルに出来るだけ優しい顔で笑って見せて一つお願い事を言った。

 

「アル、夕方頃出るはずの中央行きの汽車あったよな?」

「うん、あったと思うよ。」

「悪いけど今日出発する汽車の切符買って来てくれないか?中央へ行きたいんだ。」

「えぇっ!!だって兄さん身体―――」

「ここで寝ていても何も変わらないから、中央図書館近くで宿借りて静養しながら色々調べたいんだ」

「だって兄さん!」

「……大佐も知っているし許可も貰っている。」

「大佐?」

「あぁ。」

 

又俺はアルに嘘を付いた。

暫らく沈黙の後、アルは「それなら買ってくるよ。」と言い切符を買いに部屋を出て行く。そんなアルに後ろめたい気持ちがあって直接言えなかった言葉を呟いた。

 

「――― 嘘付いてゴメン。」

 

 

 

 退院手続を強引に済ませ、出発の準備が終わる頃、アルはイッパイの手荷物を持ち部屋に現われた。

 

「それ……何だ?」

「これ?兄さんの食料と着替えと医療セットと猫缶!」

「猫缶?って猫拾ったのか?」

「ねっ…猫の絵が描いてある缶詰だよ!!アハハ……」

 

そんな見え透いた嘘も今なら少し許せる。俺の方がもっと酷い嘘を付くんだから。優しくて賢いアルだから、俺が何かを隠しているだろう事は解かっている筈だ。それでも何も言わず俺に着いて来てくれるアルには、言葉では言い表わせないほどの感謝の念が込み上げてくる。この感謝の念を表すのは、言葉じゃなくアルの身体を取り戻した時に形となって現れる。

 

 俺の顔を不思議そうに眺めるアルに、俺はもう一つお願い事をした。

 

「さっきお願いすれば良かったんだけど、この手紙を司令部の門に居る憲兵に渡して来てくれないか?大佐に渡し忘れたんだよ。俺は先に駅へ向かって歩くからアルは指令部に寄ってから駅に来てくれないか?」

「いいよ!直接大佐に渡さなくて良いの?」

「そんな時間はないだろう?憲兵に渡して駅迄来れば、出発時刻ギリギリじゃねーか?」

「………そうだね。じゃあ行って来るね!兄さんこそ乗り遅れないでよ。」

「大丈夫だよ。」

 

もう一度、部屋を出ていったアルを見送り、俺も杖を付きながら駅へと歩き始めた。

 

 さっきアルに渡した手紙は、アルが買い物をしている時書いた手紙だ。何度も何度も書き直した手紙は、結局言いたい事の半分も満たない程の簡素な内容で、それでも肝心な事は書いた一文。

 大佐がそれを読んだ時どんな表情をするかは……二つに一つで、どっちにしろその時ここへ飛び込んで来ても俺はここに居ないから、それでまた怒るのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゆっくりだけど確実に駅へ向かう俺の目の前に、始めて大佐と食事をした店が見えて来た。あの時は、視察と言う名のデートだった。その後、ワゴンでゴムを買って貰って……。

 あの店は、俺の靴がボロボロだからと引き摺られるようにして入った店。何足も履かされて、いい加減飽きて来た頃大佐が納得した靴をプレゼントされた。その靴もかなり前にボロボロにしてしまって、今は又新しい靴を履いている。これも大佐が買ってくれた靴だ。

 あの店では大佐の家で食事を作る事になって、司令室の皆で買い出しをした時に行った。あの時は、大佐が子供じみて居て「これが食べたい」「あれを食べたい」とゴタクを言って皆で笑った。

 

 この街には思い出が多過ぎる。人を信じて良いと教えてくれた人達が住む街を、ゆっくり確実に離れて行く事が悲しくて寂しくて……出ることが無い涙を押さえる為、終始俯き駅へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺が駅へ付く頃、アルも司令部からちょうど来た為二人揃って改札を抜け中央行きの汽車へと乗り込んだ。

 

 椅子に座った俺は、天井に隠れて見えない青空を思い浮かべ様として瞼を閉じる。だけど、思い出すのはアイツの顔で。何時でもどんな時も、俺の二つ名を呼ぶその声に優しさと思いやりを込めてくれていた。

 

 

 

 

 

 

 

――― 大好きだったよ、大佐。

 

 

 

 

 

――― 愛しているよ、これからもずっと。

 

 

 

 

 

これから先、これ以上好きになる人は居ないだろう。

 

 

 

大佐が幸福に成るんなら、俺は泥の河だって棘の道だって独りで歩いて見せる。だから…大佐は……真っ当な恋をして……上を目指せ。俺は何時だってアンタの踏み台に成ってやるから。

 

 

 

 

 

 動き出した汽車から駅構内をもう一度眺める。これで暫らくは……・本当に暫らくはここには寄らないだろう。それが大佐の為なんだって俺は信じて疑わない。

 アルに届けてもらった手紙に書かれた言葉を、自分へ言い聞かす為にも声には出さず唇の動きだけで見えて来た青い空へと呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さようなら、大佐。大佐に幸福が訪れるように遠くから祈っている。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

End 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■