アイツと長〜〜い珍道中。

売られた喧嘩は受けてたつ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

骨折した俺は、定位置であった大佐の御者席の隣じゃなく人を運ぶ幌馬車の中で移動する事になった。

 

本来の予定では、途中からキャラバン隊と別行動を取って俺と大佐はとっくに東方司令部に入っている筈だった。このキャラバンに居る人達だって本当ならこの旅も残りに差掛かった筈。勿論予定は狂う事があって当たり前だけど、挽回すべく飛ばす馬車は今日の宿泊場所出ある町へ向かってひた走っていた。俺達はここで汽車に乗り換える事になっている。

 

 

 

 

馬車は新雪を巻き上げて軽快に進む。ここ数日降り積もった雪が太陽の光を反射してキラキラと白い世界を作りなんとも言えない幻想的な世界を作り出している。馬車の最後部に座っている俺は、後方から来るだろう他の馬車を探していた。

 

巻きあがった雪を被る訳にもいかないから、ある程度の距離を取ってキャラバン隊は進んで行く。今辛うじて見えている後方の馬車が大佐の御者している馬車かどうかは解からない。

 

 

 

――― 無事来ているのか?

 

 

 

要らない心配が身体を占領し始めて、眺める景色もイライラに変わっている。

 

 

 

 ……違う。本当は違う理由からイライラしている。

 本当なら俺が座ってるポジションに座るあの『ランス』って女を思い出しているから。二人きりで何を話しているのか気になるからイライラする。

 

 

 

 

 

考えてみれば、大佐だって何時かは結婚して子供が生まれてトップに立って……。その時俺は大佐の横には居ない。居れない。少なくとも今横に座るランスさんがそのポジションに来るとは思えないけど、それがホークアイ中尉だったり、伯爵令嬢だったり、大富豪の娘だったり……。そう、俺じゃない。

 

知っている現実が今そこに模擬しているのが辛かったりする。

 

 

 

――― 足が痛いから気持ちもネガティブ。

 

 

 

そんな事を考えながら馬車に揺られていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕日が沈む前に到着した。

ここで宿を取って翌日俺と大佐は皆と別れる。短い付き合いだったけど皆にとても良くしてもらった。勿論、今、大佐が到着していないから俺を馬車から下ろしてくれて温かい飲み物を持って来てくれて、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる人達に「有り難う」って挨拶しながら窓の外を眺める。

 

暫らくすると後方から来ていた馬車が次々と到着し始めた。最後尾を取っていた大佐の馬車が入ってきて、ランスさんと楽しそうに話す姿を見た時安堵と一緒にイライラが沸きあがってきた。

 

馬を馬車から離し体を拭く大佐達はとても楽しそうだ。何時ものスマイリーな顔はタラシモード大全開!これで落ちない女がいたら拝みたい!!そんな気分だ。

 

――― 窓越しから監視しているみたいな俺ってどーよ?

 

そんな思いから室内に視線を戻そうとした時………。

 

大佐に抱き付くランス。

片腕が首に回されもう片腕が背中に回る。

 

目の前が赤く染まる感じがした!何が悔しいのか解からないけど、奥歯をキツク噛んでその感情を出さない様にしながらもその光景を睨んだら、ランスは俺の方を見て妖しげに笑った。

 

――― わざとかっ!

 

何やら楽しげに会話を続ける大佐達から視線を外し目を閉じる。

 

「何時かは離れる奴だけど………売らせた喧嘩は買ってやる。今なら激安だぜ………」

 

呟いた俺の声はこの賑やかな室内では誰にも聞こえなかっただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日でお別れとなる俺達を、キャラバン隊の皆は『お祝い』パーティーだと言って大宴会で送り出す気だ。明日からの御者も契約出来たらしく、大佐も少しホッとしている。変な所で人が良い大佐らしくて笑えてしまうが、そこが東方の皆からそしてヒューズ中佐から支持される所なんだろう。

 

俺達が陣取る机には、相変わらずランスがべったり大佐にくっ付いている。オバさん達に「離れなさい!」なんて言われているけど、酒に酔っていてその行動はエスカレートする一方だ。

 

大佐も満更じゃないから抗いもしない。『若い大人の姉ちゃんエネルギー充填中!!』って所だ。流石に俺じゃあ良い匂いの柔らかい胸は無いから完敗?って感じか??

 

「エリシア、飲み物を貰って来ようか?」

「これ以上オレンジジュース飲んだらオレンジ人間に成りそうだよ!勘弁。」

「食べ物は?」

「酒のツマミ以外にあったら貰いたいけど……無いじゃん。」

 

貼り付くランスを無視して進む会話は何て色気が無いんだろうと思う。だけど、ここ何日かまともな食事に有り付いていない俺からすると、将来設計『身長170cmオーバー』『筋肉大盛り』マッスルマッスル!!逸早く取り戻す為、食べて食べて食べ捲くらないとイケナイ!これ必須なんだ。

 

 

 

 

時間は10時を過ぎ様としている。

 

酒が飲めないからと言ってシコタマジュースを飲まされ腹がダボダボになり始めた頃、ランスが俺に声を掛けて来た。

 

「ちょっと話しがあるんだけど。………付き合って貰えない?」

「た……アルの事か?」

 

ちょうど大佐は隣りの机に陣取る隊長と挨拶をしている。ここじゃなんだからと席を立ち、松葉杖を付いてランスと一緒に部屋を出る事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

連れ出されてのは建物の外。直ぐ済む用事だからとコートは着てきていない。雪がチラチラ舞い降り始めた街中をランスの後を追って黙って進み続けた。

 

どのくらい歩かされただろう?宿泊する宿なんかとっくに見えなくて、身体もかなり悴み始めて来た時この町に隣接する林まで来てしまった。

 

「いい加減このへんで良いだろう?話って何だよ!」

「………」

 

先を歩いていたランスは、立ち止まりはしたけど俺の声に返事をしない。間を暫らく取った後ゆっくり俺の方に振り向き冷たい笑みを向けて来る。

 

「全く、気が短いんだよ。鋼のオチビは。」

「誰が『チビ』だっ―――――― っ!!」

 

って、ランスの声じゃねーじゃん!!って言うか……???

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ったく、オチビにも困ったもんだ。一度死んでもらえば?』

『       』

『――― っせーな。解かってるよ。』

『       』

『ま、まっかせて!ドライな関係に戻せば………簡単じゃん。』

『       』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

聞き覚えがあるフレーズ。声。………夢の中で聞いた……。

 

この声は……………!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『やっぱりあんたも殺しとこうか?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エンヴィー!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

林の奥まで引き摺られる様に来た俺は、エンヴィーと格闘するも無駄な努力に終わった。雪に顔をうっぷしもう一度その視界に敵を入れようと顔を上げれば、さっき迄茶髪の女は消え変わりに黒髪の少年が立っていた。前髪を鷲掴みにされ引き上げられると、痛みに声ともいえない音が出てクスクスと笑い声が聞こえる。

 

「『焔の大佐』さんは女好きそうな顔して隙が無いんだよ。落とせると思ったのに……だから路線変更。」

 

――― 何を言っているのか……解からない。

 

「聞えてる?オチビ。」

 

――― チビチビうるせー!テメーもチビだろう!!

 

「面倒だから殺しちゃいたいんだけどそうもいかないんだよねー。」

 

――― 二度もヤラれてたまるか!!

 

刃物に変えた腕を闇雲に動かせば、鈍い感触が伝わる。エンヴィーに触れた?その瞬間思いっきり殴られ雪の中に倒れ込んだ俺は、頭を踏み躙られ頭蓋骨からミシミシと嫌な音が聞こえて来る。

 

「やる気満万なのは良いけどね、人間だったら死んじゃうじゃん。」

 

何度も何度もガシガシと踏まれる顔は、口内から出血し歯が折れる感覚。耳の中に雪混じりの泥が入って気持ちが悪い。ボンヤリそんな事を考える余裕がある自分が笑える………。

 

「何笑っているの、自棄に余裕じゃん?」

 

また、髪の毛を掴まれ引き上げられる俺は、さっき迄胃に納まっていた『将来設計の源』!夕飯を全て吐き出した。

 

「路線変更なんだよ、オチビ。一回しか言わないから良く聞きな。」

 

更に高く引き上げられて俺の顔を除き込むエンヴィーは、ニヤリと笑って俺にこう言った。

 

 

 

 

 

 

 

「――― 良く聞きな!これ以上『焔の大佐』と仲良くしてもらうとこっちが困るんだよ。これ以上仲良くするなら……『焔の大佐』には死んで貰うよ。気付いただろう?変装得意なんだよ。簡単に近付いて……殺すよ。」

 

 

 

 

 

 

 

ゾワッと背中に何かが走った。楽しそうに……本当に楽しそうに人を殺すと言いきるコイツは……ヤバイ!!

 

地面に捨てられた俺は、最後の力を振り絞り両手を地面に付いて身体を起こそうと試みる。だけど、背中を踏まれつま先で俺の体をひっくり返すと、鳩尾に蹴りを入れて来た。痛みに反射的身体を丸める。頭上で笑うエンヴィーは、それはそれは楽しそうに言い切った。

 

「オチビも頑張りな。ここに置いて行くから自力で『愛しの大佐』迄辿り着いてごらんよ。それとも『愛しの鋼』を捜しに来てくれるかな?どっちにしろここに居れば『氷像』になって終わりだけどね。」

 

 

 

 

 

帰ってやる!

 

 

帰ってやる!!

 

 

帰ってやる!!!

 

 

 

 

去って行くエンヴィーの後姿を見詰めながら俺はもう一度身体を起こすため両腕に力を入れた。

 

 

――― 帰ってやる!アルの元へ!!

 

立ち上がってはみたが、再び雪の中へとダイブする身体。

 

――― 帰ってやる!皆の元へ!!

 

匍匐全身の様に腕だけで雪の中を這いずる様に町へと身体を動かす。

 

――― 帰ってやる!大佐の元へ!!

 

 

 

 

 

 

 

『仲良くするなら……『焔の大佐』には死んで貰うよ。』

 

 

 

 

 

 

 

 ………雪が降り積もって行く。

 

 ………来た道を隠して行く。

 

 ………動きを止める事しか今の俺には出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

『仲良くするなら……『焔の大佐』には死んで貰うよ。』

 

 

 

 

 

 

 

今の俺には大佐を守ってやる力がない。

 

 

 

 

「雪の中は…………温かい。」

 

 

 

俺は………

 

 

俺は………

 

 

 

 

 

決断しなければいけない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――― りがと……。いいえ、警察……病…………はい。」

「本来……警……東………。大事――――――」

 

何処からか……声が聞える。

 

 

 

 

 

 

ここは何処だ?

 

 

 

 

 

 

なんでこんなに温かいんだ?

 

 

 

 

 

……天国??

 

 

 

 

 

 

身体の感覚ねーよ。

 

 

 

 

 

 

瞼をゆっくり開けると、右目瞼が痛み思う様に開かない。光りの洪水が一気に飛び込んで来て、それに驚いた俺は声にならない音が出る。

 

「――― っさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『仲良くするなら……『焔の大佐』には死んで貰うよ。』

 

 

 

 

 

 

 

心も身体も追い詰められた俺は、近付き俺を心配そうに見詰める大佐から視線を逸らす事しかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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