それは長〜〜い等価交換。

1. 距離感

 

 

 

 



身体の痛みは三ヶ月も過ぎた頃記憶から消えた。
傷跡も殆どがその痕を残していない。

 

 

 

あの日から半年過ぎた。

 

大佐が中央に栄転したのを風の便りで聞いた。

 

 

 

――― スゲーじゃん。また一つ先に進んだんだな。

 

 

……俺と違って。

 

 

 

言葉を掛けるにも会う事は無く、報告書の提出先も新たな『東方司令官』ハクロ将軍へとその手続先が変わった。

会わなければ何時かはこの痛みも時と共に薄らいで行く。

 

 

 

 

……そう思っていた。

 

なのに女々しい俺は、心の中の喪失感を未だに引き摺っている。

 

 

 

 

 

 

 

1. 距離感

 

 

 

 

 

 

「多分本物臭いんだけど……」

「………だね。」

「そっちは埒あかないか?」

「………判断材料が足りな過ぎだよ。」

「………だな。」

「あぁ〜、ここじゃ駄目っぽいな。」

「……そうだね。」

「やっぱ移動するか?」

「うん……それが最善かな?でも………」

 

俺達は東の外れにある小さな村に来ていた。

 

ハクロのオッチャンに、強制的に押し付けられた仕事は『元国家錬金術師の拘束』。

イシュバール時に逃走したその人を拘束し連行するのが任務だった。

 

だけど、その家に行ってみれば本人は三ヶ月前に他界していらっしゃると言う事。(…ここで敬語はおかしい。)

で、その家に独り住んでいた奥さんは、「彼との写真があれば後は何も要らない」と言い、彼が所有していた錬金術の蔵書を置き何処へと消えて行った。

 

俺達はそれを軍に提出しなければならない。元国家錬金術師のコレクションだ。軍としても研究材料として喉から手が出る程興味があるだろう。だから、ハクロのオッチャンには電話で取りに来るよう誰かを寄越せ!と言っといた。

 

しかーし!ただただ運ばれて行く錬金術の本を俺達が指を加えて見ているなんて有り得ないっ!!

て事で、俺達は軍が来るまで蔵書を物色した。

 

かなりの本が犇めく書斎には、俺達が見た事も無い本が結構な量であった。だけど、それはいずれ図書館か資料室に運ばれ国家錬金術師なら許可を貰えば閲覧できるだろうレベルだ。

 

俺達の目的は『ここで逃したら二度とお目に掛かれない稀少本的宝物』略して『宝物』。アルと手分けをして該当する本は無いか調べていると、床に変な突起を見付けた。それを弄れば床が開き地下へと通じる階段が現れる。そこを躊躇い無く降りれば、その男の研究室だったのだろう部屋が現れた。

 

研究資料も興味があったが、彼の専門は『水』。俺達の求めるモノとは違っていたので無視をした。

 

見付けた!『宝物』を!!

 

壁にあったレンガ積みの暖炉の中、俺が何とか入れた小さなスペースに四冊の本が隠されていた。

 

―――!!

 

自分の事を小さいと認めた瞬間俺はその場で苦悶したけど……。

 

で、その本は『東のクセルクセス遺跡』から伝えに来たと言われている錬金術の師が語った本。実際はその弟子達が師の言葉を書き留めた本らしいが、それ自体ところ所の本で掲載されているのは読んだ事があった。本来その文章の一部はポピュラーな内容で、錬金術の基礎が載っている本だってその一文は目にする事が出来る。だけど、全文は始めて見た。

 

それも……多分、元本!!中央の資料室で何度かその写しは見た事がある。だけど、抜けているだろう個所も多く、イライラさせられた事があるのを思い出す。

他にも色々な人体練成に関する蔵書が二冊。それと、東の『錬丹術』とか言う本が一冊。これは軍に報告せず懐行き決定な品物だ。

 

で、その本を隠し持ち、その村に存在した小さな図書館に飛び込んだ………までは良かったけど、何せここじゃ何の資料にもならない絵本と小説と図鑑の雨嵐。行き詰まった俺達の出した結論は『中央行き』な訳だ。

 

しかし、俺が中央行きの事を口に出したとたん、アルは俺の顔を見て無言になった。

苦痛な沈黙が俺を襲う。何が言いたいか理由は解かっている。

 

何時頃バレタのだろうか?アルは俺と大佐の『関係』を知っていた。今では過去形な事も薄々気付いているのだろう。ここ半年、俺の行動を見て聡いアルが気付かない訳が無い。

 

無言で身動きしないアルが俺を見詰める。

 

「………どうした?」

「中央行き………兄さんは大丈夫?」

 

――― やっぱり気付いていたんだ。

 

「何の問題も無い。」

 

俺は余裕な笑みをアルに向けた。

 

 

 

……つもりだ。

実際は上手く笑えているのか解からないけど、これでもあの『痛み』は薄らいだ。多分、本人を目の前にしても上手く笑える自身がある。だからアルは俺の表情を確認して安堵した声を出したのだと思う。

実際、会ってみなければ解からないけれど、少しは大人に成ったと思う俺が、大丈夫と思ったのだから大丈夫なんだろう。中央に行って会うとも限らないし………。

 

「僕、汽車の切符買ってくるね。」

「悪いな、俺宿引き払って駅に行くな。」

椅子から立ちあがりながら俺達が各々すべき事を確認し行動を起こす。

 

 

 

この痛みは……何時か消える。

 

この想いも何時か時と共に消える。

 

俺の中からも……大佐の中からも。

 

俺が大佐と離れた代価は、大佐の安全…未来…?

 

大佐が望む未来を手にする事が出来るのなら………

 

こんな痛み…幾らでも引き受けてやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

中央に着いて何が驚いたって……この人の量は何?って感じで……。

改札を出て、司令部に向かおうと外に出たらこの人の波は何だ!って状態。

何処からこれほどの人が湧いて出て来たのかと思うほどの人が、セントラルの街を埋め尽くしている。人の流れに乗りながら俺達は司令部へと進んで行くが、この大量な人間の理由が皆目見当も付かず、アルと距離が離れて行ってしまう事を舌打ちしながらの移動になった。

 

メインストリート側に出来た人垣の向こうには、軍隊さん達の行列があったりする。その隊列に降り注ぐ髪吹雪きと歓声。何時も目にした街がまるっきり違う雰囲気で俺は言葉を無くした。

 

――― 出兵にしては賑やかじゃん?

 

そんな俺の疑問を追い付いたアルが晴らしてくれた。

 

「今人に聴いたんだけど、今週はセントラルってお祭りなんだって!」
「お祭り?」

「うん、『イシュバール終戦記念日』で ――― 軍事パレードがあったり ―――― パーティーがあったり ――― イベントが催されていて―――」

 

騒然とした中での会話は、隣りにいる筈のアルの声さえ所々掻き消す。でも、言いたい事は良く解かる。どうやらこの中央では『終戦記念日』とやらで、一週間お祭りになるらしい。子供達の姿も多く見える事から祝日扱いに成っているのだろう。

 

「しかし、こんな事ならもう一週間ここに来るのを遅らせるべきだった。」

 

と声に出して後悔した。

これでは今日の宿は取れないだろう。下手をすれば図書館も休館している可能性がある。何しにここへ来たのか……。

 

人波に押されながら、それでも中央司令部が見える場所まで揉みくちゃに成りながら辿り着く事が出来た。と言っても、俺からはその司令部自体見る事が出来ず、大体の予測範囲でしかない。

 

そんな時、暢気にアルは俺の肩を叩いてある場所を指差した。

 

「見て!兄さん、あの仮設ステージに大総統が居るよ!!」

 

俺達が流されて来た人波の隣りには、パレードを見詰める人垣。その向こうに軍列、そして仮設に作られたステージ場には、大総統と副総統。主だった将軍御一行が一列に並び行進して行く軍列に挨拶をしているのが見える。

大総統の左斜め後ろには、護衛だろうアームストロング少佐の巨体が見て取れた。

 

そして………右斜め後ろには、

 

「元気そうだな………大佐。」

 

呟きは人込みに消え誰の耳にも届かないだろう事は解かっている。

その姿は、半年前とは変わらず元気そうだ。正装にオールバックの髪型と少し雰囲気は違うが、その黒は変わらず深い。

人波を堰き止める様に俺はそこに立ち止まり、その姿を見詰めていた。

 

 

 

――― 俺からは大佐が見えるけれど、大佐から俺は見えない。

 

 

 

このポジションを選んだのは俺自身。

 

その他大勢の国家錬金術師を選び別れを告げたのは俺自身。

 

この距離が今の俺と大佐の関係を表していて、皮肉な場所に俺は小さな笑いを浮かべた。

 

「兄さん………行く?」

「悪い……先に国家錬金術師査定用に確保されている宿舎あるか庶務に聞いてみるか?」

「解かった、移動しよう。」

 

アルの声に促され、俺はまた人の流れに乗り中央司令部へと身体を向けた。

 

 

 

 

キュィーーーーーーン……

 

ピーーーーーーン……

 

 

俺達が歩き始めて直ぐ、ミキシングの不快な音がスピーカーから流れる。そして、何時も何を考えているのか解からないオッサンの声がそのスピーカーから流れ始めた。

 

『あ〜、あ〜、……ゴホン! ♪よーく考えよ〜、お豆は大事だよ〜♪ ―――――― あっあっ!只今マイクのテスト中!!本日は夕方から豆が降るでしょう。丸三角四角…四角は豆腐……豆腐は豆から出来ている。』

 

さっきから大総統の声で『豆』を連発していて俺的にはかなり気分が悪い!でも。そんな事は無視してアルと俺は目的地に向かい足を運んだ。

 

『あ〜……そこに居る『鋼の錬金術師』君!!聞えるかな?』

 

 

 

――― 聞えませんっ!

 

 

 

嫌な予感がした!だから俺は、無視を決め込んだ!!そう、聞えなかったんだ、人込みの騒音でアンタの声は俺の耳に届きませんでした!!

 

『そこにいる『豆の錬金術師』君。『史上最小国家錬金術師』君!ミクローミクロー、ミラクルクルクルMaxミクロー!!人波に潰されていないかねー?鳥に食べられ無い様に気を付けなさい?』

 

 

 

ブチッ!!

 

 

 

「誰が豆だ!誰が人に踏まれるほど視界に入らないMaxドチビだっ!!俺は『史上最年少国家錬金術師』で『鋼の錬金術師』エドワード=エルリックだーーー!!………あ。」

 

 

 

 

 

――― 墓穴。

 

 

 

 

 

無視を決め込む筈の俺は、相手の策略にまんまと乗せられていた。すると、どこからか現れた軍人さん達が俺とアルを拘束した。目線を軍人に向ければ、先頭で指揮をしていたのはファルマン准尉だ。

軍人の大量出没で、人込みはそこだけぽっかりと穴が開いたように空間が出来た。

 

「久し振りだね、エドワード君。アルフォンス君。」

「准尉?」

「君を『総統府総統室』に連れて行くよう指示があったから一緒に来てもらうよ。」

「俺だけか?」

「アルフォンス君は軍人じゃ無いからね。弟は私達が預かるよ。」

「解かった、……にしても、直ぐ俺の居場所が解かったな。」

 

確かに大声を出したけれど、こんなに早く駆け付ける軍隊の皆さんに驚くばかりだ。その疑問を准尉に振れば、准尉は高い棟を指差し小さく笑った。

 

 

 

2つの棟にはそれぞれ人影が見て取れる。

1つにはライフルを構えた中尉の姿。もう1つの棟には、煙草を咥えた少尉が俺達に手を振っている。准尉の耳にもインカムが着いている事から、無線でやり取りをしているのだろう事は想像がつく。

 

 

――― って事は、俺が中央に来ている事が大佐にバレタって事だよな。

 

 

会いたくて会いたくて、声を掛けたくて……一番会ってはイケナイ奴。

俺は観念して准尉の案内に従う事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

重厚な雰囲気の大総統室に通された俺は、一時間ばかり待たされた頃になって大総統に会った。

部屋に入って来た大総統の後ろには、アームストロング少佐と……大佐の姿。俺は、心の準備も出来ないままに顔を合わせる事に成ったこの状態を少しだけ恨んだ。

 

「やあ、相変わらず各地で活躍中だね。」
「……どーも。」

 

促されソファーに腰を下ろした俺横のドッシリしたソファーに大総統。俺前のソファーに少佐も薦められて腰を下ろす。そして、大佐は何故か俺と同じソファーに………。

真横に居る大佐の存在が異常に感じられて、俺はイラナイ汗が背中に流れ始めた。

 

「ところで、俺に何の用 ――――――」
「家の家内がね、お菓子を焼いたんだよ。一つどうかね?」
「はぁ?」

 

突如何処から出したのだろう?俺達が囲む机の上に籠に入ったタップリの『スコーン』がドサリと置かれる。イキナリの展開に呆気に取られた俺を見て、畳み掛ける様大総統は話を続けた。

 

「ジャムは私が煮詰めたのだが、こっちは『ストロベリー』で、これは『スグリ』。これは……『ブラックベリー』だよ。」

「「「…………」」」

 

 

――― 大総統以外沈黙。

 

 

「いやぁ〜、ジャムという物は中々奥が深い。そう思わないか?マスタング大佐。」

「………そのようですね。」

 

オーソドックスな返答の中にも、大佐が困っているのは手に取るように解かる。

 

「因みに、粉砂糖だけでも結構いけるのだよ。やはりスコーンには紅茶かな?そうだろう、アームストロング少佐。」

「はい。」

 

――― 本当にそう思っているのか?

少佐は表情を変える事無く返答する。

もしかして、ブルジョワ階級の皆さんは、『スコーンには紅茶』が定番なのか??

 

薦められるまま菓子をバクつく俺を、ウンウンと目を細め眺める大総統。隣りの存在にも居心地が悪い為、どんな味がするのか解からないなんて口が裂けても言えない。

 

「で?菓子食う為に俺をここに連行した訳じゃ無いだろう?」

 

紅茶で菓子を流し込み、俺は大総統を睨め付け本題を促す。大総統は一瞬オドケタ表情を見せたが、直ぐ様何時もの掴み所がない表情に変わりニヤリと嫌な表情を見せた。

 

「実はセリムがだね ―――」
「セリム?」

「私の息子だよ。君の大ファンでね、これにサインを貰おうと思ってだね。」

 

俺は見事に腰掛けていたソファーからずり落ちた。両肘で腰掛けていた場所に縋り付き、床に寝そべる事は避けてはいるが、正直この体制を何処まで死守出来るか疑問だったりする。

そんな俺の状態なんて何処吹く風の大総統は、手に色紙とマジックペンを持ち俺にズイッと付きつけて来た。

立ち上がる気力も尽き、呆けている俺の両脇に手を差し入れソファーに座らせてくれたのは大佐で、そんな事もどうでも良いような気分でその色紙とマジックペンを受け取り、言われた通りそこに自分の名前を書いてみた。

 

「あぁ、ここに『セリム君へ』と書いてくれ。それと、『雛の錬金術師より』も忘れず ―――」
「俺は『鋼』だっ!!」
「すまなかったね、『豆の ――― 」
「は・が・ね!」
「ミジン ――― 」
「鋼・鋼・鋼!!俺は『豆』でも『雛』でも『ミジンコ』でも『ミトコンドリア』でも『種』でも『針』『楔』あぁぁ…!!!兎に角、『鋼』!!アンタが付けた銘だろうっ、間違えるなっ!!」

 

思わずソファーから立ち上がり、両手を振り上げた俺を大佐が腰辺りの服を引っ張り再度腰を下ろさせた。

 

「落ち付きなさい鋼の。誰もそこまで言ってはいないだろう。」
「すまなかったね………『雛豆の錬金術師』君」

「俺は『雛豆』じゃねーーーーーーーー!!!」
 

切れに切れまくって事を済ませた俺がこの部屋を退室出来たのは、あれから一時間以上も過ぎた後だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

背に扉を背負い、大きな溜め息を付く。色んな意味でスゲー疲れを感じていた。相変わらず訳が解からない大総統と、瞳を潤ませ俺を見詰める少佐。……そして、大佐の存在。

扉から二・三歩歩いた辺りでもう一度足を止め、天井を見上げドデカイ溜め息を再度吐き出した。

 

――― どうして俺ってツイテいないんだろう?

 

中央に来ても大佐と会う確率なんて少ないと思っていた。だから、大丈夫だと思ってここに来たのにこんな形で会うなんて……。

俺ってよっぽど神様に嫌われているんだと確信できた。

 

そんな事を考えていれば、さっき後にした総統室から誰かが出て来たらしく、扉の閉まる音と声が聞こえる。

 

「では、失礼します。」

 

その声は大佐で、俺はさっさとここを離れなかった事に後悔する事となった。

天井に向けていた目線を、自分の足先に移す。この後自分が取らなくちゃいけない行動が白く綺麗に脳内から掻き消される。廊下の真中に突っ立て居た俺の横を大佐が通って行く気配があり、俺はギュッと目を瞑りこの状態をやり過ごそうとした。

だけど、大佐はそんな俺の左腕を掴むと、無言で俺を引っ張り何処かへ連れて行こうとする。イキナリの行動に身体が傾きバタバタと引き摺られる俺は、大佐の顔を盗み見た。

 

――― 無表情?

 

その顔は、何か感情を押し殺しているかの如く無表情で、それはそれでとても怖かったりする。でも、ここで何も抵抗せず連れて行かれるのも癪で、俺は引っ張られている腕を自分に引き寄せ掴まれた腕を振り払おうとした。

その行動に大佐は、更に掴んでいた手に力を入れグイグイと俺の身体を引っ張って行く。

 

「離せよ!何処へ連れて行くつもりだっ!!」

「…………」

 

その返答は無く、俺は大佐に引っ張られるまま廊下を歩く事に成った。

 

 

 

 

 

 

怒るなら怒れば良い。

 

殴りたいなら殴れば良い。

 

それで、俺達の関係にピリオドが打てれば………

 

 

 

 

 

………俺はそれを受け入れるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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