それは長〜〜い等価交換。 2. 消滅 |
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「イテテテテ!!」 俺の左腕を掴み引き摺る大佐を睨み上げてみたが効果は無く、何処とも解からない場所へと俺は連れて行かれる。 何に対して怒っているのか?そんな事はどうでも良かった。 殴って蹴って……それで別れが確定するならそれで良い。 東方とは違うその建物内を、好奇な目で俺達を眺める軍人達。 その事を恥ずかしいなんて思う余裕は、今の俺には無かった。 「イテーんだよっ!離せジジー!!」 「―――!!」 ………今のはチョットヤバイかも!? 2. 消滅 勢い良く扉を開けた大佐が、俺を投げるようにその部屋へと入れた。 ヨロヨロと足を動かし、部屋中央辺り迄行って顔を上げれば、そこにいたのは中尉とアル。 何が起こったのか!?と驚く二人を俺と、何でここにアルが?と驚いて身を固める。 「久し振りね、エドワード君。」 「あっ……久し振り、中尉。」 基本的な挨拶は、何とも息の詰る空気に支配された部屋で行われた。 乱暴に閉まる扉の音に反応して振り向くと、俺の目の前には冷酷な表情の大佐が立っている。 バシッ!! 音から遅れて強烈な痛みが左頬を襲う。 殴られた事を理解するのに少し時間が掛かったが、こうなる事は薄々解かっていたから。 ――― あぁ、やっぱりな。 と思いながら声を荒げ大佐に突っ掛かった。 「イテーな!イキナリ何しやがるっ!!」 「何様のつもりだ!鋼のっ!!」 「何がだよっ!」 「この半年連絡も寄越さず、何処をほっつき回っていた。」 「えっ?」 「はぁ?」 大佐の問いに声を出したのは俺とアル。 俺達の反応が理解出来なかったのか、大佐は眉を潜め俺達兄弟の顔を交互に見合った。 「兄さんは、ちゃんと連絡いれていましたよ。」 「あぁ、俺は報告書も提出している。」 「私の所には届いていない、中尉。」 「はい、来ていないわよ。エドワード君。」 今度は俺が、中尉と大佐の顔を交互に見る事と成った。 「当たり前じゃん、だって俺の後見人は新しい『東方司令部司令官』に替わったんだろう?」 「……何の話だ?」 俺の眉も寄る。 大佐の眉も更に寄る。 新しい睨めっこの様に俺達は顔を見合った。 「俺達はちゃんと東方のハクロ将軍に定期連絡を入れている。」 「何故、将軍の名前がそこで出る?」 俺はアルに振りかえり両手を肩まで上げた。アルも首を傾げ大佐の言った意味を掴みかねている様子だ。 「鋼の、私に解かるよう説明しなさい。」 その言葉で再度大佐に振りかえった俺は、大佐の怒っている意味も掴めぬままに言葉を出した。 「大佐……ボケた?」 「何故私がボケる必要がある。」 「だって…………なぁ。」 最後の問いはアルに向けたものだ。 アルは俺に代わってその理由を大佐に述べる。 「半年前将軍に言われたんです。『マスタング君から君の後見人を引き継いだ。今後はこちらに定期連絡を入れなさい。』って。ねぇ、兄さん。」 「あぁ、アンタが俺の後見人を『下りた』って聴いている。」 「私はそんな事をあの将軍に言った事は無い。」 「「えっ!!」」 兄弟ハーモニーは見事に決まった! 唖然とする俺達に、大佐は言葉を続ける。 「鋼の。そもそも後見人は大総統命令だ。だいたい、国家錬金術師は『大総統直轄』なのは、君も組織表を見て知っているだろう?」 「あぁ……」 ――― なんだかそんな気がする。 「本来国家錬金術師を統括するのは総統府だが、全国に散らばる全ての国家錬金術師を統括するのには時間と費用が掛かる。だから、各支部はその代行をする。近隣に住んでいる国家錬金術師達の行動・成果等を中央の総統府に上げる。しかし鋼の場合、君が未成年な上、身元を保証する人物がいない。よって推挙人である私が後見人及び身元保証人を大総統から直々に任されている。よって鋼の行動や研究内容についても私の監視下にある。」 「…………知らなかった。」 「…一番始め、銀時計と共に渡した書類の中に書いてあった筈だ。」 「………俺、まともに読んでねーし。」 「にーさーんー……」 「勢い余って投げちゃったし……。」 「……確かに。啖呵切って投げていたな。」 微妙な間がこの部屋を支配した。 「なら………、その話が事実なら―――」 「事実だ。」 「――― 俺達は『騙された』って事?」 「そうなる。」 「おいっ……それってマジかよ。」 ――― マジ切れ五秒前。 俺は大佐の顔を見る事が出来なかった。 俯いた俺の視界には、自分の靴と綺麗に磨かれた床が入ってくる。 自分達が騙されていた事に関しての恥ずかしさもあった。しかし、それ以上に―――。 「って事は?俺達が半年間やらされていたアレはどーゆー事だ?」 「アレ…とは?」 「…………」 ――― マジ切れ四秒前。 「兄さん………。」 「俺は軍の『狗』だ。だけど……だけど……アルは違う。」 ――― マジ切れ三秒前。 「確かここ半年の東方での検挙率が大幅に上がっています。」 「何?」 中尉と大佐の声が遠くで聞こえる。 ――― マジ切れ二秒前。 「先日、キメラの生息地と化した研究所が一掃されました。」 「それ…僕と兄さんでやりました。」 「それと、列車ジャック未遂検挙。」 「それも僕達。」 ――― マジ切れ一秒前。 「これは?銀行襲撃犯拘束及び検挙。」 「はい、僕達……」 「先程連絡があった、元国家錬金術師拘束……死んでいたのね。」 「それを終えてここへ来ました。」 「殆どがあなた達の……?」 「フム、良くここ迄使われたモノだ。」 ――― ゼロ! 「…………ロス。」 俺の呟きは、ちょうど会話の間に入ってこの部屋に響いた。 目の前が真っ赤に染まる。 耳がキーンと嫌な音を立てる。 身体が熱く、制御が出来ない!! 「ぶっ殺すっ!ゼッテーアイツを殺してやるっ!!」 俺は始めて『本気』で人を殺そうと思った。 頭の中がスパークして、見境が無くなる。今自分がどんな状態で、何をしようとしているのか解からない。 ここからは後で聞いた話になる。 俺は両手を合わせ、右腕を刃物に変えた。 そのまま脱兎の如く扉へと駆け出す俺を止めようと、アルフォンスが俺の身体に手を掛けようとした。 「邪魔する奴は容赦しねーぞっ!」 「ワァッ!!」 俺は、刃をアルに差し向け斬りかかろうとした。尽かさず避けたアルが後ろにいた中尉とぶつかり、危うく中尉が怪我をする所だった。 そのまま体制を扉へと変え、再び走り始めた俺を大佐が対事する。 「君達はここから出なさい!私が鋼のを食い止める。」 「しかし大佐っ!」 「君達を庇いながらと言う器用な真似は鋼の殺傷能力を考えれば無理だ。退いてくれ!!」 大佐の言い分を、一瞬躊躇って口を開き掛けた中尉は、それでも飲み込み傍にいたアルの腕を取った。 「出るわよ、アルフォンス君。」 「でもっ!!」 「ここは、大佐に任せましょう。」 「………はい。」 渋々ながら頷いたアルは、俺を大回りしながら避け部屋を出て行く。 俺は、目の前の男を伸してジジーの元へと行く為腕を振り上げた。 第一打を避けた大佐は、右手に発火布の手袋を嵌め第二打を予測し再び避ける。左足を顔面目掛け入れる。大佐の頬を擦ったらしい俺の蹴りでその頬は小さな赤い傷が浮かび上がる。片足になった俺に大佐の足払いが襲う。避け軽く後方に退く俺に、間髪いれず『焔』が俺を包んだ。
焔自体それ程熱くは無いが、酸素濃度を変えられ一瞬酸欠になる。 攻撃の隙をついた大佐は、俺を近くのソファーへと押し倒し軍隊格闘なのか?サブミッションで俺を抑え込んだ。 「退けっ!俺はアイツを許さねー!!」 「落ち付けっ!鋼の。」 「五月蝿いっ!!退け退け退けっ!!」 手足を固定された俺は、唯一動く顔を横に振り更なる抵抗を試みるが、何の足しにもならない。 どのくらい時間が過ぎたのだろう。 僅かばかり冷静になり始めた俺は、荒い息を付き大佐を睨め付ける。意識が覚醒し始め、今の状態が少し理解出来るようになった。 「退けよ、大佐。……右腕元に戻したいんだ。」 「イキナリ飛び出して行かないと約束するな。」 「もう、大丈夫だから。」 大佐の身体が俺から離れ、ソファーに寝ていた俺はゆっくり身体を起こす。両手を合わせ練成で元の腕へと戻せば、大佐は俺の横に立って大きな溜め息を付いた。
「冷静になったようだな、鋼の。」 「…………。」 「その件は私から将軍に言っておこう。それで良いな?」 「………あぁ。」 両手を組みそれを額に当てた俺は、身体を丸め悔しさを身体の中で殺した。 ――― 許さねーぞっ!何時か見ていろっ!! 俺の気持ちは治まる事は無いが、ここで『将軍殺し』をしてもアルの身体を取り戻す事が出来なくなる事だけは確かで……。 涙が滲んで来るかと思うほど、俺はキツク両手を握り締めた。 「鋼の。」 「………何だよ。」 大佐の声色が変わった事など今の俺は気付く事が出来なかった。 「半年前の手紙は何だ。」 イキナリ振られた話題に驚き、俺は顔を上げる。見上げるそこには、冷静を装いながらも寂しそうな表情を隠しきらない大佐の顔が合った。 「『さようなら』とは?」 「………そのままの意味。」 「私と別れたいと言う事か?」 「そう、その通り。」 「何故だ?」 俺は胸が痛くなった。 人に嘘をつく時は心が痛む。その上、自分にも嘘をつくのだから痛みは倍増される。だけど、その痛みから逃げる訳には行かない。この半年苦しんで結論を出した俺なのだから、今更後戻りは出来ない。
「アンタに………飽きた。」 「飽きた?」 「そう、飽きた。」 俺の顔を見下ろす大佐の顔がピクリと動く。そして、眉を顰め暫し考え込む様に言葉を止めると、口角を微かに上げ俺に言葉を掛けた。 「君と飽きるほど会った記憶は無いが?」 「……記憶が無いのはアンタがボケた証拠だろう?」 「そうか?鋼のと付き合ってから会った回数は、全て言えるぞ?」 「……変態。」 そこでもピクリと大佐の顔が引き攣る。そして、俺の前に片膝を下ろし俺の目線と同じ高さにした大佐は、鋭い眼差しで俺を見詰めた。 「一つ聴く。君が半年前襲われた事は覚えているか?」 「忘れる訳ねーだろ。」 「良かろう。さて、『ランス』と言う女性を覚えているか?」 「ラ…ンス……」 「そうだ、茶髪の女性だ。」 忘れる訳が無い。アイツは女装した『ホムンクルス』エンヴィーだ。 しかし、その事と大佐の話が絡むのか?俺には先が掴めない。 「鋼のが襲われた後、実は彼女も消えた。」 「………そう。」 「………知っているんだね。」 「…………」 俺は大佐の顔を見られず、顔を背けた。しかし、両頬を包み込むように触れた大佐の手が、その視線を直す為力を入れ顔を元に戻す。大佐の視線を直視する事になった俺は、慌てて視線を下に向け瞳を見られる事を避けようと努力した。
「気になってね……あのキャラバン隊が出発した近隣から私達が合流する迄の地域を探して見たんだよ。」 「……一目ボレ?」 「馬鹿なっ!……まあ良い、『ランス』と同一人物らしい人間はその地域にはいなかった。」 「そう……。」 「そして、君が私に言ったね。『知らないねえちゃんぽい感じの人物に襲われた』と。」 「あぁ……。」 「襲ったのは『ランス』。間違い無いね。」 「………」 ――― 聡い奴は嫌いだ! 俺はギュッと瞼を閉じた。 「アイツに何を言われた?」 「…………」 「黙秘…か?」 ――― 言える訳が無いっ! 「ならば『ランス』についてもう少し深く調べるだけだ。」 「駄目だっ!!」 思わず視線を上げ、大佐の襟首を両手で掴む。 「駄目だっ!それだけはっ、これ以上深入りしちゃ行けないっ!!」 「…………」 大佐の顔は、俺が思っていたよりずっと穏やかで、俺は続ける言葉も忘れ暫し魅入ってしまう。 ――― 大佐、……痩せた? 顔色も良くない。 無言になった俺の両手を、襟から離しそこに数回唇を寄せる大佐。ドキッとして手を引こうとしたけど、その力は意外に強く適う事が無かった。
「エドワード。」 「――― ッ!」 真剣な目線で、俺は僅かだけど身を引いた。 「エドワード、ランスと何が有ったか言いなさい。」 「…………」 「エドワード。」 これ以上、この件で大佐が首を突っ込まないようにするには、俺が適当な所ろまで話した方が良いと判断し、視線を逸らし言葉少なく説明を始めた。
「俺と……大佐がツルムと、迷惑が掛かる奴らがいる。」 「ほぅ……」 「だから……サヨナラだ。」 大佐の手が俺から離れ、再度俺の頬を包む。さっきみたいに俺の視線を自分に向けさせ、細めた視線を俺に寄越した。 「何故『さよなら』に繋がる?」 「……だから、大佐の命が………」 これ以上言葉に出来ない。大佐の命が狙われる!それも俺といる事で、なんて言えっこ無い。 「鋼のと私が一緒にいる事で不都合が生じる奴らがいる。そうか?」 「あぁ。」 「私の命を狙う。相手はそう言って君を襲った。」 「…………アンタを殺すって。」 大佐の顔が歪んだ。 と思ったら盛大に吹き出した。 慌てて俺の顔を離し横を向く大佐。喉の奥でクックックと笑いを堪えていたが、我慢が限度を超えたのか?腹を抱えて笑い始めた。 「何笑っているんだっ!アンタ命狙われるんだぞっ、殺されるかもしれない ―――」 「『かも』だろう?『たかだか』『それだけの理由』で私から去ったのか?馬鹿馬鹿しい。」 笑い続ける大佐を、俺は唖然と見詰めた。殺されるかもしれない事を笑って『たかだか』と言い捨てた大佐の考えが解からない。俺は、目を丸くしながら、気が狂ったかもしれない大佐を暫し無言で見詰めていた。 どうにか笑いを納めた大佐は、再度俺に向き直り優しい眼差しをくれる。その瞳に吸い込まれるよう、俺は大佐から視線を外せなくなった。 「鋼の……エドワード。私は誰か知っているかい?」 「えっ?大佐は誰かって……馬鹿にしてるのかっ!」 「言ってみなさい。」 ――― 訳が解からねー? 言われた通り、俺は大佐の決め台詞みたいなアレを口にした。 「アンタの名前は『ロイ=マスタング』階級は大佐。国家錬金術師でもあり、二つ銘を『焔』……『焔の錬金術師』だ。」 「そうだ。」 そう肯定そた大佐は、俺の額にKissをした。直ぐさま離れ、その眼差しを俺に向ける。
「敵が多くてね、何時背中から刺されるか判ったものではない。今更暗殺者の一人や二人、増えた所で大きく変わらんだろう。」 「なっ!!アイツは『変装の名人』でっ ――― 」 「それが?」 「それがって………」 「暗殺者が皆、『私は暗殺者です。』と言いながら来る訳ではなかろう?」 「――――― !!」 フワッっと笑った大佐は、俺の頭を抱き込み頭にKissを何回もくれた。 「有り難う。私の身を心配してくれたんだな。」 「俺はっ!」 俺の言葉を制する様に、大佐の唇が額に瞼に頬に滑り落ちてくる。俺は何とも言えない気分を味わいながらそれを抵抗無く受け入れる。 「有り難う、エドワード。」 「あっ、だけ ―――」 その続きは大佐の口内に消え、紡ぐ事は許されなかった。 大佐の腕に抱き締められたままどのくらいの時間を過ごしたのだろう? ゆっくりと身体を離した大佐が、俺の顔を見て笑った。 「良かった。私は一時期本気で『嫌われた』と思って悩んだんだよ。」 俺は困った表情を見せるしか無かった。 そんな俺にもう一度Kissを贈ると、再度微笑みながら立ち上がった。 「珈琲でも飲むか?私直々に煎れてあげ ―――」 大佐の身体がグラリと傾いた。崩れ落ちる大佐は、床に身体を打ち付けそのまま動かなくなってしまう。 それが、近い未来本当に『大佐が殺される』事とダブってしまい、俺は身動きも出来ず立ち尽くすしか無かった。 「ダレカ……だれか……誰か来てくれっ!!大佐がっ!大佐がっ!!!」 何処かの子供宜しく、俺に出来た事は大声を上げて助けを呼ぶ事で、悲鳴のような俺の声を聴き付けた中尉達が部屋の中に飛び込んで来て、事態は先に進んだ。 中尉が注意深く大佐の様子を覗い、軍医を呼ぼうとした時大佐の目がゆっくり開く。 中尉の後ろから覗き込む俺と目があった大佐は、眉を潜め低い声を中尉に向けて発した。 「何故こんな所ろにガキがいる?」 「「えっ!?」」 冷たい視線が俺に突き刺さる。 俺の中で何かが崩れて行く………そんな音を聴いた。 |