報告書シリーズ  それは長〜〜い等価交換

13.俺達の等価交換

 

 

 

 

 

遮光カーテンが開けられた室内は、太陽の光りが強く入っていた。

それはもうとっくに朝は過ぎ、昼近いことを告げている。

はっきり言って昨日の晩……正確には明け方近く迄ヤっていたんだからこの時間に目が覚めるのは当たり前だ。

ヤり過ぎにも程がある。絶倫男健在を、身を持って教えられた……。

 

 

寝そべった侭ベッドを見渡せば、横で寝ている筈の無能は居ない。

…シーツを撫でればもう冷たい。

それは大佐がかなり前に起きた事を示している。

 

 

太陽が黄色く見えるのは気のせいか?

いや…絶対黄色い!

 

 

 

 

 

 

………窓辺で揺れるレースのカーテンが黄色いからか?

 

 

 

 

 

 

 

13.俺達の等価交換

 

 

 

 

 

 

まず、薄い上掛けに包まれている身体は見なくても解かる…真っ裸だ。少し寝汗でベタ着くが、綺麗に清められている。特に自分では見たいとも思わないアソコが…。ってー事は、大佐がキッチリと処理してくれたせい。

でも、全身バキバキ言っている。久し振りの行為でおもいっきり揺す振られたんだ…それも無理な体制で。関節と言う関節、筋肉が悲鳴を上げている。

そして何より……、アソコにまだ何か挟まっている感じがする。

 

どんだけ突っ込んでいやがったんだっ!

 

何回イかされたかなんて覚えが無い。3…5回ぐらいは憶えている。最後は泣いて止めろと言った記憶もある。でも…、何時寝たのかは記憶が無い。

落とされた………。

戦いの最中だってそう簡単に落ちる事は無い。勿論気を失えば、死が直結してくるからゼッテー落ちるような事にはならない様気をつける。

でも……

 

「落ちたんだよな〜………」

 

吐き出した声も掠れている。

痺れた身体を持て余し、大きく溜め息を付く。

 

「……最悪」

 

まだ振るえる左手を額に落とし、俺は大きな溜め息を吐き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

カチャリとドアの開く音が室内に響く。無能絶倫エロエロ大佐の登場だ。

大佐は、軍服姿ではなくバスローブ1枚の姿。髪が湿っているあたりから見ると、どうやら朝風呂にでも入ったらしい。俺は恨めしく入って来た男を睨め付けた。

 

「起きていたんだね」

「…いたんだね。じゃねーよ!んったく……今何時だ?」

 

椅子替わりにベッドへと腰を降ろした大佐は、サイドテーブルに置かれた時計へと視線を動かした。

 

11時を過ぎたあたりだ」

「―――――」

 

 

 

……絶句

 

 

汽車で大佐に掴まったのは昼前。

そこからこのホテルに連れ込まれて口論になって、ベッドに縺れ込んだのが夕方あたり……。

俺達は何時間行為に没頭していたのか!!

っていうより、昼・夕・朝の3食忘れて何ヤっているんでしょう…。曹長必殺の滝涙が出来そうだ。

大佐に体を起こされてピローを立て掛けたベットヘッドへと背中を預ける。一度部屋を出た大佐が再度戻ってくると、よく冷えたオレンジジュース。カラカラの喉と身体には有りがたい品物だ。

遠慮なく飲み干しグラスを大佐へと突き返せば、嫌味に笑う大人の顔が…。

 

「結構無理をさせたからね。もう少し寝ていると思ったが、案外君はタフだね」

「そう思うなら手加減しろっ!」

「半年以上君に触れなかったんだ。あれだけで足りると思っているのかい?」

 

「ん?」などと言って、俺の目を覗くように顔を近付けてくる。半年分を1日で取り戻そうとするテメーがオカシイ!と俺は怒鳴り返した。

 

「取り戻そうなんて思ってもいないな。いや……私を半年も苦しめたんだ。その分の幸せを取り戻そうとしているのは確かだな」

「〜〜〜〜!」

 

っで?ヤリ捲くり??

ギリギリと奥歯を噛んで睨んでも、シレとした表情で流される。逆に何か悪戯めいた事でも思いついたのか、意味深な笑みを浮かべて俺を眺め始めた。

 

「なっ……なんなんだよっ!」

「朝から色っぽいな〜…と思っただけさ」

「―――――― !!」

 

言われてみれば俺の格好は、下半身は布団が隠しているけれど、上半身はモノの見事に丸出し!別に女じゃないから胸とか隠す必要は無いが、昨日の…ってーか、朝までの事情がアリアリと解かる跡…痕…後。

赤面する乙女じゃないが、カーって顔が熱くなる。それと同じ位ザーっと顔が青くなるのが解かる。

 

ヤバイ!ヤバイ!ヤバイ!!

 

何がヤバイかって…ニッコリと笑う大佐の顔が一番ヤバイ!

出ました『薄ら笑いの奇行師』!この顔を見せる時は、俺に不利な…不幸な事が起こる事間違い無い。その証拠に大佐は嬉々としてベッドへと乗り上げて来ている。

 

ヤバイ!ヤバイ!

 

 

 

    超……絶………ヤバイ。

 

 

 

「何だ?…ね…っ眠いのか!?」

「嫌、別段眠くは無いが?」

「なら……なーんでこーなるかな?」

 

俺の足首を掴んだ大佐は、俺をズッと引き摺りベッドへと寝かせる。その上に覆い被さるよう両手を着いて行動の制限を施してくる。

 

「朝からそんな格好で煽られれば、頂かなくては失礼だろう?」

「朝じゃねーだろ!今は昼だっ!!」

 

『何寝言ほざいている!?寝言は寝て言えっ!!』

って続きを言う前に押し付けられる唇。

 

「んんんんーーーー!!」

 

ジタバタと抵抗してはみるが、至って大佐の邪魔は出来ていない。逆に四肢を絡め取られて抵抗を易々と封じられる。

それでも頭を振って強引に唇を外し

 

「何しやがるっ!!」

 

と抗議した。

 

「何ってナニだろう?」

 

ニヤ付くこの大人が許せない!

 

「朝っぱらから盛るなっ!!」

「今は『朝じゃねーだろ』。じゃ無かったのか?」

 

あげ足取りあがってっ!!

首筋に顔を埋める大人を右手チョップで攻撃する。

 

「痛いだろう〜」

「なら止めろよなっ!」

 

昨日って言うか…朝っぱらまで散々吐き出した欲。もう出すものが無いって程出したんだ。タンクの中なんて空も空!スッカラカンだっ!!おっ起つ物だってありゃしないっ!!

胸に手を滑らせる大佐の腕を掴み抵抗すれば、目を細めて俺の瞳を覗きこんで来る黒瞳。

切なげに柳眉を潜めるから俺の抵抗は僅かだけど小さくなる。

 

「さっき言っただろう、『まだ足りない』と」

 

そして、俺の両手を掴み一纏めにして封じる。

口角を上げた得意の笑いを見せた大佐は、さっきの表情が演技だったって事で、またしても俺はコイツの策略に嵌められた。

 

「はーなーせーっ!!」

「断る」

「ぎゃぁぁぁぁ!!」

 

耳元で騒ぐ俺を呆れ顔で見返す大佐。

 

「その『ぎゃぁぁぁ』は、色気が無いだろう?もっと好い声で私への愛を囁いてくれても……」

「その呪われた口塞げ!」

 

不埒な大人を睨む俺。

品定めをするが如く見詰める大佐。

 

「……解かった。口を塞ぐか」

 

その言葉に俺はホッとした。

のも束の間、大佐の顔がドアップになる。

首を傾げて近付く大佐の意図はアリアリで、俺は慌てて静止の言葉を吐き出した。

 

「何考えているんだ!」

「だから『口を塞ぐ』のさ。どうせならエドワードの唇で塞いでもらおうと思ってね」

「馬鹿も休み休み―――」

 

言えーーーー!!

が紡がれる前に口内に入ってくる舌。

そのままアイツの思惑通り流されて、1ラウンド終了後には本格的に足腰立たなくて……。風呂場に抱かれて移動すれば、中出ししやがった大佐のアレを掻き出す最中に、またエロ本能に火が着いてもう1ラウンド……。

 

 

 

気が付けば意識を失った俺は、再びベッドへと横にされていた。

 

「今……何時だ?」

 

散々喉から声を出したんだ…。枯れていても不思議じゃない。

ベッドの横で優雅に珈琲を飲む大馬鹿野郎は、チラリと時計に目をやる。

 

「今は3時だ」

「…………腹減った…」

 

それ以外の感想は、今の俺から生まれる事が無かった。

 

 

 

再び?三度?疚しい行為に及ばせまいと、振るえる身体を叱咤して何時もの服に着替える。いつのまにか大佐が出してくれていたんだろう、服一式は綺麗にクリーニングされていた。

着替えることは出来たが、歩く事は到底無理で……いや、歩けない訳じゃない。歩くとヨロヨロとしている上、蟹股になるのだ。

『イッパイ突っ込まれました!』

って世間様にバラして歩く様で俺には到底出来ない事だ。だから昼夜朝昼食は、ルームサービスで部屋に食事を運んでもらうと言うリッチな行動にでた。

勿論お金は大佐持ちだ!散々俺を食らったんだからそのくらいの等価は払ってもらおう。

 

テーブルにセッティングされた食事をがっつき、ある程度腹が満ちて一息付きながら紅茶を飲んでいれば、目の前に座る大佐は珈琲片手にジッと俺を見詰めている。

ズズズっと紅茶を啜り視線で「ナンだよ!」と訴えれば、ゆっくり瞬きをした大佐が力のある視線で俺の顔を見た。

 

「これからの予定はどうなっているんだね、鋼の」

 

この口調…表情は、正に『国軍大佐ロイ=マスタング』。

紅茶をソーサーに戻し、俺はしっかりと大佐を見た。

 

「これから…一度アルを迎えに行って東に入る」

「東方か?」

「……ハクロのオッサンは…大佐に任せる。……俺達は、一度『イシュバール』に言って来る」

 

大佐の片眉が片方だけヒクリと動く。

大佐に取っては『イシュバール』と言う言葉が鬼門なのは知っている。俺の『人体練成』と同じ位暗い過去だ。

 

「手に入れた文献に、過去『イシュバールの民が人体に『赤の石』を宿し……』って記述があった。アイツらが俺達アメストリアの人間に会ってくれるとは思えない。まぁ……一応キャンプ地に入ってみるけど、収穫は無いだろうな。だから……現地に入って何かあるか確認して来る。」

「………そうか」

「………うん」

 

 

 

 

沈黙が続く。

俯きカップに残った紅茶を眺める。

 

 

空気が…痛い。

 

 

 

 

 

「何時……中央へ」

「………解からない」

「私は………エドワード。君を何時までも待っている」

 

顔を上げたその前には、優しい眼差しの大佐。

 

「半年……君の気持ちを疑いながら待った。しかし…これからは君を真っ直ぐに見詰めて待っていられそうだ」

「……ヤメロよ」

「何故?」

 

カップを握る力が増す。

再度テーブルに視線を投げた俺は、少ないボキャブラリーの中から言葉を選んで大佐に気持ちを伝えた。

 

「だって……やっぱ…アンタはちゃんと結婚するべきだ。それで…迷わずテッペン目指して駆け上って……。この国救って…で ―――

 

顔を上げて大佐を見る。

有りっ丈の笑顔を大佐に向ける。

 

「皆を幸せにするんだ」

 

 

 

俺は…ちゃんと……

 

 

 

笑えているだろうか?

 

 

 

「私自身が幸せに成れないで、他人を幸せに出来ることはないだろうな」

「――― っだから!」

 

片手で俺の言葉を静止す為手の平を俺に見せる大佐。

取り乱す俺とは違い、有り得ない程冷静な大人の顔が見えの前にある。

 

「昨日も言った筈だ。家庭は君と作ると…エドワード」

「でも!」

「まぁ聞きなさい。」

 

珈琲を再び口に付け一息間を置いた大佐は、真剣な表情で俺を見詰める。

 

「半年…口に出せば短いが、私にとっては数十年に感じたよ。その時君を考え続けた。寝ても食しても仕事をしても ―――

「…真面目に仕事してたんかよ?」

 

少しムッとする大人が子供っぽい。

 

「兎に角…、君が向ける私への気持ちを疑った時は、その秒単位すら長時間に感じた。しかし……今は迷わない」

「……俺が…アンタを裏切らないと?」

「私が表面的に君を裏切る行為をしても、君は私を信じるだろう?」

 

自信が漲る黒瞳。

あぁ…、俺は大佐のこんな所ろが好きに成った一つなんだって思った。

言われた通り、俺は大佐が例え俺に焔を向けたとしても絶対最後まで信じているだろう。

 

 

 

焼き尽くされるその瞬間まで………。

 

 

「だから行っておいで、そして、必ず私の所ヘ戻って来なさい」

 

そんな都合の良い事言って良いのか?

俺の目はそう大佐に訴えた。

 

「君がアルフォンスの身体を、そして自分を取り戻す為に割く時関は、私にとっても大切な時間になった」

「何で…だよ……?」

 

言っている事が解からず首を傾げる俺。

その仕草を見てクスリと大佐は笑った。

テーブルに肘を付き両手を組み合わせて口元をその手へと持って行く。………何時もの仕草。

暫らくぶりにそれを見た気がした。

 

「永遠を手に入れる為に我慢する。君の全てが欲しいからね、だから私は君を待つ事が出来るんだ、エドワード。君を縛り何処にも行かせないと心が叫ぶ事は無くなった。何故なら必ず君は『ここ』に居るだろう?」

 

そう言って大佐は自分自身の心臓の付近に拳を当てた。

 

「私は君と共に旅をする事が出来ない情けない恋人だ。……が、必ずエドワード、君のここにも私が居てくれる。そうだろう?」

 

君の半年はそうでは無かったのか?と言葉を付け足す大佐。

その通りだから、俺は恥ずかしさも有ったけどしっかり頷いた。

 

「でも…あんたの言ってる事、解かる様で解かんねーよ」

「そのうち君も解かるさ」

「歳取れば?」

 

意地悪に視線を投げて言ってみる。

 

「……錬金術以外でもっと賢くなればな」

 

嫌味な笑顔付きで返り討された。

 

 

ナンだか恥ずかしくなって、満腹の胃袋を無視して近くに在ったクロワッサンを掴み口に入れた。俯き次の言葉を考えても何も浮かばない。

ただ……ただ、もう一度大佐とこうして話しをする事が出来た喜びが、今になってジワジワと俺の心を温めてくる。

 

失わずにすんだんだ。

 

一度はカッコ良く『別れ』を覚悟して自分に言い聞かせた。

でも、やっぱり失う事が切なくて、まるで女の様に弱い部分でウジウジした。

 

 

 

 

 

 

俺は二度と俺は間違わない。

欲しい物は欲しいとチャンと口に出す事。

簡単な様でとても難しい………。

 

 

 

 

何時の間にか俺の隣に立っている大佐。

クロワッサンを咥えたまま仰ぎ見た俺は、馬鹿な大人をまたも見る事と成った。

素早く俺の椅子を引き、軽々と俺を抱き上げる。「???」たくさんの?を飛ばす俺をクスリと笑い、大佐は上機嫌に歩き始めた。

 

「……何処行くんだよ?」

「寝室に決まっているだろう」

「はぁぁぁぁ!?」

 

それは世論でも決まっている事なのか?

ジタバタと腕の中で暴れる俺。

 

「何か期待しているのか?ただ疲れただろうから君はベッドで横になれば良い」

「…………横になるだけか!?」

「……まあ…たまに起きたりする事はあるだろうが…、私がしっかり抱き留めて ―――

「アホーーーーーーー!!!」

 

チョップ チョップ チョップ チョップ チョップ チョップ チョップ チョップ チョップ チョップ

額に右手で手刀。

 

グギッ!

 

左手で顎に正手。

 

流石にキタんだろう、大佐は近くに在ったソファーへと俺を降ろした。

 

「エドワ〜ド……」

「変態!無能!絶倫!エロ!アッチ行けっ!!」

 

座ったまま左足で大佐に向かってキックを放つ。勿論届く事は無い、あくまで威嚇だ。

再度罵声を浴びせ様と息を吸ったら、けたたましく室内に電話の呼び出し音が鳴り響いた。

 

「………」

「……おい、大佐…電話」

 

俺が電話に気を取られた隙に再度易々と抱え上げ寝室に向かう大佐。慌てて髪を引っ張り鳴り続ける電話へ意識を向けさせた。

 

「で・ん・わ!」

「……ほっとけばその内止むさ」

「早く取れよ!軍からの緊急連絡かもしれないだろう!」

「だったら、余計取りたくは無いな」

「〜〜〜〜〜〜!」

 

ああ言えばこう言う…。

ガシガシと髪を引っ張り「禿げるまで引っ張るぞ!」と耳元で叫べば、寝室に入った大佐は俺をベッドに座らせ、芝居がかった盛大な溜め息を一つ吐くと渋々電話へ向かって歩き出した。

けど、扉へさしかかった時、その呼び出し音は切れ静寂が再び部屋を包み込む。

無駄骨だ。と呟き前髪を掻き上げながら戻ってくる大佐は、何処か嬉しそうに見える。

このまま行くと……俺は干上がる事間違い無い!

慌ててベッドから立ち上がり窓まで走った俺は、威力は無いだろうけど思いっきり睨め付けた。

 

「どうしたんだ?エドワード」

「どうしたも、こうしたもねーだろう!このまま大人しく『はい、どーぞ!』ってヤラせるかっ!!」

「……無粋だね」

「何が『無粋』なんだよー」

 

……声も半泣きだ。

ジリジリと間合いを詰める大佐と、なんとか逃げ様と模索しながら移動する俺。

室内にコチコチと置時計の秒針音が響く。

ドンドンドン!

誰かがドアを強くノックする音が聞こえる。

お互い顔を見合わせ、来客者を想像して嫌な予感が走った。

 

「大佐…出ろよ…」

「私を……殺す気か?」

「一回死んどけば?」

「…………」

「…………」

 

硬直して動けない俺達を催促するかのノック音。

 

 

パンパンパンッ!

 

 

今度は……銃声だ。

ドアのカギを壊したんだろう……、簡単に察しが付く。

バタンともドカンとも形容しがたい音が響き、銃を構えた人間が扉の開いた寝室入口へと向かって来る。

当然俺達は、……隣同士並んでハンドアップした。

 

「………スペアーキーを借りられなかったのか、中尉?」

「緊急事態でしたので」

 

アイスドールと言われる中尉が、その照準を大佐の眉間へと合わせている。どうやら俺は被害を受ける事が無さそうで小さく安堵の息を吐くが、隣で油汗を流す大人に付合いまだアップ状態を続ける。

 

「緊急事態とは?」

「はい、ここ1ヶ月記憶を無くした上に、演技の為とばかりに仕事を部下に押し付け、本人はこれから1週間も有給を取ると宣言し勝手に電話切ると言う暴走行為を働いたので、逃走を危惧し突入しました」

「…………私の事か?」

「…………あんた以外誰がいる?」

 

無様にホールドアップする俺達は、互いに顔を見合わせた。

その直後、バチバチと錬金音が聞こえ、その後直ガチャガチャと独特の足音が聞こえる。

 

「兄さん!」

「アル……どうしてここへ?」

 

寝室についたアルは、俺達の状況をどう捉えたのだろうか?中尉の後ろでホールドアップした。

首を傾げ俺を見たアルは、さっき俺が投げた質問におそるおそるこう応えた。

 

「別に…兄さんに用があって来たんじゃないんだ。ただ…強制連行?」

 

中尉は強制的にアルを連れて来た……ってか?

恐るべし無能の手綱!

ここ迄するから中尉は中尉なんだろう。改めて感服です。

 

「では、車の用意をしますのでチェックアウトお願いします」

「……今直ぐかい?」

「はい」

 

ガチャリと撃鉄が引かれる。

無言で言っているんだ!『帰らないと言うならば撃ちます!』…違うか、『撃ち抜きます!』と。

コクコクと首を縦に振る大佐は、やはりヘタレで頂けない。

それでも両手をゆっくり下ろし、俺の背中を押し退室の準備をする為クローゼットへと歩き出した。

 

「では、私共は先に行っております。く・れ・ぐ・れ・も、逃げ出そう等と低能な行動は謹んで下さい」

 

ウッともグッとも言えない響きが、大佐の喉から発せられる。

どうやら隣の大人は、中尉の目が離れたすきに逃げ出すつもりだったらしい。何処までも…無能。

 

「中尉!」

 

俺は出て行く中尉を呼び止めた。

 

「何、エドワード君?」

 

身体を捻り顔を見せた中尉は、僅かに笑みを口元に見せ普段と変わらない優しい眼差しだ。

 

「中尉は大佐と車でセントラルへ?」

「えぇ、そうよ」

「なら…俺とアルは汽車で戻るよ」

 

中尉はきちんと身体を俺の正面へと向け、首を傾げて眉を寄せる。

 

「何故?一緒に乗って行けば良いでしょう?」

「でも……俺とアル乗せたら狭いよ」

 

物量的に俺は良いとして大人の大佐とアルを乗せたらかなり…狭い。

 

「大丈夫、エドワード君にはこの1ヶ月色々苦労してもらったからゆっくり助手席で寛いでちょうだい」

「………では…私が…」

 

横からオドオドと声を出す大佐に中尉はキッパリ言い放った。

 

「アルフォンス君と5時間、後部座席にお願いします」

 

潰れるぞ……大佐。山道……それも5時間。

その後帰れるわけじゃないんだろう?確実中尉に監視されながら書類と格闘するんだ。

なんか………同情する。

 

中尉とアルを唖然と見送る俺達は、静まり返った部屋で再度顔を見合わせた。

そしてどちらと言わず盛大に笑った。

久し振り、腹の底から笑った。

 

大佐が居て、

 

アルが居て、

 

皆が変わらずに居る。

 

 

どんなに幸せか今の俺には解かる。

大佐が俺を信じて待っていてくれる限り、俺は前に進める。

大佐を支えてくれる人が居るから、大佐は俺を待っていられる。

俺にはアルが居るから、道を誤らずに進める。

 

その事が……とても幸せだと思った。

 

「行こうか、エドワード」

「あぁ」

 

荷物と言っても俺のトランクくらいで、後はコートを着て部屋を後にした。

 

セントラルに入ったら、速攻旅に出ようとさっき迄思っていた。

だけど、皆と…中央で待つ少尉達や迎えに来てくれた中尉。アルと大佐。皆で旨い物食べて多いに話したいと今、心から思う。

 

「大佐、帰ったら何食いたい?俺、作るよ」

「――― !直出るのでは?」

「う〜ん、皆とも話したいから、夕食誘って皆で食事しよう!」

 

俺はとびっきりの笑顔を大佐に向ける事が出来た。

だって、これから必ず来るだろう大佐との未来を心から待ち遠しいと思わずに居られないから。

 

「早く行こうぜ!中尉とアルが待ってる!!」

 

俺は駆け出した。

身体は少し重いけれど、心はとても軽かった。

 

「待ちなさいエドワード!」

 

後ろから大佐の声が聞こえる。

俺は振りかえり大きく大佐に手を振った。

 

End

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■