続・未だ生を知らず…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 −−−砂漠の中にそびえる巨大な要塞

 

 

 

 敵の篭城している町はそんな表現が似つかわしかった。町周辺を高い塀で囲み、中の様子は窺い知れない。空撮された写真を見ると、その塀はあくまで『外堀』の役目であって、中にもう1周塀がめぐらされて居た。

 

 

 

難攻不落……。

 

 

正に文字通りの町がそこにあった。

 

前線部隊は、町の手前約4キロの所で1度進軍を停止しする。今後の作戦内容の確認と、これから暫らく続くであろう戦いに備えて『宿営地』を確保する為だ。

アームストングが中心となり、宿営施設を建て武装準備を進める。エドワードは、最前線へと向かう為小隊長と綿密な打合せをしていた。

 

正面から本隊が突入する前に、前線部隊が双方から攻撃を仕掛け意識を逸らす。そして、後方の崖下から先発隊が回り込み街中心部分で起爆させ更に意識を内部に向けさせる。

『今時の子供ですらこんな馬鹿げた作戦など考えはしない!』と、この前線を指揮する将軍ロイ・マスタングは言った。前線に出る者全ての意見でもあるが、決めたのが『火の粉が掛からない卓上で話すお偉い様達』。自分達の生命など書類上の数値でしかないのだ。

 

 

 

 

 これが『戦争』。

 

 

 

 

最終的に勝てば『官軍』負ければ『賊軍』なのだ。だから、『お偉方』は卓上で出来もしない『作戦』を考え動く。ここで失敗しても『また次が有る。』から躊躇いなど無い。しかし、数の話しでも『戦死者』は実際に出るのだ。

 

『死』への恐怖と戦いながら、皆自分の与えられた仕事を淡々とこなす。誰一人生きて帰れるとは思ってはいないが、逃げ出す訳には行かない。『脱走兵』には厳罰が待ち構えているからだ。どちらを選択しても、自分達の未来は暗く重い……。

 

そんな後ろ向きな雰囲気を狙ったかのように突如背面から攻撃を受けた。まさかの奇襲に軍人達は慌てふためき、指揮系統が定まらないままの反撃を余儀なくされる。

 

そもそも、ここに進軍を停止し1時間とも経っていないのに攻撃を受けたのだ。密偵者が軍にいるのでは無いかと疑心が生まれる。それは、仲間同士の信頼感をそして協調性を下げ、攻撃力を見事なまでに削がれてしまっていた。その時突如として、エドワードが練成した壁が突如出現した。

 

「今の内に陣形を立て直せっ!」

「通信担当は前線本部に連絡を!背面からの敵に7割の兵を。前方に監視を!! 指揮系統が整い次第各小隊狙撃開始!!

 

エドワードの声とアームストロングの指示が銃声と爆音の中で響く、始めこそ奇襲というトリッキーな攻撃に圧されていたが、指揮系統が回復し陣形が整い始めると形勢は五分五分に迄戻されて居た。

 

しかし、以前として状況に変わりは無く、本来の目的でも有る『内部爆破工作』までには手を回すほどの余裕は無かった。そして、立て直した直後から前方の町に篭って居た敵陣がこちらに向かい兵を上げたと連絡も入っている。今の状況で兵力の分散など正に『敗北』を意味する。されど、反撃せねば自滅と何ら変わらない事となるのだ。

 

接近戦となり始めた時、エドワードは近くで交戦中だたアームストロングに近付き声を掛けた。

 

「将軍……。このままじゃ『爆破工作』所じゃなくて、この部隊が全滅しちまう。」

「本隊到着まで持ち堪えるしか有るまい。」

「……俺、街に潜入して『爆破工作』して来るよ。」

!! 何を言っている!エドワード・エルリック。死に行くつもりか!?

「勘違いするなよ?その逆だよ。このままここで頑張っても本隊が到着する前に全滅は目に見えているだろ!? だったら…奴らの『穴に火を付けて』やれば良いじゃん。逆にそれ以外方法は無いだろ?」

 

器用にも敵を倒しながら話す内容は、重く苦しい選択だった。そして、ここでこちらからも何かをし掛けなければ全滅するのは解かっていただけに、アームストロングはこの案をのむ以外選択肢はなかった。

 

「うむ…。解かった、我が輩が行こう。」

「何言ってんだよ!将軍は『司令官』だろ?ここを離れてどうするんだ!俺が行く!! 任せろ。」

 

爆音と共に揺れる大地の上で、生意気そうな金の瞳が一瞬揺らめく。……いくら『国家錬金術師』だとしても、敵中枢部に日のある時間潜入し『工作活動』をして無事戻って来られる程甘いものではない。完全な『片道切符』である。

 

「我が輩は……約束を果たさねばならない。」

「ロイとの?だったら尚更やらなきゃ死ぬぜ?」

「せめて他の『国家錬金術師』を出そう。」

「……俺以上に適任な奴が居ればな。」

 

アームストロングは何も言い返す事が出来ず、無言のままの応戦をしていた。

 

「俺しか居ないだろう?……だから行く。生きる為に行かせてくれよ。」

「我が輩は……。」

 

その話しを聞いて居た小隊長が、エドワードとアームストロングの話しに割って入って来た。

 

「越権行為をお許し下さい。将軍!我が小隊6名は、本来『工作』担当に含まれておりました。もし宜しければエルリック殿の『護衛』を任して頂きたいと!」

「なっ…何馬鹿な事言っているんだ!? 死にたいのか??

 

エドワードの叫んだ声に小隊長は少し笑いを浮かべ反論した。

 

「エルリック殿は死にに行かれるのですか?」

「そっそうじゃねーけど、危険だぞ!生きて帰れる保障なんてねーんだぞ!!

「それはここに居ても同じでは有りませんか?第一、町の地理に詳しいのですか?味方との通信はどうなされますか?……今は、味方が一人でも多く生き残る為に出きるだけ確実に『穴に火をつける』必要が有るでしょう?」

 

エドワードは何も言い返せず、ただ息を飲み込んで小隊長を睨んだ。アームストロングは、静かにエドワードに言った。

 

「行くのなら、彼らを連れて行くのが条件だ。……どうする?」

 

エドワードは、奥歯を噛み締め暫し考えたが、アームストロングの提案した条件を飲み込んで町へ向かう事にした。

 

 

 

 

 

 

 

前線部隊が、『奇襲』を受けた連絡を傍受した本部は、まるで蜂の巣を突ついたような慌しさになっていた。第一報が入ってから、なかなか通信が傍受できず健在の状況を把握しきれない。送れて出発した本陣には連絡は居れたが、戦闘区域到達までは最低3時間は掛かる。

 

ロイ自身、本部を飛び出て最前線へと向かいたい衝動に駆られたが、本部の指揮官である自分が動揺すれば軍全体の動揺に繋がり、それだけ各部署の連携が乱れ手の打ち様が無くなる。ひたすら入ってくる情報を待ち、椅子にどっかりと座り続ける以外動き様が無かった。

目の前を慌しく動き回る腹心達を、視界には入れているが何の感情もわいて来ない。声を掛ける事も忘れ、ただ、最前線に居る者達に意識が向かう。

 

「エド……、無茶をするな。自ら火の中に飛び込んでくれるな。」

 

……ロイの呟きは、部屋の声に掻き消され誰の耳にも届く事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

砲台付軍用車両に乗り込み小隊の4人と街の手前に到着したエドワードは、『錬金術』と捨て身の『狙撃』によって何とか中堀を突破し、街中央の『シンボルタワー』を目指し車を走らせて居た。

内部に入ると発砲してくる者は少なく、女子供が身を守る為に使い慣れない火器をこちらに向けているのが解かる。しかし、数を撃たれては何時命中されるか判らない為こちらも反撃を止める訳には行かず、目を背けたくなる光景を作り上げて行った。

 

 

車で走る事、10分も無かっただろう……。

街の中心が見えてきたが、その辺りからは残って居た反乱軍達が抵抗を強めて来た。建物内部に何人の住人が居るか判らなかったが、躊躇無く砲台から火を放ち建物を攻めたてた。この建物を爆破したからと言って情勢的には変わらないのだが、心理的に自分達の『象徴』を破壊されれば心理的打撃になると考えての作戦だった。しかし、エドワード達は現在『崖っぷち』に立たされている為、更なる打撃を与えたかった。

 

「……小隊長。ここは俺に任せてくれないか?『錬金術』でいっきに『かた』を付けてやる!」

「危険過ぎます!」

「かと言って他に外で戦っている奴らを楽にする方法があるかよっ!大丈夫!!『国家錬金術師』の力を信じろ!」

 

エドワードの気迫に負けた小隊長は、エドワードの作戦を聞きそれを良諾した。

 

 

 

建物まで後50mと銃撃が激化する中車は進み続ける。フロントのボンネット上には、エドワードが片膝を付き前方を見据えて居た。

 

「今だ!」

 

エドワードの声を合図に、運転をしていた青年兵は急ブレーキを掛け、バックギヤにシフトチェンジをしアクセルを踏む。慣性の法則で前方に投げ出されたエドワードは、地面に投げ出されながらも体制をコントロールし建物に向かって駆け出した。車両は後方へと走り、スピンターンの後街から脱出する為加速して行く。

 

 

建物に入ったエドワードは、銃撃を何とかかわしながら駆け抜ける。当たらないのが自分でも不思議なほどの幸運だ。

 

「『とっておきの切り札』を発動させこの町を……。兎に角、急がねーと!」

 

エドワードは所々に銃弾を受け出血をしている。身体を動かせば痛みが走りここで力尽き座り込みたい気分が増す中、我武者羅に屋上を目指していた。

 

 

『相手の命を奪わず、そして自分の命も落とさない。』綺麗事をやってのけたエドワードは、屋上の練成した壁の陰で座り込んだ。やけに心が静かで、これを『嵐の前の静けさ』と言うのだろうと冷静に考える余裕さえあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ロイは忙しく情報が飛び交う中、何故か心が穏やかになった。頭の中は『焦り』が蠢き居ても立っても居られないが、心が『無風状態』の感覚を味わって居た。

『……いやな予感がする。』

第六感が何かを告げる。それは……今考えると『とてつもない恐怖』だったのか『安らぎ』だったのか。答えは見付からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

頭の上を弾道が横切っている。

後少し…後少しで、あいつらは町から出る事だろうか?

エドワードは小さく身を潜め、ただその時を心静かに待っていた。

 

蒼碧の空に鳥が飛ぶ。誇らしげにその雄大な翼を愚かな人間達に見せつける。

 

 

 

 

 

 

「アル……何時も心配かけてばっかりの駄目アニキだったな。アルは、優しいし頭も良いからみんながアルを支えてくれる…頑張れよ。」

 

「ウィンリィ、ピナコばっちゃん……いつだって俺達兄弟を無条件で受け入れてくれてありがとう。アルを頼みます。」

 

「アームストロング准将、貧乏くじ引かせちゃったな。リゼンブールにまた行きたかった…あの時凄い楽しかったよ。」

 

「ホークアイさん、ハボック、ブレダ、ファルマン、フュリー。俺の大切な姉さんと兄さん達……色々ありがとう…それとごめん。ロイを頼みます。」

 

 

 

もう一度見上げた空は、何処までも何処までもその蒼を広げていた。

 

 

 

 

 

あの日、東方司令部の階段上に立っていた『大佐』のロイ。その後ろに広がっていた空と同じ色をしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ロイ、ゴメン!………………………今、お前の所へ行く!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エドワードの錬成した青白い光りが、地を這い円を作って町の外へ外へと広がっていき光りを追う様に立っていられない程の風が押し寄せた。刹那、切り返すように中央に向かって全てを飲み込む勢いの風が巻き起こった。

 

そして、全てを天に贈り届けるかの如く青白い光りの柱が生まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから10日余り……この内戦は終わった。

 

軍発表によると、前線部隊148名中帰還84名、内負傷者52名。死者・行方不明者64名。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………未還者リストの中に『鋼の錬金術師』の名前が記されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■