報告書シリーズ 第1章

 

 

 

 

 

 

…飯も食った。

…歯も磨いた。

…宿題もしたら良い子は寝る時間。

 

俺は、幼い頃から夜中まで本を読んでいたから良い子ではなかった。

 

今は、『二重人格・不思議青年』ロイ・マスタングに連れてこられた『ガーデン・バー』に居る。

未成年で『bar』と名の付く場所に居るわけだから今でも良い子ではない。

 

……俺は子供じゃないからいいけどね。

 

この季節になると、公園や広場のあちこちで『仮設ビストロ』が開店する。

屋根の下で暗く酒呑むより、気持ち良い空の下呑んだ方が気分も開・放・感〜、ってやつだ。

大体の店は、『ピアノ』や『ギター』『パーカッション楽器』などが設備されていて、酒呑みたいヤツは呑む。歌いたいヤツは歌う、毎日宴会気分で集まる場所だ。

 

 

俺と大佐は、ピアノが設置してある横の机に陣を取り、恰幅の良い『ラテンなおばちゃん』が渡してくれたメニュー表を見ていた。

しかし、なんで俺が『ソフトドリンク』のメニューで、大佐が『アルコール』のメニューな訳?

 

「ロイ。決まったら俺にもそっちのメニュー見せてよ!」

 

明らかに嫌そうな顔つきの大佐。

 

「…未成年者が『酒』を飲んではイケナイだろう!」

「そういうロイは何歳で呑んだ?…舐めたんじゃねーぞ、呑んだのはイツだよ?」

「……17ぐらいか?」

「だろー、『四捨五入』すれば俺も二十歳だよ!飲んだれ!飲んだれ!!」

「……年齢を四捨五入する意味が無いのでは??」

 

硬い表情の大佐は無視して、俺はアルコールのメニューを覗き込んだ。

 

「おっ。ユースウェルの地ビール有るじゃん!!これ美味いよ。」

「飲んだことがあるのか?」

 

大佐はかなり嫌そうに眉を潜めている。

 

「飲んだっって言えば飲んだ…よな。どっちかって言うと『浴びた』が正しいな〜。キロ事件の祝い酒だって頭からぶっ掛けられてさ〜、目に入るは、髪の毛ズタボロになるわ散々。」

「……勿体無いな。」

「だろー!ビールは『飲む物』、間違っても『浴びる物』じゃないな。」

 

で、俺はカクテルの『モスコミール』を注文した。

といっても一緒に『オレンジジュース』も頼んだけど。

大佐は、ウィスキーをロックで頼んでいた。

 

「ロイって結構酒強い?」

「エドは強いのか?」

「……『ザル』まではいかないけど…それなりに。」

 

ロイは椅子の背もたれに寄り掛かり天を仰いでいた。

 

「エドは…飲み慣れているみたいだな。」

「…こういう『健全』な飲み屋には余り来ないよ。どっちかってーと…暗くてヤバそーな所が多いかな?」

 

俺が余りにもあっけらかんと言い放ったので、大佐は一瞬納得した顔をした。

だけど、直ぐ顔の表情が変わり良識有る大人の顔で睨んできた。

 

「エド!君は未成年者だ。解かっているな!」

「好きで行くわけじゃねーよ…情報貰いに行ったり、石の現物が有るって言うから見に言ったり…その時に会うヤバそうな連中に『僕はおこちゃまだから飲めませーん!』て言って警戒させる訳いかないじゃん。だから…結構慣れたんだよ。」

「薬とかやってないだろうな?」

「薬はやってないよ…タバコはたまに吸わされるけど。基本、成長期の俺が好むとは思えないだろう?」

「……」

 

マジ怖い顔で俺を見ている大佐。

だから、俺だって好きでそんな事するわけ無いじゃん。

『蛇の道は蛇』だったかな?『朱に染まって赤くなったら風呂に行け?』だっけ?

…とにかく悪ぶるには『酒とタバコ』が手っ取り早い。

アルはかなり嫌がっているけど。

 

だから、絶対連れて行かない。

見せない。

 

俺は小さい溜め息を付いた。それを見た大佐は悲しそうな表情に変わり、そして優しく微笑んでいた。

 

「エドは…強いな。」

「……酒が?」

「……」

 

本日の不思議の国の大佐は、俺を見つめながら寂しそうに話し掛ける。

 

 

 

……だから、俺は目を逸らす。

……こんな大佐は知らない。

…だからその意味を知りたい?

…知りたくない??

 

 

 

独り訳わかんねえ考えが頭の中をグールグルって回していたら、テーブルに注文した飲み物が届いた。 大佐は俺の『モスコミール』を寄越し、自分が注文した『ウィスキー』を手に取って俺の方に傾けた。

 

「…何?1口くれるの??」

「乾杯ぐらいしようと思ってね。」

「何に乾杯するの?『君の瞳に乾杯!!』とか言ったら…口から砂吐くぞ!」

「では、……君の瞳に乾杯。」

「……」

 

 

…俺……寒い。

俺、今どんな表情してるんだろう?

大佐はかなり真面目な顔をしているのは解かるけど…。

 

マジ?マジマジ??

マジまじマジ???

 

「エド。『砂』吐かないのか?」

「……」

「『砂』を吐くと言ったから言って見たのだが…」

「……指突っ込んで吐いてみます。しばらくお待ち下さい。」

「……冗談だ。」

「……」

 

大佐でも冗談言うんだ…。

だからニヤニヤ笑っているんだ…なんかむかっ腹!!

ギリギリと大佐を睨んでいると、大佐は「明日からの君の安全を祈って…」って勝手に盛り上がって始めちまった。

安全って何がだよ?

今日の安全は保障されないのか??

とにかく勝手に行ってらっしゃい状態の大佐は訳わからね〜。

 

 

 

 

それから色んな事を喋った。

大佐と駆け引きなしで喋る事なんて無かったし、最初は変な感じだったけど、大佐って『結構面白いヤツ』って認識が変わってからは気が楽になった。

クダラ無い話しをしながら『酒』は進む。

俺が『モスコミール』2杯目、大佐は『ロック』を3杯目…大佐強っ!!

俺、結構酔ってきているし、『顔に出ない』って言われるから多分『しらふ』に見えるだろうけど……はっきり言って眠い。

それに比べて大佐は全くペースが乱れない。余裕の微笑ってヤツ??

…差が出てムカツク!!

 

「ところでエドは、何か楽器を弾けるのか?」

「楽器??…俺まともに楽譜読めないぜ!!」

 

いきなり話しが飛んで付いて行くのに必死な俺を無視する様に、大佐は隣に有ったピアノの前に座り鍵盤を叩き始めた。

それも軽ーく曲を弾いている。

 

やっぱり…女ゲットには必需アイテムですか??

 

「大佐…ピアノ……うめーじゃん!!」

「子供の頃、強制的に習わされてね。その時は嫌々だったが大人になると習っておいて良かったと思うよ。」

 

話しながらピアノを弾く大佐……。

スゲー『いい男モード』していません?

周りのお客は『悩殺ビーム』クラってメロメロ〜、って感じです。

 

「エド、ピアノを弾いた事は?」

「あるよ!俺にも1つ弾ける曲が有る。」

「凄いなぁ。で、なんの曲だ?」

「『猫踏んじゃった』…途中まで。」

「……途中なのか?」

 

……『猫踏んじゃった』はお約束だろう!?

 

「他に楽器をいじった事は?」

「…学校で少し。」

「何を?」

「…すず・カスタネットあと…『リコーダー』」

「リコーダーを吹けるならたいしたものだよ。」

「でも『アマリリス』しか吹けないぜ!」

「……」

「『靴屋の小人』は、夜中に好き勝手なデザインで、急ぎの発注分だった靴を作っちまうんだろ?」

「……」

 

リコーダーのテスト曲だったから吹ける。後は真面目に授業なんて聞いてなかったし…。

 

「学校で歌を習っただろ?」

「あぁ…覚えているのは『ドナドナ』?」

 

俺と大佐に暫くの沈黙が走る。

 

『料理無能』な大佐…。

『音楽無能』な俺…。

 

共通点は何処にも無い。

大佐の呆れ顔を見ると、いたずらが成功した『悪ガキ』の気分になる。

何かワカンネーけど何か楽しくて思わず笑いが込み上げる。

そんな俺を見て大佐も笑い始める。

 

『アツアツ馬鹿ップル』したいな事するな〜!

俺、しっかりしろ!!

 

酒が入って自分がコントロール出来ないのか??

 

「エド、『歌』はよく歌っているじゃないか。」

「…歌ってねーよ。」

「つい最近来た時には、資料室で本を片付けながらご機嫌に歌っていただろ?」

「……」

 

マジ??

見られていた???

 

固まっている俺を、大佐は余裕の笑みで攻撃してくる。

俺の顔メチャメチャ赤いと思う。顔アッツイもん!!

反撃の余地無し!!

 

「ここで1曲歌ってくれないか?」

「……バッ馬鹿な事言ってんじゃねーよ!!」

「どうして馬鹿なことなんだ?」

「俺は自分の歌声が嫌いなの。人に聴かせるのはもっ〜〜とヤダ!!」

「何故?」

 

うっ…って詰って、大佐の顔を見るのは止めた。

だってスゲーいやな思いでだから。

でも、「言わないと酒飲んでる事を上層部に言っちゃうよ!!」って沈黙が俺を脅している。

きったねーぞ!!

 

…でも言われると困るし…。

 

 

「旅の最中、歌歌ってたら昔オペラ歌手だったおばちゃんに『男の子なのにリリコなのね』って言われたんだよ!」

「ソプラノリリコ?」

「知らねーよ!ただ『男の子なのに』てーのと、『リリコ』てーのが気にいらねーの!!だから人前では絶対歌わねーの。」

「君の声は綺麗だから誉めたんだよ。悪気は無いと思うがな。」

 

そんな話しをしていたら、酒を飲んでいたおっちゃん達がステージに乗ってきて「そこのにーちゃん歌うなら俺達バンドしてやるよ!!」って陽気に話してくれた。

 

「ーーーだぁー!!違う。俺歌う気無いよ〜!!」

「酒の席をシラケさせてはイケナイな。大人なんだろ?」

 

 

…子供でいいです。

 

 

て言いたいけど今更この場をシラケさせたくは無いし…。

人前で歌いたくないし…。

俺は手に持っていた『モスコミール』を一気飲みしてステージに向かった。

酔わなきゃやってられない!!

 

「これなら知っているだろ?」

大佐が弾き始めたのは『カントリー・ロード』。

これは知っている。

 

Country roads, take me homeTo the place I belongWest Virginia, Mountain MammaTake me home, country road...

 

このノリの歌なら酒飲んでる奴らも、席に座ってグラス片手に『大合唱』だ!!

…俺も気楽に歌える。

大佐も楽しそうだ。

 

Almost Heaven,West Virginia Blue Ridge Mountains,Shenandoe River Life is older,older than the trees Younger than the mountain

Growing like a breezeCountry roads, take me homeTo the place I belong West Virginia,Mountain Mamma Take me home, country road

 

みんな大声で歌って大盛り上がりで終わった。

…これで文句はねーだろ!!って大佐を見たら人差し指を1本立てて俺に見せた。

 

……空?

 

俺は夜空を見上げたけど何にも変わりは無いぞ?

 

首を傾げながら大佐を見ると、笑いをかみ殺した様に肩を震わせていた。

…俺何かやっちゃった?

 

だけど…今日長い間大佐と居て気づいた事が有る。

大佐は『笑い上戸』だ!!

色んな意味で『よく笑う奴』ってイメージがあったけど、普通に笑えるんだ。

…で何?何が言いたかったんだ?

 

俺はステージを降りながら考えていたら、席に座っていた客達が一斉に『アンコール』してきやがった。

大佐の1本指の意味は『もう1曲』て事?

 

俺、ぜーーーーーーてーーーーーーヤダ!!

 

アンコール&手拍子が鳴り止まない。

 

店の『ラテンなおばちゃん』は俺にもう1杯カクテルを持ってきた。

四面楚歌ですか?

小さく溜め息を付いて大佐の側に行く。

 

「……何歌えば良いんだよ!!」

 

自棄です。

客の1人が『バラード歌ってくれー。』とかノタマッテる!!

 

てめー練成するぞ!!

 

「前、資料室で歌っていた歌はどうだ?」

 

―――その歌は母さんがよく歌っていたから自然に覚えた。

多分『アイツ』を思い出しながら歌っていたんだろうけど…俺は母さんが歌うその曲がすっげー好きだった。

 

「あの曲知ってんのか?」

「昔流行った曲だよ。」

 

大佐はそう言いながらピアノでその曲を弾き始めた。

バンドの奴らも続いて弾き始める。

俺はカクテルを1口飲み、ピアノに寄りかかって歌い始めた。

 

 

 

I cannot meet and will stand how long.

The letter which I gave came back this morning in the post.

 I am similar a thing of the young leave which woke up shaking in a window and go over the long winter.

 

 

 

…明らかに俺の選曲ミスだった。

 

 

 

To notice it at this time.

No matter how I run out even if I make it words.

 

 

 

さっきまで明るかった雰囲気は一転して暗く重い雰囲気に変わり、すすり泣きする人も出始めた。

…俺は……歌うのを止めた。

 

「エド、歌い続けろ。」

 

俺は、大佐の静かで…有無を言わせない強い口調に驚いて振り向く。

大佐はピアノを弾き続けていた。

 

 

 

I live even if I cannot meet a large empty bottom, twice.

It was such me, and you loved it heartily. I wrapped me entirely.

まるで、ひだまりでした.

You gave all which loved me.

それは、ひだまりでした

 

 

 

歌い終わって周りを見渡したけど…スゲー暗くて。

 

…俺の心も痛くって。

 

「……大佐…俺帰るわ。今日はありがとう。」

 

俺は、大佐に挨拶して店から飛び出した。

 

 

 

 

ーーーていっても荷物は大佐の家に有る。

財布は有るけど…これからどうしよう。と考えながら駅に向かって歩き始めた。

 

 

…目が熱い。

…視界がボヤケル。

 

多分俺は泣いている。

 

泣いてる理由はわかんねーけど…泣いているのは解かる。

…人恋しくて寂しいのは俺なんだと思う。

 

俺はあの歌の気持ちを知っているような気がする。

 

 

「……寒い。」

 

温かい気候なのに、ブルッと身体が震えた。

酔いが冷めて来たのかも知れない。

 

 

 

 

「こうすれば温かいだろう。」

 

声の主は、いきなり俺の背中側から抱きしめて来た。

 

この声、感覚。

 

 

 

大佐だ。

 

「……」

「こうしていれば温かい。家に帰ろう、エドワード。そして美味しい珈琲でも入れよう。」

「……俺が……入れた方が美味い……と思うよ。」

 

声が震えていたかも。

でもすっげー温かくて、幸せな気分につい口が軽くなる。

 

「それは楽しみだ。早速家に行こう。」

 

大佐は俺の背中をさり気無く押し、俺の返答も聞かず歩き始めた。

 

俺が泣いていた事、多分気付いていても知らないフリをしてくれたんだろう。

 

「…ありがとう。」

 

小さく呟いた言葉は大佐には届かなかった。