報告書シリーズ 第1章

 

 

 

 

大佐の家のキッチンにあった食器棚に、趣味の悪い…イヤ、かなり派手な『真紅』のマグカップが鎮座していた。

誰も使った形跡がないマグカップは、隣に置いてある『純白』のマグカップとお揃いらしいが、どこかの国の『引き出物』か?このマグカップだけビミョーに浮いています。

 

「何か捜し物か?」

 

気配を感じさせないで背後に立った大佐に、俺は内心びくつき物だったが気を取り直して質問してみた。

 

「ミョーに浮いてるマグカップって大佐の趣味?」

「……これか?これはヒューズの結婚式の帰りに私だけに渡されたんだが。…余りに……だから一度も使ってはいない。」

 

中佐って趣味良かったはずだけど、これは頂けない。 苦笑いを浮かべている大佐に俺もつられて笑いが込み上げる。

 

「まっいいや!中佐も結婚で頭が春だったんだろ。それより、珈琲落としたいんだ。カップどれ?」

 

俺に言われた大佐は、来客用の上品なカップが入っている棚に手を延ばした。

 

「そんなヤツじゃなくて、デッカイの無い?マグカップ!」

「私のは有るが、エドのがないな。」

 

大佐は、自分愛用のマグカップを棚から出し俺に渡した。

大佐のマグカップ。

 

……カップの横に『ピンクのリス』がプリントされてますが……。

 

 

 

 

大佐って『少女趣味』?

 

 

 

 

 

「……これって自分で買って来たのか?」

 

マグカップをマジマジと見つめる俺に、大佐は喉の奥で小さく笑いながら手を左右に振った。

 

「あいにくこのマグカップは、昔、司令室のメンバーが『誕生日プレゼント』としてくれた物だ。」

「なんで『ピンクのリス』なんだよ。」

「何でも『特価品』だったらしい。」

「……特価品って。愛されているね、部下達に!」

「強烈な嫌味だな。」

 

俺の言葉を受けても、笑いが柔らかい大佐。

 

…アンタの頭も『常春』状態ですか??

……で、問題は俺のマグカップ。

まさかこのカップ使えって言わないよな。

 

「今、開いているマグカップはこの2個だけだが…。」

「……俺飲むの止めよーかな。」

 

趣味に合わないカップだから。っていうのも有るけど、なんだか1個だけ使われる『オッソローのマグカップ』が哀れで。

俺の胸の中で痛いモヤモヤが生まれてくる。

 

……そのモヤモヤは、どういう意味か俺には解からない。

…解かっちゃいけない。

 

大佐は食器棚から『おめでたカップ』を2個取りだし、おれの前に差し出した。

 

「今日は私もこれを使おう。エドはどちらの色にする?」

「えっ??」

 

俺は唖然と大佐の顔を見詰めちまった。

 

「何で?たい…ロイの専用カップあるじゃん。」

「1個だけ寂しく棚の中じゃ可哀相なんだろ?」

「……!?」

「顔に出てるよ。」

 

俺は大佐の言葉で気が付いた…。

 

……また視界がぼやけている。

左手を目元に持って行けば指先を濡らす物が有った。

 

−−−見られたくない!見られたくなんてねーんだよ!!

 

キッチンを飛び出そうと大佐の横をすり抜けた。

だけど、後ろから抱きかかえられ、その体制のままリビングへと引きずられて行った。

 

「放せッ!目にゴミが入ってイテーんだよっ。鏡で確認したいんだ!!」

「……。」

 

身体を捩って大佐の腕から逃げようとしたけど、そのままソファーに座られ逃げる事も出来ない。

 

「目が痛い時に動くと危険だ。痛みが引いたら確認しなさい。」

 

抱き締められた状態から抜け出す事が出来ないまま、俺は涙を止める為呼吸を整える事に専念した。

大佐は俺の首筋に顔を埋めながら何も言わず動く事もせず、俺を抱き締めたままだ。

 

 

 

 

 

---どのくらい時間がたったんだろう?

 

…5分?

 

 

10分??

 

 

 

とにかく俺の涙は止まった。

そして…強烈な恥ずかしさが込み上げてきた。

 

「……痛み……無くなった。放せよ。」

「そうか?」

 

俺に声を掛けて来た大佐は、俺を更に深く引き寄せて俺の顔を覗き込んでくる。

俺は慌てて顔を逸らし、泣き顔だけは見せまいと俯く。

マジすっげーハズイ俺を見てどう思ったのか、気まずい雰囲気を払拭する為か、大佐は俺に変な事を聞いてきた。

 

「エド。『笑い猫』を知っているか?」

「…?『不思議の国の…』に出てくるアレか?」

「そうだ。人間、気まずい時は笑うのが1番なんだそうだ。」

「……それと『笑い猫』がどう言う関係が有るんだ??」

 

今日の大佐は不思議過ぎて、『不思議の国の…』の住人だと俺は決定する事にした。

 

「だから、エドも笑えば気分が更に落ち着く。…『笑い猫』と錬金して上げよう。」

 

大佐は、俺が錬金術を使うみたいに両手を俺の前で『パンッ!』と合わせると、その手を俺の腹と首の下に移動し、くすぐりやがった。

 

「ギャハハハハ…ブッハハハ…ヒエー!ヤメロッ!!……アハハハハ…!!」

 

大佐の腕は俺をくすぐる為に解けて居たので難なく離れる事が出来たが、余りにもくすぐったくて床に転がり落ちる。

それでもまだくすぐってくる大佐に、俺は『降参宣言』をした。

 

「『笑い猫』と錬金された気分は?」

「………。」

 

 

…気分?

 

……死ぬかと思いました。

 

 

肩でゼーハーゼーハー息をしながら涙目で大佐を睨んだ。大佐はソファーに座りながらニヤニヤと笑っていやがった。

 

---大佐。俺のポリシー知ってる?

 

『やられたらやり返す!等価じゃなくて倍返し!!』 腹筋が超絶痛いけど、渾身の力で立ち上がり大佐に近づいた。

 

「…気分?教えてやろうか?……お返しだ!!」

 

俺は、大佐に飛び掛りくすぐろうとした。が、大佐も俺の攻撃をかわしソファーの背を超え逃げ出した。

俺は、ソファーから大佐に飛び掛って後ろからおぶさる形になって、大佐のわき腹をくすぐり始める。

で、きり返されて俺がくすぐられて…。

 

 

 

---おたがい疲れ切った所で『休戦協定』を結んだ。

 

「イヤな汗かいちまった…。」

「エドが仕掛けて来たのがいけないんだろ!」

「はぁ〜?最初に仕掛けて来たのあんたじゃん!!」

「エドが気まずそうにしているから気分一新に……」

「あーーー!!何ヌカシてんだ!!」

 

14歳差の低レベルな戦いは『口論』と言う形で再燃した。

キッチンに歩きながら、口論。さらに低レベルな言い争いは続いていく。

 

「珈琲は、俺の分しか入れねーからな!!」

「私の家の珈琲だぞっ!」

「自分で入れろっ。」

 

なんだかんだ言って大佐の分も入れている自分が悲しい…。

だけど、不毛な言い争いはまだ続いていた。

 

「ロイは『焔』の大佐様なんだから、赤いマグ使えよ!!」

「は?エドは赤が好きだろう?エドが使いなさい!」

「俺が何時何分何秒『赤が好き』って言ったよ!!」

「いつも赤いコートを着ているだろう。」

「…アンタ本当に俺より14歳年上??」

「なんの関係が有る?」

「…ガキみてーなヤツって言ってんだよ!」

 

お互いいがみ合って疲れて…『休戦』。

せっかく入れた珈琲が冷めたらまずくなる。

だから、大佐は『りす』俺は『白』のマグを使うことにした。

 

大佐はキッチン内に有る『宿り木』みたいな椅子に腰掛け、俺はL型シンクのコーナーに寄り掛かり珈琲を飲み始めた。

 

「……。」

「……エド。」

「…ん?」

「珈琲を入れるのが上手いな。」

「あぁ…。南部で人探しした時、美味い珈琲飲ませなきゃ話しを聞かねーってのたまったヤツが居て…珈琲入れる修行しちまった。」

「それで話しは聞けたのか?」

「…どう思う?」

「この珈琲は美味しいから話は聞けたんだろ?」

「もちろん!!」

 

俺は少し得意げに笑って見せた。

はっきり言っちまえば、珈琲が美味く感じるのは半分俺の腕、半分上等な豆のおかげだ。

 

 

……豆…。

 

 

「毎日入れに来てくれ。」

「時間的に無理!!第一等価払えよ!」

「なら『赤いマグカップ』をエド専用に置いておこう。」

「……何処が等価なんだ?」

 

 

 

……話していて楽しかった。

 

……話していて面白かった。

 

……話していて嬉しかった。

 

 

 

……嬉しい?

 

……何で??

 

 

何で大佐と話していて嬉しいんだ??

 

俺は口に当てたマグカップから珈琲を飲むことも出来ず、深い迷路に入って行った。

 

……嬉しい??

 

多分……俺が思った以上に大佐が『イイヤツ』だからだろう。

 

……だと思う。

 

「大佐って以外にイイヤツなんだな。」

 

思った事を口に出していた俺は、ちょっと馬鹿みたいだけど、たまには素直にコイツを誉めてやるのも悪くない気がした。

 

「今ごろ気付いたのか?私は前からだぞ!!」

「うるせー!自画自賛太郎。」

 

俺も大佐も、なんだか笑ってばかりだが又笑いが込み上げてきた。

 

「俺、今まで大佐苦手だったけど、思ったより大佐みたいなヤツ好きかもしれない。」

 

今日、色々行動して気付いた。

大佐がみんなに好かれている訳が。

『みんなこんなヤツに何で!!』って腹立たしかったけど、今は少し解かる気がする。

 

良かったな大佐。理解してくれる人が大勢居て。

俺は仲間が少ないから…アンタに嫉妬してたのかも知れないなぁ。

 

冷めないうちに珈琲を飲み終えようと、熱い珈琲をゆっくり口に流す。

落ち着くほど美味い珈琲に思考が奪われ、俺は目を閉じてリラックスした。

 

「私も君が好きだよ。」

 

俺の思考は一気に現実へと引き戻された。

 

 

 

今、大佐なんて言った?

 

 

 

俺が好き??

 

 

 

あんなに嫌味タラタラなのに?

 

 

 

ガキ扱いして、鼻で笑っているのに??????

 

 

 

大佐は飲みかけの珈琲をシンクの上に置くと俺に向かって歩き始めた。

 

「エドは『錬金術師』としての能力も秀でている。武術も優れている。知識も豊富だ。」

「……使い勝手がイイ?だから好き??…ヤダねー出世街道なヤツは、俺をモノ扱いしやがる。」

「前を向いて、怯む事無く進む目がイイ。大きなモノを背負っていながら人の心を気遣う優しさがある。」

 

大佐は話しながら、俺の目の前まで来て止まった。

その目は、怖いぐらい真っ直ぐに俺を見ていて。

 

大人の目が怖いと思ったのはこれが初めてかもしれない。

 

「私はエドが好きだよ。」

「……あんまり誉めてもらっても何もでねーぞっ。」

「誉めているわけじゃない。本当の事を言っている。」

「……」

 

大佐は俺の身体を引き寄せ、しっかりと胸の中に抱き寄せた。

 

「好きだよ。……ずっと前から君だけを見て来た。」

「……?」

「愛しているよ。エドワード。」

 

 

 

 

…………………!!!!!!!

 

 

 

俺の思考は真っ白になった。