報告書シリーズ 第1章

 

 

 

 

朝起きたら……見慣れない天井が目に飛び込んだ。

 

 

寝返りを打ったら枕が変な感覚で……見れば人の足。 慌てて起きて見た先には……ソファーの背もたれに寄り掛かったまま寝ている大佐だった。

大佐、いい年した男が……口からよだれ垂れてますが。

 

「ヤベー!!もう6時半過ぎてるじゃん!!」

 

朝一番でアルに連絡をして、汽車に乗せようと考えていた俺の計画はこの時点で終わっちまった。

 焦っている為か辺りをキョロキョロ見回してみる。意味が無い行動をしている俺をソファーで寝ていた大佐が声を掛けて来た。

 

「おはよう、エド。」

 

何暢気に『おはよう』って言ってるんだ!……でも、挨拶は大事だよな。

 

「おっ…おはよう。」

 

なんで上擦る俺の声。って言うか、何故緊張する俺!

大佐の黒い瞳が俺を見詰めているからなんとなく気まずくて、ぶつかった視線を逸らしてしまった。

しかし、こんな事に浸っている暇は無い。取り合えずアルに電話入れないと。

 

「大佐!悪いけど電話貸してくれる?アルに連絡取りたいんだ!!

「構わないが…それより、エド。」

 

大佐はソファーに座ったまま俺を手招きしている。用があればそっちから来れば良いじゃん。

 

「なんだよ…?

 

俺は大佐に近付き、よだれがガビガビ付いている大佐の顔を見た。

 

「……大佐。昨日の夜風呂入ってねーだろ!出勤前にシャワー浴びてきたら?よだれ付いてるぞ。」

「……足が…痺れた。」

 

俺の『枕』になっていたから、足が痺れて動けないらしい。俺は動けない大佐を前にしてニヤリと笑い、ある事を実行した。

 

……日頃の恨み思い知れ。

 

 

 

大佐の足元に座り……ペンペン!ペンペン!! 痺れた大佐の足を叩いて刺激した。結構辛いんだこれが。

 

 

「コラ、辞めないか!−−−エド!!」

 

辞めろと言われて辞めるほど人が善くない俺は、更に続けて大佐の足を叩く。

 

 

ペンペンペン!ペンペンペンペン!!

 

 

 最初は我慢して居た大佐は、身体を前かがみにして、俺の腕を押さえ眉を潜め俺を睨む。

 

睨まれてもよだれ怪人!恐くねーぞ!!

 

「人の足を枕にした挙句、痺れている足を攻撃するとは良い度胸だ。『等価交換』キッチリ支払って貰うぞ!」

 

この言葉はかなり恐えー! 等価って何だよ?何かされちゃう訳?

掴まれた腕を必死に振り解こうと腕を振って見たけど、ガッチリ掴まれている為それは無理!

 

こうなれば大佐には悪いがこちらから攻撃させてもらうっ。

 

「大佐!こんな事してる間に『風呂』入れよ、『オヤジ臭く』なるぞ!」

「お…オヤジ……」

 

14歳差の俺から見れば大佐は十分『オヤジ』だろう。今の言葉にかなりのショックを受けた大佐は、俺の腕を掴んでいた手を離し、悲しい表情で俺を見詰めた。

 

−−−言い過ぎ?

 

大佐にそんな顔されると胸が痛む。

身体を起こし見つめる大佐にバツが悪そうに笑って俺から『等価』を申し出た。

 

「大佐が風呂入っている間に『珈琲』入れとく。後、『朝食』も用意しとくから。珈琲冷める前に来いよな!」

 

そこまで言って、なんだか恥ずかしくて慌てて俺はキッチンへと飛び込んだ。

 

 

 

 

キッチンの床を見ると、昨日の夜落としたマグカップが二つに割れて転がっていた。両手を合わせ床に手を置き、二つに割れたマグカップは元の形になり何も無かった様にそこに有る。

 

俺と大佐は何も無かった事の様に戻る事は無い。

俺の気持ちがどっちかに傾いたとしても……元には戻らない。

 

俺は大佐とどうなりたいのか?俺は大佐をどう思っているのか。

 

俺の心の奥底には『答え』が有るんだろうけど、気付くのは難しいだろう。

 

パンを用意し、卵をスクランブルエッグに、サラダに簡単な野菜スープを作る。間に湯を沸かし、珈琲をドリップ。 キッチンには食欲中枢を刺激する良い匂いが充満し始めた。昨日飲み残してある大佐のマグカップと俺の使っていたマグカップを洗い、新しく落とした珈琲を注いだ。

 

大佐が風呂からあがる前だけど、先に珈琲だけ口を付けさせてもらった。熱い珈琲がゆっくり胃に落ちて来て、無意識に小さな溜め息が出る。目を閉じその感覚に身を委ねてみた…。

 

「良い匂いだな…。もう朝食を作ってしまったのか?」

 

俺は目線を大佐に向けっ………

 

「うっ…う…上、何か着ろっ!」

 

昨日の『告白』が、俺の心を乱しているのか、ヤローの上半身裸見てドキドキするなんて。 まともに大佐を見ることが出来ない。不自然に視線を逸らしている俺を、大佐はどう見ているか。兎に角この場から逃げたかった。

 

「おっ…お俺…風呂…かっか借りるから、先、食ってて。」

 

墓穴。

 

これじゃあ『大佐意識しています!』って言っているようなもんだ。

キッチンの入口に立つ大佐の横をすり抜けて風呂に向かうしか脱出口が無い。

 

俺、非常にピンチ?パンチ?.ドッカーン!て行っちゃうか?

 

動揺して意味不明だし…。

兎に角、何にも意識してないぞ!って顔して大佐の横をすり抜ければ良い訳だ。

いつもの如く普通に歩き、顔を伏せて大佐の横を通る。

 

………やっぱり後ろから抱きしめて来た。

って言うか、俺の足床から離れたし!

 

身長差が恨めしい!大佐は、俺の腰に両腕を回し軽々と持ち上げ抱き締めてくる。

首に顔埋めるんじゃねーよ!

 

「エドに朝食を作ってもらって、珈琲を一緒に飲んで……私は夢でも見ているのか?」

 「現実です。いいから離せ!」

「エドの全身が『心臓』みたいだ。凄く響いて来る。」

「………。」

「………。」

 

暫らく大佐の好きにさせていた。

なんでそんな気になったかは解からない。だけど、ちゃんと返事をしていない俺は、待たせている後ろめたさが有った。

 

……だから?

 

……違う。そうじゃない。

 

俺は……大佐の事……?

 

大佐が俺をゆっくり床に降ろす。抱き締めた腕は離れないが、頭上から大佐の声が降ってくる。

 

「ゆっくり入っておいで。私が軍に連絡を入れて段取りをしておこう。」

「……飯…食えよ。」

「一緒に食べよう。いや、一緒に食べたい。」

「……解かった。」

 

そこまで話すと大佐の腕が外れた。

顔を見られないうちに風呂へとダッシュする俺。……多分『マッハ3』!!

 

 

 

脱衣所の扉を閉めて俺は床にヘナヘナと座り込んだ。

スッゲー心臓爆ついている。口から出る勢い。

 

気分を落ち着かせる為にも頭から水でもぶっかぶりたい気分だった。

風呂に有るソープ類を適当に借り体を洗い流す。シャワーの調節を『水』全開にして頭からかけた。

 

−−−俺は…多分、大佐が『好き』だ。

 

−−−『好き』だけど、この『好き』は…大佐の言う『愛している』と同じ部類なのか?

 

−−−俺は…………寒びーしっ! 水冷たいしっ!

 

 

 

ゾコゾコする身体を擦りながら、俺はキッチンへと戻った。

速く飲みかけの珈琲を口に入れたい。冷め始めた珈琲でも少しは俺の身体を温かくしてくれると思う。

 キッチンには大佐の姿は無く、離れた所から大佐の声だけが聞こえて来る。

 

多分、軍の連中と電話で話しているんだろう。 ぬるくなった珈琲を口に運び、その場でバタバタと足踏みをして身体を温めようとしてみる。が、はっきり言って『無駄な努力』。

珈琲をカウンターに置いて身体を両腕で摩りながらその場で『腿上げ』。陸上選手みたいな状態だ。

 一行に身体は温まらない……奥歯がガチガチと当たり始める。

 

「何をやっているんだ?」

 

電話を終えた大佐がキッチンに入って来た。俺の摩訶不思議な行動が目に止まったらしく、ゆっくり俺の所に歩いて来る。っていうか上着着ろ!

 

「唇が紫色をしている。風呂で何かあったのか?」

「めっ…目をっさ…覚まそうと……み…水……」

 

言葉が出ない…ガチガチと音を立てて歯がぶつかる。マジ寒い!

 

「君は馬鹿か?」

 

大佐が俺を抱き締め背中を擦り始めた。冷たくひえた髪の毛に顔を寄せて来る。

 

「冷たい…。」

 

大佐の呟く声が俺の耳に届く。 気付けば俺の腕は自分を抱き締めて居たんじゃなくて、大佐の背中に回っていた。少しでも温かさを拾おうと震える腕でしがみっ付いている。

 

 

……大木に止まったセミ? 自分の想像に腹立ってきた!

 

 

「もう一度風呂に入りなおして来なさい。」

「はら…っ減った。」

 

少し温かくなって来たのか、今度は腹が減って来た。

1回分の食事を抜く=背が伸びる時期が遅くなる=俺の人生設計が狂う!

大きな『大問題』だ。

 

……言葉の悪い使い方です。

 

震えが止まった俺は、大佐の身体を軽く押して離れようとした。だけど、その身体は離れてくれなかった。

 

「……大佐。メシ。」

「そうだな…。また…君と会えるのは何時なんだ?何時返事をくれる気だ?」

「……何時って言われても。」

……今は言えない。…って言うか解からない。 俺の気持ちが解からないから返事のしようが無い。」

 

抱き締められたまま動こうとしない大佐は、何を考えてるのかさっぱりだ。

 

「メシ……食おうぜ?」

 

不安になって来た俺は、兎に角大佐から離れ様と声を掛けてみたが反応は無い。

立ったまま寝てる? そんな事を考えていたら、大佐は俺を抱き締めたまま床に座った。気付けば俺は、大佐の足に腰掛ける形になっている。

 

正に早業!電光石火!!神の領域ってやつですか?

 

 

普段は悔しいけど、首が折れるほど見上げないと見れない大佐の顔が、この体制になると少し目線を上げただけで良い。

 

こんなに近くで大佐の顔見たのは初めてだ。

女にモテそうな……『童顔』だよなー。母性本能擽りまくり?そんな奴が…何で俺なんだろう?解かんねー。

 

で、この体制の意味は何なんだ?

 

男2人が床に座り…抱き合って?

 

 

…何したいんだーーー?

 

って、顔近付けんなーーー!

 

俺の頭固定するなーーー!!

 

待てーーー!!!

 

俺は『好き』も『嫌い』も返事していないだろーーー!!!!

 

俺のファーストキ…スは大佐かーーー!!!!!

 

 

身体を離そうと、必死に腕を突っ張って見たけど『なす術無し!』。軽く、一瞬触れた大佐の唇に身体が固まって、身動きが止まった。直ぐ離れた大佐は、俺の目を覗き込んで『一発ゲットの微笑み』ってヤツを見せる。

 

もう、鳩も出ないよ。

 

そしてもう1度顔を近付けてくる。

 

 

怖えー! 誰か何とかしてくれー!!

 

 

声に出さない俺の願いなんて誰も聞いてくれる訳が無く、また大佐の唇が俺の唇に触れた。

思いっきり目をギューーーーっと閉じた俺は、キ……スが終わる事を祈る他無かった。 何度か軽いキ…スをされ、もう1度キツク抱き締められる。

 

「エドがどこにも行かず、私の傍に居たら…。エドが欲しい。」

「おっ…おお…俺を頂く気ですか?」

「駄目か?」

「朝食は『人肉』じゃ無くて『パン』だ。大佐の故郷にそういう文化があるんなら、改めたほうが良い!」

「人食いの文化はないのだが。……朝食は、パンか。」

 

今度こそ渾身の力で大佐から身を剥がすと、立ちあがりスープの鍋に火を入れ直した。

大佐が立ちあがった気配はあるが、見れっこ無い! 『今は飯を食う!!』その事に集中すべきだ。

 

危険人物、テーブルに行ってろ!

 

取りあえずは朝食を無事腹に入れる事が出来た。食べている間、大佐の顔なんて見れやしないし、会話だって出来っこ無い。消化不良起こしそうな雰囲気の中、何とかモノを口に詰め込んだ状態だ。

食事も終わって、使ったお皿の『お片付け部隊』になった頃、軍の制服を着た大佐がキッチンに入って来た。

 

「エド。軍から車を1台廻してもらう。そこにアルフォンス君も乗って来るはずだ。汽車の時間が『8時23分』、私の家には『7時50分』に来る。」

 

「……あぁ。」

「エドもその車に乗って移動し、アルフォンス君を送りその後集荷場所に送ってもらえば良いだろう。」

「………。」

 

−−−いつもの大佐口調だ。

 

どんな顔して話してるんだろう?執務室で見掛ける『いけ好かない顔』なんだろうけど…。切替の早さがスゲーっと感心しちまう。

 

皿を片付け終わり時計を見ると『7時30分チョイ過ぎ』。後、20分は時間がある。

昨日買い出しし、今日アルに持たせる荷物を玄関先に運び出す為、俺はリビングへと移動した。

 

「大佐は……何時出発?」

 

俺の後ろに居るはずの大佐に声を掛けて見る。

 

「私も一緒に行動するが。」

「はぁぁぁぁぁーーー?」

 

思いっきりデッカイ声で振り向きざま声を上げた俺を、大佐は『当たり前だろ?』っとでも言いたそうな涼やかな顔で俺を見て居た。

 

「司令部の仕事どーする気だよ!」

「本当なら昨日1日休みだったが、色々有った為潰れてしまった。今日半日はその代休だな。」

「だったら休みらしく家で寝てろ!」

 

大佐は意味不明な笑いを俺に向けると、俺が持とうとしていた荷物を玄関へと運んで行った。

 

……訳解からん!!

 

俺は、生乾きの髪の毛をみつ編みに縛り、昨日大佐から貰ったゴムで括る。何時もの上着を羽織り、赤いコートとトランクを手に持って玄関へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

エントランスで待つ事10分。アルを乗せた軍の車両が大佐の家の前に着いた。

荷物を乗せ、一路駅に向かう。 アルは昨日の夜の話しをしてくれた。とても楽しそうに話す所から見て俺は少し安心した。

 

こんな旅を続けている訳だから、イヤな事の方が多い俺達。『笑う』事が無かった日なんてザラだし、『楽しい』なんて事は滅多に無い。14歳のアルが、ここまでして俺に付いて来させて良いのか。疑問は毎日の様に襲いかかり答えは今だ見付からない。

でも、楽しそうに話すアルを見て、なんだか俺の方が幸せな気分になった。

 

…しかし、アルの次の言葉が俺の幸せを凍り付かせた。

 

「で、兄さんは、昨日大佐と何したの?」

「何って……何も……。」

 

ギグッ!!とか、ゲッゲ!!とか擬音で表現出来る程俺は身体をびくつかせた。

 

 

 

実は、大佐に告白されて……今朝、キ・・・ス迄されました。

 

 

 

何て言えっこ無い。 不気味な沈黙に包まれた車内は、気まずい雰囲気を乗せ駅に到着した。

 

 

 

 

 

アルを汽車に乗せ出発した汽車を見送って、俺と大佐は集荷場所に向かって車に乗り込んだ。 出来るだけ大佐と離れて座り、窓の外を眺める。

 

『−−−何時になったら気持ちを聞かせてくれる。』

 

大佐の今朝の言葉が俺の中で反芻している。1度俺自身の気持ちを真面目に考えないと…相手も辛い。……らしい。

窓に映る大佐は何時もの仕事の顔。俺は、まだ気持ちの切替が出来ずウジウジと悩んでいた。

 

集荷場所に付いた時には、大佐の指示で積載が終わったトラックが俺の来るのを待つ。 直ぐにでも出発できると同行する軍人が声を掛けて来る。 出発する為、俺はトラックの荷台に飛び乗り出発の合図をした。

 

見送る為に近くまで来た大佐が俺を見上げる。

寂しそうな表情の大佐は、何か俺に言いたげだったが口は開かなかった。

 

「大佐。昨日は1日楽しかったよ。……それと、返事のことだけど、この荷物届けた後復興作業手伝って……2週間後で良いか?『報告書』出しに行く。その時で構わないか?」

 

大佐は『待っている。』とだけ言って、その後少し笑っていた。

 

 

 

 

 

 

トラックは出発した。 俺はトラックの荷台から小さくなって行く大佐を見詰めた。

 

2週間以内に結論を出そう。 多分、答えは決まっていると思う。

 

身体を徐々に支配して行く寂しさに冷静な判断をくだしながら、俺は2週間後の自分を想像した。

 

 

 

 

 

 

Up  2004/09/18

改稿 2008/09/08