I provoke it and approach

1. お約束から始めましょう!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

強大な力で人々を押え込もうとしても、それと等価の力が反発し世を混乱させる。

 

 

 

例えば、ここアメストリスも国軍が強大な力で人々の治安を護っていても、実際は内外国共に争いが絶えず、有事を頻繁に、そして尚も、事件が起きていた。

今回の事件もその反発組織の起こした事件だ。

ただ、他の事件より重要視されたのは、狙われたのが『軍上層部の身内』が狙われたと言う点。

 

 

 

 

 

セントラルで起こったこの事件は、一〇代の少女が撲殺される痛ましい事件である。そして、その死体の遺棄が余りにも残忍な為、世論は同情的な感情を現した。軍を快く思っていない者は多いものの、殺害されたのが『子供』。他人事ではあるが、マスコミは『悲劇の少女』として報道し、軍は世論の風を受け総力を上げこの犯人を探した。

しかし、犯人はその影を見せるどころか、軍とは無関係の少女達を襲い、その数は二桁に登り始める。そうなると、軍に対しての風は冷たさを増した。

 

 

 

 

自分の子供にもしもの事が有ったら!

 

 

 

そんな感情が苛立ちを増徴し、不信感を煽る結果となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、ここイーストでも……

 

「模倣犯の可能性は?」

「犯行状況から考察して、同一犯、又は同一グループと思われます。」

 

東方の若き司令官ロイ=マスタングの質問に、簡潔ながら要点を伝えたリザ=ホークアイは、中央より届けられた『女子学生無差別傷害致死事件』の概要を照らし合わせながら解答をした。

 

 

イーストでも、中央と同じ事件が起こった。

 

被害者は、この東方にある名門の女子高生徒。軍とは何ら関係は無い少女は、顔が判別できない程に暴行され、路地へと捨てられていた。

新聞報道で中央の事件を知っていた住民だったが、あくまで中央で起こっている事件の為『対岸の火事』であった。が、地元で事件が起こったと成ると人事では無く東方司令部にも多くの問い合わせが殺到する事と成った。

 

「中央のヒューズ中佐が明日こちらに入ります。」

「忙しい、自力でここ迄来いと言っておけ!」

「凶器の判定が上がってますが?」

「現場検証は誰がやった?」

「ブレダ少尉です。」

「鑑識からは書類は?」

「こちらに。」

「大佐!司令部が問い合わせの電話でパンクします!!」

「フュリー、臨時の電話線を引け。」

「南部でも同等の事件らしき事が起こったと連絡が入ってますが?」

「ファルマン、代わりに聞いておけ!!ハボックは?」

「『検体』へ行っています。」

 

司令室のごった返す中で、ロイは他の仕事をこなしながらこの事件を書類で追った。

 

 

 

 

 

 

この事件は、軍が思っていた方向とは別の所へと進み始めていた。

始めは、一人の少女が殺害された『だけ』の事件だったが、それは拡大し主要都市全土で同一事件が起き始めている。中には明らかに模倣だと解かるものもある。しかし、犯人しか知り得ない手口同一のものが、時間を置かず距離を経て起こっているのだ。こうなると初見で『単独犯』と考えた中央の幹部が恨めしく思う。

 

ロイは前髪を掻き上げながら、書類を再度読み直した。

 

「組織犯罪……で間違いは無さそうだが、その意図が掴めん。」

 

テロならまどろっこしい事などせず、破壊活動を直に行えば良さそうだが、その手の行動は今の所ろ起こってはいない。愉快犯ならば、組織だった犯罪は有り得ない。

手持ちの情報が余りにも少なすぎて、ロイはこの事件に太刀打ちが出来ない状態であった。

 

「失礼するよ、諸君。」

 

のんびりと、しかし、重圧な声でこの部屋に入って来た男に部屋にいた全ての目が注がれる。そしてその声の持ち主が意外だった為、一瞬固まり静かな空気が部屋を占領するが、皆弾かれた様に席を立ち緊張な面持ちでその男へと敬礼をした。

 

「あぁ、畏まらなくても良い。仕事を続けなさい。」

 

敬礼を解き、慌て仕事へと戻る部下の中、ロイはその男の横へと足を向ける。中央にいる筈のこの男が何故ここにいるのか?疑問があったが相手からその件に関して話しがあるまでロイからは口を開こうとは思わなかった。

 

「大総統、何時中央からこちらに?」

「マスタング大佐、元気そうだね。はい、これ『差し入れ』ね。」

「………」

 

横に立ったロイへ大総統キング=ブラッドレイは、手に持っていた『南瓜』を手渡した。

 

『差し入れ』が、何故『南瓜』?

私にこれを焼けと言っているのか?『焔』の錬金術で食べられる様にしろと?そもそもどれぐらい火を通せば食べられるのか?

 

ロイは手に乗せられた重い緑色の南瓜をマジマジと見ながら、その身体を固まらせた。

 

「南瓜は嫌いかい?」

「……いえ。」

「それは良かった。」

 

ニコニコ顔のブラッドレイとは対称的に、ロイは眉を潜め暫しその南瓜を見詰めている。そして、ロイが顔を上げると先程まで見せていたその顔が真面目な『大総統』の顔へと変わり鋭い眼光がロイへと向けられた。

 

「とうとうイーストでも事件が起こったな。」

「はい、同等な手口から『同一グループ』による犯行と思われます。」

 

ブラッドレイはその言葉に頷きながら、ロイに案内されたテーブルへと移動する。席に腰を落ち付かせるとホークアイが素早く用意した紅茶を口へと運んだ。

 

「今回ここに来たのはね、私の独断では有るがこの事件に『囮』を何人か配置しようと思ってだ。」

「『囮』ですか?」

 

テーブルの向かいに席を取ったロイは、ブラッドレイの言葉を反復する。その言葉を受け、更に彼はこう続けた。

 

「士官学校の生徒を、各主要都市の学校へ数名づつ配置する事にした。ある程度訓練を受けた者ならば、軍と協力して何かを掴めるかもしれんしな。そこでだ、イーストの女子高にも一人だが『囮』を配置する。」

 

ロイはその命令に頷き了解する。

 

「で、その娘()をここへ連れて来たから紹介しよう。」

 

席を立ち扉へと身体を向けたブラッドレイに習う様ロイは席を立ち、入ってくるだろうその少女を待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

暫らくしてブラッドレイに案内され入って来た少女は、顔を伏せドア付近で足を止めた。

金髪の小柄な少女は、イーストの『名門女学校』の制服に身を包んでいた。顔を確認する事は出来ないが、その立ち姿は目を見張る。

 

光りを生み出す鮮やかな金の髪。白い肌は、木目細やかで水々しい。細い首から身体に掛けてのラインは柔らかく、ブラウスシャツに包まれた胸には赤のリボンタイが小さく揺れていた。大人の男の手なら簡単に掴めるその細い腰からは、短めのスカート。紺のロングタイツは膝を隠し、清楚さを醸し出し。

ゆっくり上げられた顔は、この部屋にいた者を睨み稀な金の瞳で威嚇する。

 

「紹介しよう、今回この作戦で『イースト担当』になった『エルシナ君』だ。」

「エルシナ……鋼のか?」

「……なんだよ、文句あるのかコラ!」

 

そこにいたブラッドレイ以外の者全てが、床まで顎が落ちたのは仕方が無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

部屋を会議室に移動し、今回の作戦についてブラッドレイから詳細が告げられた。

 

「彼女には、思いっきり軍関係者の身内として目立って貰う。確実に彼女を狙って来るとは限らないがね、それでも目立てば向こうのリアクションも期待出来るだろう。」

「で?俺はB地区のアパートに部屋を借りて、そこから通学する。アルは目立つし俺が『鋼』ってバレる可能性がある。一緒に行動できないから、向かいのアパートに部屋をとった。」

 

補足の様に話しをしたエドワードは、黙っていれば究極の美少女だ。が、その言葉を発しれば男勝りの勝気な少年を多いに表面へと押し出した。苦笑いを浮かべる軍人達は、皆小さく溜め息を付く事に成った。

 

「大将、その格好ならせめて言葉使い直せよ。」

 

ブレダの言葉に、皆頷くが、言われた本人は、 「繕ってもボロが出るだけだろう?それなら地でやらせて貰う。」 と引く気のない言葉。

 

黙っていれば……。

 

そんな事を考えていれば、エドワードは悪戯な表情で言葉を付け足した。

 

「それとも……、『今回の作戦に参加しますエルシナでーす。ご迷惑を掛けない様頑張りまーす。』って言おうか?」

「………辞めてくれ。」

 

皆の意見を代表したロイが、額に手を当て口角を上げ言葉を紡いだ。誰もが笑いを堪えるのに必死だ。

 

「では、概要は掴んだね。私はこれで帰らせて貰うよ。『鋼の錬金術師』君、入学手続は済ませた、後は宜しく。」

「……余り、宜しくされたくは無いんですが。」

 

穏やかに、しかし人を食った顔をしたブラッドレイは、護衛の部下も連れず窓から部屋を出ようと足を運んだ。そして、窓の前で足を止め皆に振り向くとニヤリと笑い爆弾を落とした。

 

「では頼むよ、マスタング大佐。それと、『エルシナ=マスタング』君。」

 

 

 

 

「「……………は?」」

 

 

 

 

 

 

 ガラガラ……バタン

 

 

 

 

 

 

 

「誰が『マスタング』だってーーーーっ!!!ふざけんなーーーー!!!」

 

 

 

 

 

 

 

その部屋にいた者が耳を塞ぎエドワードの絶叫をやり過ごした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、登校初日とあってエドワードは『保護者』と登校する事に成った。そう、保護者とはロイの事で、出勤前の軍服姿のロイとそれを護衛する下官数名。そして、制服姿のエドワードが学校に向けて歩く光景は、通勤時間帯で混み合う人々に強烈なインパクトを与えていた。

そんな人々を横目で見たエドワードは、隣りを歩くロイをギロリと見上げた。

 

「なんでアンタが一緒に学校行くんだ。」

「『マスタング』姓を名乗っているんだ。私が行かなければ話にならないだろう。」

「代理人で十分事足りる!」

「目立って始めてこの作戦の意味がある。第一、私に送って貰える事は女性として光栄だろう。」

「大佐がサボりたいだけだろう!!」

 

ただでさえ目立つこの集団で、エドワードの遠慮無い声が街に響き渡る。どこで犯人が見ているか解からないのに、そんな事もお構いなしでこの二人は言い争っていた。

 

「そう、それだ。」

「ん?」

 

ロイがポンと手を叩きエドワードに視線を送る。

 

「その『大佐』は辞めてくれ。仮にも私と君は『夫婦』―――」
「『従兄妹』だ、オジさん。」

 

ロイは、エドワードの『オジさん』発言に眉を潜める。それが『恋人』に言う台詞なのだろうか?

 

 

 

 

 

 

ブラッドレイが出した入学手続には、エドワードの保護者は『従兄妹であるロイ=マスタング』の名前が記載されていた。

 

『どうせならば『夫婦』と記載すれば。』

 

あの後、会議室で言ったロイの言葉にエドワードが切れ、そこは修羅場と化した。その再現とでも言うように、エドワードは右手を目の前で握り締め、殺気を込めロイを睨み上げる。

 

「まあ、今回は書類に従うさ。でだ、君の事は『エリー』と呼ぶ。」

「………わー、気味悪い。」

 

その言葉を聞いたエドワードは、身震いしながら自分の身体を抱き締めた。

 

「私の事は……『ロイ兄様』でどうだい?」

 

エドワードは歩みを止め身を固まらせた。

停まったエドワードを振り向き、その顔を覗き込んだロイが見たその表情は、口を真一文字に引き眉をこれでもかと寄せるエドワードであった。

 

「………吐くぞ。」

 

そして、ロイの顔を睨むと、ズカズカとアスファルトが壊れるか如く力を込め、ロイを無視して進み始めた。苦笑いを浮かべるロイは、小さく肩を上げ、その後を追う。そして、それを先程から後ろで眺めていたファルマンとホークアイは、顔を見合わせ盛大な溜め息を付いた。

 

そしてそこは、小さなパニックとなった。

 

理事長室から出て来た金髪の美少女と、その保護者。その保護者を観ようと集まった少女達は、遠巻きながらもその光景を、固唾を飲んで見守った。

あの『国軍大佐 ロイ=マスタング』が、生でそれも自校に現れたのだ。少女達は浮き足立った。そして、この時期珍しい転校生であるその少女に向ける眼差しが羨ましく嫉妬の焔を募らせる。

そんな痛い視線を背中に感じ、エドワードは眉を潜めぐったり肩を落とした。

 

「……アンタ、用が終わったら帰れよ。」

「おや?私がいて何か問題でも。」

「アンタが無駄に目立っているんだ。中尉、早く引きとってって。」

「そうね。大佐、仕事に戻りましょう。」

 

校門に陣取った軍人達と少女は、側から観れば和気藹々と話している様にも見える。現実は違うのだが、今のエドワードは無駄に目立つこの状態から早く逃げたかった。

 

「帰りは何時だ?」

「……そんな事知らねーよ。」

「私が直々に迎えに―――」

「中尉、仕事これでもかと与えてくれ。」

 

目頭を摘み頭を抱えるエドワードに、ホークアイは小さく笑って了承する。そして、何時までもエドワードの傍を離れない大人を強引に連れ去って行った。

 

 

 

 

 

 

修羅場の如く初日を終える事が出来たエドワードは、ドップリ疲れて昇降口を後にした。

軍人達が帰った後、エドワードは何十人と言う女性に囲まれて。

勿論その理由は、先程までいた『保護者』の事で、

『マスタング大佐とはどんな関係!?』

『一緒に住んでいるの?』

『大佐の好みの女性は?』

『付き合っている人は?』

兎に角、大佐に関する事を集中砲火で質問攻めにあったのだ。

それが一人ならばこんなに疲れることは無い。何人も同じ事を聞いて来る為、エドワードは痺れを切らした。ノートの切れ端に質問内容とその答えを書き、机上に置き質問される毎にそこを指差す。

あからさまに不機嫌な顔を作っても、めげない少女達は、

 この少女と友達になれば!!マスタング様とも!!!

と考え、粘り強くエドワードに食い下がった。

 

授業中も手紙が回され教科書を眺める時間などあったものでは無い。ヘロヘロに疲れたエドワードは、帰宅の為校門へと向かった。

 

 

俯きながら歩いたのがいけなかった。

校門を曲った所で正面に立つ人とぶつかってしまったのだ。僅かに後退し顔を上げれば、そこには仕事の山に押し潰されている筈の男が満面の笑みでエドワードを見下ろしていた。

 

「お帰り、エリー。」

「………やっぱりそう来たか。」

 

再びガックリと頭を項垂れるエドワードを、背中を軽い仕草で押し、ロイは帰宅を促す。

その光景すらも、同校の生徒達の眼差しを一身に受けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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