Intersection of Spirits 【魂の交差】 第三章 |
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車に乗り込んだ俺の頭の中に、何度もあの大佐の言葉が繰り返される。 『この練成は二人の愛を誓う神聖な行為。まるで結婚する夫婦が最初に行う『共同作業』みたいなものだな。』 『二人の愛を誓う』って俺達は何をし様としていたのか? …肝心な事が解からない。 そして、『宝石泥棒』を繰り返す大佐が何をしたいのか、あの言葉に関連が有るのか…それすら解からない。 俺の顔を見て『嫌悪』した大佐。その事も俺の考えを邪魔して来る。 自分が思っている以上にその事に傷付いたのか、俺の心の隙を突く様に重く苦しい気持ちが頭をもたげて来た。 イライラがつのり、俺は車のシートに浅く腰掛けズルズルと身を沈めた。 「…兄さん。行儀悪いよ!大佐ってそんな事しないと思うよ。」 「解かっているよ……でも、ちょっとだけ考えさせてくれ。」 運転中の中尉に聞こえない様に俺とアルは小声で話した。 頭の中がグチャグチャだ! 早く大佐を見つけたい!! 見つけて…元の姿に戻りたい ……そして ………謝りたい。 気持ちばかりが焦り、どうすれば良いか訳が解からなくなって来る。 だけど……だけど、今やらなければならない事をしなければと思考が固まった。 「大佐。ここら辺りでエドワード君の目撃情報がありました。」 「……解かった。私とアルフォンス君をここで降ろしてくれ。中尉はこの近くの貴金属店の警備を。」 中尉に車を止めてもらい、俺とアルは車から降りて周辺を捜し始めた。 ここで車から降りるより、貴金属店の前で待ち伏せをしている方が出会える確率は高いことは解かっている。 しかし、中尉や憲兵の人達に『入れ替わり』を気付かれたくなくて、アルと2人で皆よりも早く大佐を見付けようと考えたからだ。 日は落ちて街頭と住宅の電気を頼りに俺達は『大佐』を捜した。 アルが、薄暗い路地を覗き込んだ時大声を出す。 「兄さん!居たよ。大佐だ!!」 「何処!」 「あそこに!!」 俺達に背を向けて路地の奥側に走っていた大佐は、アルの大きな声に驚いたのか立ち止まり俺達の方を振り返り見詰めた。その姿は、薄暗い路地に浮かび上がる様にさえ見える。 その理由は、……左手に持ったロウソク台に置かれた『2本の赤いロウソクの焔』だった。 威嚇する顔の『俺』は、入院した時の服装のままだ。アルの話しでは、右の『機械鎧』が動かないと言っていたが、その腕には小さな袋が括り付けられている。 「アル……あのロウソクは?」 「あれね、入院中大佐が絶対放さなかったんだよ。それで、何かの切っ掛けになればってロウソクに火を付けてあげたんだ……そうしたら、イキナリ暴れ出しちゃって……。」 『エド……このロウソクに火を付けて……ほら、手を…』 又も俺の頭の中に、強烈な圧力が掛かり脳を潰される感覚に襲われる。 また『あの夜の記憶』が俺を襲い始めた−−−。 月明かりに照らされたあの場所で、俺と大佐は、向かい合って座っていた。 「練成には、このロウソクとエドの右腕のナットを使う。」 「あぁ〜!? そんな事したら俺の腕動かなくなっちまうじゃん!第一、整備士に殺されるよ!!」 「はは…、動かない腕は私がサポートしてやる。さあ、始めよう。」 大佐は、俺の手に火の付いた赤いロウソクを握らせ、もう片方の手に機械鎧のナットを握らせる。そして、大佐自身も同じ様に火の付いたロウソクとナットを握り次の行動を促す。 「ほら、もう少しこちらに来ないと出来ないだろう!」 「えぇーーー!」 「私の額にエドの額をくっ付けて。……エド、練成を始めるぞ。」 「チェッ!」 渋りながら言われた通りに身体を近付け額を合わせる。 「兄さん!危ない!!」 アルの声に呼び戻された俺は、闇に浮かぶロウソクの炎で軌跡を作り、それを使って練成陣を描いた大佐を視界に捕らえた。刹那、ロウソクの炎に急激な酸素を取り込んだ巨大な火球が2つ、俺に向かって投げられた。 「チッ!!」 間一髪の所でこれを避け大佐の次の行動を確認した。 普段の大佐なら反撃の手は緩めないはずなのに、今は攻撃が当たらなかった事が不思議だったのか俺達をキツク睨み歯軋りしている。 そう、記憶が抜けている事で、本来冷静な大佐は『子供っぽい』所が顔を出し始めている。ムキになり表情を変化させて。 ……これってあの時の俺みたいな状態かも!! 俺の中で『必勝パターン』が組み上がった。思わず笑みが零れる。 すっげー不適な笑い方してるんだろーなー。 「アル!ちょっと良いか。」 俺は、アルに大佐捕獲の為の作戦を小声で説明する。 「えっ……良いけど。そんな事して大佐は大丈夫なの?」 「……大丈夫だろう。」 「うん……じゃあOK。合図してね。」 話が纏まった所で、俺とアルは大佐に対し身構える。 遠くからは、さっき響いた火球の爆発音を聞きつけた憲兵と司令室の人達が走り寄る音がした。 これは……早期決着を目差さないとややこしい事態は確実だ。 しかし、こんな時なのに昔の記憶が俺の頭の中を駆け巡る。あの時はどっちが強いか決めるんだとかで、誰かさんが勝手に会場をセッティングしてくれて……、結局あの勝負は俺が負けた。 嫌な記憶だ。 「……そう言えば、どっかの誰かさんに『怒らせてこれを乱せ』って言われたっけなー。」 俺は数歩前進して大佐の顔を見る。 「ヘナチョコ錬金術師!そんな遠くから攻撃したって俺には当たらねーんだよ!って言っても、テメーみたいなトロイ動きの攻撃なんて近距離だって避けられるけどな!!」 周囲に集まった軍の皆には、大佐の姿で大佐の声でこの台詞は驚くだろう。でも、俺の姿をした大佐自身には効果覿面だった。 大佐は、さっきの要領でロウソクの軌跡を利用し練成陣を描き出す。今度はそれを投げる事はせず、ロウソク自体に纏わせると俺のと間合いを詰める為一気に駆け出してくる。 俺と大佐の距離は5M。まだ……まだ遠い! 大佐の身体に焔がHitして怪我をさせる訳には行かないけど、この作戦を成功させる為にはもっと近付いてもらわないとイケナイ。 至近距離から繰り出される1発目の攻撃を、後方地面に転がる様避ける。そして、2発目3発目と焔以外の攻撃を織り交ぜ大佐は攻撃して来た。俺は、後方に居るアルの元に近付けさせる為、ギリギリの線で交わしながら後退していく。 「アル!今だ!!」 俺が叫ぶと同時に、アルは直ぐ傍にあった『水道管』に描いた練成陣を発動させ、蛇口を出現させる。 蛇口を捻る事で、大量の水が大佐に向かっ吐き出されロウソクの焔ごと壁に吹き飛ばした。 俺はアルに合図を送り放水を止めさせ、作戦が成功してチョット満足げに笑いながら壁に叩き付けられた大佐を見た。 「ガキの頃からこの手のトラップは得意なんだよ!……って俺の身体じゃん!!」 大佐の身体に何かあったらまずいとばかり気になっていたけど、俺の身体に何かあっても困る。慌てて俺の身体に駆け寄ると、俺の身体自体は水圧によって倒れた時に出来た傷が少し有る程度だった。 大佐の意識は無く、小さな寝息が規則正しく聞こえて来る。よっぽど疲れたんだろう。俺が濡れた身体を抱き抱えても、その寝息は乱れる事が無い。 アルは俺達に近付き、壁の近くにあった袋を拾い上げた。中を覗き込んだアルは、驚きを含む声で俺に袋の中を見せてくれた。 「見て兄さん。……この袋、さっき迄大佐が持って居た物なんだけど中身が全部『指輪』なんだよ!」 「指輪?」 色取り取りの宝石が嵌め込まれた指輪が大量に入った袋は、さっき迄大佐が動かなくなった右の機械鎧に括り付けていた袋だった。 駆け付けた中尉に袋を渡し後の事後処理も任せて、俺とアルは寝ている大佐を連れ病院に戻る。 濡れて弛緩した身体を抱き上げれば、なんとも言いがたい気分になった。 病院に着いた俺達は、取り合えず新しい病室を用意してもらい、アルにはもう一度現場へ向かってもらう。理由は、大佐が落としたロウソクを取りに行かせのだ。 見張りの為に残った俺は、病室で眠る大佐を見ながらまた記憶の世界に入って行った。 「そんなモノガキじゃないんだから欲しがるなよ!」 「形か欲しいと思うのには、年齢は関係無いだろう?」 「でもさぁ〜!?」 執務室で大佐と相談する俺は、照れたような困ったような声で話している。一方大佐は、優しげに、でも、寂しそうに俺を見詰める。 「………解かったよ!次来た時一緒に作るよ!!それで良いだろ!?」 「早い内に帰って来てくれ。私は準備をして待っているよ。」 「……ほら、私の額にエドの額をくっ付けて!」 「チェッ!」 恥ずかしい事をしないと練成が出来ないんだ?冗談じゃねーぞ!? 「この練成は、お互いの気持ちが重ならないと失敗するからな。」 「えっ?どう言う意味だよ!」 「想いの深さの比だよ。」 失敗って!? 辺りを青白い光が包んで行く。 −−−失敗したから俺と大佐が入れ替わったのか? −−−俺の想いは、大佐の想いより………。 朝になり目を覚ました俺は、ベッドで寝ている大佐を見詰めた。 『錬金術』以外の記憶を総て取り戻した今、大佐が『宝石泥棒』をしてまで何をしたかったのか理解出来する。 そして、そこまで追い詰め混乱させた原因が何だった。 「大佐。今日の夜にでもまたあの倉庫に行こう!そして、もう1回俺にチャンスをくれ。今度は必ず大佐の想いに負けないから。」 そして、入って来たアルと入れ替わる様に俺は病棟を後にした。 |