Principal 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スタジオでは本来飲食は禁止だ。しかし、ロイは今回大目に見る事にした。

 

 

 

 

 

エドワードは、用意した軽食を詰め込む様に口に入れながら、目線はロイの踊りを確かに見詰めて居る。

その視線は『驚愕』とは掛け離れ、まるで『睨む』様に、いや、『品定め』をする様にその踊りを追って居た。

 

 

 

 

 

今、ロイは『牧師の午後』のラストシーンを踊っている。

 

半獣半人の姿牧師パンは、一人のニンフに対して求愛の踊りを踊るが逃げられてしまう。ひとり残されて悲しみに沈むが、やがて彼女が落として行ったスカーフを見つけ、それを岩の上に敷いて座り、自らを慰め恍惚の表情を見せ、「ハー」と力を抜き去るシーンだ。

 

踊り終わり近くに置いておいたタオルを掴むと、ロイはエドワードの元に歩み寄る。エドワードは、自分の食事と共に置いてあったミネラルウォーター入りのペットボトルをロイへと放り投げた。

 

「ありがとう、どうだね?『等価交換』以上の物が見れただろう?」

 

自信に満ちたロイの顔をエドワードは床に座り仰ぐ様に眺めるが、ニヤリと笑い残っていた菓子パンを口に入れた。

 

「アンタってさぁ〜、スゲー有名なダンサーなんだ。」

「凄い有名ではないが、そこそこ有名だな。」

「自分で言うかよ……普通。」

 

苦笑いを浮かべるロイを、エドワードは怪訝な表情で見詰めた。

エドワードの右隣りに座ったロイは、今だ怪訝な表情を浮かべるエドワードを見詰める。その表情にはロイの自信過剰な言動を非難する意味ではない何かが含まれていて、ロイは眉を潜めその理由を聞いた。

 

「先程から何か言いたげだね。」

「解かる?」

 

少し驚きに表情を見せたエドワードは、少年らしい笑いを顔に浮かべると床から立ち上がり両手を腰に当てその答えを言った。

 

「アンタ、モテルだろう?」

「……適当にモテルが?」

「だろうな。」

「何が言いたい?」

 

ロイも立ち上がり厳しい表情でエドワードを見下ろす。エドワードはそれに怯む事無く言葉を続けた。

 

「だって、牧師のパンって振られるんだぜっ?アンタの最後の溜め息は『悲しくて』溜め息を付いたって言うより、『疲れた』って感じじゃん。あぁ、やっぱり実感無いから演技に出ないんだよね。」

「――― なっ!!」

「色男だからこそ?優男だからこその弱点か。笑えるっ。」

 

ロイはカッと頭に血が昇った。確かに自分がこの踊りに納得がいっていなかった事は確かだが。

『何かが違う!』そんな思いから繰り返しこのシーンを踊り続けた事は見とめる。しかし、今言われた事が身に当て嵌まり過ぎて逆に怒りが湧き起こった。

 

「イキナリ失礼だろうっ!」

「本当の事言われて切れた?でも事実じゃん。」

「解かりもしないで知った口を聞くな。」

「………知ってるよ。俺は何度も…何度もこの踊りを見たんだ。嫌って程見たから解かるよ。」

「………どう言う事だ?」

 

先程までの挑発した表情から苦渋に満ちた表情へと変化させたエドワードを、ロイはつられる様にその表情を変えた。

 

「………アイツのDVD、何度も観た。だから……アンタの弱点が解かるんだよ。」

「『アイツ』とは?」

 

エドワードは視線を窓の外へと向け辛うじてロイが聴き取れる程の小さな声で呟いた。

 

「ヴァン・ホーエンハイム」

「ホーエンハイム?………伝説の『光りの伝道師』ホーエンハイムか?」

 

エドワードは、ギュッと瞼を閉じると奥歯を噛み締め、唸る様に言葉を吐き捨てた。

 

「母さんが……何度も観るんだ、アイツのDVD。俺とアルがそれを真似て踊れば、喜ぶんだよ…母さん。『お父さんに似ている』って言ってさ。」

「………君は、もしや?」

「母さんは……トリシャ、オヤジは……ホーエンハイム、俺の名前は、エドワード=エルリック。」

 

そう言ってロイの顔を睨む。

その瞳には、『悲しみ』と『憎しみ』が同居した瞳だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『ヴァン=ホーエンハイム=エルリック』

 

 

 

独自の解釈と、それを表現する卓越した技術は、この世界に革命をもたらした。彼の踊りに魅了され、模倣しトップの座へと駆け上った者も少なくは無い。そして、バレエ界のみならずあらゆるジャンルに於いて影響を与えた。そんな彼を人々は何時しか『光りの伝道師』と呼ぶように成る。

 

 

 

時を同じくして、バレエ界の『妖精』と呼ばれた女性が居た。

名前は『トリシャ』。優しく癒しの微笑みを持ち、儚げで繊細。重力を感じさせないその踊りは、まさに『妖精』と呼ぶに相応しいダンサーだった。

 

 

 

 

 

その2人は17年前に結婚した。当時『大物カップル』の誕生に、バレエ界はおろか普段余りマスコミのネタに成らないこの業界では珍しく、大たい的に報道される。

 

しかし、事件が起こった。

二人が向かった新婚旅行先で、忽然と姿を消したのだ。

 

これにもマスコミが食らい付き、多くの時間を割いてTVで興味本位な内容を繰り返し報道された。暫らくの間この話題で持ち切りの各界だったが、以前行方不明な二人を時が経つにつれ人々は忘れて行った。

 

 

 

 

 

 

「お二人はご健在なのか?」

「母さんは死んだ。…アイツは解からない。」

「……トリシャは亡くなったのか。」

「あぁ、5年前にな。」

「そんな前に亡くなったのか。」

 

エドワードと向き合う様に立って居たロイは、まだ幼い子供の古傷を抉った事を詫びた。

 

「気にするなよ。もう結構前の話だし今更だから。」

 

笑い顔が少し曇る少年の顔を目を細め覗えば、困った表情をさらに浮かべ、視線をさ迷うエドワードが居た。

 

 

 

ロイは改めてエドワードを観察した。その稀な瞳は父親『ホーエンハイム』によく似ている。髪の明るい金髪も父親譲りだ。話の時々に見せる微笑は、当時ロイも憧れた『トリシャ』の微笑み。先程野外ステージで踊っていた軽さも母親の遺伝子だ。

 

エドワードが『天才』と言う名の遺伝子を確実に受け継いでいる事は一目瞭然で、これ程までの才能が今まで世に出なかった事が不思議でならなかった。

 

それと同じ位に疑問も沸き起こる。先程エドワードは『ホーエンハイム』の事を『アイツ』と表現した。そして、『解からない』と口に出したのだ。

 

 ロイはエドワードの過去を根掘り葉掘り聞くのはどうかとも思ったが、自分がこの世界に入るきっかけだった二人のダンサーをもっと知りたい。それ以上にエドワードの事をもっと知りたい。そんな思いが身体の中を駆け巡った。

 

 

 

「先程かから『ホーエンハイム氏』の事を『アイツ』と呼ぶが、実の父親だろう?」

「この血が搾り取れるなら、アイツの血だけを絞り出したい気分だっ!」

 

怒りに顔を赤らめ吐き捨てる様に言葉を出すエドワードだったが、更にロイの疑問は質問としてエドワードに向けられた。

 

「ホーエンハイム氏は?」

「……アイツは、俺が小さな頃家を出て行ったよ。母さんとアルと俺を捨てて……。母さんの葬式すら顔を出さなかった。」

「……離婚したのか?」

「母さんは待っていたよ!何時帰るか解からない……馬鹿な男を待っていんた。だから戸籍にはアイツの名前がある!だから母さんは、母子家庭の認定はして貰えなかった!金を稼ぐのに無理して……身体壊してぶっ倒れて……死んだよ!!」

「…………」

 

自分で吐いた言葉に傷付き顔を項垂れるエドワードを、ロイは居た堪れない気持ちで見守った。

どれだけ苦労をして来たのか?彼がどんな人生を歩んだのか?材料の無い今は想像すらつかない。しかし、エドワードの瞳の奥に燃え上がった『焔』は、親のスネを齧る少年とは全く違う『痛々しい強さ』が見て取れた。

 

スタジオは重苦しい雰囲気に包まれていたが、エドワードが壁に掛けてあった時計を見た時、その雰囲気が一変した。

 

「ヤッベー!帰らなきゃっ!!」

「あー、遅くまで引き止めて済まなかったね。家まで送って行こう。」

「えっ!?」

「………どうかしたか?」

 

驚きの顔を見せたエドワードをロイは不信な視線で見詰める。

 

「ほら……、アンタも明日忙しいし、俺子供じゃないから一人で帰れるからっ!!」

 

キョロキョロと周りを見回し、落ち付かないエドワード。何かを隠している事は簡単に見て取れる為ロイはエドワードに詰問した。

 

「家は何処だ?」

「…………直ぐそこだから。」

「私を甘く見るなよ!嘘は直ぐ解かる。もう1度聞く『家は何処だ』?」

 

俯き暫らく黙ったエドワードだが、ロイの耳に届く小さな声が答えを返した。

 

「………駅の…構内。」

「――― !!!」

「………」

「………」

 

少年は自分の言った言葉に舌打ちし、大人は額に手を当てて天を仰いだ。

 

「…………………………済まないが、もう一度言ってくれるか?」

「え〜っと、2ブロック先の駅構内に住んでいるんだよ〜。だから近いだろう?大丈夫!!」

 

エドワードは、似つかわしくない子供じみた可愛らしい声と小首を傾げるといった行為でロイに返答する。ロイがそれに騙される訳が無く、盛大な溜め息と共に呆れた表情をエドワードへと向けた。

 

「君が生意気なのは知っている。今更取り繕っても『却下』だ。」

「ひっでー!渾身の一撃だぜ。」

「それで騙される大人の顔が見たいものだ。」

「……大勢いたけど?」

 

またしても爆弾発言をするエドワード。いったいどんな時にその『渾身の一撃』とやらを使用したのか?ロイの疑問は尽きない。しかし、今はそれを追及して居る時では無かった。

 

「兎に角、俺急いで帰らないと!!」

 

慌て扉へと走り出すエドワードをロイが尽かさず捕まえる。

 

「馬鹿な事を言うなっ!未成年が『ホームレス』だと知って。『はい、解かりました。気を付けて帰りなさい。』と言える訳が無いだろう。今日は私の所に来なさい。」

「――― ?」

 

訝しげにロイの表情を覗き込むエドワードは、威嚇の為か声を幾分低くして疑問を投げた。

 

「家に連れ込んで………何する気だ?『そっちの行為』を遣りたいんなら俺、高いぜ。」

「!!!君は馬鹿か?何故私が君のような『チンクシャ』の『生意気』の『豆』の『餓鬼』の『同性』と―――」

「何気に失礼な事言ってんじゃねーぞっ!!!」

「事実だろう!!」

「俺は『豆』じゃねーっ!!!……って今何時だよ!?」

 

周囲をキョロキョロと見まわすエドワードは、壁に掛かった時計を見るなりロイの身体を払い除けた。

 

「ヤッベー!後二十分で駅のシャッターが閉まっちまう!!」

「だから、今日は私の所に泊まれ。それが嫌ならばここに泊まれば良いだろう。」

 

エドワードはその言葉も聞かず部屋を飛び出した。ロイも慌ててエドワードの後を追い掛ける。入口のドア付近でエドワードを捕まえると、再度同じ事をエドワードに言った。

 

「君もちゃんと聞きなさい!今日は―――」

「構内でアルが待っているんだよ!」

「『アル』?」

 

掴んだ腕を緩めずロイは『アル』について眉を潜める。いきなり『アル』と言われて見当も付かず、そのままエドワードの説明を待った。

 

「アルは、俺の弟。」

「弟が居たのか。」

「構内で陣取りして待っているんだ。」

 

その時、ロイはフト重要な事を忘れているような気がした。それが何なのかはっきりとはしないのだが、この少年と弟にとってとても『重要』な事だけは何となげに感じた。

 

「―――って聞いてる?俺急がないといけないんだ。シャッター閉まっちまえば、あの構内に入れないから!!」

 

ロイはシャッターが閉まる風景を思い浮かべハタと気が付いた。

 

「待て待て待て!さっき君は『2ブロック先』と言って居たな。」

「……そうだけど?」

 

ロイは、苦い顔を浮かべ言葉を続けた。

 

「確かニュースで遣って居たな……、明日『強制執行』が入ると。」

「強制執行?」

 

ロイはエドワードを離し自分が見たニュース内容を簡単に説明した。

 

「あそこは『ホームレス』の溜まり場になった為、治安が悪いと住民サイドから苦情が出た筈だ。そして話し合いで彼らに駅から出て行ってもらおうと言う事に成ったが、話は平行先のまま進んで、明日『強制執行』。…様は、強制的に立ち退いて貰うことに成った筈だ。」

 

エドワードの顔は青褪めた。その話が本当なら……

 

「その話が本当なら―――」

「本当だ。」

「アルは?」

「警察が彼を保護し、然るべき所へ送られる。」

 

少年は脱兎の如く走り出した。

 

「待ちなさい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ロイの言葉を無視し駅へと走るエドワードを、ロイは再度追い掛ける嵌めに成った。

 

「待ちなさいと言っている!君が行ってシャッターが降りれば君も『保護』されるぞ!!」

 

大人の足で追い付いたロイは、エドワードの肩に手を置くが、それでも走り続けるエドワードは大声でロイに怒鳴りあげた。

 

「弟を見捨てろって!?フザケンナッ!」

「君が行っても駅員に不信がられる!!」

「じゃー、どうしろって!!」

 

ロイはエドワードを押し止めその顔を覗き込めば口角を上げ不敵に笑った。

 

「私の言う通りにしなさい。私が『アル』を連れて来よう。」

 

エドワードは、見知らぬ大人からの提案を受けるべきか悩んだ末、

 

「……アルフォンスだ。弟はアルフォンス。俺に似た髪と少し灰色掛かった瞳、多分階段を降りた突き当たりに陣取っている。」

 

と、弟の名前と特徴をロイに教えた。

 

「良い子だ。」

 

先程の顔とは打って変わり優しい眼差しの大人は、エドワードの頬に手を添え小さく縦に首を振る。そしてロイは、エドワードの手首を掴むと駅へ通じる階段を降り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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