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考えてみれば、この格好は頂け無い。 先程までスタジオで踊って居たのだから『黒の半袖Tシャツ』と『黒のトレーニングタイツ』。そして『サンダル』と言うのは仕方が無い。しかし、夜中近い時刻であろうと色々な意味で目立っている。せめてコートを掛けていれば、ボロ隠しではないがこの格好を隠すことは出来た。 そして、手を引いている少年は、『白のTシャツ』『黒のスパッツ』『ボロボロのスニーカー』。金の髪は明るく、唯でさえ目立つだろうその少年を連れて歩くロイは、別の意味で世間の視線が痛い。
そんな不服を胸中に抱きながらも、一〇分も歩けばエドワード達が寝床を取っている駅入口のシャッター前まで来ていた。エドワードの話では、改札を抜け階段を降りれば地下鉄に続く廊下が在ると言う。その突き当たりに弟『アルフォス』が居る筈だ。
改札近くの物陰に隠れたロイは、エドワードに顔を向け質問を投げ掛けた。 「君は、ここの駅員に顔を覚えられているか?」 「………多分、怪しまれてはいると思う。」 「そうか、ならば私が改札に居る駅員を引き付けておく。君はチャンスを覗って弟の所へ行きなさい。」 「解かった。」 「私も後から行くから、そこで待っていなさい。」 コクリと頷いたエドワードを確認すると、ロイは最終電車も終わった改札へ顔を出した。 「――― 失礼ですが、宜しいですか。」 声を掛けられた駅員は、窓口へと近付く。この時間帯、男が声を掛けて来るなど不信極り無い。もしかしたならば『強盗』も予感させられる。駅員は慎重に近付くと、声を掛けて来た男性の顔を見詰め不信な視線を送り付けた。
「こんな時間に申し訳在りません。私は近くに ―――」 「貴方は『ロイ=マスタング』さん?」 窓口に立つロイの顔を確認した駅員は、その表情を一転させ歓喜のそれを素直に表す。流石のロイも、その激変した表情を目の当たりにし、一瞬遅れを取った物の直ぐさま営業用のスマイルを駅員へと向けた。
「いや〜、何時も妻と貴方の公演を観に行ってますよ! ――― この駅員が『クラシックバレエ』に興味がある人物で助かった。 実は明日の公演も妻と見に行くのですが ―――」 ロイは話に夢中な駅員と雑談に付き合いながら、こちらを物陰から見ている筈のエドワードに後手で合図を送る。エドワードは素早く身を潜め改札を通り抜けると、そのまま地下鉄に通じる階段を駆け下りて行った。 遅れる事少し、ロイがその兄弟を見付けたのは、エドワードが話した場所であった。 少し暗めの金髪と灰色掛かった大きな瞳。その瞳は『トリシャ』に良く似ている。こちらに気付いたのか、床に座っていた彼が立ち上がり丁寧な挨拶をロイに向けると、ロイも軽い会釈でその挨拶に答えた。
「兄から聞きました。兄が色々とご迷惑をお掛けしたみたいで失礼しました。」 「だれもコイツに迷惑なんてかけてねーよっ!!」 「兄さん、ちゃんとお礼言った?」 「良いんだよっ!俺の踊っている姿勝手に見たんだからっ!!」 「あのね〜、マスタングさんは『プロ』だよ!兄さんとは違うでしょっ!」 「ただで観たんだから良いんだっ!!」 「駄目!礼儀は基本でしょっ!!」 「アルが丁寧過ぎるんだっ!!」 「兄さんが無作法なのっ!!」 「…………いい加減にしなさい。」 「「……………」」 兄弟喧嘩がピタリと止まり、二人同時にロイへと顔を向ける。その姿が可笑しく、ロイはクックックと声を殺し笑ってしまった。 「………何笑ってんだよ!」 「兄さん!!失礼しました。」 「本当はエドが『弟』の間違いじゃないのかい?」 身長もアルフォンスの方が僅かながらに高い。物腰が柔らかく慇懃なアルフォンスは、『しっかり者の兄』のイメージにピッタリと来る。そして、情無いエドワードは、『手の掛かる弟』その物だ。
睨み上げるエドワードと困った表情で首を傾げるアルフォンス。その二人をロイは気紛れなのか『護る人物』として捉えて居た。 「さあ、ここを脱出してしまおう。我が家にご招待するよ、姫様達。」 「だーれーがー『姫』だーーーー!!!」 「兄さん、声がおっきいっ!!!」 纏めてあった荷物を掴んだロイは、又も兄弟喧嘩をしそうな二人を見ながら改札へと歩き出した。 行きと同じように、ロイが駅員の意識を引いている最中に改札を忍び出た兄弟は、シャッターが降りる付近で口論の最中だ。 兄弟喧嘩を止めるべきか悩みながら近付いたロイの耳に飛び込んで来たのは、恩を忘れた兄の言葉だった。 「だから、アルは人を信用し過ぎなんだ。さっさと寝床を確保しに行くぞ!」 「駄目だよ!ちゃんとお礼を言わなくちゃ!!」 「お礼?俺が頼んで遣ってもらった訳じゃねーんだっ!アイツが勝手に手伝った事だから、お礼はコッチが言われて当然だ!!」 「兄さん!!」 「アルフォンス!他人を信用するな、信じれるのは自分達だけだ!!」 「………うん、でもお礼はちゃんと言うべきだよ。母さんにも言われたでしょ?」 「だけどっ!!」 「逃げる事は無いだろう?」 エドワードの背後に立ったロイは、高圧的な声でこれからするであろう予想が付くエドワードの行動を窘めた。 「経緯はどうで有れ、君は私に借りを作った。それを仇で返す気か?」 「あぁ?」 振り向き睨み上げるその瞳は戦闘的だ。 今日までの彼の人生を物語る殺気だったオーラ。幾歳も行かない少年の出せる凄味ではない。 「君が、何を警戒しているのか私には理解しがたいが、私もココで『はい、サヨウナラ』と言う気は更々無い。未成年の『野良犬』を見捨てた等、私のプライドに関わる。」 「誰が『野良犬』だっ!!」 「君の事だ。」 声を荒げロイに突っ掛かるエドワードとは対称的に、ロイは静かにしかし強気な声をエドワードに返す。 睨み合う二人をの空気を和らげるかの如くアルフォンスが遠慮がちに声を掛けた。 「……あのー、…兄さんが失礼な事言って失礼しました。それで……今日は有り難うございました。改めて御礼を言わせて下さい。」 その声に優しい頬笑みで返したロイは、アルフォンスの頭を優しく撫でながら声を掛けた。 「偶然でも君を救えた事を光栄に思うよ。出来れば今夜は我が家に泊まって貰えると私としては安心出来るのだが。」 「誰がアンタの家になんて行くかっ!!」 横から怒鳴り上げるエドワードにキツイ視線を送ったロイは、改めてエドワードに向き直った。 「別に『野良犬』を飼い慣らそうとしている訳では無い。ただ、アルフォンス君を『風呂』に入れてあげたい。それだけだ。」 そう言ったロイの眼差しは優しいものに変わり、エドワードの頬に手を添えた。 「私は君達を助けたい。私が昔挫折した時、君達のお母さん……『妖精トリシャ』に助けられた恩を息子達である君らに返したい。……それ以上他意は無い。」
先程までの放っていた殺気の篭った眼差しは消え、驚きの表情を表すエドワード。口を何度か開閉した後、クシャリと顔を歪め、唇を噛み締め俯いた。
「私は一度、この世界に別れを告げ様と決意した。飽き飽きしたんだよ…実力も余り無いと言うのに金にモノを言わせる人間達に。その時君達のお母さんに道を示された。だから私はここ迄来れた。君達兄弟はその息子だ。このままどん底を野良犬や溝鼠宜しく這い付くばって惨めに生きて行くのか?それとも?この初対面の大人に着いて来るか?」
エドワードは俯いた顔を緩々と引き上げ、強い意思を持つその瞳に視線を向けた。 黒いそれは、静かに闇の色を称えているが、その中の力強い光は今まであった大人達とは違う輝きが有る。 視線をゆっくり外し、右手を何度か握り締めそれを見詰める。手の甲から肩口まで今だ残る蚯蚓腫れの様な傷跡。ホーエンハイムの息子と言うだけでどれだけの人間が自分達を引き取り……そのネームバリューに自分達の権力を世間に見せ付ける為とどれ程酷い仕打ちをして来たか……。
この男も世間体を気にする発言をしたが、その言葉とは明らかに違う何かをエドワード達に見せ付けている。 後ろで心配げに立ち竦むアルフォンスを視界に入れたエドワードは、意を決してロイに言った。 「………アルには何もするな。」 「君にもしない。」 「……全て俺が ―――」 「もう一度だけ言う。君達兄弟に何かをするつもりは無い。今度は私が君達に『道を示す』事をしたい。それだけだ。」 ロイは二人の顔を交互に見詰めはっきりと強い口調で言い渡した。 「私に付いて来い。」 目の前の大人は、真剣な眼差しでエドワードとアルフォンスに言葉を掛けた。 「付いて来いって言ってもさ……、その格好じゃギャグにしか聞えないぞ?」 苦笑いを浮かべるエドワードは、ロイの身形を見て呆れた声を発した。 現在ロイは、『黒の半袖Tシャツ』に『黒のトレーニングタイツ』と言う締まりの無い井出達。ロイ自身その姿を確認して苦笑いを浮かべてしまった。
「まあ………、今日の夜ぐらい寝床を『借りてやる』よ!有り難く思いな。」 「兄〜さ〜ん。」 偉そうに言い切ったエドワードをアルフォンスが窘める。そんな愉快な風景を、ロイは同情からではなく心から護りたい!そう感じた。 繁華街中心地近くに在る高層マンション最上階。 そこがロイの家で有る。入って驚くのは、そのリビングの広さだ。街を一望できる大きな窓ガラス。黒と白で統一されたインテリア。高級そうな備品の数々。見た事は有るが、名前を知らない物達の迎えに、エドワードとアルフォンスは、部屋の入口で暫し呆然と立ち尽くした。
さも当たり前の様に部屋に入り荷物を置いたロイは、木偶の棒に佇んでいる2人を見た。 「後で客間に案内する。その前に、アルフォンス君は『バスルーム』に行っておいで。」 「あっ……、はい。」 帰り道知人に連絡を取ったロイは、無理言って店を開けさせエドワードとアルフォンスの服を数着購入した。その中から寝る時に良いだろう服と下着をアルフォンスに渡すと、そこへと背中を軽く押し案内する。 一人残ったエドワードは、もう一度その部屋を見渡した。 「人が住んでいるとは思えねーな。まるで『モデルルーム』だ。」 「それは誉めているのか?」 何時の間にか背後に立ったのか、ロイはエドワードを客間へと案内する為腕を引く。 されるが侭付いて行くエドワードは、清潔に保たれている客間へと足を踏み入れた。 「ベッドにシーツを掛けるから手伝ってくれ。」 「2台とも使って良いのか?」 「当たり前だろう?」 クローゼットからシーツを取り出したロイは、その一枚をエドワードへと渡す。素直に受け取ったエドワードは、ベッドへと向かい、ロイのやる事を見様見真似でそれを取り付ける。
「さっき『モデルルーム』と言ったのは、誉め言葉としてではないな、どちらかと言えば『生活感が無い』と言った所か?仕方が無いさ、この家に帰れるのは年半分だからな。」 「それなのにこんな豪華な所ろに住んでいれば、維持費だけでも無駄だな。」 ぶっきらぼうに吐く言葉に苦笑いを浮かべたロイは、小さく肩を上げその理由をエドワードに陳べた。 「この世界はね皆が皆ではないが、見栄の世界でも有るんだよ。だからある程度のポジションに居る者達は、それなりにこんな雑誌さながらの部屋に居る訳だ。」 「でも……勿体無い。」 「私もそう思うよ。」 ヨレヨレにベットメイキングをするエドワードに手を貸したロイは、糊の効いたシーツをピンと張ってその作業を終わらせる。そして、その身体をエドワードに向ければ、真剣な声を出した。
「所で、君達は明日からどうする気だ?」 「………ストリートダンスして…金稼いで暮らすよ。」 「それでは根本的問題の解決にはならない。ちゃんと将来を考えろ。」 視線を逸らし何かを考える表情を見せたエドワードは、思考が纏まったのか口を開こうとした。しかし、その言葉はロイの発言によって止められる結果と成った。
「私の所でアルバイトをする気は無いか?」 「バイ………ト…?」 「そう、バイトだ。」 優しい眼差しと声は、エドワードを年相応の表情に変えさせる。少しばかりの緊張と恐れ。そんな感を表したエドワードにロイは目を細め、話しの続きを口にした。
「明日からの公演で色々と人出が足りない。どうだい?1人当たり『日給一万センズ』『三食飯付き』『風呂付き』『ベッド付き』。契約期間は公演一週間。悪い話ではないだろう?」
顔を上げたエドワードは、そのリアクションに困った。 「その一週間に君達の身の振り方を考えよう。どうだね?」 「……何で?……何でアンタは、そこまで俺達を構うんだ?」 エドワードのその顔は、今にも泣きそうな程歪められ困惑を浮かべて居た。 |