Straying to an exit

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幸せになって欲しい人がいる。

 

 

 

 

 

その為ならこんな俺の人生なんて捨ててやるから

アンタが幸せに笑えるならこんな身体代価にするから

 

 

 

 

 

 

 

「だから……俺を突き放してくれ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

7.It is ...... that want

 

 

 

 

 

 

 

中央司令部へと歩く僕の横に、黒塗りの軍用車が止まった。

軍用車は見慣れているけど、何故僕の横に停車したのか解からなくって脚を止め不信にその車の運転手を確認しようと、運転席が見える場所まで移動しようとした。

だけど、そう行動に出るより早く運転席側から現れたのはハボック准佐だ。

 

「よお!元気そうだな、アルフォンス。」

 

陽気な表情で僕に声を掛けて来た准佐に、失礼が無い様挨拶をして僕に用事か尋ねる。

准佐は、胸ポケットから煙草を取り出し「悪いな。」と声を掛けた上でそれに火を付けて紫煙を吐き出した。

 

「これから何処か行くのか?」

「はい、司令部に兄さんの情報が入っていないか聞きに行こうと思っていました。」

「そりゃ〜ナイスなタイミングだ。」

 

車に寄り掛かり僕の顔を見て笑う准佐が何処と無く余裕に見える。

兄の事でさぞ忙しいだろうと差し入れまで買ってそこに向かっている僕は些か拍子抜けだった。

 

「忙しいのに車で外出だなんて、外で何か有ったんですか?」

「あぁ、スゲー有った。」

「???」

「見付けたよ、大将。」

「何処で!!」

「この街に潜伏していた。ってーか、巣を作ってた?」

「???」

 

その意味を把握できない僕は、首を傾げて疑問を投げる。だけど、准佐は煙草を咥え苦笑いを見せるだけでその話の続きをしようとはしなかった。

 

「それで……?」

「まあ、あっちの件はお二人さんに任せるとしてだ、今度少佐のセッティングで俺と少佐とブラックハヤテで『打ち上げ』やるから来いよ。」

「『打ち上げ』ですか?」

「あぁ、今回の件の最大の被害者をお招きしようと思ってな。」

「…被害に遭っているのは皆さんの方だと思います。」

「俺達は………あの『上司』の部下だから慣れてるんだよ、気にするな。」

 

優しく笑う准佐を見て、僕は何だか心の中に在るモヤモヤを相談したくなる。

視線をさ迷わせ何て切り出せば良いか悩んでいれば、准佐は車に同乗する事を進め、司令部に向かう車の中で僕に気を使って声を掛けてくれた。

 

「大将の入隊の件は、まぁ……確かにな、大将が俺達を蔑ろにしたって感が強いよな。でもな、大将って俺達から見ると『世話好き』な性格だから『愛しい貴方の傍でラブラブー!』ってな事で幸せ感じられないんだと思うぜ。」

 

――― そう、僕は今だに怒っていた。

 

 兄さんが、僕に相談もなく勝手に入隊した事を聞いた時、怒りを越えて殺気が生まれるのをビリビリと感じていた。

 

「これからの生活もあるから暫らくは『軍の狗』を続けるつもりだ。」

 

あの日、兄さんの言った言葉を聞いた時、胸が締め付けられる思いだった。

 

 

 

 

不可能を可能にし、奇跡を起こした兄さん。

 

全ての事から開放されたと思っていたのに、まだ『軍の狗』になり続けるなんて!と怒って反対した。

だけど、兄さんの言葉と表情に『ロイ=マスタング』の想いが見て取れて何も言い返す事など許されない感じがした。

 

「僕は……兄さんに『自由』に成って欲しいんです。身体も、心も。」

「そりゃー……無理だろう。」

「えっ?」

 

准佐は、煙草を口に咥え苦笑いを浮かべながら僕に返事を返す。

 

「さっきも言ったけどさ、大将の性格考えろよな。大将は『誰かに必要とされて』始めて幸せを感じるタイプだろう?だから、愛とか恋とかに疎い大将が一番単純で確実に必要とされる『国家錬金術師』を全面に出すのは解かるだろう?」

「……それじゃぁ、兄さんは何時までも自分を犠牲にするんですか?」

「その形を少しずらせば幸せに成るさ。それは将軍が上手く誘導する……と思うぞ?」

 

車のエンジン音が響く車内で、僕は小さな溜め息をついた。

 

「僕は何時まで経っても兄さんの『役』にたちませんね。少しは大人に成ったと思っていたのに。」

「人の役に立つってーのはかなり難しいさ。俺でさえまだまだだし、第一、俺から見ればアルフォンスだってもっと自由に生きるべきだと思うぞ。」

「僕が……ですか?」

 

サイドのシフトレバーから手を離し、僕の頭を大きな手がグリグリと撫でる。生身の身体を手にした事で手に入れた温かな心使いがこう言う事で身に沁みる。

 

「『兄さん』に縛られ過ぎだ。もっと『自分の人生謳歌』しろよ。」

「十分させて貰ってます。」

 

苦笑いしか出来ない僕。

確かに『たった一人の肉親』に対して過剰なまでに意識が行っているのは否定できない。だけど、それは僕達が侵した過ちを、兄さんが一人で背負って目的を『達して』くれたお陰だって良く解かっているから、僕なりの恩返しをしたいだけなんだ。

 

「僕は……兄さん一人を入隊させるつもりはありません。僕も『国家錬金術師』になって軍へ―――」

 

ゴツンッ!!

 

さっき迄僕の頭を撫でていた大きな手は、拳となって頭の上に降り注ぐ。一瞬その痛みから目がチカチカして、痛い頭を抑え准佐の顔をそっと覗った。

その顔は、明らかに怒った表情で、僕は居た堪れない気分を味わった。

 

「それこそ『自由』じゃねーんだよっ!『馬鹿兄弟』!!」

 

兄さんは兎も角、僕までも。

『馬鹿兄弟』って少し酷いと思ったけど、そんな事を口に出せる筈もなく、頭の痛みに薄っすら涙が浮かぶ目で准佐を見詰めた。

 

「アルフォンス!あのなー、お前の為に俺達…少佐や中将、ブレダにファルマンそれにフュリーがどれだけ手を回したと思っているんだ?『鎧脱ぎました!』で今回の事が片付くと思っていたのか?普通に生活できる様にどれ程二人の上官が動き手を回したか知らないだろう?」

「――― !?」

「そもそもお前には軍の水は合わない。大将がお前や中将の為に頑張るって言ってんだから素直に甘えろ『teens』!!」

 

言葉と態度が厳しさを増し、車の速度も心なしか上がっている。

僕は准佐を相当怒らせてしまったらしく、小さな声でお詫びをした。

 

「……ごめんなさい。軽率な事言いました。でも、僕だけそれで良いんですか?兄さんは?」

「どの道、大将は資格を返還できなかっただろーよ。」

「えっ?」

「将軍も手を尽くしたけど、あの能力者を軍が簡単に手放す訳ねーだろう。それに大将の入隊を知ってどの部署に配属になるか…様は自分の『駒』にしたがる腹黒い奴らと散々揉めたよ。」

 

僕の知らなかった事が次々と語られ驚きで言葉も出ない。それを知ってか更に准佐は言葉を綴る。

 

「短期決戦で好く事が上手く運んだと今だに思うよ。」

「兄さんの配属は?」

「俺の直属の上司が一人増えるって事だ。」

「………良かった。」

 

准佐は、もう一度僕の頭を撫で優しい声色でこう言った。

 

「だから安心してアルフォンスの遣りたい事を遣れ。それが大将に対する最大の『恩返し』だ。」

 

静かになった車内に柔らかな空気が広がる。

頭の痛みとは違う涙が溢れ出して止まらなくなる。そんな僕の頭を再度軽くポンポンと叩き、優しい笑顔で准佐は僕にこうも言ってくれた。

 

「アルフォンスも良く頑張ったな。幸せになれよ。」

 

しゃくりあげる事しか出来ない僕は、何度も何度も頭を下げお礼を態度で表した。

 

「……僕……成りたい……早く大人に成って……皆さんの力に成りたい。」

 

見えてきた司令部は、何時も見ている建築物。

なのに、そこで待っている僕達兄弟の為に奔走してくれた人がいると思うと違う場所に見えて………また涙が溢れて来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目の前に立つ男は、座り込む俺に手を差し伸べている。

俺が放った銃弾に左頬を傷付けられても怒りを表さず俺を『欲しい』と言う。

 

 

――― 何で俺なんだ?

 

 

――― 俺には……無理なんだ。

 

 

「アンタを幸せにする事は出来ない。」

 

俺は、何時の間にか流れていた涙を荒く袖で拭い、差し伸べられた手を取らずその場に立ち上がった。将軍は、その手を軽く握り下に降ろし目を細め、俺を見詰める。

俺がその手を取ったらどんなに『自分が幸せ』か自分が一番わかっている。この想いに気付いてから何度自分の感情を言葉に出そうとしたか……苦しかった日々を過ごしたか。だからと言って俺を選んで良い訳じゃない。アンタの未来に俺は要らない。逆に俺を『使い捨て』の駒として扱うべきだと思っている。

 

「こんな俺で良いならアンタの踏み台になるから、俺に命令すれば人の命だって奪って来てやるから……だから―――」

「さっきから何を言っている。」

 

将軍は口角を上げ、俺を射貫く様に見詰める。逃げ場が無く言い訳も通じない俺には視線を外し黙り込む事しか許されない雰囲気だ。

 

「私は何を欲しているか何度言わせれば解かる?」

「………俺には出来ない。」

「何が出来ない。」

 

冷静な黒の瞳を持つ将軍は、俺をどんな表情で見詰めているかなんて解からない。ただ、聞かれた質問にどう答えようかそればかりで余裕の欠片も無い。

『何が出来ない。』そう聞かれても、俺に何が出来るのか解からない。『国家錬金術師』の力以外何も持っていない俺が、それ以外で何をしてあげられるのか解からない。

 

ただ隣りを歩くなんて俺には出来ない。

 

俺は…、

 

俺は……、遠くから援護射撃する事で自分を保つ事しか出来ない。

 

「俺は…将軍の傍に居られない。」

「何故だ?」

「それは……………」

 

 

――― 傍に居ればこの想いを伝えたくなるから。

 

 

俺は口を閉ざした。閉ざしたと言うより何も言えなかった。

 

「言ってみろ、君が私に持つ感情を。」

「だから……嫌いだって―――」

「嘘はイラナイ。」

「だから……アンタに相応しい人が居るから。」

「では聞く、君は私の何を持って『相応しい人』と言う?私の何を知っている?」

 

その言葉に俺は想わず顔を上げた。視界にに入ったその男の顔は、思っていたのと違くって優しい瞳だ。

 

「だっ…なら!アンタは俺の何を知っている!!何で俺をそこまで追い詰めるっ!!」

 

その表情に顔が熱くなるのを感じて、俺は誤魔化すかのように睨み大声で捲くし立てた。

 

「知っているさ。」

 

先程の表情と打って変わって口角を上げ自信ありげに笑う将軍。そして、ゆっくりとその口を開いた。

 

「無鉄砲で浅はかで―――」

「悪かったなっ!」

「短気で意地っ張りで―――」

「うっ、五月蝿い!」

「女性になってどのくらい経つ?がさつな性格で―――」

「俺は俺だからどーにも変わらないしっ!」

「コンプレックスの固まりで―――」

「小さいって言いたいのかっ!」

 

そこで一呼吸入れた長軍は、また優しい瞳で俺を見る。

 

「他人が傷付く事を嫌い自分が傷つく。困っている人が居れば手を差し出し全力でそれを救い、弟を思いで言葉とその態度とは裏腹に優しく慈愛がある。目的を持って真っ直ぐその顔を上げ凛と背を伸ばし、堂々と人を魅了する。聡明で気が利いてる。」

 

いきなり言われた言葉に更に顔が赤くなる。この男が俺を誉めるなんて槍が降っても有り得ない事で、俺は恥ずかしさから何も言えなくなってしまった。

 

「私は、君の新しい部分を発見するたびに心を躍らせていた。どんな些細な表情一つでも逃すまいと目で追っていた。」

 

知らなかった。時々目が合う事があると思っていた。だけど見られて居たなんて考えもしなかった。俺の心でいっぱいいっぱいで将軍がそんな目で俺を見ていたなんて……。

 

柔らかい風が吹く。俺の心にも何故か染み込む優しい風。

 

「出会ってからの期間は長いが私達が共に過ごした時間は少ない。その中で私は君に惹かれ、エドワード、君も私に惹かれた。」

「俺は……」

 

短いその時をここの中で喜びその視線も、その仕草も全てに惹き付けられて……。だから、幸せに成って欲しい。初めて好きになった人だから。

 

これ以上の恋はもうしないと思うから。

 

「俺は……だから将軍に幸せに成って欲しい。」

 

手袋越しの暖かな手を俺の頬に沿えてその瞳を俺に合わせる。

 

何時だって強引で、何時だって胡散臭くて、でも肝心な事は強制はしないで何時だって俺に選ばせていた。国家錬金術師に成る事だってそうだった。道を示して強制はしない。何時だって大切な事は俺に選ばせている。

 

今だってそうだ。Gameに勝ったのは中将だ!強引に俺を好きにすれば良いのに、俺が目の前の男を選ぶように真綿の罠でゆっくり追い詰める。苦しいぐらいにゆっくり…ゆっくり。

 

「グチャグチャ言ってないで、gameに勝ったんだから抱くなり何なり好きにすればイイだろうっ!」

 

――― 逆切れかもしれない……。

 

「そうだな、勿論好きにするつもりだよ。ただし、誤解だけは解いておく。私が君を『抱く』と言ったのは、身体だけの問題ではない、エドワードが背負っているモノも人生も全てを『抱きとめる』と言う事だ。私は君と同じ場所に居て、同じ目線でいる事が最大の幸せだ。」

「絶対後悔する。」

「君が?それとも私が?」

「アンタが……後悔する。」

 

瞳を覗き込む様に見詰める将軍に流される。拒む事は許されなくて、俺の未来は決まっている事を今になって目の当たりにする。

 

――― でも…でも………。言えない。『傍で支えたい』『俺のモノになって』なんて言えない!

 

「君が後悔しないのなら、私は後悔などしない。それが私の望みなのだから。」

 

――― 手を伸ばして良いのだろうか?俺は自分の幸せの為にこの人の傍に居て良いのだろうか?

 

「私も公も無い私を支えて共に歩んで欲しい。」

 

切なげに眉を寄せるその表情は見た事もない表情で、俺は胸の奥でズキリと痛む。

 

「そんな表情するなっ!未来の大総統!!」

「泣き落としも通じないか?」

「アンタってそう言う人だよっ!!」

 

クックックと喉の奥で笑う中将をギッと睨み、俺に添えている手を乱暴に払った。

だけど凝りもせず、両腕を軽く広げ俺に熱い眼差しを投げるその表情に俺はまた捕らえられた。

 

「観念して手を取りなさい。『私』が幸せになる為に。」

「……その言い方すげームカツク!!」

「私が幸せになる事が君の幸せなら、私の手を取りなさい。私は決して君を裏切らない。この手はエドワード、君の為だけにある。」

「俺の為?」

「そうだ。」

 

クラクラする。

素面でこの台詞を言えるロイ=マスタングに俺は逝かれてしまったのかもしれない。

 

――― 心地良いなんて…俺って馬鹿かも。

 

俺は、少し視線をさ迷わせ将軍の足下に視線を止める。一瞬小さく息を飲みこれからの行動に躊躇したが、待っているその腕にそっと俺の右手を伸ばし軽く触れた。

 

「……敗北宣言して無かったよな。『俺の負けです』」

 

添えた手を強引に引っ張りその腕に、胸に抱かれた。

 

「君にしては及第点だ。」

「――― ウッセーっ!!」

 

強く抱き締められ苦しいけれど突き放す事が出来ず、逆にその背に手を回す。

 

「エドワード、やっと君を捕まえた。」

 

その声だけでどんな表情か掴めなかったけど、頬が触れている中将の胸からは激しい程の鼓動が響いて……。

 

 

俺は……

 

俺は、その時帰る場所を手に入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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