報告書シリーズ  それは長〜〜い等価交換

10手の平で踊る

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは 一つを欲すれば………

 

 

 

 

全てを食らい尽す程の想い

 

 

 

 

 

 

全て消えてしまえば良い

 

 

 

 

 

 

 

一〇.手の平で踊る

 

 

 

 

 

強引に降ろされたのは、記憶に無い名前の駅だった。俺は知らなかっただけで有名な街らしい。

 

この街は、セントラルに勤務する人達にとってギリギリのラインでベットタウンでもあるけれど、それ以上にクダラナイ巨大施設がある街でもあった。

 

森を切り開き優雅なホテルを有するそこは、伐採した木とは別に植林をして森林の別荘を感じさせる落ち着きを醸し出している。テニスにゴルフ、乗馬にポロそして水泳。カジノにパーティーホール、サロンに音楽堂……。日常の生活の糧にも成らない娯楽施設を、最高の環境で整えるそこは、刺激の薄い日々を送る階級層の人々が集う場所らしい。

 

贅を尽くした調度品が並ぶ部屋。

 

木々の隙間から差し込む柔らかな日差し……落ち付いた空気。

予約無しで訪れた軍人と連れをそれが当たり前の様に受け入れたホテルの一室で俺は窓の外を見ていた。部屋の形は寝室とリビングが分かれた値段が張るだろうと簡単に想像出来る空間。普段俺が泊まる部屋が5コ位収まるんじゃないかと思うぐらいに無駄な空間が広がっている。

 

 

 

 

 

で、俺を拉致した張本人は、俺を寝室に突っ込み自分はリビングに備え付けてある電話機でお話中だ。大方中尉とでも話しているのだろう。

……俺の知った事じゃない。

そんな事を考えていれば、何時の間にか話しが終わったのか、大佐は寝室のドアを開けて俺の方に歩み寄ってくる。振り向きそれを確認した訳じゃない、足音で解かる大佐の気配。

 

大佐は軍人らしく、普段気配を消して歩く事が多いけど、それは必要な時だけで必ずではない。だから、今みたいに歩いてくれば、軍人教育されていない俺でも直ぐに大佐が今何処辺りを歩いているかなんて直ぐに解かった。

 

「何を見ている?」

 

直ぐ後ろから低めに落した声が聞こえる。

 

「この国の人口比率から考えれば数パーセントもいない金持ち階級の為に作った、自然破壊をした挙句人工的に作り出したクソムカツク森の風景」

「手厳しいな」

「事実だろう」

 

相手の顔は見ない。

ただ、能面の様に表情を張り付かせ隙を見せずに言葉を吐き出す。

 

「アンタもクソムカツク」

「なぜ?」

 

その返答に俺はハッと笑った。

何故も何も無いだろう!アンタは俺を―――!

 

「記憶が無い頃の『昔の男』の穴追っ掛けて平走して走ってみたり、手品でも使ったみたいにきなり車内に現れたり、挙句にこんなクダラナイ施設に拉致監禁!ムカツク以外何がある?」

 

俺は振り向き、「あー!?」と声が出そうなくらい嫌悪の瞳を大佐に向けた。

 

「あぁ、拉致監禁は違うな。……拉致は良いとして『軟禁状態』か?」

 

俺の皮肉を肩透かしでもする様に、大佐は軍服の上着を脱ぎ近くのソファーへと投げ捨てる。

それからゆっくり俺を見て、片眉を器用に上げて見せた。

 

「軟禁とは?」

「こう見えても俺って強いんだよ、アンタには負けない。大佐は弱いから負けない」

「ほぉ……」

 

強気の態度を見せつけられて、大佐の顎が僅かに上がる。

ここでお互い本気で戦えば、この部屋は愚かホテル自体も半端なく破壊されるだろう。だけど、負ける気がしない今は、師匠より弱いだろう今の大佐を張ったりでもやり込める事が先決だった。

ニヤリと不敵に笑った大佐が「いきなり現れたとは…」と呆れた声を出しながら俺を見る。

 

「まず、何処から話そうか。そう、手品か……、簡単な種明かしだ。最後尾のデッキに飛び乗りそのまま車内を歩けば良いだけだろう?」

 

確かに。俺も、汽車に乗り遅れそうな時は、走って走って最後尾に在るデッキへと飛び乗る事は当たり前で、ドアが開かなければ錬金術で抉じ開けて中へと入っている。

それは、手品じゃない。考えれば簡単に出てくる筈の答えを口に出して、今の俺が平常心で無い事を悟られただろうと思うとバツが悪かった。

 

「…兎に角、話しがあるからここに来たんだろう?今は大人しく聞いてやる。チャッチャと話せ、終わったら俺は本来の目的地へ行く」

「大した様でもないだろう?いや、用なんてハナッカラ無いのだろう?」

「………」

 

目を細め俺の表情を見る大佐を、俺は奥歯を噛み締めながら睨み返す。

ジワジワと追い詰められている感覚に囚われ始める。

 

 

負けるわけにはいかない。今ここで負けるわけにはいかない!

 

 

肩を軽く上げ、馬鹿にした感じで大佐に皮肉的な笑いを返してみた。

 

「仮に何も用が無かったとして、アンタに何の関係が在る?」

「大有りだな、言っただろう『俺は君が好き』だと。そして君も俺を愛している」

 

その言葉に一瞬大きく目を開いた俺は、図星をつかれた事を悟られない為に慌てて腹を抱え身体を二つに折って笑った。

 

「ハハハハハッ!!アンタ馬鹿じゃねーの?昔の男追っ掛けて、更に勘違いして俺が未だにアンタを愛してる?笑える!!今世紀最大のギャグだっ!!!」

 

嘘の笑いが何時の間にか本当の笑いに変わり、俺は涙目で大佐の顔を見上げた。

 

「アンタもしかして本当のホモ?それとも俺と付き合ちゃったから男じゃないと駄目になった?天下の誑し『ロイ=マスタング』の名前が泣くよ?」

 

ヒーヒーと息を吐き呼吸を整え大佐を見る。言われた本人は、表情を変える事無く冷たい表情のまま俺を見ていた。

 

 

俺を嫌ってくれれば良い

 

 

傷付け馬鹿にした様に言葉を吐けば、大佐も俺を嫌って二度と馬鹿な選択肢を選ばないだろうと願いを込める。折角記憶を無くして、世間一般で言う『異常な関係』の束縛から解放されるチャンスなのだ。俺を選ぶなんて……馬鹿げている。

 

無表情の大佐を横目で見ながら、先程大佐が軍服を脱ぎ投げたソファーへと近付き、思いっきり身体を投げ出す様腰掛ける。背凭れに掛けてあった軍服を業と潰す様に腰掛け無作法な態度を見せてやる。

 

「何の根拠に俺がアンタを愛しているって思っちゃったわけ?三流小説の読みすぎ?」

「………」

「勝手に盛り上がって思い込む人間って最悪だよなっ!」

 

 

俺を憎んで忘れてくれ!

 

 

じゃ無いと、俺はアンタから大切なモノを奪ってしまう。

 

「兎に角俺も忙しいんだ、大人しく解放してくれない?」

「それで?君は何処に行くつもりだ?」

「あぁ?どうだって良いだろう?」

「俺の質問に答えろ」

「そんなの勝手だろう!?それとも得意の『上官命令』とか『軍法会議』の言葉出す?」

「望みとあらば出すが」

「フザケンナ!クソ大佐っ!!」

 

ガンッと俺は前に在った小さな机を蹴り上げた。派手な音を立てて机は横倒しになる。そんな事はお構いなしで大佐を見上げながら口角を上げた。

 

 

俺の存在すらその記憶から消してくれれば良い

 

 

取り返しのつかなくなる前に、…俺を憎んで思い出すだけでも嫌悪を伴って……それで、記憶からもう一度消してくれれば良い。

 

「どうしちゃった訳?デートして女にでも振られた?それで趣旨変えしたのか?」

「勘違いするな、俺はお前を選んだだけだ」

「勝手に選ぶなよ、変態!」

 

射貫く視線が俺に突き刺さる。

 

本当はスゲー嬉しい。もう一度俺を選んでくれた事に胸が痛く成るほど嬉しい。大佐は、多くの人を魅了して、多くの人が大佐から選んでもらえる事を待っている。

その行動如何で、大佐が目指す未来への道が大きく開かれる可能性が在る選択肢も含まれていて、そこからまた俺を選んでくれた事に本当に嬉しくてし方がない。

でも……、それはいけない事だと俺自身に言い聞かせている。

 

好きだ!

愛している!!

 

そんな言葉だけで俺達は幸せになれない。俺達の関係は障害が多く、何のメリットも無い、生産性の無い恋だ。

 

その想いを叫んでみても、所詮目指す場所が違いすぎて、その視線に映る物全てが違いすぎて、何時か……離れて行く。

 

「大佐さぁ、さっきっから『愛』だ『愛』だ言ってるけど、男同士で何が愛だよ!?普通にキモイよ?」

「……それは君の本心かい?」

「本心じゃ無くちゃ何?ホモ恋愛って普通勘弁でしょう!やっぱ『女』がイーじゃん!?俺男だよ!突っ込まれるより突っ込むのが普通じゃん!!」

 

多分、スゲー大佐を傷付けている。今俺の口から出ている言葉で自分の心が傷付いているんだから、言われている本人はキツイだろう。

俺が大佐と身体を重ねていた事を、遠回しながら気持ち悪いと言っているのだ。傷つかない訳が無い!!今もそれを望んでいるのだろう大佐には、もっとヘビーにキツイ一言。

解かっている…大佐が俺を本気で想っている事は解かっているんだ。だからこそ引けない!!

 

「アンタだって男の穴に突っ込んで腰振ってるより、女の中で腰振った方が健全だよ!一四歳年下の俺が『正しい恋愛』ってやつ教えてあげ様か?」

 

 

 

その一つを手にいれたら……

 

 

 

俺の言葉を聞いた大佐が、その目を細くして凍るような眼差しに変わる。

逆光の中立つ大佐は、それは目を奪われるほどかっこ良くて、悔しいほどその風景を黙って見詰めたい気分にさせられる。

 

 

 

嫌いになって憎んで忘れてくれ!

 

 

 

大佐は時として俺を強く想ってくれていた。多分、今、記憶を無くしている大佐に俺の想いをぶちまけたとしても、それを当たり前の様に受け入れて昔の様に強く強く俺を愛してくれるだろう。

 

だから……怖い……、だから間違いだと気付いて欲しい!

 

 

 

 

その一つを手にいれたら……

 

 

 

所詮男同士の恋に未来は無い。終わる時

『あぁ……やっぱり駄目だった』って哀しむなら、今、まだ何も失う前のこの時に哀しめば良い。

 

 

 

本当に欲しいそれを手にいれたら、全てが欲しくなる

 

 

 

俺の想いが叫び出し止まらなくなる前に、俺を切り捨てて欲しい!

じゃ無いと、俺は大佐の全てを喰い尽くす…!

野望(ゆめ)も部下に見せる優しさも、人生も全て…全て…欲しくなって止まらなくなる!!

大佐の妨げになるんなら、俺は消えてしまうほうが良いに決まっている。

 

 

大佐は、多くの悲しみを背負ったまま一人でも多くの思いを救い上げながら、頂点を目指して進み続けなきゃ駄目なんだっ!!

 

 

 

アンタは迷わず進め!

 

 

 

アンタとの恋物語の終幕は、俺が一人で引きうけるから…そこへ目指して真っ直ぐ行けっ!!

 

「この際キッパリ言ってやるっ!!俺はアンタなんて大嫌いだ、同じ空の下で空気吸うのも反吐が出るくらいに嫌いだねっ!!クソキモイから……俺の前から消えなっ!!」

 

 

 

 

大好きだよ…大佐

 

 

 

 

「その童顔面二度と俺に見せんじゃねーよっ!!」

 

 

 

 

喉から…血が出るかもしれない。

 

胸が痛い…

目頭が熱い…

鼻の奥がキーンとする。

 

吐き捨てた俺の言葉は、目の前の大人に伝わっただろうか?

これで俺を切り捨ててくれるだろうか?

 

有りっ丈の演技で大佐にぶつけた言葉は、俺の思い通りに進んでくれるのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

「言いたい事はそれだけか?」

「――― !!」

「言いたい事はそれだけか?と聞いたのだが?」

 

相変わらず痛い視線を真っ直ぐに向ける大佐は、ゆっくりと俺に近付き始める。

 

「何度も言わせるな、言いたい事はそれで終わりかと聞いた」

「……ウゼーッ!!」

 

呆れ溜め息を付いた大佐が、今度は不敵に笑う。

冷たい視線は変わらないが、口元はまるでその勝利を手に掴んだかの様に笑っている。

 

「さっきから好きに言わせていれば言いたい放題だな…鋼の」

「???」

 

ゾクリと背中に何かが走る……違和感。

 

大佐は、一人掛けのソファーに座る俺に被さる様片足を椅子に掛け両手を背凭れへと付ける。行く手を阻む体制になった大佐は、尚も俺から視線を外す事無く、

 

「私を愚弄して怒らせて、何処まで馬鹿にすれば気が済む?」

 

と、低い声を発した。

俺は…暫らく思考回路をとめる事となる。

 

「君は前々から思っていたが『浅はか』で『短絡的』だ」

 

俺の頭を抱き抱えるかのように手を差し込みイキナリ三つ網をしている髪の毛を握り下げる。俺は痛みと共に顎を上げ、大佐の顔を直視する事となる。

痛みの余りウッと唸るが、その手は解く事が無くその視線も言葉も止める事はし無かった。

 

「愛が無い?昔の男?主旨変え?そう言えば私が君を嫌いになるとでも思ったのか、エドワード?」

 

「ん?」とばかり顔を近付け俺の視界を埋め尽くした大佐。

 

「私から君を離すと思ってるのなら、それは間違いだ」

 

言葉が……喋り方が変わった?

 

「私は確かに怒っているのだよ、半年前も一人で悩み勝手に自己完結をして私から去って行った。そして今回も強引に女性とくっ付け様と仕向け、自分自身は嫌われる様にと行動してみたり、挙句に自分の想いを止められずまたも逃げ出して暴言を吐く。身勝手で浅はかで短絡的。情けないくらい私は怒っているのだよ、エドワード」

 

俺は、止まっている思考回路を何とか動かし、今大佐が言った言葉をフル回転で整頓した。

そして、背中に嫌な汗がツーッと流れ落ちるのを知る。

 

「……大佐…記憶……何時戻った…んだよ?」

 

掠れた小さな声は、辛うじて大佐に届いた。

しかし、質問された大佐は

 

「その事は今は問題じゃないだろう?」

 

と嫌味を込めて笑い俺を見据えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺はどうすれば良いのか………解からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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