報告書シリーズ  それは長〜〜い等価交換

9.根性無しの逃走。

 

 

 

 

 

 

 

――― 俺は何時だって逃げている。

 

 

 

 

 

 

 勿論、アルの身体を取り戻す為なら、逃げも隠れもしない。『それ』に立ち向かってやる!真っ向勝負だ!!

 

 

 

 

 

 

――― 俺は何時だって逃げている。

 

 

 

 

 

 

自分の事と成ると途端に逃げ腰になる。その理由の大半を締めるのは『ロイ=マスタング』と言う上官絡みだ。

何時も余裕で、冷静な漆黒の瞳を俺に向け、取るに足りないと言った表情で俺を見る……同性の存在。

 

 

 

 

 

 

――― 俺は何時だって逃げている。

 

 

 

 

 

 

頑なに反発をする俺に、不意を付いて優しい言葉と行動を見せ付ける……ズルイ大人。

ズカズカと俺の心に入り込んで、掻き回して俺を惹き付ける。気付けば一歩、また一歩アイツに引き寄せられ、柔らかな拘束で俺を縛り付ける……年上の恋人。

 

 

 

 

 

 

――― 俺は何時だって逃げている。

 

 

 

 

 

 

何時までもお子様な俺の感情は、行き場の無い渦を巻いて迷路へと迷い込む。

喧嘩をした時もアイツの傍を離れる為に迷う事無く汽車へと飛び乗る事は当たり前で……。

 

 

 

 

 

 

 

そして俺は……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

9.根性無しの逃走。

 

 

 

 

 

 

 

 朝の連絡では、本日の大佐への護衛は中尉が務めると言っていた。

 

 

――― チャンスは………今しかない!!

 

 

行動は早かった。

 

数週間ここに間借りした部屋には、普段旅をして必要最小限しか持たない俺に似つかわしく無い程、細々と物が置いてある。

書店で買った文献数十冊に、着替えの洋服が数着と持ち込んだマグカップ。上げればそれ程の量でもないが、実際再びここを出て旅をすると成れば話は別だ。

 

セントラルで手に入れた洋服類は、手近に在った箱へと梱包する。運送屋に預ける前に寄った店で、ばっちゃんへのプレゼントを忘れずに入れリゼンブールの機械鎧診療所への宛名を記入し依頼した。

文献は、一読してある為敢えて持ち運ぶ必要は無い。それでも必要な文献数冊をトランクへ仕舞い込み、残った文献は梱包し荷物置場として借りているイーストの倉庫管理者へ宛名を書いた。

 

 

 

――― 準備は整った。

 

 

セントラル駅構内へと足を進め、時刻表を確認する。目的も無い訳だから、これから発車する一番早い汽車の時刻を確認すれば、後二〇分程の時間。

今持っている全財産で買える一番遠い駅への切符を手に入れ、俺はプラットホームへと足を速めた。

 

 

 

構内を歩いて目に入ったモノ……『公衆電話』。

 

 

無断でここを離れればアルにも……中尉にも迷惑を掛ける。俺は、諦めに似た溜め息を一つ吐き肩の力を抜いて公衆電話をもう一度視界へと入れた。

 

 

 

 

 

逃げる訳じゃない……。

いや、逃げているんだろう。

何から逃げるのかと言えば……解からない。

 

いや、解かりたくは無い。

 

 

 

でも、ここから離れなくちゃ、俺の誓いは見事に破られる事に成る。それは避けなければ成らない事で、遠く離れて自分をもう一度立て直して、大佐の傍で何事も無く笑っていられる様にしなくてはイケナイ。

 

 

 

『真っ当な恋をして……結婚して……家族を得る』

 

 

 

見方が少ない大佐が安らぎを得る場所を……俺のエゴで潰してはイケナイ。

 

その為には、俺のフラ付いた心を締め直す必要があったから、だから、俺はこの街を離れ様と決意した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

公衆電話の前に立ち、受話器を上げる。ズボンのポケットからコインを何枚か出し投入し、繋がるのを待った。

女性交換師の声が聞こえる。セントラル司令室のホークアイ中尉へと繋げて貰える様言えば、コードを求められそれに返答する。

 

『はい、ホークアイ中尉です。……エドワード君、こんな時間に電話なんて珍しいわね。何かあった?』

 

凛とした中に、優しさが見え隠れする中尉の声に胸が痛んだ。

俺に気を使ってくれる大人の女性を……裏切るかと思うと、悔しくて声が掠れた。

 

「中尉、悪いんだけど……俺、どうしても確認したい事があって一週間ほどこの街出るから。」

『えっ!何かあったの?』

「あ……うん。ここ数日図書館で調べていたら、手掛かり見付けてさ……。確認しに行って来る。」

『何処に行くの?』

「………西。」

『西って町の名前は?』

「それは……、あま今度報告するよ。でさ……、その間アルを頼むね。俺これで行かないと……また。」

『チョット待って!エドワード君!!』

「………ゴメン。」

 

ガチャリと受話器を置いて、額を公衆電話へと押し付ける。

 

 

 

 

 ………嘘は嫌いだ。でも、今回は許して欲しい。

 

 

 

 

 

誰に許して欲しいのか……それは自分自身だろう。

結局俺は『逃げている』だけなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

普段ならアルと共に乗る二等車両。

 

対面に腰掛ける事が多いアルは居ない。寂しさを紛らわす為、窓側へ腰を降ろし車窓へと視線を向けた。

 

この時間帯には珍しく閑散とした構内。情勢が不安定な西に向かう長距離列車だからだろうか?それでもパラパラと人の流れを無意識に目線で追う。

 

『家族』『恋人』『業者』色んな目的で色んな立場の人々が車両へと足を向ける。

『見送る者』『見送られる者』………『笑い』『涙』『苦渋』。様々な表情。

 

 

 

俺は………ここに居る誰よりも『根性無し』の顔をしているだろう。

実際、間のガラスに映る俺の顔は酷いモノだ。

苦しくて苦しくて……気持ちが押えられなくて、今にも吐き出しそうな女々しい顔。

記憶の無い今の大佐を想う心と記憶が在った頃の大佐を想う心が対立している。

どちらも同じ大佐なのは解かっているが、今の大佐を好きに成る事は何故か背徳的な気持ちに成る。記憶のあった頃の大佐を裏切る様で………。

 

そう解かっているのに……今の大佐を好きに成っている自分が恨めしい。

 

 

 

無様な顔を見る事に耐えられなくて、俺は座席に浅く腰掛けその身をシートへと丸め込んだ。

 

ギュッと目を瞑れば、人のざわめく声が耳に届く。

 

 

 

 

 

 

 

待っている時間というのは長く感じる。

 

 

 

 

 

 

 

――― 早く動け!早く出発しろ!!

   俺が……、俺が……汽車から飛び降りる前にこの街から離れてくれっ!!!

 

 

 

 

祈りにも似た気持ちでひたすらその時間を待つ。

 

奥歯を食い縛り、萎えそうな気持ちを奮い立たせる。だけど、目を瞑った事でそこに想い描かれたのは、記憶の在った頃の大佐の寂しげに笑う顔と、今の大佐が時折見せる目を細め、俺を見詰める真剣な顔。

どうしようもない苛立ちと共に、俺はゆっくり目を開けた。

 

 

 

 

――― 早く…、早く…、早く、こんな気持ち無くなってしまえばいい。

 

 

 

 

「……たいさ…」

 

根性無しの俺の心は悲鳴を上げて遂にその名前を口に上らせた。

 

「……ろ…ぃ…」

 

身体を起こし、両手を組みそれを額へと押し付ける。

行き場の無い気持ちは、何時爆発しても可笑しくないくらいで、鼻の奥がツーンと痛みを発し始め、俺は身体を屈め頭を振った。

 

 

 

 

 

そうこうしている内に、ホームにけたたましいベルの音が鳴り響いた。ガタンと音を立てて動き出した列車。

俺は少し安堵した。これで大佐から離れて冷静に成る事が出来る筈だ!と……。

複雑な気持ちを燻らせたまま、俺は流れ始めた景色を見る為に車窓へと顔を向けた。

 

ゆっくり動くホームの景色……。

そして、流れている景色の中に俺はあるモノを見付けてしまった。

 

向こうも驚いて一瞬目を見開く。だけど直ぐにその目は細められて表情を能面の様に凍り付かせた。

 

 

中尉に電話をしてから二〇分……。

考えてみれば司令部から駅迄、車を使えば余裕で着くわけで、俺が席で身を屈めて居た事で意図せず身を隠す事が出来た様だ。

動く汽車に合わせて大佐が歩く。

俺はそこに縫い付けられたみたいに身動きが出来ず、窓外に居る大佐を見続けていた。

 

 

 

『エドワード』

 

 

 

汽車の鳴らした汽笛によって音は届かなかったけど、唇の動きで大佐が何を言ったのか解かる。

 

俺は胸に槍を刺された様な痛みに顔を歪め、渾身の力で顔を大佐から逸らし、進行方向の方へと顔を向け睨みつけた。

視界は前方に固定しているのに、その隅で黒と蒼のコントラストが入って来る。だけど、スピードを上げた列車に足を止めたのか、そのコントラストは消えた。

 

「……最悪…」

 

何が最悪か…。

 

それは俺の行動か?それとも……?

頭を過ぎった窓外の大佐の顔を俺は忘れる事が出来ないだろう。

そして……、ゾワリと背中を駆け抜けた予感!

大佐の事だ、直ぐに俺がどの駅迄行くのか調べているだろう。

 

 

 

――― 拘束される……?

 

 

 

幾ら何でも私的な事に軍を動かすとは思えない。でも、何と無く嫌な予感がヒシヒシと押し寄せて来る。

 

 

 

――― 下手をしたら次の駅で憲兵が待っているかもしれない……!

 

 

 

不安は拭えず、俺は頭が真っ白に成り始めた。

 

 

 

――― ここで連れ戻される訳にはいかないから……、

   俺の望みを叶える為に譲れないから……。

 

 

 

本当なら、今直ぐこの汽車から降りるべきだろうけど、走り出した汽車が止まるのは次の駅で…、飛び降りるには命の危険が伴うし…。

汽車に閉じ込められた様な状態の俺は、どうし様かとオロオロしたが、取り敢えずこの席を立つ事にした。

大佐は、俺がこの車両に乗っている事を確認しているだろう。

ならば、何処かに身を隠す事を考えれば良い。トイレを不法占拠するのも一つの手だ!

 

普段荷物は、アルが上の網棚に置いてくれる。

自慢にならないけど、俺では荷物を乗せる事が出来ず、結局椅子と足の間に挟む様に置いたトランクを慌てて掴み腰を上げた。

いきなりガシッとトランクの取っ手を掴んだいた俺の左手を、上から押さえ付ける様に重ねられる。

 

 

 

白い手袋……

 

赤の練成陣……

 

 

その手の持ち主を確認する為、腕・肩・顔へとゆっくりと視線を動かした。

 

 

 

「何処に行くつもりだ?鋼の」

「―――――― ッ!!」

 

 

俺の喉から声にならない悲鳴が上がる。

 

荷物を床に押し付ける様固定しながら、俺の左手をキツク握り閉めた男……、さっき迄列車の外にいた筈なのに、何故か今は俺の横に居る。

額にウッスラ汗をかきながらも、その息は乱さず冷ややかな視線を俺に向ける……。

 

「……何で…大佐が…ここに?」

 

間抜けた質問をした俺の手から、引き剥がしたトランクを大佐は自分の脚と椅子の間に入れ乱暴に座席へと腰掛ける。握り締めた手を乱暴に引っ張られた俺は、崩れる様に大佐の横へと腰掛ける事と成った。

荷物をモノ質に!手はきつく握られたまま、通路側に座った大佐から逃げ出す事も出来ず、俺は背中に伝う冷たい汗を嫌って言うほどかきながら、俯き古びた床板に視線を落した。

機関車が出す独特な稼動の音と、車輪の動く甲高い音が重い静寂の中で響いている。

大佐は無言を貫きながらも、その身体から発する苦しいまでの気で俺を威圧しながら、動きを留めて居たけど

 

「話す事は多過ぎて、ここでは言い尽くす事は出来そうに無いな。次の駅で降りる、逃げるなよ」

 

そう、地を這うような低くゆっくりな口調で俺に宣告した。

 

 

今でも握られている俺の左手は、何時もよりも数倍低い大佐の体温を感じながら、今までで俺が知っているどの大佐よりも怒りの度合いが高い事をこの時始めて気が付いた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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