報告書シリーズ  それは長〜〜い等価交換

11.崩壊 of one's beliefs

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

座っていたソファーから力任せにキングサイズのベッドへと身を投げられた。

ウェイトが無い分軽々と扱われる事が癪だが、今はそんな事を気に掛けている暇では無い。

 

スプリングで跳ね上がる身体のバランスを制御し、ゆっくりと俺へと歩む大人の気配へと視線を向けた。

 

 

 

 

 

湧き上がる感情………

 

 

 

 

 

『恐怖』

 

 

 

 

 

 

その言葉が俺の全てだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

11.崩壊 of one's beliefs

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベッドから降りようと立ち膝になった俺を再度組み伏した大佐は、俺の鳩尾に一発拳を付き入れてくる。ウグッとうめき庇う様に身体を丸めようとしたが肩をベッドへと押え付けられてその動きを止められた。

生理的に溢れ出て来た涙を無視し、暴力に支配されている大人へと顔を向ければ、そこに在ったのは思いの他優しい眼差しの大佐だった。

 

ギシリと音を立てたベッドが今の状態を生々しく俺に伝える。

 

静まり返った部屋に俺の荒い息が響く。

 

先程俺に向けた拳と俺を組み伏しながら向けてくる眼差しのギャップに頭の中がグチャグチャになる。喉から出る音は引き攣った音で、意味をなさない擬音が何度も何度も口から零れた。

 

「私が怖いか?」

「こ……怖い事…あるか…」

 

虚勢バレバレの声だ。

何がどうなっているのか頭の中が真っ白で、どう対処すれば良いのか見当も付かない。

今まで俺がして来た事を何時から記憶の戻った大佐は見て来たのか?

さっき迄俺が叫んでいた言葉をどう捕らえているのか?

 

 

まだ……俺が大佐に気持ちを残している事をこの大人は知っているのか?

 

 

でも、震えている身体を叱咤して、俺は大佐から視線を外さない。

もう後戻りは出来ないんだ!大佐を開放すると俺は決めたんだから……決めたんだから……。

嫌味な程綺麗な顔で薄っすら笑う大佐は、満足気に目を細めると真剣な眼差しの大人へと表情を変えた。

 

「さて…、君に何から話そうかな?」

「話なんて俺には無い!…重い、退けっ!!」

「君の意見は聞いていない」

 

ピシリと俺の言葉をその威厳で封じる。伊達に大佐って職に付いていない……有無を言わせない雰囲気を醸し出す。

 

歯軋りする俺の表情を暫し見詰め、何を考えているのか掴み所の無い表情で俺を見据えながら話し始めた。

 

「そうだね……まず、記憶を取り戻した当りから話そうか?私はあの日、部下達と君達兄弟とで食事をしていたんだ。皆羽目を外すほど飲んでいたね…私もかなり呑んでいた記憶が在る。」

 

固まって停止している思考を必至に動かし、俺は大佐が何を指して話しているのかを必死に考えた。どうやら大佐の邸宅でバーベキューをした時の事を話している様だ。

 

「飲んだ仕上げにエドワード、君はシン国の『ラーメン』と言う食べ物を部下達に振舞った。そして、私には『リゾット』。……そう、そのリゾットを食した時、怒涛の様に脳内に記憶が流れ込んで来た。いや、正確には閉じられていた記憶の箱が蓋を開けて記憶と言う巨大な情報を見る事が出来た……そんな感覚かな?」

 

そんな前から記憶が戻っていた事に俺は驚き、口を何度も開いては言葉を吐き出そうと務めてみた。しかし、驚きが勝り結局の所何も口からは言葉らしき物を出す事が出来ない。

 

そんな俺を大佐は無視し、更に話し続ける。

 

「記憶が戻ってみて……驚いたね。私の記憶が無い事をどう捉えたのか?エドワード、君は私から離れ様としているだろう?その意図は何か?本心を知る為に皆に協力をして貰って、私は記憶の無い振りを続ける事にしたのだよ」

 

更に顎が外れるほど驚いた!

 

 

じゃあ、大佐の記憶が戻った事を知らなかったのは……俺だけ?

 

もしかして……

 

「……もしかして……アルも大佐の事……」

「勿論アルフォンス君にも協力を仰いだ」

 

そう言われて思い返してみれば、腑に落ちなかったアルの行動に納得がいく。

 

やたらと忙しがって俺と長話しをしたがらず、たまに盛り上がって積もる話しをし始めれば、軍部の誰かしらアルを呼び話が中断していた。

 

あの時は大佐のフォローに忙しいのだろうと思い、その場を後にした記憶がある。それはアルが俺と話しをしている時に思わずポロリと大佐の記憶が戻っている事を口に出させない様に……俺がアルの些細な感情の変化で疑いを持たない様に皆が手を回していたに尽きないのだ。

 

 

 

怒りが込み上げて来る。

 

 

 

悔しさが腹の中で増幅する。

 

 

 

皆から見て、大佐達から俺を見てさぞ…さぞ滑稽だっただろう。

 

「アンタ達は、俺を騙して影で笑っていたのか?記憶の無い大佐を相手にする俺を見てさぞ滑稽だっただろう!?笑い者か?」

 

怒りの余り声が掠れる。ヒューッと嫌な音を立てて空気を吸い込み、俺は腹の底から俺の上にいる大佐に怒鳴り上げた。

 

「ザケンナッ!!俺はアンタの玩具じゃない、馬鹿にするのもいい加減にしろ!」

「私を騙して馬鹿にしていたのは君の方だ、エドワード」

 

俺の言葉を間髪入れず切替した大佐。

 

「私が記憶を失っている事を手玉に取り、嘘偽りを言っていたのは君だろう?『過去の恋』だと言って私から離れ様としたのは誰だい?君こそ私を愚弄している」

 

瞳に強い怒りを含ませ、厳しい視線で俺を攻める。

 

俺の肩を押える大佐の手に力が篭る。ギシリと機械鎧の軋む音がした。

 

確かに大佐の記憶が無い事を良い事に、俺は大佐から離れ様とした。その事は認める。しかし、それは決して愚弄とか馬鹿にしているとかじゃなくて―――。

 

「……良い機会だって思ったんだよ。アンタは大好きな女の人とベッドで愛を語り合える。俺もアンタから離れて清々出来る。何のしこりも無く気まずい想いも無く―――」

「そんな言葉を信じる私だと思うか?」

 

大佐の怒りは、更に増幅した様だ。ギリッと奥歯を噛んだ音が耳に届く。

俺は、口の中がカラカラに乾き溜まってもいない唾を飲み込み気を落ち着かせようと努力した。

 

「それならば何故私の世話をした?何故気を使って声を掛けた?エドワード、君は白黒ハッキリした性格な事は私が誰よりも知っている。本心から私を嫌うならば、君は私に口を開くことも……いや、存在すら認めようとしない。徹底的に自分の思考から排除する。そうだろう?」

「はっ!何が『誰よりも知っている』だっ!アンタなんて眼中に無いさ、ただ、中尉に頼まれたから―――」

「頼まれても嫌ならばはっきり口にする。それが鋼の……君の強さだ」

「………買い被りだ…」

 

 

何だかバツが悪い……。

 

 

言い争いをしているのに、誉められてどうして良いのか解からない。

 

怒鳴られれば、罵倒されれば俺も反撃に出られるのに、こう優しく言葉を紡がれるとどう返して良いのか……。

 

「買い被りなどしないさ。私はそれ相当の評価しかした事が無い」

「………」

 

覆い被さられて優しい声で話し掛けられる。

 

穏やかになっていく雰囲気に俺の決心が鈍る。

 

「だからって……アンタを好きだとは限らないだろう?」

「解かるさ、エドワードの事ならば解かる」

「……傲慢だな」

「違う、愛しているからだ」

 

キッパリと言い放った大佐は、何処までも俺を許した表情で話しつづける。

 

「君が手紙を置いて私の前から突如その消息を消した。それから半年近く何も考えずに過ごしたと思っているのか?私は時に折り君を想った。食事中も職務中も……夢の中でも君を想った。そして考えた、私にとって君はどんな存在なのか」

「……で、結論は?」

「錬金術師としての能力だけじゃない、身体だけじゃない、君自身が私の欲する物だ」

 

クラクラと目が回りそうだ。

人からこれほど熱い言葉を貰った事があっただろうか!?

手を伸ばせば、この男が欲すれば、どんな女性でもその腕に抱く事が出来るだろう。

 

「それはアンタの想いで、俺の気持ちを無視している。本当に俺の事を考えているなら、俺を解放しろ」

「……それが君の本心ならば、私は君の手を離す」

 

射貫くように強い瞳の光。

苦しげに寄せられた眉に全ての感情を表した様に………。

 

「などと私が言うとでも思ったか?」

 

皮肉めいた表情を俺に向け、不敵に微笑んで見せる。

 

「何処までも私を理解してはいないね。そろそろ観念して私を正面から見なさい、エドワード」

「…………」

 

俺は、何時でも真っ直ぐ前から大佐を見て来た。いきなり何を言うのだろう?

 

「私、ロイ=マスタングを正面から見、理解すれば解かる事だろう?私が欲した物を簡単に諦める男か?一度手にしたモノを簡単に手放すと思っているのか?」

 

両肩を強く押し付けていた大佐の手は、スルリと俺の背中を抱き覆い被さって来る。首筋に鼻先を埋められて吐き出された息がくすぐったくて、俺は身を捩りながら首を竦めた。

 

「ちょっ……と!おい、大佐っ!!」

 

説教垂れているってーか、俺を口説き落としているにしては、この体制はどーかと思う。

…いや、口説き落としているのならこの状態も有りなのか?

 

「私の手の中に在ったモノが逃げて行く事を黙って見ている男か?」

 

肩口からダイレクトに大佐の声が脳内へと響く。

 

「例えそれが逃げて行こうとしても私は許さない!強大な力で引き離されようと、逃げ様としている本人の意思で離れ様と、私の妨げになるのならば………」

 

大佐は顔を上げて俺の両頬を挟み込む様に手を添える。逸らす事が許されない緊迫感……。

 

 

 

 

視線が ―――――― 熱い!

 

 

 

黒瞳が更に深く色を染める。

 

 

 

 

「全てを薙ぎ倒して私は再びそれを手に入れる」

 

 

 

 

あぁ……、やっぱアンタだよなぁ

 

 

 

そー思った。

 

揺るぎ無い自信に裏付けされた人格者『ロイ=マスタング』だから口に出し真実味の在る言葉。

その瞳が全てを語っている。決して言葉が嘘にならず全てを手に入れてしまう事を……。

 

だからこそ、だからこそなんだよ……大佐。

だからこそ選択肢を間違えては駄目なんだ!

 

「……そんなら、全てパーフェクトに手に入れろよ。地位も名誉も金も……人から羨ましがられるくらいの人生手に入れろよ。アンタなら簡単に手に入れられるだろう?幸福を絵に描いた家庭を手に入れろよ!綺麗で聡明な女性と結婚して、スゲー可愛い子供いてさ…、中佐みたいラブラブで親馬鹿で……。皆が『やっぱ、マスタング大佐は違うな』って思うぐらい幸せな居場所作れよ……」

「そのつもりだ」

 

辛辣な言葉に胸が抉られるほど痛んだ。

 

その幸せな居場所には、俺の居場所は無い。何時かその場所が出来た時、俺は大佐の傍にはいられないって事で、それでも目の前にいる大人は俺を欲しがっているのだ。

 

都合の良い愛人にでも成れって事だろうか?

 

声には出せない疑問が、胸の奥深くからせり上がって来る。

不意に鼻の奥がツンと痛み思わずギュッと瞼を閉じた。

 

「そのつもりだ、誰もが羨ましいと思う場所を作り上げる。私が仕事を終えて帰宅した時、家に灯りが付いている。ただいまと言えば、お帰りと玄関先まで迎えに出てくるんだ。暖かい食事に心地よい空間…会話。とり作る事も無く素のままで話す。愛して愛して愛されて愛して………。そんな場所を私は作るよ………エドワード、君と。」

「………俺…?」

 

その言葉に驚き目を開けば、優しい瞳が俺を見詰めている。

 

「そう、君がいて始めて成り立つ未来だ」

「アン…タ……馬鹿だ。大馬鹿……」

「馬鹿では無いさ」

「野郎と家庭作って誰が羨ましがるんだよ」

「最後まで信念を貫いた者が勝ちさ。人がどう見るか等と気にする事は無い」

 

何処まで……馬鹿な男なんだろう……。

 

「何で…何でそうなんだよ!アンタなら手に入れられるだろう!?普通の…ごくごくマトモな家庭を!!」

「私が欲しいのは、絵に描いた家庭では無い。君との未来だと言っているだろう?それに……」

 

素早く俺の唇に大佐のそれを寄せサット身を離す。逸らさない強い瞳の力が威力を増した。

 

「先程も言っただろう?私は自分の欲したものを手に入れると。エドワード、君もそれだ。例え君自信が私から離れ様としても、それを許さない。君自身が障害ならば、それすら薙ぎ払う!」

「薙ぎ払ったら俺が消えるだろう!!」

「消さないさ」

「消えてやる」

「捜し出すさ」

「逃げきってやる」

「見つけ出して、抱き抱えて生き抜いてみせる。しかしそれは、君が祈願を成熟してからの話しだ。」

 

俺は、奥歯をギリギリと歯を食い縛って睨みつける。

 

 

 

 

望めば手に入る幸せを、自ら捨てるのかっ!

このロイ=マスタングは……大勢の手から俺を選ぶのか!!

 

「やっぱ…アンタ…馬鹿だ……」

「馬鹿じゃないさ」

「大馬鹿だよ……」

「ならば、馬鹿で構わない、……だから笑って欲しい」

 

涙は流れていない。でも、俺は大声で泣き出したかった。

 

アンタから未来を奪ってしまった事に……詫びたかった。

 

「私は馬鹿なのかもしれないな。君から『普通の幸せ』を取り上げて、私の傍にいる事を望み欲しているのだから…」

 

大佐の顔も泣きそうだった。

 

「大佐に壊されるような人生じゃない」

「そうかい?」

「そうだよ」

 

上手く笑えているだろうか?

 

上手く軌道修正されて、最後は結局大佐の希望通りの未来を俺に選ばせる。

 

「アンタ……ズリーよ…」

「私の手を取るね、エドワード」

 

 

決して最後は強制ではなく、己で己の道を選ばせる大佐の常套手段。

 

 

「間違えるなよ!俺が……アンタを選んでやる!!」

「受けて立つよ!!」

 

 

覆い被さられて強く抱き込まれる。

 

 

結局………俺の想いを殆ど伝える事が出来なかったのに、大佐の傍にいる事を選んだ俺が最大級の『大馬鹿者』なのかもしれない。

 

 

「君が私を選んだ事を決して後悔させない!」

「大佐が俺の手を取ったことを絶対後悔させない!!」

 

 

 

 

俺達は、お互いを食い尽くす勢いで唇をあわせた………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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