それは長〜〜い等価交換

3.リライト

 

 

 

 

 

 

 

「迎えまで後30分しかないじゃないか!何故起こさなかったっ!!」

 

二階の寝室から駆け下りてきた大佐は、ダイニングルームでトーストを頬張っていた俺を見付けるなり怒鳴り上げる。そんな大佐を呆れ顔で眺めた俺は、残っていたハムエッグを口に入れオレンジジュースで流し込んだ。

 

「俺は一時間前に起こした。その時大佐は『ガキに起こされるなんて最悪だ』で、『俺は自分で起きる、放って置いてくれ』……って言ったんだ。だから言われた通り実行した。」

「そんな事を言った記憶は無い!」

「あぁ〜、五月蝿い。グダグダ言ってるなら仕度したら?後……25分しかねーぞ?」

「――― はっ!!」

 

再び慌てて駆け出した大佐は、洗面台で寝癖の酷い頭を濡らしたのか?ビショビショの頭、上半身裸。そして寝間着替わりにしているらしい黒の綿パン姿で廊下を駆け抜けて行く。

それを横目で確認した俺は、席を立ち食器を片付けるためキッチンへと移動した。

 

「何でこんな事になったんだよ〜、恨むぜ……中尉。」

 

 

 

「わーっっ!!」

――― ズベッ!

 

 

………シンクで皿を洗う俺の耳に、階段で誰かが一段落ちた音が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

3.リライト

 

 

 

 

 

 

再び俺の視界に飛び込んできた大佐は、軍服の上着こそ着てはいないが、何時迎えがきても出発できる状態に成っている。と言っても、肩で息をしている大人が余りにも滑稽で俺は笑うのを堪える為渋い表情を浮かべた。

 

「残り15分……さすが軍人。早い早い。」

「人を小馬鹿にしているのか!?」
「イヤ、『小』は付かない。」

 

それを聞いた大佐は目を細め、俺に文句を言おうと口を開く。だけど、それに付き合っている時間は無い。俺は中尉に頼まれた事を実行すべく布巾を被せた皿へと歩みそれを持つと、案山子の様に立っている大佐へ突き出した。

 

「朝食。軍人なら10分も要らないだろう?グレープフル−ツジュースは、絞って冷蔵庫に入っている。」

 

布巾を訝しげに取り去った皿の上には、俺が用意した朝食。サンドイッチだ。と言っても、朝食用に用意したサラダとハムエッグをパンに挟んで押し潰し、食べやすい様に四等分しただけの産物。

 

急いでいるからこそサンドイッチ!

 サンドイッチ伯爵有り難う。

 

俺はヤケクソ気味に心で吠えてしまった。

隣りでは、俺の用意したサンドイッチとグレープフルーツジュースで朝食を摂る大佐の姿。

 

「席に座って食べたら?」

「時間が無い。」

「早く起きれば問題無いのになぁ。」

「五月蝿い!」

 

食いながら俺に文句を言う所は流石大佐。

そんな事を構う事無く俺はコンロにケトルをかけた。

 

だいたい、何で大佐の家に居るかと言えば……全ては中尉の一言で始まった。

違う。昨日倒れた大佐が起き上がって俺を見た時、全てが変わってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何故こんな所ろにガキが居る?」

「「えっ!?」」

「准尉、説明しろ。何故ここにガキが居る。」

「た……大佐?」

 

身体を起こし床に座った大佐が俺を睨むように眺めそして中尉に視線を移す。俺は、屈めて居た身体を伸ばし事の成り行きを暫し見守った。

「飛びでの昇進は嬉しいが、俺は中佐だ。」

「………覚えていらっしゃらないのですか?」

「何をだ?」

 

驚き目を開く中尉に、大佐は目を細めもう一度俺に視線を寄越した。

 

「東方司令部に何の用だ。」

「とうほう……しれいぶ……。」

 

俺も、呆然と大佐を見詰める事しか出来なくて、それ以上の言葉が出ない。

何より、その目が俺を不信がり威嚇している。まるで『誰も信じていない』その目が俺を恐怖に陥れた。

そして言葉が……荒い。

大佐自身の事を『私』じゃなくて『俺』って言っている。

初めて聴くその一人称に俺は耳を疑った。

 

「失礼ですが……、ここは中央です。」

「何?」

 

今度は大佐が驚き目の前に居る中尉を見詰める。

 

「『中佐』、お聞きしますが、今は何年ですか?」

「知れた事だ、今は『    』」

「「!!!!!!」」

 

大佐の言った年は、俺がまだ人体練成を行なう前。理論が確立する前の年だ。

俺の記憶が確かなら、その年は大佐がイシュバール戦線から帰還し、少佐地位から中佐の地位に昇格、東方司令部司令官に任命された年。

 

 

 

――― もしかして、記憶喪失!?

 

 

流石只者じゃない大佐!!やる事も只者じゃない!!と俺は有る意味感動してしまう。

 

 そんな俺の事などどーでも良くて、中尉は眉を寄せ暫らく考え込むとスクリと立って俺に近付いて来た。

 

「エドワード君、この事黙って居てくれる?」

「医者に見せない気?」

「……些細な事でも足下を崩されるの。このことがバレタラ、大佐は失脚するわ。」

 

俺と中尉は、今だ床に座り俺達を眺めている大佐に視線を移した。

俺の存在を知らない大佐が俺を睨む。居心地が悪いこの空間から一刻も早く立ち去りたくて、俺はその事を了解すると部屋から出て行こうと歩き出す。

 

「待って!エドワード君。」

 

俺に駆け寄る中尉は俺の右腕を掴み、その行動を止める。俺は掴まれた腕を見て中尉の顔を見れば、中尉は見た事も無い程の蒼白な表情を俺に向けて居た。

 

「……何か用?」

「お願い、もう少しだけここに居てくれる。」

「構わないけど……俺に何か出来るの?」

 

中尉は、大佐をもう一度見詰めると再び俺を見詰め、真剣な声で「少し待ってて。」と声を掛ける。俺から離れ大佐の元へと戻った中尉は、机の上から未処理の書類を一部取り大佐に渡した。

 

「お解かりに成りますか?」

「…………」

 

それを受け取った大佐は、暫らく眺め次第に目を驚きの余り開いていく様を俺達に見せ付けた。

 

「どう言うことだ?准尉??」

「今は『中尉』です。大佐。」

「俺が『大佐』?」

「はい。」

 

その書類を食い入る様に見詰める大佐を俺達はただただ見守るしか無かった。

 

「俺の記憶が抜けている……?」

「そうです。」

 

中尉は倒れて頭を床に強打した事を大佐に伝える。大佐もそれを黙って聴いていた。

 

「………解かった。俺の記憶が一部消えているんだな。」

「はい。」

「で、何でここに子供が居るんだ?」

 

立ち上がり俺を見下ろす大佐は、俺の知らない大佐だ。

 

『冷たい表情』

『警戒心の塊』

『荒い口調』

 

どれを取っても『洗練された大人』のロイ=マスタングの面影は無い。同じ人間でもここ迄雰囲気が変われば別人に見える。………そんな気がした。

 

「彼は ―――」

「『ガキ』だ『子供』だアンタは失礼なんだよっ!」

「何っ!」

 

俺は遠慮無く大佐の前に詰め寄る。

 

「俺は国家錬金術師だ。」

 

ポケットから銀時計を出し腰の辺りで大佐に見える様に傾ける。それを見た大佐は一瞬驚き目を開くけど、直ぐ様目を細め、口角を僅かに上げれば嫌味がその口から出る。

 

「こんなチビが『国家錬金術師』?笑わせるな。どうした?大総統の前で練成して見せたのか?クレヨンで『練成陣』でも書いて『クマの縫い包み』でも出したか?それともそれは親の持ち物か?ガキは早く家に帰って寝てろ。」

 

――― このオヤジ、スゲー胸糞悪いっ!!

 

俺は咄嗟に両手を会わせ右腕を刃物へと変化させる。そにてその刃先を大佐の喉元へと突き付けた。

 

「誰が視界の片隅にも入らねードチビだってっ!!第一、ガキって名前じゃねー!俺の名前はエドワード=エルリック。国家錬金術師だ!二つ銘は『鋼』、『鋼の錬金術師』!!覚えておけっ!!」

 

 誰かさんもこんな台詞言ったような?

 

そんな事はやっぱりどーでも良くて、睨み上げる俺は大佐の黒い瞳を真っ向から覗き見る。大佐も俺の剣先に怯む事無く冷たい黒の瞳を俺に向けた。

 

「エドワード君、手を元に戻して頂戴。大佐、彼は貴方が推薦し後見人を務める『鋼の錬金術師』エドワード君です。」

「俺が『後見人』?」

 

またも驚きを隠せない大佐の瞳が大きく開く。そんな大佐の姿を舌打ちしながら視線を逸らした俺は、右手を元に戻し部屋を出ようと歩き出した。

 

 

 

 胸が……痛い。

 

 

 

俺を知らない大佐の目が、俺の心を切り裂いている。嫌われた方がマシなのかもしれない。『忘れ去られた』事が凄く苦しい。

そんな思いが強く、俺はここにいる事が出来なかった。だけどまた中尉は俺を呼び止める。

 

「お願い、エドワード君。大佐を助けてあげて。」

 

その声に振り向いた俺は、眉を寄せその意味を掴みかねた。

近くのソファーに身体を投げ出して座った大佐を確認し、中尉に視線を移す。中尉はもう一度未処理の書類から一部それを取ると、大佐に手渡した。

 

「この件を処理して頂きたいのですが?」

「……これか?」

 

大佐は受け取った書類に意識を向けたが、直ぐに渋い顔を作る。そして、首を横に振り持っていたそれを中尉へと渡した。

 

「この前はどう処理してあったのか解からない。前の資料は無いのか?」

「やはり駄目ですか。」

 

中尉はキツク瞼を閉じ暫らくその身を微動だにしなかった。だけど、キッと顔を上げ俺に近付くと、俺の両手を掴み懇願した。

 

「エドワード君、暫らく大佐の護衛をしてくれないかしら?」

「「はぁぁぁ〜??」」

 

ハモッた相手は大佐。そうだろう、イキナリ『護衛』って何って感じだ。

 

「私は大佐の事務のフォローをしなければ駄目なの。でも、それに時間を費やすと大佐の背中を護る人がいなくなってしまう。」

 

俺は中尉に握られた手を離そうと腕を引いたが、中尉は更にギュッと力を入れ俺と視線を合わせ様とその瞳を覗き込む。

俺は渋い顔を見せながら首を横に振った。

 

「俺じゃ無くても少尉や准尉達がいるだろう?」

「皆にも大佐の業務をフォローしてもらわなければ成らないわ。」

「皆に話すのか?」

「最小限に。」

 

俺は小さく溜め息を付いた。

残酷な話があるのだろうか?俺の存在を忘れている大佐の横にいろって事だろう?俺はコントロールしきれない感情を押さえる為天井を見上げた。

 

「駄目だよ。俺には『目的』が有る。」

「解かっているわ。解かっているの、でも、お願い。」

「………中尉。」

 

今度は俺が中尉の瞳を覗き懇願した。

 

 

 

 止めてくれ!

今の俺が大佐の横に居られる訳が無い。

俺との出会いも、何もかも全て忘れた大佐とどう向き合えば良いんだっ!!

 

「せめて……大佐の記憶が戻るまで。」

「戻るとは限らないだろう?」

「………業務が落ち付くまででも。二ヶ月……うんん、一ヶ月、私達に時間を貸して欲しいの。」

 

俺はソファーに座り俺を睨む大佐を見詰めた。

 

「……やっぱ駄目だ。大佐は俺なんかが近くにいてもイヤなだけだろう。」

「エドワード君。」

 

中尉は俺の視線を得る為、俺に顔を両手で挟み自分へと向きを変えさせた。

 

「忘れているだけ……ほんの少しの間、忘れているだけなの。」

「中尉?」

「必ず『エドワード君の大佐』は戻ってくるから。」

「………中尉?」

 

 中尉も俺と大佐の関係を知っていたのか?

俺はバツが悪くなり視線を中尉から逸らした。

 

「お願い、大佐には駒が少ないのはあなたもよく知っているでしょう。」

「………敵は多いのにな。」

「お願い………エドワード君、お願いだから。」

 

ここ迄中尉に懇願された事は無い。

俺はどうする事も出来ず暫らく黙り込んでしまった。

 

「大佐、半年前から様子がおかしかったの。」

 

イキナリの話に俺は顔を上げた。

 

「半年前から余り食事も取らなくて……寝ていても直ぐに目が覚めるらしいの。」

「半年……前から?」

 

中尉は首を縦に振りもう一度俺の視線を受け止めた。

 

「大佐、痩せたでしょう。」

「あぁ。」

「エドワード君からも連絡が無くなって……、貴方を責めて居る訳じゃないの。二人の問題だから私には何も言う事は出来ないわ。ただ……」

 

中尉も何かしら心を痛めていたんだろう。悪い事をしてしまった。

 

「俺は……受けても良いけど、大佐は何て言うかな?」

「そんなの『強制』に決まっているでしょう。」

 

 恐るべしっ!!

にっこり微笑む中尉の顔が、俺には『鬼』に見えた。

 

「あっ……アルは、俺と―――」

「悪いけれどアルフォンス君にも事件関係の事で手伝って貰いたいのよ。」

「危険な事なのか?」

「違うわ、錬金術関係の事で私達には解からない事ってイッパイあるのよ。」

 

俺はアルを巻き込みたくは無い。その事は中尉も良く知っている筈だ。

だから、危険な事にはアルを引っ張り出さないだろうと結論付けた。

 

「エドワード君には、大佐の『護衛』と『スケジュール管理』。それと『身近な世話』を頼みたいの。」

「身近な世話?」

 

中尉は少し困った顔をしてこう付け加えた。

 

「中央に引っ越して来て、大佐の自宅は何も手を付けていないのよ。だから……食事の世話とか、色々とね。」

「それって………」

「一緒に住めば護衛も楽でしょう。」

「「断るっ!!」」

 

やはり俺の声にハモッタのは大佐。

 

「何故俺が、見ず知らずのガキと一緒に暮らさなきゃならない!!」

「大佐のフォローの為です。」

「俺のフォローだと!?」

 

中尉は大佐に身体を向け、底冷えするようなオーラを背中から発した。

 

「何処で誰と会うか解かりません。そして、誰から電話が来るかも解かりません。例え自宅に居てもそれは同じ事。エドワード君は、三年前国家錬金術師としての資格を取得しましたが、誰よりも軍の上層部に顔が利きます。大総統にも……。」

「大総統?」

「はい。エドワード君が近くにいれば、胡散臭い考えの上層部は大佐に声を掛けずエドワード君に意識が向くでしょう。」

 

 俺………生け贄?

 

「少しでも時間稼ぎをしてもらえれば、大佐もアクションを取り易い……違いますか?」

「しかし!」

「駒が薄いのはご自分の責任です!」

「………はい。」

 

 大佐、素直に言う事聞いたしっ!!

圧倒的な凄みで中尉の勝ち?

振り向いた中佐の顔は、笑っているけれど目がマジでそれはそれは怖い。俺は小さく一歩退けば、ツカツカと詰め寄る中尉がガシッと俺の両肩を掴み、

 

「お願いね。」

 

と、声を掛けた。

 

 怖いぞー!本当に怖いぞー!!

ダラダラと汗が流れる俺は、何度も小さくコクコクと首を縦に振る。

 

「アッ……アルも一緒に生活――― 」

「アルフォンス君は、私と一緒に生活してもらいます。」

「何で……?」

「それは…………」

 

ニッコリスマイルの中尉。

 

「お邪魔でしょう?」

「何想像してるんだーっ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな事で始まった同居生活。

ケトルのお湯が沸き始めた頃、ミルした珈琲豆をフィルターへと移しドリップを始める。

大佐の好きな『マンデリン』は、気持ちヤヤ濃い目で。俺は慎重に気泡を作りながら珈琲をおとした。

 

落ちきるまでの間、大佐の愛用マグカップと昨日買った俺用のマグカップに湯を張りそれ自体を温める。湯を払い落ちきった珈琲を注ぎ大佐に渡せば、大佐はまるで化け物を見るような目で俺を眺めていた。

 

「何か用かよ?」

「料理も出来る、珈琲も煎れられる………お前の実家は『食堂』か?」

「そんな訳あるかっ!!」

 

呆れて珈琲を飲み始めた俺に習う様、大佐も珈琲を口に入れる。

旨い。と呟く大佐の声を拾い、俺は少し心を軽くしてしまった。

 

 

 

 

記憶が無くなって、新しく書き直されて行く大佐の人生。

そこには俺という『異常な恋人』の存在は無い。このまま真っ当な恋をして、真っ当な人生を歩んでくれれば……。

 

そんな感情と同じくらい、俺を思い出して欲しいと切に願っている自分がいる。

 

「明日はヨーグルトを付けてくれ。」

「知るかっ!」

「あぁ、それと、パンはクロワッサンだ。」

「自分で買って来いっ!!」

 

俺の知らない『少し幼い大佐』相手に奇妙な共同生活が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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