それは長〜〜い等価交換

4.日常の風景

 

 

 

 

「……腹が痛い。」

「落ちてる物でも拾って食ったんじゃねーの?」

「……頭が痛い。」

「二日酔いだろう?」

「……トイレに行きたい。」

「さっきも行っただろう!アンタは『頻尿の老人』か?」

「それが上官に対しての口の聞き方か!?」

「さっきまで脱走してサボって居た奴が言う台詞かっ!!」

 

大佐の執務室に、護衛を務める俺用にと急遽用意された机に着き本を読んでいれば、さっきっから馬鹿馬鹿しいほどサボる口実を言っている大人が居る。

 

「何故俺が、こんなむさ苦しい部屋で男と二人きりで仕事をしなくてはイケナイんだっ!!」

「はいはい、アンタが大佐でここは軍施設。目の前にはてんこ盛の書類!口動かす暇があったら手を動かせ。」

 

静かになった大佐は、渋々とペンを取り積み重なった書類を一部取り上げる。

カリカリとペンを動かす音がし始め、やっと本格始動……。

 

「…………チビ。」

「誰が視界に入らない程の豆粒ドチビだーーーっ!!」

 

 

 

 

4.日常の風景

 

 

 

「………それで?どうして重要書類がインクだらけになったの?」

 

仁王立ちする中尉の前に、俺と大佐は床に正座させられていた。

大佐の『●ビ』発言で切れた俺は、大佐の机に駆け寄り机を蹴飛ばした。書類にペン先を付けて居た大佐は見事に不要な縦線を引く事になり、そこから口論が激化し終いには錬金術攻撃……。気付いたら室内には書類とファイル散らばり、机上の書類はインクだらけになって居た。

中尉の後ろには、徹夜で書類を書き上げたブレダ少尉が子供じみた泣き真似で「エーンエーン」とか言って居る。

俺は、片手を上げて中尉に言い訳をした。

 

「せんせーい!大佐君に『脱走』され、捕まえて仕事させても『腹痛い』とか『頭痛い』とか言って、最後は『●ビ』って言ったから喧嘩になりましたー。」

「…………エドワード君が『小さい』のは、今始まった訳じゃ無いでしょ?」

「――― グッ!!」

 

中尉の余りの言葉に俺は俯き拳を握り締めた。でも、俺が悪い訳だから……切れる事は出来なかった。

 

「大佐も、『サボらず』『書類を』『さっさと』『片付けて』頂けていたら、この様な事態にはなら無かったのでは?」

「………はい。」

 

重要な言葉を強調して話す中尉に大佐も項垂れ反省のポーズを示す。

 

「午前中までにここを掃除して、今日中に書類を『全て』仕上げて下さい。勿論、エドワード君も責任が有るのだからしっかり大佐の手伝いをして頂戴。」

「「えっ!!」」

 

この惨劇たる部屋を、後三〇分で片付けろと?あの書類の束を今日中に??

俺の顔から血の気が引く音がした。

 

「ちゅっ中尉!いくら何でも今日中は無理だ!!」

「見苦しいですよ大佐。『優秀な』エドワード君が『手伝って』くれるのだから余裕で仕事は終わりますね。」

 

――― 俺………一言も手伝うって言ってないし。

 

「『気の長い』エドワード君が居れば、『大人の』大佐も仕事が捗るでしょう?」

 

またしても要所要所を強調する中尉の顔は………笑っている。目を除いて。

俺と大佐はブンブンと首を縦に振り、素早く立ち上がり部屋の掃除をし始めた。

床に散らばる書類を集め始めた大佐を横目で確認し、俺は大佐の机に散々たる状態でインク塗れの書類を雑紙で拭ってみた。だけど,染まってしまった書類は遺憾ともし難く、大きな溜め息でこれからの地獄を脳裏に思い浮かべた。

ある程度紙で拭き終えた俺は、廊下へと続く扉へと足を向ける。

 

「……おい、『サボる』気か?」

 

不機嫌Maxの声を出す大佐を振り向き確認すると、俺はもう一つオマケとばかりに溜め息を付き白い目線を送り付ける。

 

「アンタじゃ無いんだからサボるかよ。雑巾持って来なきゃ机ベタベタじゃん。」

「そのまま逃げる気じゃ無いだろうな?」

「それはアンタの専売特許だろう?俺はそんな事しません。」

 

あからさまに『ム』の口を作り自分の感情を繕いもせず俺を見る大佐。俺の知っている大佐じゃ考えられない表情で、俺は居た堪れない気分に陥り足早に部屋を出た。

 

 

 

水道にバケツと雑巾を持ち、水を溜めながら色々と考え込んでしまう。

この生活も一週間を向かえた。俺の知らない子供じみた大佐は、感情をストレートに出す。勿論、それは俺の知っている大佐を基準にしての話で、実際は上手く感情を出さない様に見て取れる。だから、この一週間大佐が記憶の一部を無くしたなんて気付く奴は居なかった。

でも、俺や中尉達から見れば今の大佐は異常な程感情的で子供だ。慣れない為、部屋の雰囲気もギクシャクしている。

水を溜め終わり、蛇口を捻った俺の横に人影を感じ視線を向けた。

 

「エドワード君……ごめんなさいね。」

「………中尉。」

 

何時も崩れる事が少ない表情を切なげに歪める中尉は、俺の横で小さく頭を下げた。

 

「中尉が『何に』謝っているのか俺には解からないよ。謝ってもらう事も思い付かないし。」

「………」

 

秀麗な顔がクシャリと歪む。

その顔色はさっき執務室で見たよりも悪く、俺は何か有ったのかと心配になった。

 

「……中尉、どうしたんだよ?顔色悪いぜ。」

 

驚いた用に俺の顔を見た中尉は、暫らく俺を見詰めると優しい顔に変わりフワリと綺麗な微笑を見せる。

 

「さっき、アルフォンス君にも同じ事言われたわ。」

「アルにも?」

「ええ、さすが兄弟ね。」

「………話題が逸れてるよ。中尉、調子悪いのか?」

 

首を横に振り俺の言葉を否定した中尉は、

 

「何でもないのよ。ちょっと疲れが溜まっただけなの。」

 

と、言葉を付け足した。

俺は訝しげに中尉の表情を伺い月並みな言葉を掛ける。

 

「そっちの仕事スゲー大変なら、少しは俺に回して。出きるだけ協力するから。少しは中尉も身体を休めないと今度は中尉が倒れちゃうよ。」

「………有り難う、本当に兄弟揃って同じ事を言うわ。アルフォンス君にも『手伝える事が有れば言って下さい。』って言われたの。」

 

俺と中尉は顔を見合わせ小さく笑った。

バケツを持ち絞った雑巾を逆の手に持ち、俺は中尉に

 

「無理は禁物!」

 

と言葉を掛け、その場を去ろうとした。

 

「エドワード君。」

「何?」

「無理は禁物よ。」

 

同じ言葉を返された俺は、バツが悪くなり苦笑いを浮かべその場を後にした。

 

中尉が何に対して『ゴメン』と言ったのかは解からない。今日の事じゃないのは確かだけど、中尉の『ゴメン』は複雑過ぎて俺の理解能力からは答えが導かれる事は無かった。

 

執務室の扉を開ければ、粗方拾い上げた書類を文机に乗せている大佐と目が会った。大佐は、眉を潜め俺の顔を睨んでいる。

 

「何だよ!?」

「帰りが遅かったな。」

「あぁ、中尉と話て居た。」

「中尉?」

「少し疲れている感じだからさ、休めって言っておいた。」

 

大佐は更に顔を歪め俺を睨む。

 

「俺には『働け』で、中尉には『休め』か?差が有り過ぎだろう。」

 

俺はその言葉を聞いて吹き出しそうになる。

笑うのを堪えて大佐の机まで行き、雑巾でインクを拭き取る。質問した答えが返って来ないからか、大佐は俺の顔をジーっと見て居た。

 

「……何だよ!」

「………」

 

顔を上げ大佐を見れば、さっきの拗ねた顔から苦悶の表情に変わっている大佐。俺は、暫しその表情の意味を考え見詰め返した。

 

「お前は……中尉が好きなのか?」

「…………いい加減にしろ、色ボケ大佐。」

「いろっ!」

「中尉は大事な『知り合い』だよ。」

 

俺は仕事途中の雑巾掛けを再開し、そのまま無言をつらぬいた。じゃないと今の俺は何を言うか解からない。下手をすれば

『俺が好きなのは記憶が有った時の大佐』

なんて乙女な発言が口から出そうで。

出来れば顔を見たくは無い。それどころか存在すら気になって仕事の手が止まりそうだ。

背中越しに仕事をする大佐に、気まずい雰囲気を一蹴する意味もかねて話し掛ける。

 

「なぁ、大佐。アンタ今日の夜、中尉の護衛付きで『見合い』だろう?」

「……見合いじゃ無い、中将と食事だ。」

「でも、孫だか娘だか……姪だかが同席するんだろう?」

「…………」

 

ブツブツと口中で何かをぼやいている大佐を無視し、俺は閃いた言葉を続ける。

 

「確か19時からだよな。………俺、ここ掃除して書類の整頓しておくから先に昼食口に入れて来いよ。」

 

振りかえり俺を見ているだろう大佐の視線が背中に感じる。俺は大佐に向き合いその意味を教えた。

 

「今日中にこの書類を終わらせるなら、二人で掃除して食事してそれから書類を……何てやっていたら『デート』に間に合わない。だから昼食食べている間に俺がある程度やっておくから。」

 

大佐は少し驚いて目を開いた。俺は何事も無い顔を向ける。

 

「お前…鋼のは、飯を食わないのか?」
「アンタが掃除して食事して書類と格闘する時間より、飯食って書類格闘する方が時間は短い。」

 

本当の事を言えば、ただ大佐と一緒に居るのが苦しかったりする。どうしても顔を見て声を聞けば『俺の大佐』のつもりで声を掛けてしまう。でも、実際は『俺の大佐』ではない。全くの別人だ。そして、俺は決めたんだ。大佐の記憶がリライトされて行くのなら、そこに『同性』の『子供』の『恋人』という異常な存在はイラナイ。真っ当な恋をして、真っ当に結婚して、真っ当に子供育てて……。そう言う普通の『恋』をするべきで、俺はそう言う風に『導かなければ』イケナイ。

 

何か裏が有るのかと勘ぐる大佐を追い出し、俺は黙々と作業を始めた。散乱した書類を順序良く纏め文机に乗せる。汚れた書類は俺の机上に乗せ、苦手とするタイプライターを棚から出し机に乗せ椅子に腰掛ける。右手に汚れた書類を持ち、左手でタイプを打つ。決して器用とは言えない俺は、パチリパチリとたどたどしい音を響かせながら汚れた書類を写し始めた。

 

――― あぁ〜、何でこんな事してんだよ。俺がするべき事か?

 

俺は机に向かうのは苦手だ。錬金術の関係やそれなりに興味のある物なら『一日座っていろ!』って言われなくても座っていられるけど、こう………何なんだよ〜。この『実務者レベルでの専門的考察によると―――』?あっと……

 

「構造学的に地下下水官を……造成するに当たり………?イルナミ?違う?あ″インクが滲んで見えねーよ。」

 

ぶっ掛けたインクが邪魔をして少尉が打ったタイプの文字が判別不可能になっている。それなりに軍の仕事を把握していれば、簡単にこんな文章スラスラーて出来るのだろう。

 

「マイッタ……、誰かとっ捕まえないと駄目だ。聞きに行くかな?」

 

誰も居ない執務室でブツブツと独り言を呟き席を立つ。皆が居るであろう部屋は隣り続きの為、そこへ通じる扉へと足を向けた。

 

 

 

扉に手を掛けた時、向こうの部屋から声が聞える。

 

『――― ハクロ将軍が?』

『はい、先程廊下ですれ違いました。』

『エドワード君は?』

『隣りで仕事してますよ。』

『この事はエドワード君の耳には入らない様にして頂戴。』

『解かってますよ。『将軍殴打事件』なんて洒落にならないですから。』

 

この話を扉越しに聞いた俺の身体は、全身総毛立つ感覚を味わった。体温が急上昇して行く!耳鳴りと喉の乾き……。『檻破って』『鎖引き千切って』暴れたあの日ヨロシク、頭がその事だけしか考えられなくなった。

持って居た書類を投げ出し、俺は廊下へと飛び出した。扉を壊さんばかりの勢いで飛び出した為、隣りの中尉達が俺が話を聞いてしまったと解かり、後ろから声を掛ける。だけど今の俺にはその言葉は耳に入らず、何処かに居るだろう『ジジー』を見付ける為、廊下を全力で駆け抜けた。

 

軍施設という物は、テロリストが不法占拠しにくい様に複雑な建築構造になって居る。その為、ここを知らない人が動き回れば忽ち迷子になる様仕向けてある。そして巨大な中央司令部。ジジー一人を捜すのは並体抵な話じゃ無く、ありとあらゆる場所を闇雲に捜す嵌めに成った。

 

そんな俺の行動を阻止するべく、後から中尉達が今だ追い掛けて来る。そんな事よりもジジーに右拳一発食らわす事が優先事項の俺は、走りすぎて苦しい身体を奮い立たせた。

そんな時、廊下を歩くジジーを発見した。三〇m先を歩くジジーを殴るべく、俺は拳を作り走るスピードを加速させる。後一〇mと言う時、イキナリ目の前に蒼の壁が立ちはだかり、身体が浮遊すると暗闇へと引き摺り込まれた。

 

「テメー!離せっ――――――!!!」

 

右手首を掴まれ背中を壁に乱暴な仕草で押し付けられる。俺を抱え普段人が出入りしないだろうその資料部屋に押し込んだ本人が、俺の身体に体を被せ身動きを止めると、声を止める為空いた手で俺の口を塞いだ。睨む様にその人間を見上げれば、冷静な眼差しの大佐が俺を見下ろして居た。

 

「ふぁふぁふぇ!ふぁふぁふぇーーー!!!」

「静かにしろ。」

「ふぁをジジーをひゃぎゅりゅんじゃー!」

「………何を言いたいのかさっぱりだ。」

 

顔を激しく振って大佐の手を口から外すと、俺は大声で大佐を怒鳴り上げた。

 

「離せって言ってんだよっ!俺に構うなっ!!」
「…………」

 

目を細め俺を見る大佐は、その力を抜き俺から少し離れると、今後はフワリと俺を抱き締める。俺は訳が解からなくなり、先程の怒りから来る身体の緊張感とは違う意味で身を硬直させた。

 

「な……何?」

「………」

 

耳を大佐の胸に着ける形になった俺は、何時しか大佐の安定した心拍音を聞くことになる。そして、頭に降り注ぐ柔らかな息遣い。俺はゆっくりと緊張を解き、その腕に凭れた。

 

大佐とに生活は一週間を過ぎ様として居る。その間、俺と大佐には『上官と下官』『後見人と被保護者』の関係以外何も無く、少し前の感情の欠片も大佐からは貰っていなかった。

 

――― 記憶が戻った?

 

淡い期待を胸に抱いた俺は、ソロリと顔を上げ今俺を抱き締めている大佐の顔を覗き込んだ。しかし、その顔は俺から確認することが出来ず、これからどう行動すれば良いのか訳が解からなくなり、再び身を固める事となった。

 

「落ち付いたか?」

「あぁ、……」

「中尉から『ジジー』の事は聞いている。俺としては『ジジー殴打』は爽快なんだが、後見人としては『軍法会議』は勘弁だ。」

「……悪かったよ。」

 

そう言葉を掛けた大佐は、身体を少し離し俺の顔を見下ろす。この角度が背の差を強調されて俺はムッと顔を歪めた。そんな俺の顔をどう捉えたのか?口角を上げクククと笑うと俺の頭をポンポンと撫でる。そして、本当の離れ際に背中をトンと軽い仕草で叩きそのまま部屋を出て行った。

 

大佐の背中を見送った俺は、壁に背を預けズルズルとその場にしゃがみ込む。瞼をキツク閉じ両膝を抱えそ子へ顔を埋める。

記憶の有った頃の大佐にもよく背中をかるく叩かれた。それは俺が行き詰まった時や、酷く落ち込んで居る時、言葉で色々言うのではなく、必ず背中をトンっと叩くのだ。その行為には『背負って居るモノを軽くしないと先に足が進まない。』とか『周りを見ろ、信用しろ。』って意味が有る事を中尉に聞いた事が有った。だから、やはり記憶が戻ってそんな行為をしてくれたのか!俺は又もそんな事を一瞬期待してしまった。

だけど、記憶が戻っていたら俺をここに一人置いて行く訳が無い。下手したら『エロエロ攻撃』を食らっている。

 

「早く俺の事思い出せ………無能。」

 

俺の中の願望を口に出すが、聴かれる事も無く音は消える。その場を立ち上がり服に付いた埃を払うと、俺もその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とっとと溜めた仕事を終わらせ、一人での夕食を食べる為に………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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